闇に吼える狼の夢
そろそろ暑さに喘ぐ季節、寝苦しさに寝返りを打った少年は弾みで壁に頭をぶつけ痛みに目を覚ました。
「いってえー!!!」
ゴンッという音と同時にギャグ漫画のように跳び上がったナルトは見事ぽっこり盛り上がったたんこぶを撫でながら、眩しい光を放つ太陽を睨んだ。
「今日から長期任務だってばよ」
新しい任務への期待は大きいが、暫く住み慣れた部屋から離れる少しの寂しさからナルトは一緒に寝ているカカシ人形から、毎夜被っているナイト・キャップ、それからあらゆる室内の物を見回した。
一通り見てさて着替えるかと床に足をつけたとき幻聴かという声が聞こえた。
「ナ~ル~ト~」
「ん?カカシ先生の声がするってばよ」
「ナルトー」
「・・・・・」
ナルトはまさかと思いつつ声のする方を振り向いた。すると窓の外、木の枝に声の主が立っていた。
「うわっカカシ先生っ!」
完璧な忍服姿の男に驚いて再び跳び上がる。名を呼ばれた男は片目を弓形に変えてにっこり笑った。
「おはようナルト、ココ開けてよ」
カカシは目を丸くしたまま立ち尽くすナルトにコンコンと窓ガラスを拳で叩いて催促する。
「今開けるってばよ」
ナルトはガラスを叩く音にハッとして窓に近寄り鍵を外した。
「お邪魔します」
よいしょ、と爺臭く呟いて窓枠を跨ぎ室内に足を踏み入れたカカシは部屋を素早くチェックした。
ナルトの事は何でも把握していたい彼にとっては自然な行動だが、周りの上忍仲間に言わせれば「異常」であるらしい。
「オレいつも言ってるじゃん。ココはオレん家の玄関じゃねえってばよ」
「あはは、気にするな」
室内に向けた鋭い目線から一転、ナルトには優しい笑みを見せて
「おはようのキスは?」
などと言う。
「気にするってばよ・・・それにキスって・・・朝から恥ずかしいってばよ」
紅くなり伏せ目がちに文句を言うナルトは台詞の割に満更でもない様子だ。カカシはそれに気付いてフッと笑うと素早く近づき口布を下ろして軽い口付けを贈った。
「ん、先生ぇ・・」
カカシは思わずカカシの唇を追いそうになったナルトからあっさり離れると、遠慮なくベッドに座り、枕元に転がっていたカカシ人形を手に取った。
「ナルトーオレとは一緒に寝てくれないくせにコイツとは寝るんだ?しかもギュッて抱き締めてサ」
「ゲッ」
カカシ先生見てたってば?
ナルトは茹蛸のように真っ赤になりながらカカシ人形を奪い取った。
「いっ・・・いつから見てたんだってばよ!?」
カカシはわたわたと慌てるナルトを見て面白そうにクックッと笑う。
「んー、ナルトが起きる二十分位前からかな。お前ちっとも起きないんだもん。でも、ま、面白いものが見れたしねぇ。よしとしたわけよ」
のんびり答えるカカシとは対照的にナルトは益々騒ぐ。
「そっそっそっそんな前からかよ!!!」
怒りか照れかこれ以上ない程赤くなったナルトを上忍は膝に肘を立て頬杖ついて上目遣いに見ていたが、楽しそうな表情がふっと寂しげになり、次には探るような瞳でジッとみつめた。
「何で?」
「はっ!?」
ビクッと身体を震わせたナルトにふっと昏い笑みを漏らす。
少し虐めてやろうか。
カカシの深く暗い部分がナルトの反応見たさに疼く。
「お前さその人形大切にしてるじゃない」
カカシが指したそれをナルトはチラッと横目で極まり悪そうに見た。「大切にしている」と言われたカカシ人形は所々汚れ、ナルトが時々蹴ったり殴ったりするせいで解れていた。
「だから・・・?」
カカシの異様な雰囲気にナルトは徐々に落ち着きを取り戻し、変わって不審そうに男を見返した。
「それはいいんだけどさ、昨夜のデートは何で断ったんだ?」
「何でって・・・今日から大事な任務があるからだってばよ」
長期の任務に入るからちゃんと準備しとけって言ったのはカカシ先生じゃん。前日にやらなくてどーすんだってーの。
ナルトの答えは予想できたものだった。カカシの口からあからさまな溜め息が漏れる。
「何だってばよ!」
ムッとしたナルトの唇が突き出される。
「暫く任務でデートできないんだよ?だから誘ったんだ。なのに人形と寝てるし」
「誤解を招くような言い方すんなってばよ!」
「ま、いいや」
これからゆっくり分からせればいい。何しろ一ヶ月の長期任務だもんなあ?
