闇に吼える狼の夢
『悪そーな奴等がうようよいるってばよ!』
シカマルは元気なナルトの声を無線越しに聞き安堵せずにはいられなかった。
ナルトの奴、元気そうじゃねーか。昨日は静かだったからどうかしたかと思ったぜ。
額から噴き出る汗を手で拭いアスマを見ればいつに無く険しい表情をしている。
「不審な動きでも見つかったっスか?」
「ああ」
アスマの視線を追えば敵のアジトに行き着く。けれど目立っておかしい点は見当たらない。それにシカマルの勘は「敵の事では無い」と告げている。
敵の忍は農民を装い生活しているようで現在他国を襲う気配は少しも無い。爆薬・弾薬を運び入れる様子も無く本当に敵のアジトなのかと疑いたくなる。一方で暗部の報告と一致する点も見受けられる為、情報が確かなものであると認識はできる。
恐らくカムフラージュに長けた者達なのだろう、既にこちらの隙を突いて次の作戦に移っているとも考えられる。
「俺には分かんねーけど」
「シカマル、予め言っておきたい事がある。聡いお前の事だ、もう気付いているとは思うが・・・俺の身に何かあったら隊を率いて木ノ葉に戻れ。特にナルトからは目を離すなよ」
「はあっ!?アンタ何言ってんだよ!」
流石のシカマルも正気とは思えない未来予想に面食らう。
「それは命令っスか」
「そうだ」
「理由は?」
シカマルは理由を聞くまで納得できないと思った。
めんどくせーって、言ってる場合じゃなさそうだぜ。
「Sランクの極秘内容だ。お前にも話せるもんじゃない。一つだけ言えるとすれば今回の任務は二つあるという事だ」
「な、ん、だって・・・?」
仰天とはこの事か、日頃冷静なシカマルのペースが珍しく崩れた。
「それは・・・敵が近々行動を起こすという事への発言ですか?」
まさかと思いつつ口にするが・・・やはり違ったらしい。アスマはフッと笑いその顔に暗い影を落とした。
「なら、良かったんだがな」
「無線を切った事と関係あるんだよな?それと、ナルト――――!・・・いや、カカシ上忍っすか」
シカマルの頬をじっとりした汗が流れる。幾分涼しい森の中だというのに拭っても拭っても滴り落ちるそれは暑さの所為ではない。
「ハハッお前がツーマンセルの相棒で良かったぜ。今のはここだけの話だ。二度と口にするな。今後緊急時に俺が隊を抜けた場合はシカマルがリーダーだ。なにが何でもナルトと皆を連れて里に戻れ!」
間違っても死ぬなよ、と呟いてアスマは再び通信をオンにした。
マジかよ。
シカマルは苦々しく舌打ちしながら、早くも頭を切り替え「緊急時」における己の行動パターンを練り隊員それぞれの性格と特徴を加えシミュレーションを繰り返し行った。
そして全ての結果、行き着く先に立ちはだかるのは「はたけカカシ」木ノ葉が誇る忍であり、ナルト、サクラ、サイのリーダーだった。
「人相は最悪だけどすっげー完璧な農民じゃん」
ナルトは手拭いを頭に巻き田畑を耕している六人の男達を指して感嘆の声を上げる。
「はあ、感心してどーすんのよ。あんな格好でも相手は相当の手練だからな。気合入れてちょーだいよ」
カカシの半眼に慣れたナルトは「分かってるってばよ」と返事をしただけで怒る素振りは無い。十二歳の頃なら「ムキーッ」等と叫んで跳びかかったに違いない。これも一つの成長と言うものだろうか。
「なあカカシ先生ー」
「ん、何だ?」
「オレ達ずっとこうして奴らを見張らなきゃいけねーの?」
ナルトは暫くじっと息を潜めていたがどうしても気になる素朴な疑問を投げかけた。
「そうだ」
それがどうしたと言わんばかりにカカシは軽い口調で答える。けれどナルトの中では重大な問題らしく、カカシが当初危惧した通り体を揺らし見るからにうずうずし出した。
「一ヶ月も?」
「ああ」
「つまんねー!」
そら来た!
