神憑 夢追篇
火影の仕事は各ランク任務決定と任命から国・里同士決まり事の交渉、各団体・事業が求めてくる物事の認可、(綱手はバカバカしい単なる顔見せと呼んでいる)里内での民衆へのアピールと里人の暮らしの観察、その他綱手個人は医療の研究開発、医療忍としての手術―――まで多岐に渡る。
その忙しい彼女が合間を利用して元・第七班、担当上忍に会いに行った。自らわざわざ出向くのは珍しい。大概の相手は一言呼びつければ済むし、この相手も例外ではなのだ。
それを赴くのは誰の耳にも届かない場所で話したかったからだ。里外の者には何の価値も無い内容だが里の中では早々に洩れると困る事だった。
綱手は扉に不在の札を掛けて出た。
待ち合わせは火影の家から離れた東の森の中だ。木漏れ日が落ちる草木の狭間、小径を抜けてゆくとかつて三代目火影・猿飛が作った茶室に辿り着く。
こじんまりとした地味な色合いの建物で、出入りもにじり口と呼ばれる猫の通り道の様な狭い所で行う。
綱手は体を屈め小さな戸を横に引いて中へ入った。
里の中で用心深い造りが必要か傾げるが、三代目に言わせるとこれは警備目的ではなく情緒の表れなのだそうだ。誰も彼も素に還り無垢な心で向き合うのだと。
茶室は真のあり方を諭している。
だが茶の趣味はない彼女は自分の師が憩いにした場所を都合が良いので使っている。
しかしこれが風情かと心の内で師に問いかけながら珍しく天井を眺める。
チチチッ。
すると脇の木の花を啄む鳥が囀り空気が静かに揺れてその男は現れた。
「待っていたぞカカシ」
彼は会釈して火影に向き合った。座した彼は飽くまでも平静に綱手の言葉を待っている。
「言いたい事は分かっているな?」
「理解はしていますが、了承はしていません」
「頑固だな。理解ってのは了承も含まれるもんだよ」
「ではどちらも」
「カカシ!」
「納得しかねます。現状では・・・わたしの助けが必要とは思えませんよ」
「本当にそう思うか?」
「第一、七班は解散していますしオレはもうあいつらの担当じゃありません。解散を決めたのは綱手様でもありますが」
綱手はじっとカカシを睨んだ。
「確かにな!私の命令でお前達は今の形になった。だが臨機応変という言葉があるだろう。時はきた」
「いいえまだですよ潮は満ちていません。そして引いてもいない」
「そう言って永遠に表に立たないつもりだろう。太陽に背を向けていていいのかい?」
「月と太陽は混在してはいけないものです。一緒に現れてもそれはひと時の間、人の目に映るのは早朝ぐらいでしょう」
カカシは何かを月と太陽の動きに譬えている。そして綱手も理解している。
「どの口が言ってんだい!そう主張する割に最近ちょろちょろしてるじゃないか」
「・・・・・」
「返せないのは図星だからだよ。他人に釘を刺されたくらいで退く男じゃないだろうお前は」
「何の話かワカリマセンが・・・」
強情ぶりに火影のこめかみが痙攣する。だが茶室で怒号は響かなかった。
「それじゃ考えは変わらないということだね」
「はい」
しかしそれでは困るのだ。
「お前の代わりにテンゾウを立てようかね」
茶釜に向かい柄杓を手に取りさり気なく呟く。
「!」
見間違いかと思う程ほんの少しの表情の変化を見て綱手は確信を得た。
「それが火影の命ならば」
カカシは確実に己を押し殺している。
「お前が認める出来た後輩ならば不服はないか?」
けれど今日の所の説得は無理だ。
「綱手様の決断を阻止できる者は何処にもいません」
彼の顔はもう元に戻っている。その片目の下で何を考えているやら。綱手は嘆息した。
茶を入れる手を止めてカカシを振り返る。彼はもうこの部屋を出て行くつもりだ。
『ドロン』は容易だが敢えて身を屈める。
「ひとつだけ、五代目がなぜこの様な働きをしているのか分かりませんが・・・オレの味方という事は決してないでしょうし」
「フン当然だ!誰がお前の味方などするか」
憤然とするとすぐに笑って言い返す。
「私はずっとただ一人だよ。そいつが心配なのさ、だから嫌々カカシに頼んでいるんだよ」
命令ならば簡単にできるものを。
「・・・・それで分かりました」
カカシは座礼をひとつして小さな戸を開けた。
「慎みも度が過ぎると取り返しがつかなくなるよ」
届いていないのを承知で囁く。
暫く口を閉ざして黙々と茶を点てる音が聞こえる。そうして落ち着いた空間で唇をつけた茶は高価ではないがほど良い風味に満ちていた。しかし爺染みた渋さには慣れず
「渋いねえ。やっぱり私は酒が一番だね」
自分に笑って茶器を手放した。
三代目が愛した茶室を後にして火影は命を一つ下す事にした。
うずまきナルトの謹慎解除だ。
今夜は退院してから数えて丁度七日目の夜だ。一日くらい早めてやってもいいだろう。
毎日焦れて過ごしたナルトが大きな問題を起こさなかっただけでも奇跡だ。
「シズネいるか!」
「はい綱手様っ」
「これをナルトに渡しておけ。うちはにも一言な」
「!・・・謹慎解除―――はいっ」
パタパタと出て行くシズネに任せて綱手は筆を持ち書類に忍の名とサインを記した。
続く