あっさり戦線離脱し引き下がるカカシにナルトの調子がガクッと崩れる。
「集合時間は一時間だ。遅刻するなよ」
ボフンという煙幕に紛れてカカシが消える。
「オレはカカシ先生じゃねーってばよ」
ナルトは最早姿のない相手に向かって叫び、忍服に着替え始めた。
今回の任務は最近目立って各国を襲撃、破壊を繰り返しているある集団の動きを探る事だ。
木ノ葉は襲われた一国の依頼で彼らのアジトを発見、偵察にナルト達を向かわせる事になった。
この任務で重要なのは一切の痕跡を残さずに長期の監視を行い、木ノ葉に状況を逐一報告する事だ。しかし長期ともなれば相応の準備が必要。
ナルトは重いリュックを背負って集合場所である木ノ葉の門に向かった。
あ・んと書かれた門の下、アスマ班とカカシ班のメンバーが同じようにリュックを手に待っていた。
「サクラちゃーん、サイもおはようってばよ!」
「おはようナルト。あんたってホント朝から騒がしいわね」
「おはようナルト、カカシ上忍はまだ来てないよ」
「サクラちゃん酷いってばよ~。サイ、カカシ先生は遅刻魔だから当分待ちぼうけだって」
「遅刻魔・・・」
「根」での噂では聞かなかったな、と呟くサイの後ろでシカマルが手を挙げていた。
「シカマル、おっはよー」
ナルトも手を振って応え、他のメンバーにも笑顔を向ける。
「うずまき今回の任務な・・・」
アスマがナルトに近づいて来て、何か言おうとした時最後の一人がやっと姿を現した。
「カカシ先生ー!三十分の遅刻だってばよ」
「いつもより三十分早いわね」
「遅刻魔・・・」
「いやースマン、スマン。ちょーーーっと準備に手間取ってな」
言いたい放題の三人に相変わらずのゆるゆるさ加減で男は輪に入って来る。開いていたイチャイチャタクティクスをパタンと閉じ、ポーチに仕舞いながら一瞬アスマに鋭い視線を走らせた。
アスマは咄嗟に片手を挙げ苦い笑みを浮かべた。そんな二人のやりとりにシカマルだけが気づいた。彼は遠くからその様子を注意深く観察して今回の任務が困難なものとなる気がした。
ナルトに目を向けると、少年はカカシに文句を言いながらサイと笑い合っている。
「めんどくせえ」
シカマルは呟いて、眩しい太陽を仰ぎ見た。
疾走する深い森の中、アスマとカカシの合図で立ち止まる。
「ここから先は二班に別れて行動する。大人数だと目立つからな。俺の班にサクラとサイを加える。ナルトはカカシと行け。連絡は班の一人が週に一度ここで取る。目印はそこの大岩だ」
アスマの言葉にカカシ以外全員が驚いて声を上げた。
「えっ!?」
「何でだよ。何でオレだけ皆と別なんだってばよ!」
ナルトが不満げに叫ぶと、サクラも不審にアスマを見た。
「そうですよ、どうしてナルトだけカカシ先生と行動するんですか!?ナルトが行くなら私達も行きます!」
サクラはサイに頷いて見せ、ナルトの手を掴もうとした。けれどそれをカカシが阻んだ。
「お前達煩ーいよ。隊長命令聞けないの?サクラ、サイ二人はあっち、ナルトはこっち」
カカシはアスマの方を指し、ナルトの腕を掴んで引き寄せた。
「カカシ先生ッ!」
尚も食い下がるサクラの肩をシカマルが叩いて止める。
「ナルト、これ持っていけ」
シカマルがポンッと放ったのは無線機だった。
「何かあったら使え」
「サンキュー」
ナルトは無線機を掲げてニシシッと笑った。
「サクラちゃんオレ先生と行くってばよ、じゃーまた一週間後な」
「ナルトッ」
「さあ行くってばよ」
ナルトはサクラを振り切って背を向けカカシを促す。
「俺達も行くぞ」
アスマは班員に声を掛けた。
「じゃあなカカシ、うずまき」
無理はするなよ。
アスマは無言で頷くカカシに一抹の不安を感じながら、彼らと別れる。
頑張れよ、うずまき。
続く