三忍三様・恋模様
いつか離れなければならない日が来ることは分かっている。けれどそれを理解しているのと、実行できるか否かはまた別だ。
サクラは何回目かの溜め息を周囲に気遣ってか小さく吐き出して集まれば陰鬱にもなる漆黒を見回した。前後左右をこの場には相応し過ぎるくらい憂鬱な顔が固め、さして関わりないサクラを微妙な心持ちにさせる。
黒の集合体。
葬式の真っ最中だった。
一度同じ任に就いたぐらいで特別接点はなかったのに。
参列は強制ではないためボイコットはできた。しかしサクラ自身不思議なのだがそうはせず、なぜか頼まれた訳でもなく自主的に参加してしまった。
自分の気持ちがよく分からず戸惑い、またそれに驚くという悪循環。
そうしている内に式は何ごともなく終了した。取り残される前に席を立ち澱んだ空気から逃れた彼女はふと、友人がこの場にいないことに気付いた。考えてみれば当然、彼は今日まで任務で里にいないのだ。
式中離れた席でサスケの横顔をみつけたが、声を掛けるには遠過ぎた。他にも数人見知った顔を見たがなぜ出席しているのかそれ程深い関係だったのかは分らない。
けれどもし里にいたとしてもナルトは来なかっただろう。サクラはそんな気がした。
「同じ忍だからって皆付き合いがある訳じゃないものね」
不意に脇から声が聞こえて顔を向ける。隣に立つ気配さえ気付かない程に思い耽っていたのかと少し落ち込んだ。
「いの」
友人は微かに口許を傾けポンッとサクラの背を叩いて集まっている他の仲間の所へ行ってしまった。
それは慰めるような仕草だったが、サクラには落ち込んでいる自覚も理由もなかったので何も言わず黙ってその場を離れた。
それから大分経ってから別の場所にて。
日が沈み昼間の喧騒が嘘のように去った街道でひとりの若い男が老木に背を預け、手持ち無沙汰な両手をポケットに突っ込んで人を待っていた。木ノ葉の里へゆくためには必ずここを通らなければならない。それが分かっている彼は一時間近くこの場所で待ち惚けている。だが待ち合わせの約束をしている訳ではない。こうでもしなければ遠目でも姿を見るなり逃げ出してしまう相手を待ち伏せているのだ。
しかしこの青年、目つきの悪さに加え喪服姿で佇んでいたため、はじめの明るい内にここを通り過ぎた者達は一様に怪訝な顔で(けれど係わるのは御免だと)そそくさと足を速めていった。
「チッ、あのヤロー今日帰って来ると聞いたが・・・こんな時間まで何してやがる」
黒髪の青年は忌々しく舌打ちして腕を組み里の門から外へ遠く伸びている街道の先を睨む。
この分だと今日中には待ち人に会えそうにない。
諦めと苛立ちの雑ざった溜め息を吐きかけた時注意を向けていた方から声がした。
「あれ、誰か待ってんの?」
「カカシ」
青年の表情が鋭くなる。不意に現れたのは求めた人物ではなかった。
「こんな所で寄り道なんて感心しないなあ~」
目下、敵視している男ののんびりとした口調は見事に青年を刺激したようだ。それとも若さゆえか軽い挑発で簡単に火が点く。
「何でてめえがここにいやがる」
「こらこら、元上司に対してそんな口の利き方はないでしょ?今は同僚でもオレは立派な先輩よ?」
「チッ」
「もう一度同じ質問。サスケ君は誰を待ってるのかな」
「あんたには関係ない」
「それはどうかな。オレが捜してるのも同じ奴かもしれない」
「カカシ」
「彼女はどうした?この間の任務で仲良くなったコ」
「知らねえな」
「お前そんなんじゃせっかくの彼女に振られちゃうよ?」
「付き合ってない」
「へえ?」
カカシは見えない口元を緩ませ嘲笑とも取れるからかいの眼差しでサスケを見る。そのふざけた態度の裏側に何の企みがあるのかは分からないが、サスケの内では手が出る寸前ギリギリで押さえ込んでいる憤懣が一気に脹れ上がった。
「あんたの言いたい事がそれだけなら俺は帰るぜ」
怒りに任せて体が動く前に―――、と歩き出すサスケの背にカカシの声がかかる。静かな闇夜では低い声がよく通った。
「サスケ、ひとは手放した途端惜しくなるんだとさ」
青年は一度歩みを止めたが、暗闇を背景にそこに融け込む様に佇みひっそりとした視線を我が身に注いでいるだろう上忍を振り返ったりはしなかった。
そんな馬鹿なことをすればあっという間に彼の意識に呑み込まれる。
「・・・・はっ、あんたの話か?」
虚勢に聞こえたかもしれない。だが答えはなかった。
背後の気配は静かに消えていた。
里が憂鬱な一日を終えようとしている頃、ナルトはいつかの日のようにふらり夜道に彷徨い出て、自身でも収拾のつかない想いをどうしたものかと持て余して空を見上げた。
星は見えない。
暗い海が広がっているだけだ。
昼間の天気からすれば満天の星が観れそうなものだが。
それとも、もしかして自分の眼がおかしいのだろうか。
ナルトは夜空から視線を下ろして両目を擦った。
「ナルト」
しかし再び顔を上げて見えたのは星ではなく、暗闇にひっそり佇む上忍の姿だった。
「カカシ先生・・・なんで」
「んーそろそろ帰ってる頃かなあって思って来たんだけど、もしかしてお前早くに戻ってた?」
「朝には、ってそんな事先生には関係ねーじゃん」
ふい、と目線を余所へ向けるが、胸がチリと痛んですぐに意識を戻される。
あ・・・まただ。オレってばなんでこんな態度ばかり取っちまうんだろ。
「オレ、もう帰るから」
居た堪れず俯いて擦れ違う。だが、その脇から静かな声音が呼び止めた。
「ナルト、オレは言わないよ?」
「・・・・・」
「オレは、アイツみたいに飽きた、なんて言わない」
「!」
ナルトはハッと顔を上げ、口調から想像したよりもずっと真剣なカカシの顔とぶつかって息を呑んだ。
ドキリとした。
「オレはお前に抱かれても良いと思ってる」
お前が嫌ならね、実際どっちでもいいんだよ。そう思えるほどにオレはお前に惹かれてるんだから。
真摯な眼差しを受けてナルトは苛立った。
ムカムカする・・・!なんでこんな、こんなにカカシ先生だけに苛立つんだよ!
