さらさら、さらさら
SCENE10
斜面にへばりつく様に連立する竹の群。
その間を器用に駆け降りたナルトは中腹で待機していたヤマトの隣にしゃがんで竹林の隙間から眼下の様子を見た。
「どんな感じだってばよ」
「なんともね」
「動きなし?」
「ああ、これは長期戦になるかもしれないなあ」
ヤマトはナルトを連れて来る時にした約束を思い出して横目で彼を見ながら言う。
案の定ナルトはムッとした顔で猛然と抗議した。
「ヤマト隊長、約束!」
「覚えてるよ。せめて彼らが奪った金塊の在り処が分かればな」
「アイツらを捕まえるまでもないってことか?」
「本当は生け捕りを命じられているんだが」
金塊さえ見つかればその後は残ったメンバーで何とかするとして、ナルトは帰してやっても良いと思う。
「やれやれ綱手様にも約束してしまったしね」
参ったと首を振る。
けれどその時、目の端に先程までとは違う風景が映り込んできた。
「ん、あれは」
「なに?」
ナルトも視線を彼の横顔から眼下に移してあっと声を上げる。
上から見た限りでは老人なのかそれとも本当は若いのか分からないが、酷く腰を曲げ笠を被った一人の男が監視している屋敷に近付いて来ていた。
「まさか連絡役なのか!?」
「えっ、でも情報にはなかったってばよ」
「そうだ木ノ葉が得た話ではこの盗賊団は何処とも繋がっていないグループだと」
「じゃあ、外に放ってた情報役かもしんねーってばよ」
「うん、その可能性が一番だが・・・ナルト、君は金塊を運んでいた艦隊からそれをたった六人で奪えると思うかい?」
「・・・・すげー術者で無い限りは難しいと思う」
「つまり『強大な力を持った者』という場合を除くと、見張っている屋敷内にいるだけじゃないって事になる」
「人数多くても金塊運ぶのって大変なんじゃねーの?」
「勿論、そういう能力のある奴がいるだろうね」
「じゃあさ、ここをぶっ潰して金塊取り戻しても、もういっこんトコは散り散りになって結局捕まえられなくなんねーかな?」
あっちもこっちも同時じゃなきゃ意味ないってばよ。
するとヤマトは一度しっかりと頷いて、男を招き入れて堅く閉じた扉を見据えた。
「ボクが懸念しているのはそういう事だ」
SCENE11
「ライドウ、ゲンマ、アオバ。で、オレ。任務の難易度が分かるメンバーだな」
「楽勝でしょう、カカシさんなら」
「何言ってる依頼主は国だぞ」
「依頼、っていうか命令でしょ」
アオバは苦言を呈したライドウに突っ掛かるカカシを見て、彼ががこういう面を見せるのは大抵気に食わない事があった時だと独り納得して黙り込んだ。
ピチョン、と水が落ちる音がする。
全員の視線が真っ暗な岩の天井に向けられた。
じわじわと大きな玉になり重さの限界を迎えた雫が足元と、脇を走る水の流れに次から次へボタボタ落ちていく。
ここはひんやりとしているが余り心地好いとは言えない空気に包まれている。閉鎖された空間だからだろうか、視覚からの情報は息苦しい印象を与える。
「この坑道の先だな」
ライドウが明かりを点すとカカシが地図を広げ現在地を示した。
「国から物を奪おうとするなんて大胆な奴らだ」
ゲンマが鼻から息を漏らした。呆れているのだ。
「無謀だったという訳だ。だから成功してもこうして追われるハメになる」
「余罪が他にもあるんじゃないの」
「調べでは、武器庫から諸々の品を盗んだらしいが、今回の件以前に何かあるかもしれない」
「それだけじゃないでしょ。妙な事にその『武器庫』とやらは武器は殆ど無くて、ある重要な文書があったって言うじゃない」
「だが俺達はその件には関与しない」
ライドウは奥まで照らす仕草で明かりを翳して歩き出した。
「ま、いいけどね」
カカシは地図を畳んで腰のポーチに収めた。
「そういや似た件をヤマトが追っているよな」
十分ほど歩いた頃不意にゲンマがそんな事を言い出した。
「・・・何の話だ?」
「俺の勘違いじゃなけりゃ、ですけどね」
「ゲンマ、」
早く話せとライドウがわざわざ振り返って促す。
「火の国から金塊奪ったっていうアレだ」
「少し前に噂になっていたな」
「ええ、でも一般人にゃ流れていない話ですよ。何しろその輸送自体がシークレットだったんですから」
「それをヤマトが追っているのか?」
ライドウが再び振り返って聞いた。
「だが、ヤマト班は人員が足りなくなって、その件は他の班に回ったんじゃないか?」
