カカシ先生のあいつ
ある時ナルトはそれに気付いた。
常にカカシと共にあるそれ。
でも何か少し違うってばよ?
ナルトはぼんやりそれを見て首を傾げた。
『あれ、あんなのあったっけか・・・・?』
素朴だがとても大事な問題だった。
後ろからの挿入が抜けた時に目に入ったそれには、直径十ミリ程度の黒い丸い染みができていた。
初めて見るってばよ。・・・オレにはないよな?
思わず自分の持ちものを見る。
つかなんだってばよ、アレ。
「ナルト?」
一度気になるとなかなか忘れられない。目を逸らしても、ついつい注意はそちらへ向かう。そのため声を掛けられても上の空だ。
そして結局最後まで集中できずに終わった。
一日経って、綱手から常日頃の生活環境とカカシとの付き合いあれこれ注意しろと言われた(というより心配だろうか)ナルトはハッと思い付いた。
カカシ先生のアレってなんかの病気!?難病!?もしかして任務中になんかあったってば?
そのカカシ先生としてるオレってどうなの!?
変なビョーキになったらどうしようってば!
かと思えば、首と手を激しく横に振り悲愴感たっぷりに心の中で叫んだ。
いやいやいやその前にカカシ先生が死んじゃうってば。
曲がりなりにも盛りの三十代、アソコの病気で死んじゃうなんてカワイソウだってばよ!
これは恋人とゆう立場のオレが何とかしてあげなきゃいけねーってば!
百面相のナルトは真剣な顔でうん、と頷きまずはカカシの周囲から探りを入れる事にした。
「これはデリケートな問題だからなァカカシ先生とはいえ、いきなり聞いたらショック死しちまうってばよ」
そもそも自分の事なのだから分かっていない筈はないのだが、その重要な点に気付かないナルトだった。
「カカシ先生の知り合いなら、最近変わった事がなかったか分かるよな。任務でああなったのかもしんねーし」
ナルトはまず悪友として名高いアスマの許を訪ねた。
「アスマ先生ー」
「おぅ、ナルトか。なんだ・・・カカシの変わった所だァ!?う~ん、いや最近は同じ任務には行ってないからな・・・何かあったのか?」
訝しむアスマを余所にナルトは目を瞑り腕を組んで唸る。
「ハァ、アスマ先生ならと思ったんだけどなァ。そっか、いや何でもないってばよ!じゃあオレってば急ぐから!」
「お、おお」
戸惑い煙草を指に挟んだまま頷く彼を後に、ナルトは次の場所へ向かう。
そこは多くの忍が任務前に集う待機所。
顔見知りを捜していると、丁度入って来たくノ一の二人が話し掛けてきた。
「久し振りねナルト」
「紅先生にアンコ先生。オッス、久し振りだってばよ」
「どうしたの、カカシならさっき任務に行ったばかりだけど」
「そうじゃなくてさ、今日は・・・」
言い澱むナルトを二人が不思議そうに見る。この場合どちらがより詳しいだろうか。
「ハア!?カカシィ?あんなやつの事なんて誰も知らないわよ。見た目からしてワケ分かんないじゃない。ねえ、紅」
「ハ、ハハ」
アンコの言い様には苦笑するしかない。
もしかしてカカシ先生ってばあんま良く思われてねえの?
大人の付き合いを心配するナルトに紅が問い掛ける。
「うずまき、どうしてカカシの事を他の人に聞くの?」
七班に所属する自分が一番よく知ってるじゃない、と尤もな意見が飛び出る。
「えーっと」
「事情がありそうね」
神妙に聞く彼女を真っ直ぐ見れず目が泳ぐ。
「あーいや、事情っつーか」
無理もない。
この手の話題は大人だから慣れているだろうが、話す側としては相手が女性だと思うと言い難い。
「やっぱいいや、大丈夫だってばよ」
ナルトは笑って大急ぎで待機所を出た。
「あっぶねー。あんなこと言えねーってば」
女の人んとこは駄目だ!
