三忍三様・恋模様
話を聞き終わるなりサクラはナルトの顔に指を突き立ててきっぱり言い放った。
「も~!苛々するわね!私がハッキリ言ってあげるわナルト。ズバリそれは恋よ!」
「・・・・は?」
「分からないの!?アンタはカカシ先生に恋してんのよ!」
「恋ぃぃぃっ!?」
ナルトは素っ頓狂な声を上げて飛び退ったが、それに動じる事なくサクラは確信の顔で続ける。
「カカシ先生に告白されて、付き合った後が怖いって思ったのよね?」
再び間合いを詰められたナルトはたじろぎ戸惑いつつ頷いた。
「う・・・そうだってばよ」
「一度は怖がっているのを誤魔化してるんだって思ったのよね?」
「・・・・うん」
「それで寂しいって思ったんでしょ?」
「うん」
「しかも任務から帰ったら真っ先にカカシ先生に会いに行って」
「うん」
「会えなくてわざわざ捜し回って」
「そうだった」
「じゃあ一目瞭然じゃないっ。あんたは今まで繰り返してきた失敗を恐れて自分の気持ちに嘘を吐いているの!ただそれを認めたくないだけでしょう?いい加減素直になりなさいよナルト。本当はカカシ先生に惹かれているくせに、付き合う前から捨てられる事を考えてウジウジ悩んでどうするのよ。バカッ」
「ばっ・・・・・!バカって、バカって・・・サクラちゃぁぁぁん」
「懐くな、甘えるな!これっくらいの事自分でケジメつけなさーい」
「ケジメって言ったって」
「簡単じゃない。今度はナルトがカカシ先生に告白するのよ」
「ぇっ・・・・・ええええ!?」
「だってそうでしょ?そうするしかないでしょ?このまま放ってずるずる引き摺りたくないのなら、はっきり言うべきだわ。それが、カカシ先生への誠意ってものでしょう?」
「誠意・・・」
「ハァ、カカシ先生だって勇気要ったと思うわ。だって同性に告白するのよ?幾らあのカカシ先生でも、冗談で言えるとは思えない。だから、精一杯告白した後で相手に冷たくされたら悲しむわ。カカシ先生は特別?とんでもない。好きな人に振られて傷付かない訳ないじゃない」
「ん、そうだな」
「ナルトだって本当はカカシ先生を傷付けたくないんでしょう?」
「当然だってばよ。でも気付いたら酷い事ばかり言ってる」
「愛情の裏返しなのねぇ。ま、がんばんなさい!サスケ君の事は私に任せて。ふふふっ」
「は!?な、ななな何であいつの名前が出てくるんだってばよ?」
不意打ちにナルトは大層慌てて「まさかサクラちゃん」という顔で問い返した。
「ふふ・・・バカナルト私が知らないとでも思っていたの?」
っぎゃーーーーっ!!