「いいや、結局ヤマトはナルトを連れて出ている」
静かにアオバが付け加えると三人の足が止まった。
そして彼らは一斉に顔を見合わせた。
「あっ」
SCENE12
しかし、ただ指を銜えて黙って見ている訳にもいかない。ナルトはヤマトの心配が杞憂に終わる事を祈りつつ、屋敷から出て来た件の男の後を追った。
屋敷の周囲1キロは緑に埋もれた森林地帯だがそこを抜ければチラホラと民家が立ち並ぶ村落に出る。また、そこから延びる道は商店のある少し大きな町へと繋がっている。
ナルトは男に気付かれないよう慎重に尾行を続けた。その結果、丸半日経った頃漸く足が止まった。
さすがに疲れたナルトは“やっと”かと息をついて男が入って行った表口を用心深く見た。
それはある茶屋の前だった。
と言っても婀娜な女が待つような妖しい舗ではない。
昼間から開いていて老若男女の出入りがある健全な飲食店だ。
暖簾を潜り、ラーメン屋の様に派手な来店歓迎の声が掛からない事に安堵しつつ、流石に入口付近には居まいと奥を窺うと予想通り余り人が行き交わない席に男の頭が見えた。
座席間に衝立がある事を幸いに、すぐ側の椅子に背中合わせに座ると男の声に耳を欹てた。
男は一人ではなかった。
彼が発する低い声に混じって少し掠れた耳障りな声が聞こえる。
「・・・で・・・だろ。そっちの首尾はどうだ?」
「上々、と言いたい所だが奴が煮え切らん。取り敢えずあの場所に隠したが長く置いてはおけまいよ」
ナルトは腕を組んで首を傾げた。
あの場所?
「そいつは拙い。嗅ぎ付けられる前に移したい。あちらの件もあるんだ、早々にな」
「だが奴の能力がなけりゃ、どうしようもないぞ」
だからその隠し場所は何処なんだってばよ!
「ふぅぅむ、あいつを焚き付ける策はないか?」
「む、そうだな。奴が大事にしているアレをやるか」
「それがいい。まあ、細かい事は任せる。とにかく何事も不備がないようにな。これは『あってはならない』だぞ」
「分かった」
アレ、ってなんだ?
しかし二人の会話はそれきりで、終始掠れた声で喋っていた男は念を押すとそのまま立ち去った。脇を通った時にこっそりと盗み見たが、いかにも悪党な髭面の汚い(身形ではなく容姿が)男だった。
そして残った男も目立った動きはなく時間だけが過ぎていった。
SCENE13
ナルトが尾行を開始した後、引き続き監視を続けていたヤマトは木分身による潜入を試みていた。
「君達はここから見張っていてくれ」
他の中忍二人にそう命じると自身は別のポイントに移動してそこから木分身を走らせた。
「頼んだよ」
屋敷の北東(鬼門)には小さな祠がある。木分身がそこを調べると小堂はあっさりと横に動いた。
「!」
からくりにより開いた穴は丁度ひと一人が通れるほどの大きさだ。ヤマトは少し思案した後分身に潜らせた。
あの男は確かに玄関から入って行った。するとこれは抜け道として用意されているのかもしれない。
ヤマトは逸る気持ちを抑えて慎重に歩を進めた。
穴自体は狭かったがそこを通り抜けた祠の下は大人が二人並んで歩ける程の意外と広い地下道になっていた。
「成る程、盗賊には十分な設備だね」
微かに聞こえる音を頼りにそちらへ近付いて行く。しかし勿論、脇道も隠れる場所も無いこんな一本道で遭遇する訳にはいかない。潜入は慎重に慎重を期した。
どれ位か、だが然程歩いてはいないだろう。ヤマトの目に小さな光が見えてきた。
「ん?」
近付いてみると、それは壁から漏れ出ているものだと分かった。
さっきの穴と同じだな。
からくりを推測したヤマトは同じ様に動かそうとしたが、壁の向こうに気配を感じて手を止めた。この壁はそんなに厚くはなさそうだ。ヤマトは耳を当てて様子を窺う。
『準備は進んでいるか?』
『アレを除いては問題なし』
『はっ、頭も随分な計画を立てたもんだよ』
『オイオイ誰かに聞かれたら・・・』
『構うか。大体急じゃないか。あっちで何かあったのか?』
『知らねえよ。けど確かに急いでるよな?』
『例のが失敗したんで無ければいいがな』
『まさか!・・・シャレにならねえ』
『全くだ』
『おいっ。外へ出るのか?』
『ああ、大丈夫だとは思うが万が一って事もあるだろう。辺りを見て来る』
『分かった。あいつが帰って来る迄はまだ時間があるしな。俺は上に戻ってるぜ』
『了解』
まずい!