こういった地道な任務はナルト向きではない。カカシの予感は見事的中したわけだが、勿論こんな事で当たっても嬉しくは無い。
「つまらないとか面白いとかじゃないでしょ。聞いておくけどこの任務に何を期待しているんだ?」
ナルトは頬を膨らませ不満も露に文句を言う。
「こーゆーの苦手だってばよ。農民に化けてあの中に潜入して情報を得るとかしねーの?」
「あのね、あの人数の中に入って行ったら目立つだろ」
「誰か一人ボコして成り代わるってのは?」
「簡単にボコせる相手じゃないしよく見てみろ、常に二人で行動しているだろ?仲間内に不審者が入らないように互いを監視してるんだ。」
「げー、じゃあ何もなきゃマジで一ヶ月この地獄みてーな日々じゃん」
カカシは成長したと評した己の言葉を撤回した。コイツは見た目成長してても心はガキのまんまだな。
「忍は忍ぶものなの!そんなんじゃ火影にはなれなーいよ?」
卑怯だがナルトを黙らせるには効果抜群の言葉を出した。
「うっせー。オレってばぜってー火影になるってばよ」
キッと睨み反論したもののそれきり黙って、任務に集中している。
「何かあるより無い方がいいさ」
カカシは答えないナルトの髪を視線は敵に向けたままくしゃっと弄った。
そうこうする内任務を開始してから一週間が経った。目印にしている大岩に両チームのリーダーが集まり里への報告をする日だ。その日は朝から雨が降り小雨とはいえ降り続ければ迷惑には変わり無い。止む気配も無く、任務を遂行する忍の服を容赦なく濡らしている。
カカシは少しでも濡れるのを避けようと大岩が見える範囲で、なるべく多くの葉が付いている幹の許に立った。
「ナルトちゃんとやってるかな」
カカシは今朝ナルトの腕を掴んだ己の掌を見つめ、今ごろ定位置で退屈な監視に就いている姿を思い浮かべた。
「そろそろか」
目を細め呟いた意味深な言葉を聞く者は誰もいなかった。
「ナルト」
少し肌寒い空気にぶるりと体を震わせて雨の中に身を晒す。捜していた人物は小屋の外に突っ立っていた。
「ナルトー風邪引くぞー?」
ポケットに両手を突っ込んで少年の背中に話し掛ける。
「ナルト」
聞こえていないのか反応を示さない事に不安を感じて、飛び掛かるような勢いで腕を掴んで振り返らせた。
「カカシ先生」
驚いた表情で名を呼ぶ彼の手には真っ赤に熟した果実が握られている。何処から取って来たのかと視線をナルトから木々に移せば緑濃い森の中、強烈な色彩を放つ「赤」が目の前の木に沢山生っていた。何故すぐその林檎の木に気付かなかったのか、カカシらしくない鈍さだ。しかし余程ナルトの金色に気を取られていたのだろうと自分に都合よい解釈をして、もぎ取られた果実を見た。
ナルトは突然現れたカカシに当惑しながらも、掴まれた右手の中で存在を主張する果実に唇を寄せた。そして口にしようとした瞬間、手首を捕まえていたカカシが強い力でナルトの手ごと引き寄せ赤い実にかぶり付いた。ナルトの碧い瞳は歯ごたえのいい実を咀嚼するカカシの口に釘付けになる。
「甘い」
そう言って自分を見つめる片目にナルトは突如強烈な羞恥を覚えて、手を奪われたまま耳まで真っ赤に染めて俯いた。
「カカシ先生」
ナルトは朝の出来事を思い出し己の右手をじっと見つめた。
『ん?何か言ったか?ナルト』
「何でもないってばよ」
シカマルの声に相手には見えもしないのに首を振る。
『ちょっとナルトー!あんたちゃんとやってるんでしょうね!こういう目立たない任務だとすぐ文句言って、カカシ先生困らせてない!?』
久しぶりに聞くサクラの怒った声が無線から流れて来た。たった一週間会っていないだけなのに寂しさと懐かしさが込み上げる。
「ははっサクラちゃん心配性だから」
『心配なんかしてないわよ!』
口では何と言っても怒鳴り声の端々にサクラらしい思いやりが見えて、ナルトの唇は知らず綻ぶ。
「そりゃないってばよ、サクラちゃん~」
だからナルトも何でもないと答える代わりに情けない声で「いつもの自分」を装ってみせる。
カカシとナルトの間には様々な事が起きているが、口にするのも憚れるそれらを仲間とはいえサクラに話す訳にはいかない。
『ナルト』
次に無線からサイの声が聞こえた瞬間、監視している隠れ家が大爆発を起こした。爆発の大音量と共にとてつもなく強い風圧が体を襲った。
『キャーーーーー!』
「サ、クラ・・・ちゃんっ」
サクラのいる方角だけではない。シカマルらしき音声も途切れ途切れに無線から聞こえる。
『皆・・・みんな・・・だ・・・い・・・じょ・・・・か?・・・ジジッ』
「シカマルッ!こっちは・・・ゲホッ・・・」
答えようとすれば大量の土埃が口に入り噎せるハメになる。
『ナ・・・ル・・ト、こっち・・・は・・・・』
サイか!?