参ったナルトは道端のベンチに座り、うんうん唸って空を仰いだ。そして唐突にある恩師の存在を思い出した。
「そうだ!肝心な人を忘れてたってばよ!任務と言えばイルカ先生じゃん」
く~っ、なんで気付かなかったんだろ。任務の受付に一番多く立ち会ってんのってイルカ先生じゃん!そしたらカカシ先生の任務も、日頃の動向も誰より知ってんじゃん。
この時間ならば彼はまだアカデミーにいるだろう。
ナルトは懐かしの、また苦い思い出も沢山ある学び舎へ歩いた。
案の定、夕暮れの校舎に残っていたイルカは帰るアカデミー生を見送っていた。
「イルカ先生」
ナルトはその背に近付いてあの質問をした。
「おー!ナルト元気にしてたかあ?ん?相談か・・・おいおいカカシさんの事なら・・・そうか、任務の事までは分からないよな。だが守秘義務があるからなぁ。なんだ、内容はどうでもいい?変わった事はないかだと?う~ん、俺も受付で顔を合わせているがな、報告の時もおかしな事はなかったぞ。そういうのはいっそ綱手様に聞いたらどうだ?」
その提案にナルトは困った。
「そりゃ、ばあちゃんは火影だし医療忍者だから、知ってるかもだけどさ」
「どこか悪いのか?昨日は具合悪そうには見えなかったぞ」
「・・・顔色は変わんねーんだけど」
こっそり呟いて、これでは先程の二人と変わらないと思い踵を返す。
「や、悪ぃ邪魔したってばよ。じゃーまたなイルカ先生!」
「う~ん・・・誰もカカシ先生の事知らねーってばよ。あれが感染症だったら大変だよな。今頃みんな・・・・・・あれ?皆は感染らない?うつるのって・・・もしかしてオレだけ!?」
プチパニックになりながらナルトは門の辺りまで来てしまった。そして新たに気付いたのは。
「そういや任務から帰って来た時、一番に会うのって・・・」
目線を彷徨わせ捉えたのは通行人をチェックしている二人の忍だ。
「イズモとコテツの兄ちゃんだってばよ!おーい」
もう日が落ちる寸前。ナルトは急いで二人に尋ねた。
「昨日か一昨日のカカシさん?」
「妙な事なんてあったか?」
「いや・・・どうだったか。先週は何件か外に行っていたが」
首を振る二人にナルトは食い付く。
「些細な事でもいいんだってばよ!」
「うーん」
「う~む」
「顔色とかさ~」
「いや」
「ああ、普通だったな」
「ガクッ・・・マジで」
「大真面目だよ。大体どうしてそんなに心配するんだ?気になるんなら、本人に聞けばいいだろう」
イズモの意見は尤もなのだが。
「聞けねーからだってばよぉ」
「聞けないって?」
通行人を審査する駐在所の壁に縋り、ずるずると座り込むナルトにイズモは不思議そうに問う。
「だって、お前の担当上忍だろ」
「問題が問題なんだってばよ~」
ぼやく彼の頭上でコテツとイズモの動きが止まり、そして誰かに会釈した。
「だって、オレの・・・以前にカカシ先生の命に係わる事なんだって」
「ふぅん、そりゃ大変だな」
不意にコテツともイズモとも違う声が降ってきてナルトは驚いた。
「ギャアッ出たッ!」
「こらこら、逃げない逃げない」
「逃げるってば!」
それでも彼はいとも簡単にナルトを捕まえて二人に向き直った。
「それじゃ、コイツ回収してくから」
「はい、お疲れ様ですカカシさん」
「じゃあな、うずまき」
良かったな!カカシさんが来てくれて。
と嬉しくも無い余計なエールに見送られ、ひょいと担がれたナルトはカカシと共に宵闇に消えた。
表情は変わらないが(額当てで見えないので)やけに楽しそうな足取りのカカシに借りてきた猫よろしく彼の家に連れて来られたナルトは少し緊張していた。
「お前なにリサーチしてんの、オレの事なら本人に聞けばいいでしょ」
マスクを外しながら忍服を脱ぐカカシに言われて、さっきのイズモと同じく尤もなれどナルトは口籠もる。
「聞きにくいってどういう事だ」
「カカシ先生だって人に直接言えない事あんだろ?」
「あるけど、ナルトはないだろ」
「決め付けだってばよ」
「そんな事ないさ」