ヤマトは一足跳んで壁から離れた。
一人くらいの事だ。ここで眠らせて侵入する手もあるが、話していた相手がいつまでも戻らない仲間を不審に思って来ないとも限らない。
それはこれからの計画の妨げになるし、まだ時ではない。
予想通り壁がスライドして開く。
残念だけどここまでか。
無茶をするよりナルトの情報を待った方が良いからね。
情報は不十分だが危険を冒すつもりはないヤマトは迫る気配に背を向けて早々に立ち去った。
SCENE14
ナルトは茶屋を出て行く男を追って尾行を再開したが、足取りは元来た屋敷の方ではなく反対側にある街道へ向かっていた。
まだ別の用事があるのだろうか。
足音を消してひっそりと追う。
すると男は突然人気の無い、また他に何もない道端で止まりコソコソと妙な仕草を始めた。しかし木に隠れ背後から窺っているナルトには何をしているのか分からない。
口元に手をやっているので煙草を吸っているようにも見えるが。
歯噛みしていると先程舗で聞いた彼の声が聞こえてきた。非常に小さな音で内容までは聞き取れないが無線で連絡している事が分かる。
相手は屋敷の人間なのか。戻ってからの報告では待てないという訳か。
だが本当にそうか?
根拠がないため釈然とせず、黙って見ていると話を終えた男が引き返して来た。ぴたりと幹に張り付いて過ぎるのを待ち、また静かに後を追う。今度こそ屋敷へ帰るようだ。
それにしても肝心な事が分からない。
相手が用心して話さないためだが、これではいつまで経っても進展しない。イコールつまり期日までに木ノ葉の里に帰れないという事だ。最悪カカシは後回しにしても、事情を伝えて、あの火影がすんなり納得するだろうか。
・・・・無理だろ。
即座に導き出される答えは否。
オレってばかなり貧乏クジじゃねえ?報酬入ってもばーちゃんに怒鳴られたらプラマイ・ゼロって気ぃすんだけど。更にカカシ先生に会えないとなると・・・。
「うわ」
ウンウンと唸っていたナルトは思わず小さな声を上げて慌てて口を塞いだ。
容易にサクラの怒った顔が浮かんでくるのだから恐ろしい。
そうだ問題はカカシだ。
里に居た時は散々後回しにしていたくせに、離れて改めて考えてみると焦燥ばかりが募る。
職業柄、明日の保証がない事は分かっていた筈なのに、余りにも近くに居過ぎて見落としていた。一分一秒惜しまず伝えるべきだった。
後悔が噴き出した。
「帰ったら反省会だなー」
しかし、それにはまず目先の問題を片付けてしまわなければならない。
「アイツ捕まえて吐かせられたら早ぇーのに」
だが、くれぐれも軽率な行動はしてくれるなと警告されている。恐らくその点もヤマトの心配に含まれているのだろう。
「地道地道ってオレには一番合わねーんだけどなァ」
諦めないド根性はあるが、それとこれとは別。ナルトはこっそりと溜め息をついた。
SCENE15
カカシ班はといえば、長い坑道を抜けて目的のアジトに辿り着いた所だった。
最後に穴から出て来たゲンマはライドウの肩を掴んで前方を指した。
「しっかりと警戒してやがる」
「表に二人、裏口に二人・・・あと見廻りに二人出ているな」
「民家を装う事無く、明らかに物騒な雰囲気を前面に出してるって事はそれなりに危険を感じている訳だ」
「犯した罪の大きさだけにか」
「そーいうこと」
「まあこんな場所じゃ、迷い人でもない限り来ませんしね」
辺りは潜むには絶好の岩場だ。四人は怪しい気配が無い事を確認して岩陰に隠れ移動した。
「できるだけ近くへ行くぞ」
「そりゃ、潜入できれば早いけどな」
苦い顔をしたゲンマが奥歯を噛んで唸る。
「侵入経路は?」
「屋敷の内部がどうなっているか分からないからな。取り敢えず隙を突いて近付く」
「闇に紛れた方が安全だろう」
「ああ・・・!ゲンマ伏せろ!」
