闇に吼える狼の夢
「異常なしか」
崖の上、木々と岩の陰に姿を隠して眼下に見える敵のアジトを睨んだ。
『ようカカシそっちはどうだ?』
首に装着した無線からアスマの声が聞こえる。
「今の所は何ともないようだが」
『そうか・・・大丈夫か?』
「何ともないって言ったデショ?」
『そうじゃっ・・・ねえよ!ナルトだ』
小声で抑えてはいるが苛々した声が無線を通して届いた。
「ナルト?」
カカシの眉がピクリと動いた。ここにナルトが居ない事をアスマが知っている筈はないのだが、態々聞いて来る事が奇妙だった。
『そこに居るんだろ?サクラとサイが心配している。二班に別れた時のお前の様子がおかしかったからだろうが、カカシ大丈夫なのか?この前の任務でも―――』
「アスマ!本当に問題ないから二人には心配するなって伝えておいてくれ」
バサバサバサッ。
ピリピリした空気を纏い始めたカカシに怯えて数羽の鳥が飛び立った。その音は無線を通してアスマにも聞こえ、冷静を欠いたらしくないカカシの態度に眉を顰めた。
『カカシ、俺は付き合いが長いから言ってるんだ、お前は』
「それ以上言うな、死にたくなかったらな」
『カカシッ・・・』
尚も食い下がろうとするアスマにカカシの表情がスゥッと冷たいものになる。
「アスマ、この前の任務報告はお前がしたんだよなあ?まさか五代目に余計な事言ってないよね?」
アスマの頬を冷や汗が伝う。
「どうしたんスか?」
ツーマンセルで相方を務めるシカマルが不審に思って声を掛けた。無線の相手がカカシである事は疾うに分かっていただけに何事かと不安になったのだ。面倒臭いが気になり思わず声に出してしまった。しかしアスマはシカマルを一瞥し横に首を振っただけで何も言わなかった。
『言ってねえよ、俺はそこまで御節介でも御人好しでもねえ』
「どーだか」
カカシはククッと低く嗤ってアスマの居る方角を睨んだ。
『信用ないのか』
「信用はしてるよーアスマはナルトに手ぇ出さないデショ?まだ死にたくないもんね、紅を遺しては逝けないし?でもオレの邪魔はするかもしれない」
『カカシッ』
「ははは、大丈夫。オレはナルトを傷付けなーいよ。他の奴ら全員殺してもね。ナルトだけは特別だよ」
九尾の監視役がよく言う・・・。他人ならばそう思うだろう。しかしカカシの中では三代目が亡くなった時点で無効になっている。とはいえ、ヤマトが居ても万が一封印が解けた場合は他者に殺される前に自分の手に掛けてしまいたいと思ってはいるのだが。
『脅かすなよ』
「これは脅しじゃないよ。事実だ」
きっぱり言い切るとカカシは一方的に無線を切った。これ以上の雑音は無用だった。
「さーて今日は何もないみたいだし、引き揚げますか」
ナルトが待っているからね。
悪魔が差し伸べた手に簡単に堕ちた子供。
「可哀そうにね」
手放すつもりは勿論ないけれど。
「クソッ!カカシの奴切りやがった」
アスマはいつになく乱暴に悪態を吐き前方を睨んだ。
「カカシ上忍、危ないっスね」
シカマルはナルトに渡した無線を思い出していた。
連絡が無いのは問題ナシって事なのか、それともアイツの事だから気を遣って言わねーのか・・・無線は誰かに聞かれる可能性があるとか慎重に考えてるとも思えねえしな。
「まだ様子見るしかないんすかね」
シカマルの呟きにアスマは答えずただカカシが受け持つ方角を睨んでいた。
草を踏む微かな足音にナルトは反応して布団から顔を出した。忍として当然といえば当然なのだが、反応できたのは音がした為だけではない。良く知るチャクラを微量ながらも感じ取ったからだ。
「来るってば」
ナルトは目を瞑り相手の動きを探った。小屋の戸が開き一歩二歩と地面を踏み締め入って来る。
「ナルトー」
耳に馴染んだ低い声が聞こえその人物の気配が又一歩近づいて来る。サンダルを脱いだのか足音が少し変化した。
ギシッ。
床板が軋む音が寝所のすぐ近くで聞こえる。
「ただいま、帰ったよー」
扉が開いて覗いた顔。
「カカシ先生お帰りってばよ」
布団から上半身出たナルトはニシシッと笑って手を伸ばした。
「ただいま、ナルト」
カカシはナルトを抱き寄せて首筋に唇を押し当てた。
「なあカカシ先生、明日はオレも任務に参加してもいいだろ?」
まだ昨夜のカカシを忘れたわけではない。ナルトはおずおずと話し掛けたが、食料を口に運ぶカカシの手がピタリと止まったのを見てすぐに後悔した。任務中、簡単に食事が摂れるように開発された便利なレトルト食品だがこんな時は気分か暗くなる材料の一つだ。面倒臭がらずにカカシが朝食を用意してくれたように、ちゃんと支度すれば良かったとさえ思う。
しまった!まだこの話題は早かったってば?
カカシの表情が冷めたものに変化し始めるのを見ると、ナルトはサアッと青褪め頬を引き攣らせた。
「ふ~ん、ナルトはこの任務やりたいの?」
不機嫌なカカシは心配だったが、熱心なナルトは言い返してしまう。
「当然だってばよっ!オレッてば木ノ葉の忍!んでもって五代目火影のばあちゃんの命令で来てんだから!」
「そうか・・・」
ナルトは何らかの反撃を食らうものと思っていたが、カカシは予想外にもニッコリ笑って「いいよ」と言った。
「え、いいの?」
「何、呆けてるんだ、任務だろ?良いも何も無い。お前を任務に参加させていないとバレたらオレが五代目にどやされるでしょーが」
ナルトは昨夜とは一変、理解ある大人になったカカシに却って薄ら寒いものを感じた。
「今日は早く寝ろよ」
カカシはくしゃっとナルトの髪を弄びさっさと寝所に行ってしまった。
「どうなってんだってばよ」
ナルトは掴まれた髪を直しながら消えたカカシの後姿を追っている。
余裕ってやつなのかな。オレがカカシ先生から逃げられないだろうって思って・・・・。
「昨日が変だっただけ?」
ナルトはまだカカシの真意を掴めずにいる。
続く