銀鈎
血相を変えて走って行くアスマ先生をオレはスローモーションみたいに見てた。
『あいつは・・・・ヤバイ。あまり係わり合いになるな』
『お前は意地悪されたんだよ。ナルトが気にする事は無いんだから』
『お前が心配しなくともカカシ先生達上忍や暗部が頑張っている』
『今回のこの件はカカシ上忍が深く係わってる可能性が高い』
『誰もアイツの本当の所は分かっちゃいないのかもな』
『暗部や上忍の奴等が動いてるんだから連中に任せればいいの』
みんな勝手だってばよ。勝手な事を言ってオレを困らせるんだってばよ。
本当の事は誰が教えてくれる?誰が知ってるんだってばよ。
それとも皆がオレを騙してるんだってば?
「った!気を付けろ!」
「すみませんっ。ナルトー!」
往来で人にぶつかりながら、ナルトの許へ息急き切って走って来たサクラはオレンジ色の袖を掴んで荒い息を吐いた。
「サクラちゃん、そんな慌ててどうしたんだってばよ?皆も急いでるみてえだし、何かあったのか?」
ゼーハーと下を向いて呼吸を整えていた彼女は平素の状態を取り戻すと真っ直ぐにナルトを見つめた。
「ナルト・・・落ち着いて、落ち着いて聞きなさいよ、シカマルがね、怪我をしたのよ!」
「・・・・え?」
大きく見開かれてゆく蒼い瞳を見つめてサクラは言葉を続ける。
「昨日の・・・夜、誰かに襲われたみたいだって・・・・さっきアスマ先生から聞いたわ」
「なんでだよ!?」
ナルトはサクラの言葉を聞いて怒鳴った。それは道のど真ん中で目立つ光景だったが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。けれどサクラは激しく首を振って分からないのだと言う。
「分からない、けどっ誰かが連続殺人じゃないかって・・・・あ!ナルトッ何処行くのよ!!シカマル今は面会謝絶で会えないわよ!?」
袖を掴んでいたサクラの手を振り払うとナルトは病院に向かって駆け出した。
嘘だ、嘘だっ!何でシカマルがこんな目に遭わなくちゃいけないんだってばよ!!!
逸る心に対して足は縺れ思うように速く走れない。それがナルトを一層焦らせ、病院に着いた時もまず先に何処に行けばいいのか迷った。
「病室・・・病室はどこだってばよっ・・・・あっ!ねえちゃん、シカマル・・・奈良シカマルは何処にいんだってばよ!え?あっち?三階!?分かった、サンキューッ」
カルテを腕に抱え運んでいた看護師を呼び止めて居場所を聞いたナルトは階段を駆け上り、そこで見知った上忍二人を見つけた。
「あっアスマせん・・・!」
シカマルの病室に着くとドンッという鈍い打撃音が廊下の壁に響き、その場の空気を揺るがせていた。
「ちょっと、お静かにして下さい!」
「うるせえ!っくそっ!何で俺は油断していたっ!?」
「アスマさん・・・」
壁に拳を振り上げたアスマは傍に居たゲンマに押さえられて力なく病室前の長椅子に腰掛けた。その様子を患者だけでなく医療班の者も遠巻きに見ている。
ナルトはその光景を目にして胸が苦しくなり、とても傍に行く気にはなれなかった。
シカマル、アスマ先生・・・・。
ナルトがそっと立ち去ろうとした時、そのオレンジの背にゲンマが気付いて呼び止めた。
「ゲンマさん」
「ちょっと外で話さないか」
少し話そうと言ったゲンマはナルトを中庭に連れ出して空いているベンチに並んで座った。外は憎いほど明るい太陽が輝き陽光を木々と土の上に降り注いでいる。
「なあゲンマさんアスマ先生が・・・オレのせいで」
「どうしてそう思うんだ?」
「昨日の夜、アスマ先生と一緒にラーメン食べに行った・・・から」
それだけじゃなくて・・・シカマルとの会話が原因かもしんねえけど、オレがアスマ先生と行かなきゃあいつは無事だったかもしれないんだってば。
「お前のせいじゃない、気にするな」
スッと伸びたゲンマの手が子供の頭に触れてぐしゃぐしゃっと金糸を掻き混ぜた。
「!」
あれ?ゲンマさんだよな?