アオバに頷きかけたライドウは言うが早いか、頭を下げようとしていたゲンマの襟首を掴んで地面に伏した。
「おい!・・・ったく何だってんだよ」
「しっ。こっちへ来るぞ」
「・・・・」
鼻を利かせたカカシは向かって来る気配に面倒臭げな顔をする。
二種類の匂い・・・やれやれこの任務は忙しないね。
手を出さざるを得ない事態は避けたいが、知らず焦りを感じているのか冷静なカカシの右手が珍しくもどかしさを訴える。
まあ、相手が向かって来なければ良いんだけどねえ。
しかしのんびりと物騒な事を考えるカカシを余所に、隣のアオバは静かに敵の足音を聞いていた。
それは他の二人も同じで微かに緊張した面持ちに冷たい汗を浮かべている。
『来るか・・・いや』
『止まった?』
『・・・こっちへは来ないようだな』
けれど緊張は容易に解けない。面々は万が一に備えそっとホルスターに手を掛けた。だが息を詰めて待ち構える先に殺気は微塵も無い。
じわじわと拡がる疑問と安堵感の中で耳を澄ませていると、思い掛けず二人の男が立ち話を始めた。
SCENE16
「頭の手前さっきは言えなかったが、正直今度のはヤバイと思わないか」
「例のか」
「俺は降りたいと、」
「馬鹿か!そんな事を言ってみろ、ただではすまんぞ」
「だからさっきは黙ってたんだ」
「オイ!何を弱気になっているんだ、大丈夫だうまくいく」
「・・・」
男が力なく項垂れる気配が伝わってくる。
「だが向こうも芳しくないんだろう」
「だから、お前は何の為の偵察だと思ってる。その為にあっちへやったんじゃないか。そいつだってじき戻って来る。その時に向こうの状況が分かる。深く考えるのはそれからでいい、ぐちぐち悩むのはよせ!」
「・・・分かった」
渋々といった風に頷いたのを合図に一人がその場を離れる。男もその後に続き、足音も遠ざかっていった。
目標は相変わらずの厳重警備。
しかし敵側は何やらゴタゴタしている様子。
先程の遣り取りから感じたのは纏まりのない奴等だという事。
もしかしたらその隙が強固なアジト崩壊の切っ掛けになるかもしれない。
「日が暮れたら行動開始だ」
低く告げるカカシに頷いて陽が少し弱まり陰りはじめた屋敷をそれぞれ見据える。
カカシはナルトは今頃どうしているだろうかと遠い地へ想いを馳せた。
思えばこの一ヶ月会っていなければ声も聞いていない。どこの世界に一ヶ月も会わない恋人達がいるだろうか。
まあここに一人いるんだけどね。
とはいえ流石に辛くなってきたこの現状。
妙な話だ。
待っているだけだった頃は平気だった心が(不安定ではあったが)、会おうとしても会えない状況に陥ったいま酷くじりじりしている。
「ハァ」
サクラの言う通りだ行動が遅すぎた。オレはまた遅刻してしまうのか。
どんどん先へ行ってしまうナルトに追い付けず、伸ばした手はするり抜けてあと一歩の所で捕まえられなくなるのか。
カカシは俯いて額を目の前の岩に押し付けた。
ゴリ、と微かに金属と岩の擦れる感触がした。
しかしどう転ぶとしても、このまま会えず自分の気持ちを伝えられないまま終わるのは嫌だった。
最悪別れを告げられても本当の気持ちは伝えておきたい。
「・・・・」
カカシはナルトに会って何を言われても、嘘だけは吐かない事を誓って目を閉じた。
「って、いいっすけど暗くなるまでこのまんまって事ですか」
離れた所でがっくり肩を落としたゲンマをライドウが頷きながら励ますように軽く叩いた。
SCENE17
夜になっちゃったってばよ。
ナルトはきらりきらりと瞬く夜空の星を見上げて口を尖らせ相変わらず沈黙したままのヤマトを横目で見た。
ただ待つって、効率悪い様な気がすんだけど。
ナルトの報告を受けてヤマトが出した答えは『夜襲』
しかしならば今こそその時ではないか?