濛々と煙る視界に目を眇め、ここは離れた方がいいと判断する。パチパチと木が燃える音と匂いに一刻の猶予も無い事を知ったナルトは全員の無事を祈りながら脱出した。
「しゃーん・・・・なろー・・・っ!」
サクラは倒れた大木を持ち上げ、下敷きになっていたサイを助け出した。
「ありがとう」
「ふぅ・・・仲間を助けるのは当然よ!それよりどうなってんのか分からないけど皆を捜さなきゃ」
「恐らく全員ここを離れて・・・サクラッ危ないっ」
ギギギッと傾いでいた木がサクラの方に倒れて来るのに気付いたサイは彼女を抱えて跳躍した。間一髪で避けたものの、他の木々も立て続けに倒れ火災まで起きている。
「ここはマズイ!すぐに退避しよう」
呆然としていたサクラはハッとなり頷いた。
「そ、そうね!」
「よし、じゃ、行こう」
「ええ・・・あの、サイ。ありがとう」
サクラは少し躊躇してはにかみ、はっきりと感謝の気持ちを伝えた。
サイもいい所あるわ。
先に立っていたサイはゆっくり振り返り手を差し出す。
「仲間だからね」
ナルトは確認できるのは足元だけという悪い視界を漸く抜けて、深緑の中に転がり出た。雨はいつの間にか止んで葉の裏や土から出て来た虫達が活動する微かな音が聞こえる。
「ハァ・・・ハァッ・・・サクラちゃん達何処にいるんだって・・・ばよ・・・ハァッ」
ナルトは両腕を垂らし呼吸が整うまで空を見上げていた。
「雨、上がってんだ」
いっそ大雨になれば火は消えるのにと思うが、思い通りにならないのが自然だ。
「もしかしたら皆、大岩んとこに集まってんのかもな」
ナルトは初日に説明された場所を思い出し、其処に望みを賭けた。
「よし!行ってみるってばよ」
「全部まとめてボッコボコよー」
「ぽっちゃり系ばんざーい!」
サクラはよく知る声を聞いた気がして立ち止まった。周囲を見回しても竹ばかりで人の姿は無い。白く煙る森を出た二人は先程から竹林を彷徨っている。
「どうかしました?」
「今、いのの声がしたでしょ?」
「いの・・・ああ、美人さん」
「何でアイツが「美人」なのよ!じゃなくて!・・・もういい、見てくるっ」
「あっ待って」
走り出したサクラを追ってサイも声が聞こえるという方へ向かった。
暫く行くと確かに人の声が聞こえてきた。一人、二人・・・四人いるようだ。一人は高い女の声で後の三人は男だ。恫喝する声も聞こえ、戦闘中かもしれないという予想は暫くして的中する。
「心転身の術!」
「いのブター!!!」
サクラが二人を見つけたのは丁度いのが敵の体を乗っ取った時だった。
「サクラ!」
農民の格好をした男が仲間らしき忍を殴りサクラに向かって叫んだ。
「アンタ、いの?」
サクラは苦笑を浮かべ妙な男を指差した。
「そうよ!サクラこそ生きてたのね」
不敵に笑い女言葉を言い放つ姿は奇妙な光景だ。
「あれが山中家の心転身」
サイは術をチェックし、いのとチョウジ二人の無事を確認する。
「ふん、私が死ぬわけ無いでしょ!そいつらあの隠れ家の奴等ね」
「ふう・・・そう。爆発後、運悪くこいつらと出くわしちゃって」
いのは自分の体に戻り、倒れた男二人を示した。
「どうしてあんな自爆行為をしたのか分からないけど、コイツ等を吐かせれば分かるわね」
取り敢えず縛ろうという意見で纏まり、ポーチに入れておいた縄で容易に抜けられないようにチャクラを込めてぐるぐる巻いた。
「これでよし!後はどうやって運ぶかね」
「アスマ先生がいればなあ」
チョウジの言葉にサクラは「あっ」と短い叫びを上げた。