その仕草に違和感があった。置かれた手の主を見上げると長楊枝を咥えた大人は包み込むような笑顔を見せて、それはナルトの記憶の「誰か」と重なる。
「カカシさんにも言われただろう?」
「え・・・なんで知ってるってばよ?」
ゲンマが言っているのは昨夜カカシがナルトに忠告した事だろう。それを何故彼が知っているのだろうか。
「ん?ああ、カカシさんがナルトを心配していたからな」
「心配・・・」
「シカマルはこんな事になっちまったが、里の大人は皆子供達を心配してるぜ。それはお前だって同じだ、カカシさんや五代目・・・イルカ、それに俺だって気にしてるんだ。だからあんまり無茶な事はやってくれるなよ」
「・・・・」
だけどオレはやられたシカマルの為にも犯人を見つけ出してぶっとばしてやりたいんだってばよ。
「犯人は必ず俺達が見つけるから。お前はいつも通り笑ってろよ」
お前が笑わねえとこっちの調子も狂っちまうんだぜ。
楊枝を揺らすゲンマはいつものように笑っていたが、その顔は少し翳りを帯びて寂しそうだった。
朝の慌ただしさも落ち着きそろそろ時計が昼を指し示すかという頃、一人の上忍が監視塔に向かって歩いていた。
「ご苦労様」
「あっ!お疲れ様です!」
里の内側と外側を見渡せる監視塔から降りて来た中忍の男は脇を擦り抜けて行った上忍に頭を下げて、ふと相手がこんな所に来るのは珍しい事だと上方を見て首を傾げた。
最近は上層部が慌ただしくしているからその為だろうか。
「なんにしても、中忍には関係ない事だろう」
彼はさして気にもせず昼食を摂りに出た。しかしその出掛けた店で問題が起きたのだ。
その店を選んだのは偶然だった。いつもは定食屋を好んでいくつかある馴染みの店のどれかに入るのだが、今日に限って麺類を食したくなった。彼は匂いに惹かれ里一番と評されるラーメン屋の暖簾を潜り中を見回して声を上げた。
「あっ!」
店主の睨む目が痛いが今はそれ所ではない。
「ん?なーに、どうかした?」
店の先客を見て驚愕した中忍は青褪めた顔で男に飛び付いて事情を話した。すると相手もまた緊張した面持ちで立ち上がり店主に声を掛ける。
「すいませんテウチさん!あいつ来たら味噌ラーメン卵二個付きオレの奢りで出してやって下さい!」
男が物凄い速さで店を出て行くと中忍は大変な事になったとその場にへたり込み、店主が注文を尋ねても暫く返事ができなかった。
一方一楽を出た上忍は胸の内で間に合ってくれと念じながら監視塔を駆け上がった。門外の広い大地を見渡せる所まで出ると風が音を鳴らして吹き荒び彼の髪を靡かせる。
「っく、風が強いな」
「カカシ上忍!どうかされましたか!?」
里の外を望んでいた忍は厳しい顔のカカシを見つけて走り寄って来る。
「敵が侵入した恐れがある。異常が無いかすぐに確認しろ!」
「は、はいっ!」
監視のみの毎日に平和ボケしていた警備員はカカシの指示に一瞬戸惑う。しかし緊急事態を悟ると踵を返して走り出しインカムで仲間に連絡を取り、要所から普段目に付かない場所まで隅々を点検して回った。
その十分後、無数の起爆札が発見された。
「ご報告致します」
連日犯人の割り出しと執務に追われ疲労が滲む綱手の前に、酉面を被った暗部の忍が片膝を突き頭を垂れた姿でスッと現われた。
「先程門の監視塔にて起爆札が発見されました。既に回収作業は済んでおりますが昨夜、奈良シマカルを襲った者と同一・・・また今回の連続犯の仕業と思われます」
「本当か!」
待ちに待っていた朗報に綱手の苛々は吹っ飛び隈を敷いた瞳が輝き出す。彼女は勢いよく立ち上がりよくやったと叫んだ。
「はい」
「そうか!・・・ついにボロを出したか!その情報は誰からのものだ?」
「奴の裏を探索、尾行しておりました「不知火ゲンマ」からです」
「ふん、流石は元暗部・・・・ということか。はははっ・・・よし!上忍、暗部全小隊に告げよ。これより緊急態勢を敷く、何としても追い詰め捕らえろ。決して逃すな!!」
「はっ!」
暗部の男は綱手の謎の言葉に仮面の下で疑問を抱いたが、よくコントロールされた心の底に仕舞い込んでシュンッと消えた。
「いよいよですね」
シズネも参戦すべくいつもの綱手に付き従う時とは違う忍服姿で窓の外を睨む。彼女の科白には僅かな緊張と高揚、そして安堵が見える。
「ああ、決着をつける」
五代目火影は睨み据えた先に追い続けた敵の後ろ姿を見て艶やかな唇を引き締めた。
続く