だがヤマト含めみんな動く気配が無い。
胡坐で頬杖を突きつまらない顔をした時、不意に背後の一人が空を指差して、暗闇にうっすら辛うじて見える妙な物体の接近を知らせた。
「ありゃなんだ?」
「んん?」
「よく見えないな」
そうこう言っている内にそれは段々こちらへ近付き、当初小さい点だったものが大きくなり遂には四人の前に降り立った。
「鳥!?木ノ葉の伝令かっ」
「最速の鷹だ!一体何処から、里からか?」
「いや、これは火影様じゃない・・・」
足首に巻かれた紙を解き広げたヤマトは目を開いた。
「カカシ班からだ」
「えっ!カカシ先生任務に出てんのっ?」
「・・・・・どうやらそうらしいね。これが放たれた場所はここから約5キロ離れた荒野だ」
「荒野って?」
首を傾げ答えを急いて手元の紙を覗き込んだナルトにヤマトは読み取った内容を伝えた。
「成る程、カカシ先輩はいま別の盗賊を追っているらしい。余計な事は省くが、火の国から重要な物を奪ったようだ」
「それってオレ達に関係ある事?」
「恐らく、我々が追っているものに繋がっているんだろうね。それをカカシ先輩がどうやって知ったのかはボクにも分からないけれど」
するとナルトは意外にも訝しむ顔で崖下に目をやった。
「だとしたら変だってばよ」
「何がだい?」
「どうしてパックンを寄越さなかったんだってばよ」
その方がこっちの居場所も見つけやすいのに。それとも分かってた?
「それは出来なかったか、敢えてしなかったか。いずれにしても、カカシさんに聞いてみなければ分からないな」
「そうか・・・で?カカシ先生の事だからそれだけじゃねーんだろ?」
「ああ、カカシさん達フォーマンセルは敵地への侵入を開始すると。いや、もう入っているかもしれない」
言いながら文をナルトに渡す。だがそれを受け取ったナルトは俯いてしまった。
「・・・・」
「ナルト?」
人の話を聞いているのか心配になって窺うと、ナルトはその紙をじっと見つめた後、突然ぐしゃりと握り潰した。
「カカシ先生のバーカッ!」
「!~~~~おいおい!いきなりなんだい」
「別に。ごめんてばヤマト隊長」
謝るというより返事をポツリ零したナルトは自分の所為で皺くちゃになってしまったそれを丁寧に伸ばして、余白に筆を走らせ再び鳥の足首に巻いた。
そして鷹を腕にのせ丁度目の位置まで掲げると妙にスッキリした顔で言った。
「頼むってばよ」
鷹は沈黙のままにバサッと自慢の羽を広げ星々が輝く夜空に舞い上がった。
その様子を気掛かりだが、言葉を挟めないヤマトはただ見守るだけだ。しかしナルトは伝令が飛び立ったあとの空を真剣な眼差しでみつめていた。
SCENE18
「ぐっ・・・・」
ドサリと自分の体が冷たい地面に崩れ落ちるのを、どこか遠くの出来事のような気持ちで眺めたカカシは抉られた肩を押さえて、辛うじて閉じる寸前の眇めた目で遠ざかる敵の踵を見た。
「おいカカシッ」
走り寄って来るパックンの焦った声色に『何でもないよ』と言ってやりたかったが、大丈夫とは言えない状態だった。
己はこれも作戦の内と理解しているが、知らされていない忍犬たちには相当の衝撃だろう。
わざとだと言えば安心するだろうが、逆に激昂しそうな顔も思い当たる。
「ナルト―――」
「ってカカシ!悲劇ぶってる場合か!行くぞっ」
追い抜いて行ったライドウが倒れているカカシを振り返って怒鳴る。
