銀鈎
ほんっと鈍臭い奴らだ。
カカシは血が付いたクナイを投げ捨てて狐の面で暗い空を見上げる。
今日の奴らは暗部と言っても大した事ないね。同じ捜査ばかり繰り返して何の進展もない。こんなんじゃ犯人捕まえられないよ?五代目も何考えてるんだか、オレが参加してもあいつらが足引っ張ってちゃ何の意味もない。本気でやる気あんのって感じ。
でも、まあ。
「くくくっオレには好都合だけど」
喉の奥から無気味に響く笑い声を漏らして目の前の惨状に背を向ける。
「あー、疲れた。早くナルトに会いたいよ」
忍の呟きは闇に吸い込まれ怠慢な態度を諌める者はない。彼は月下に影を従えて家々の間に姿を消した。
歯を磨き終わったナルトはそろそろ寝ようかと部屋の明かりを消した。
「今日はカカシ先生こねーのかな」
毎度毎度窓から侵入する変な教師を少しうざったく感じていたが、来ないと思うと少し寂しい。
「ハッ!オレってば何考えてんだってばよ!あんな変態教師待ってねえってば。寝よ寝よ」
ベッドに向かい自然と窓にも視線をやった。すると常とは違う異常な光景が目に入った。
「!・・・な・・・・誰・・・だってばよ」
窓から室内を覗く異質なもの。
異様な狐面。
小さな体は普段目にする機会が少ない者の姿に恐怖し震え出した。
「オレ・・・何もやってないってばよ?・・・・関係ないってば」
それとも腹の物を憎む忍が危害を加えてやろうとやって来たのだろうか。
「知らねってば」
一歩一歩と後退さるがすぐに背後の壁に当たってしまった。習慣で窓には鍵を掛けていない。「鍵を掛けろ」と言う担当上忍の注意を無視した自分を呪っても今更遅い。
暗部の男は逡巡する素振りすらなく窓から入って来た。
「お前、なんだってばよ!不法侵入だってばよっ」
必死に足を踏ん張り叫んだナルトに男は容易く近付いた。何しろ一歩が大きいのだ。あっという間に手の内に捕らわれる。
「わあああっ」
ナルトは手足をばたつかせて逃げようとした。けれどその男はナルトを抱き締め面の下からくぐもった声を発した。
「ナルト~」
え・・・・?
何処かで聞いた事があるような低音が耳を掠めナルトの抵抗が止む。膝をついた男をよく見れば髪は銀色だ。
「遅くなってごめ~んね?」
あれ・・・・・?
「カカシセンセイなんでそんな格好してんの?」
「あーごめんごめん!これじゃオレだって分からないよな」
狐面を上にずらして彼はにっこり笑った。
「~~~~っ!もうっ、びっくりさせんなってば」
ナルトはカカシの胸を拳で思い切り叩いて怒る。それは当然の怒りだ。常とは違う格好で訪れて人を脅かす彼が悪い。
「悪い」
「もーホントに怖かったんだからなっ。う~っ。ひど、酷いってばよ・・・・・っく」
カカシの胸に顔を埋めて自然と零れる涙と共に嗚咽を漏らした。
「ごめんねナルト」
優しい指が暗部独特の爪の引っ掛かりを残して髪を梳く。困ったような眼差しは本気で済まないと思っているようだ。
「お詫びに一緒に寝てあげるからね」
「~~~~!詫びになってねえってばよ」
ベッドが狭くなるじゃんか。
怒っているのではない真っ赤な顔でナルトはキッとカカシを睨んだ。
翌日、五代目火影、綱手の機嫌悪さは最高潮だった。執務室を訪れた忍は皆用事が済むとそそくさ去って行く。捜査が思わしくないのは勿論、昨夜は暗部が動いている最中に事態が悪化したとあってかなりご機嫌斜めだ。
「馬鹿っ!お前が付いていながらなんて有り様だいっ!」
綱手はダンッと机を叩きこめかみに青筋を立ててカカシを睨んだ。
「あいつらがオレの足を引っ張るからですよ」
「言い訳するな!」
「すみません、油断していました。まさか暗部が活動している時に事を起こすとは」
失態です。
頭を下げるカカシを見て綱手は「もういい」と首を振る。
「これで終わりじゃないからな、何としても捕らえる!」
綱手は腕を組み椅子を回転させ、鼻息荒く眼下に広がる里を睨んだ。
「おいドベ」
「ドベじゃねーってば!」
ナルトはムッとしてサスケに言い返す。これから任務だというのに文句でもあるのだろうか。ナルトは嫌な気分になった。サスケといるといつもこうだ。斜めに構えたその態度が気に食わないだけでなく、相手が妙に突っ掛かってくる所為で冷静に話せなくなってしまう。だから言い争いになるのは自分だけじゃなくサスケの所為でもあるとナルトは思う。
「なんだよ」
視線を逸らさずじっと睨み据えると相手も見つめ返してきた。ピリピリした空気が二人を包む。
「ナルト、カカシが毎日お前の家に行ってるってのは本当か?」
「だったらなんだってばよ」
「あいつは・・・・ヤバイ。あまり係わり合いになるな」
「そんなこと、お前に言われる筋合いねーってばよ!大体サスケは修業見て貰ってるじゃんか!オレってばなんも教えて貰ってねーのに」
「それは・・・関係ねえ。てめえはそんなだから奴の本性に気付かねえんだよ、ウスラトンカチ」
「んだとおっ!?」
「俺は・・・・」
熱り立つナルトにサスケが一歩近付いた時サクラの声が聞こえてきた。
「ナルトー、サスケく~ん」
「サクラちゃんっ」
ナルトは嬉しそうに両腕を振ってサクラに応えた。サスケは舌打ちして目線を地面に落とす。
「二人共どーしたの」
敏感な彼女は二人の間に何か感じ取ったらしい。首を傾げるサクラにサスケは答えず、ナルトは何でもないと首を振り妙な空気だけが残った。
「いや~悪いねー諸君、犬に追いかけられて道に迷っちゃってね」
「カカシ先生」
「・・・・・」
「・・・・・・・」
『はい!嘘』
いつもならば威勢良く突っ込む声が今日はない。
「あれ?どうした?」
ナルトとサスケを見れば一方は地面を睨み、もう片方は視線を逸らしている。いつもの喧嘩かと思うがどうも少し違うようだ。サクラに目線で説明を求めるが、彼女にも分からないらしく無言で首を振った。
「んーま、取り敢えず任務を伝えるぞ~」
事情は後でナルトから聞けるかもしれない。とにかくカカシは任務を言い渡す事にした。
続く