幸せの鍵
「これは、どういう事でしょうか」
サイが戦闘の兆しを見せながら振り返り使者に尋ねた。
「答え如何では」
筆先がヒュッと空を斬る。
「ナルトにゃ悪ぃが交渉決裂だ」
サイの言葉を引き継いでシカマルが布告した。今やこの状態では簡単に口火が切れる。
ナルトは戸惑いの視線を彼に向けた。
しかし相手は落ち着いた様子でスッと玉座の方へ歩いた。そして肘掛けにそっと手を伸べて静かに答えた。
「私達の主は疾うに亡くなっているのです」
「なっ・・・!」
「まさか、この戦でか?」
忍は首を振り見えない主に語り掛けるかの如く藍青色の椅子を見る。
「それよりずっと以前、病にて。跡取りは無くこのままでは草は絶えるでしょう」
「おいおい、待てよ。絶えるったって今いる忍の中から選出すりゃいーことじゃねーのか?」
シカマルの疑問は尤もだが。
「そういった意見もありますが・・・」
「事情があるんだな?」
ナルトが聞くと彼は頷いて四人を見た。
「この里には古くからの言い伝えがあるのです」
「伝承か?」
「はい。この里には己が里の創成に関わる最も重要な文献があります。目に触れた訳ではありませんが・・・祖父から聞いた所によるとその書には草が立ち向かうべき試練とその結果、また行く末までも書かれているそうです」
「それってば伝承って言うより・・・」
「予言だね」
既に筆を収めたサイがナルトに応えた。
「それじゃ今回のもそこに書かれてるってのか」
「そうでございます。草の敗北は固より分かっていた、決まっていた事なのです」
「じゃあ何でわざわざコイツを」
シカマルは問い掛けながらハッとした。
「我々はうずまき様に里を治めて頂きたいと考えております」
独りきりのテントの中、カカシはぼんやりナルトの事を考えていた。
暫く自分はこのテントに居なければならなさそうだ。
目を閉じても心配事が頭を巡りゆっくり寝てもいられず、カカシは手をついて起き上がり頭を掻いた。
上忍連中が目を光らせている事は勿論、この怪我では傍にいても足手纏いなのは分かっている。
痛み止めを使用しても猶、傷の深さを主張する右肩は引き攣る様に痛むし、立ち上がれてもチャクラ不足でふら付く。
「しんどいのは体じゃなくて心なんだよね」
想いが通じ合った喜びもそこそこにまた離れてしまった。
『センセーが元気になったらな!』
押し倒しかけたカカシに意地悪く笑ってテントを出て行った。
それが彼なりの気遣いなのは承知だが。
「辛いなぁ」
切ない吐息を残して静けさが戻った。
一方救護テントの外ではライドウが一連の追及をし損ね屯っていた忍達を散らし、彼らを尻目に現れたテンゾウに話し掛けられていた。
「ええっ!?それじゃナルトはここにはいないと」
「カカシに会ってすぐ綱手様の呼び出しで里へ戻ったらしいぞ」
「それって一人でですか?」
「いや、サイが来てシカマルとキバも行ったんじゃないか?」
「サイ!?シカマル、キバもっ!?」
テンゾウは非常に驚いた顔でライドウを見た。
おいおいおいおい・・・この面子は何かと問題のある組み合わせじゃないか!
「どうした?」
「ハァァァァ。もうボクはカカシ先輩になんて言ったらいいか・・・」
「苦労、しているな」
ライドウは落ち込むテンゾウの肩に手を置いて僅かばかり同情を寄せる。
「頼むから世界を引っ繰り返すような事はしないでくれよ」
心労重なりしょぼくれるテンゾウはカカシのテントには向かわず、最低限の問題回避策を練る為に自分の部隊へ戻って行った。
「へっ・・・エェェェ!?オレッ!?」
「なんっ・・・・」
「なんつー無茶な提案をするんスか」
言葉が無い面々の隣でシカマルは呆れて砕けた物言いで草の忍を見た。恐らく彼は亡くなった主の補佐。若く見えて高い能力を具えているだろう。その力を完全に物にしていなくてもそこそこの実力がある筈。
「その玉座にこいつを座らせるつもりか」
キバの怒りは沸点に達している。
「少し落ち着いて下さい」
「シャーッ!お前には言われたくねーっ!」
サイの突っ込みにも即座に反応する。
「うずまき様も『渡しに行く』と仰っていましたので」
「言ったな」
「言ってたね」
シカマルとサイの注目を受けてナルトは頷いた。
「言ったってばよ。オレってば嘘は吐かねェ」
「それじゃどうする?お前は木ノ葉の忍だぞ」
火影になんだろーが。
「火影はオレの目標だ」
「だよな」
「でも草を放っては置けない。木ノ葉を守るのは第一だ。だけど嘘の上にそれは築けねー」
「オイ」
顰めるシカマルを無視してナルトは草の忍に語り掛ける。
「オレってば昔、運命に縛られてる仲間見て、それならオレがその運命ってやつを変えてやるって言った事がある」
「お前なー」
あーあぁ、と明らかな吐息が聞こえる。
「その書ってのがどれ程のモンか余所者のオレには分かんねえ。でも本当にそれが真実なのか?里の中から選ぶ余地はねーのか?」
「それは・・・」
「ナルト、他里にはその里なりの事情があるんだぜ」
腕を組んで面倒臭そうにしていたシカマルが諭す様に言う。
それは策の否定ではなく、余計な首を突っ込むなという意味だったのだが。
「分かってる。けれどそんじゃ、この戦いはナンにもなんねぇ!何の為に多くの人が命を落としたのか分かんなくなっちまうってばよ!」
「・・・・」
「なぁ?ほんとーに、駄目なのか?」
「うずまき様・・・わたくしには・・・」
懸命に訴えるナルトの姿に草の忍の心は揺れ崩れかけていた。
「今すぐ決断できねーって言うなら、それまでオレは里じゅうを廻って何度でも説得する。草の長として」
「!!!」
バッと全員が同時にナルトを見た。
更にその顔にそれぞれの思いを浮かべている。
「う、ずまき様・・・!?」
「草の長としてオレは皆にお願いするってばよ」
続く