「・・・・感傷にも浸らせてはくれないのね」
オレ一人、こーんな痛い思いをしてるのにねえ・・・ぐすん。
「やれやれ、こんなぞんざいな扱いを受けたのは久し振りだよ」
獲物を追う鋭い表情を取り戻したカカシはパックンを走らせて、ご丁寧に敵が落として行ってくれた血痕を追う。
失態は消せないが、只では転ばない。
ヤマト宛に文を飛ばし、アジトに侵入したカカシ班は侵入後間も無く敵を追い詰めたが、それが過ぎたらしくカカシ達もろとも自爆行為に及んだ。それを阻止する為に自らの身を投げ打ちジョークにもならないミスを演じ、更に逃亡先の割り出しを謀った訳だが、このまま捕まえられなければこの任務は明らかに失敗だ。
「取り逃がすなんて冗談じゃないよ」
『一度狙った獲物は逃がさない』
暗部時代、よく陰で悪評好評の題材として囁かれた噂を思い出し微かに笑う。
すぐに先程追い抜いていったライドウの横に並び、更に彼が倒した敵の復讐を脇から仕掛ける男の姿を捉えて、腰を屈めた格好でライドウの後ろに回り、バチチッと耳当たりのいい音を発して腕を振り上げた。
それは一分に満たない間の事だったが、連携に依り二人の周りには気絶した男達の体が転がっていた。
「さて、あっちも片付いてる頃でしょ」
カカシが顔を上げて指すのはゲンマ・アオバペアの事だ。彼らは自爆騒ぎの直後、二人を残して先に盗品の回収に向かった。
「ここにあるのは確かだ。回収だけなら容易いだろう」
「あのさ、なんで確かだって言い切れるの?」
斜めに振り返ったカカシの鋭い眼差しが男達を縛り上げたライドウを貫く。しかし流石と言うべきか付き合いの長い彼は表情を変えずあっさりと受け流した。
「ただの勘だ」
「勘・・・ねぇ。ライドウらしくない発言だな」
「・・・」
「ま、いいけど」
ふいっと背を向けたカカシの後ろでライドウは口を結び何か思案する顔になったが、カカシが移動を始めるとサッと意識を戻して共に走り出した。
SCENE19
「腑に落ちないな」
血に染まった畳を見下ろして不快な顔をしたヤマトが呟く。尤もな意見だと思ったナルトは鼻を突く異臭が漂う部屋を出て荒らされた形跡の無い中庭を振り返る。
一見、間違いない風景に思えるが、それこそカモフラージュされたモノではないかと疑心が擡げる。
不気味なほど静かな夜。
四人は予定通り屋敷に踏み込んだが、なんと既に全員が事切れていた。安易には受け入れられず、こちらの動きに気付いた彼らの作為ではないかと念入りに調べたが遺体は本物だった。
更に各々が持つ白刃と首の筋から自害に因るものと判明。しかし生存者がいない今、事情を整理するのは不可能だ。
「現状だけを考えれば疑う余地は無いが、ボクはとても自分の意思で行ったとは思えない」
「誰かが仕組んだものだと?」
中忍が口を挟むとヤマトは記憶を手繰り寄せて一つの可能性を挙げた。
「人を操る呪術は幾らでも存在する。いや、本当に大戦中そういう事があった」
「聞いた事はあります。それにここまでの奴らの動きを考えると、やはりこの状況は信じられませんね」
「これを綱手様に報告するのは不本意だけど仕方ないね。もう少し詳しく調べてから伝令を飛ばすよ」
庭へ降りていたナルトも戻って来て、四人はそれぞれ屋敷の内部を調べ始めた。