「言うなってば!やめろよ!知らねえって。オレはあんたなんか大嫌いだってば!オレに構うなよ!」
「ナルト」
そっとしとけよ!
わざわざ入ってくんな!
近付くな、触んな、見んな、構うな!!
あんただってどうせ―――。
「ウスラトンカチ」
不意に反対側から聞こえてきた低い声にナルトは目を瞠った。激昂して熱くなっていた温度が下がり、カカシを取り巻く空気も僅かに変化した。
「話がある」
そう言う男にナルトはチラとカカシを見て首を振った。
「オレには話す事なんてねーってばよ」
「俺はある」
「何度言わせんだってば。今更、関係ねーじゃん。大体カノジョ放っておいていいのかよ」
「彼女?」
男は眉を顰めたがすぐに合点がいったのか呆れた顔で息を吐いた。
「見たのか・・・だがあれは違う。お前の勘違いだ。あれは迫られて仕方なくだ。俺は断った」
「そうかよ。でもサスケがどうしようが、オレには関係ねえ」
「ナルト、この際だから今言う」
サスケは対峙するカカシを睨んだ後、まっすぐナルトを見つめて決めていた言葉を紡いだ。
「この間の任務で一緒に過ごして、お前がどれだけ必要かって事を改めて知った。縒り戻す気ないか?」
「は?」
気の抜けた声が漏れた。だがそれは一瞬ですぐに先程の怒りを取り戻したナルトは拳を震わせた。
ヨリ?ヨリってなんだよ!
「ふ・・・・ふざけんな!」
「俺はふざけてねえ」
科白の通りサスケの顔は至極真面目だがナルトには納得できなかった。
「サスケェ~~~~てめ・・・オレをナンだと思ってんだ!!飽きたとか、縒り戻せとか、好き勝手言ってんじゃねーってばよ!大体カカシ先生だってそーだ!何でオレなんだよ!他にも沢山いるだろ!?どいつもこいつも好き勝手言うなーーーーっ!」
それからどうしたのか正直よく覚えていない。
たぶん、走って逃げた。
むかつくサスケの神経やカカシ先生の気持ち、その場の雰囲気とか全部が嫌だったから。
「すげー嫌な気分」
ナルトは胸を押さえて床に転がった。先程飲み干したビールの空き缶が多数目の端に映る。
オレは悪くねぇのに。
悪いのはあの二人だってばよ。
・・・だよな?
・・・そう、だよな・・・?
自分の中に広がるモヤモヤの所為で段々自信が失くなってきたナルトは何を話している時だったか、合間に零した友人の言葉を思い出した。
『どうしてそんなに意地になってるのよ』
意固地になっているつもりはないが、サクラからすれば恋愛に対して頑なになっているように見えるらしい。
けれど彼女が恋愛を推進するのは心配しているからだけではなく、恐らく・・・
「サクラちゃんはサスケとの事知らないからだってばよ。知ったら」
背筋をゾゾゾッと寒気が走った。想像するだけでも十分恐ろしい。
「殴られる・・・ぜってえ殴られる!」
ふと、何もかも捨てて里抜けでもしてやろうかと考えてみた。
「あーやめやめっ」
考えた所で本気では思ってもいない事だ。
どうせできはしない。物理的にもだが、自分の忍道がそれを許さない。自棄になりかけた頭を激しく振って一蹴した。
「サスケもカカシ先生も選べねーなら、あ、違うかそもそも選ぶ必要なんてねーんだから」
大体サスケに関しては滅茶苦茶腹が立ってるんだってばよ。
・・・じゃあなんでこんなに悩んだり苛々したりしてんだ?
―――わかんねえ。
ぐるぐるぐるぐる廻る悪循環。ナルトは訳の分からない想いを振り切る事も答えを見い出す事もできずに頭を抱えた。
気付けば一夜が明けていた。
「ん・・・眩し・・・」
やはりこの手の相談は彼女にするしかない。色々バレた後は恐ろしいが今の所それ以外に選択の余地はなかった。
「ふぁあぁぁぁあ・・・イテテ」
ナルトは床で眠ってしまったが為に非常に痛む体をゆっくり起こして取り敢えず顔を洗おうと立ち上がった。
「でもなあ」
結局サクラちゃんかぁ―――。
続く