「じゃあっ!言うってばよ!?」
真っ赤な顔で勢い込むと大人は澄ました顔で促す。
「どうぞ」
「後悔しても知らないってばよ!」
「ああ、分かった分かった」
何を言っても無駄だ。
ナルトは諦めてカカシを睨み付け先生のせいだからな、と一呼吸して直径一センチの染みについて話した。
ところが。
「・・・それを悩んでたのか」
「うん」
「しかも皆に聞いて回って?」
「そうだってばよ!けど先生のアレが変な病気だとは言ってねーって」
「病気・・・」
「ほら!ショック受けてるじゃん!だから言ったんだってばよ、言いにくい事もあんだって」
しかしカカシが考えているのはどうやらそういう意味ではないようで。
「うーん・・・そうじゃなくてだな・・・ナルトそれいつ気付いた?」
「えっ・・・・とぉ、昨日の夜」
「そうか、でもな、そんなのはないんだよ」
「・・・・・はっ?」
「何なら見てみるか?」
「あー・・・ハッ、いやいやいやいやいやっ!見たくねーって!てかマジで!?」
「嘘をつく必要があるか?」
「ない、と思う」
「先生を信じなさいよ」
そう言うとナルトはジッとその美貌を見つめて、ばたりと後ろに倒れた。
「はぁぁ。じゃあ、オレってすっげーバカみてーじゃん!勝手に心配して結局何でも無かったんだし」
カカシは丁度よくベッドの上に倒れたナルトに笑って被さる。
「ありがとう」
けれどその頭では別の事を考えていた。
真相は少し遡る。
そもそも綱手がナルトを指導するに至った理由とは何か。
助言を与えた日の昼、いつもより静かな空気を纏ったカカシが現れた。
「五代目、折り入ってご相談が」
「なんだカカシか。お前が私に相談とは珍しいな」
「はぁ」
「いいぞ、話せ」
「ここではちょっと・・・・」
「?」
綱手の顔が怪訝になる。しかしその様子から何事か悟った彼女は分かったと言い立ち上がった。
「診療室へ行くぞ。そういう事だな、カカシ」
「はい」
こうして二人は綱手が主に実験の為に使っている部屋へ入って行った。
「いま他の者は立ち入り禁止にしている。気遣いは無用だ詳しく話せ」
「ありがとうございます。実は先週の任務でドジを一つ踏みまして」
綱手の眼差しがきつくなる。
「なぜそれをもっと早く言わない!」
「すみません、報告すべきでした。ただあの時は自覚症状がなかったので」
「それで?」
「任務中、落盤がありそれに伴って起きた敵のトラップに掛かりました。煙幕の類で、避けましたが舞い上がる風に逃れ損ねて」
「そうか、とすると中毒の類か」
「それが予想外の場所に現れまして・・・・」
さすがに言い淀むカカシに、いつもは短気な綱手が根気強く待ち、答えを引き出した。ある程度理解した彼女はすぐに服を脱ぐよう伝え、検分のあと確信を得た。
「いいよ、服を着な。遠回しにいってもあれだからね、率直に言う。これは『ヤマノモリゾウ』という寄生虫の一種だ」
「・・・・」
冗談みたいな名前にカカシは嫌な顔をする。これはひょっとしてドッキリではないのか。
「そんな顔をしなさんな。寄生虫といっても、ちゃんと治る方法がある」
「ドッキリじゃないんですね・・・」
「何を言ってる」
「いえいえ、それでオレはどうすれば」
「塗り薬と内服薬を処方する。他人に感染る心配はないから安心しろ。但し念のため痕が消えるまで接触は避けるように」
「・・・はあ」
「まさかお前すでに・・・・」
「いえいえ!」
「怪しい・・・・」
「・・・・」
「ナルトだな」
「・・・・はぃ」
「まったく、お前という奴は!あいつには私からさり気無く注意しておくから、余計な事はするなよ」
「はい、ありがとうございます」
「よかった~!じゃあ、オレの思い過ごしだったんだな?」
「あ、ああ」
「本気でカカシ先生が死んじゃうって思ったってばよお・・・」
よかったよかったと半泣きで抱きつくナルトを受け止めたカカシは胸中複雑だ。彼は騙す結果になってしまった事を申し訳なく思いながらナルトを抱き締めた。
END