「そうよ!アスマ先生、今頃大岩の処にいるわよ。此処まで呼んでくればいいわ」
「おお!そうか」
チョウジも頷く。
「じゃ私達が呼んで来るから」
サクラがサイを促し歩き始めると突如、上から人が降って来た。
「呼んだか?」
「キャー!アスマ先生、吃驚させないで下さい」
「何だお前等四人も揃ってるのか」
アスマはチョウジ、いの、サクラ、サイの順に見回して捜す手間が省けたと言う。
「私達を捜してたんですか?」
いのは首を傾げて今日は報告の日ですよね?と聞く。
「ああ、目印の大岩まで行ったんだが、カカシも暗部の奴も来てなくてな。しかもデカイ爆発音がしたんで急いでお前等の所へ行ったんだ」
「良かったー!私達も丁度困ってたんです」
サクラは嬉しそうに両手を胸元で組んでいのが伸した二人の男を示した。
「ほお、お前等だけでよく倒したな」
アスマは感心の目を四人に向けた。
「いえ、正確にはいのとチョウジ君です。私達が来た時には決着していましたから」
「そうか、Aランクの忍を二人でか」
感慨深げに二人を見た後一言よくやったと言った。サクラはその様子を眺めカカシもこういう時、普段は眠たげな瞳を優しく細め目一杯誉めてくれるのを思い出した。
「ん・・・」
「気付いたか。聞きたい事がある正直に答えろ」
先に意識を取り戻したのはいのが殴った男だった。
「何故爆発は起こった?」
「爆・・・発・・・」
逃げられないと分かっているのか、まだ思考がはっきりしないのか男は素直だ。
「そうだ」
「あれ・・・は・・・俺達・・・じゃ・・・ない・・」
「どういう事だ!」
アスマは再び目を瞑ろうとする男の胸倉を掴んで問い質す。
「起爆札が・・・仕掛け・・られ、て・・・・いた。恐らく・・・時限制のだ・・・・・」
「時限爆発だと!?」
アスマは気を失った男の体を放り、しまったと呟く。
「どうしたんですか?アスマ先生」
「クソッ、カカシ!」
四人は敵の言葉とただならぬアスマの様子に困惑した表情で互いに見合わせた。
ナルトは岩の傍にシカマルの姿を見つけて敵がいる可能性も構わず叫んだ。
「はあはあっ・・・シカマルッ!」
「ナルト!無事だったか。カカシ上忍はどうした?」
シカマルは全員が気懸かりだったが、まずカカシの事を知る必要があると判断した。
「えっカカシ先生は来てねぇの!?」
皆と合流すればカカシにも会えると思っていたナルトは居ないと聞いてショックを受けた。
カカシ先生大丈夫だよな?
ナルトの額から頬を嫌な汗が伝う。
「皆はどうしたんだってばよ」
「俺にも分からねえ。アスマも何処にいるのか」
カカシ上忍が姿を消してるって事はかなりヤバイんじゃねぇか?これがアイツの言った緊急時ならアスマはもう・・・。
「おい、シカマル?」
「ナルト・・・言っておかなきゃなんねー事がある・・・」
「何だよ」
「カカシ上忍は・・・」
「オレがな~に?」
ガサリと草を掻き分けてシカマルが最も出会いたくない最悪な人物が姿を現した。
クソッ早速かよ!
シカマルは仲間達が来る筈だからとこの場に留まっていた事を後悔した。
「カカシ先生ー!よかった、あいつらと戦ってんのかと思ったってばよ」
ナルトはカカシに駆け寄ろうとするがシカマルの背がそれを阻む。
「シカマル?」
「お前を行かせる訳にはいかねーんだよ」
「へえーアスマの入れ知恵って訳か」
「カカシ先生?」
ナルトは意味が分からない事を言う険しい表情のシカマルと、ゆったり笑うカカシを呆然と見つめた。
続く