ヤマトは地下へ行き、ひとりの中忍は屋根裏を調べると言い、もう一人は厠から台所までを見に行った。ナルトは他の座敷へ行って再度異常は無いか、見落としている所は無いのか隅々を見て回った。
だが不審な点は何一つ見つからない。
やはり穿ち過ぎで事実は見た通りなのか。
ナルトは部屋の真ん中で腕を組み出ない答えに唸った。
その頃、他のメンバーも同じく芳しくない結果に頭を悩ませていた。
うち一人、台所を回っていた中忍は食べかけの煮物を見つめて溜め息を吐いた。
「冥土に旅立つって時に食うか?」
それとも最後の晩餐・・・・。
けれど外部から襲われた形跡はなく、内部抗争が起きた気配もない。
台所の様相は妙だがヤマトの案を肯定するほど強い根拠ではない。
彼は探索を諦めて元の部屋に戻った。
同じく他の三人も一ヶ所に集まりつつあったが、一番先に戻って来たナルトは彼らしく諦め切れず『もう一度だけ』と部屋を見回した。
誰も触っていないので構図は先程と同じだ。しかし最初は足を踏み入れなかった奥から中庭を望む位置に立つと奇妙な事に気付いた。
倒れている体は、一・・二・・・三、四、五体。監視していて把握した人数は四人で五人目は知らない。顔も細部までは分かっていない。しかし一人だけはっきり示せる人物がいた。だがこの中にはいない。
あの男がいない。
「あれ・・・?一人足りないってばよ?」
ナルトは首を傾げて茶屋まで追った男を思い浮かべた。
・・・・連絡役の男がいない??
SCENE20
「こちらは回収した。そっちはどうだ?・・・・そうか、じゃあ任務完了だな・・・ゲンマ?いや、側にいるが、カカシ何が言いたい・・・分かった」
通信を切ったアオバは周囲を見回して、少し離れた場所に立っているゲンマを呼んだ。
「処理班が来たら賊を木ノ葉に連れて帰る」
「カカシさんが何だって?」
「大した事じゃない」
「そうは見えねー遣り取りだったぜ」
「気にするな、単なるカカシの勘違いだ」
「勘違い?」
「とにかく急ぐぞ。俺はさっきの場所に行ってるが、お前は集合場所だ。あの二人捕まえた賊を放ってこちらへ来てるらしいからな」
「はいよ」
アオバがそう言うんなら、カカシの話はここまでだ。
ゲンマは指先で遊ばせていた千本を噛み締めて待ち合わせの場所に急いだ。
―同刻―
「カカシ、悪いが先に行っててくれ」
不意に立ち止まり妙な事を促したライドウをカカシは不可解な顔で振り返った。
「あいつらを放置していくのは拙いだろう」
「・・・気付くの遅いよ。呪符もしてないのか」
問い掛けに短く頷くライドウを見て、珍しいミスを犯すものだと思うが本当なら戻るしかない。
カカシは軽く手を挙げ了解して二人が待つポイントに向かった。
しかし・・・いざ着いてみれば待っていたのはゲンマだけでアオバの姿がない。
奇妙な事続きにカカシは厳しい顔付きになって詰め寄った。
「アオバはどうした?」
「どうって、そりゃアナタ方が現場放って来るからでしょう。代わりにあっちに行ってますよ」
「・・・やられたな」
「は?」
「アオバもグルって訳ね」
「ぐるってなんの・・・あっカカシさん!・・・行っちまったよ。オイオイ、どーなってんだ?」
残されたゲンマは呆れた顔で鼻から息を漏らす。
とはいえ、ここに居てもする事は無し、乗り遅れる事は必死だ。バンダナの頭を掻き、腰に手を当てて巡らせるが良策は浮かばず状況も好転しない。
暫しの後、ゲンマは観念してカカシが消えた跡を追った。