瞬時に顔色を青くしたナルトは同時に声にならない大絶叫を心の中で響かせた。
「し・・・知ってた???」
「モチロン」
サクラはにんまり笑って、以前から燻っていたカカシをわざと焚き付けた事やそれからずっとカカシの相談に乗っていた事を明かした。
「だからってサスケ君には何もしてないわよ?私にとってナルトはある意味ライバルだけど、大切な友人でもあるんだからそんな意地悪はしないわ。それだけは勘違いしないでね」
「ははは・・・」
『女ってやつはこえーよ』
友人の一人が心底恐ろしげに呟いていたのを思い出す。
「あれってシタタカって事だってばよ」
「なに?ナルト何か言った??」
「・・・・何でもないってばよ」
不思議がるサクラにナルトは単調な笑みを返した。
素直にね
それがサクラの究極のアドバイスらしかったが、確かにそれは明快な答えで
詰まる所それに限るといった感じがした
でもさ
「こういうのを正直に言うって難しいよな」
次に移すべき行動は単純だが、いかんせん進化の過程で複雑な脳を得た人類・・・「脊椎動物門哺乳綱霊長目ヒト科」はその複雑さゆえに自身の気持ちでさえも扱いに難儀する。
高度な構造をしていると言っても高々自分自身の感情なのだが。
それとも、だからこそ人間と称えるべきか。
「ぐあ~~~~」
貸し切り状態で少し寂しい演習場の草地に寝転んだナルトは両手を頭上に翳して煩いほど眩しい太陽を遮った。
勢いで言ってしまえば後は何とかなりそうな予感がする。こんな時にこそひょっこり現れてはくれないものかと都合のいい考えが浮かんだ。
「これで来たらテレパシー・・・」
カサッ。
呟いた途端微かな音が、それこそ聞き逃してしまいそうな草を踏み締める音を聞いて、ナルトはまさかと思いながら勢いをつけて上体を起こした。後ろに手をついて視線だけは真っ直ぐ演習場の入り口へ。
「・・・うそ」
「ほんと」
聞き取れる訳がないと思った声はしっかり届いたらしい。ナルトの目の前まで来たカカシは昨夜の事など全く気にしていない様子でにっこり笑う。けれどその仮面は嘘だろう。痛みを綺麗に押し隠した姿を見上げたナルトは、太陽が銀糸に反射して思わず目を細めたカカシの顔に寂しさの片鱗を見つけて胸を痛めた。
居た堪れず目を逸らす、が同時に空気が揺らぐのを感じた。更に「悲しみ」か「落胆」か、微かに息を吐く音が聞こえた。
不安定な気の流れが二人を包み込む。
「なんで」
どうしてこうもこういったタイミングで現れるのか。
先程願った事とは正反対のことを思う。
そういえばサスケと別れた時もそうだった。
その時、ナルトの顔から感情を読んだカカシが微かに笑った。沈鬱な様子はもう何処にもなく、早くも余裕を取り戻している。
その大人の余裕が少し憎くて、かなり悔しかった。
「偶然が何度もある訳ないでしょ?」
「え、え?」
「初めから偶然なんてなかったんだよ」
「それって、どういう」
「あれは偶々通りかかった訳じゃない。ナルト、オレは・・・お前が振られるのを知っていた。だがお前がサスケと別れようが別れまいが・・・いや結果として卑怯に思われるかもしれないが」
「か、かしせんせ?」
なに言ってんだ?
「オレは」
「別れるのを知っていてあそこへ行ったんだ」
「―――え」
カカシが躊躇いがちに白状した内容は余りにも衝撃的だった。
怒りよりも戸惑う気持ちが勝り、ナルトはどう反応して良いか判らずに視線を揺らす。
「伝えた気持ちに嘘はない。こんな言い方じゃお前は納得できないかもしれないが、オレは真剣な気持ちで告白した」
「・・・・ぁ」
言い方はどうであれ真面目だと、嘘偽りはないのだと告げるその瞳が真っ直ぐナルトを貫いて全身が感電したように痺れた。
知ってる。
知ってるよカカシ先生。
オレだってもう子供じゃねえ。
先生が茶化すみてえに言ったこと、本当は本当に本気だって・・・分かってる。
なのにオレは逃げてばっかで、ずっと逃げ続けて先生を傷付けてたんだな。
「ごめんカカシ先生」
苦笑を零したナルトの科白を額面通り受け取ったカカシは「そうか、やっぱりね」と言いたげな―実際そう呟いたかもしれない―そんな顔で頷いて見せた。
仕方がない、そんな風に切ない顔で。
しかしナルトはふっと笑いゆっくり首を振る。
今までごめん。
ごめんなカカシ先生。
「ごめん、オレもカカシ先生が好きなんだ」
言えなかったのは自分が傷付くのが怖かったから。
疾うに出ていた答え。
自分が一番大切に想っているのは誰なのか。
一番近くに居たからこそ真実は濁って、離れた途端心底笑えなくなった。笑い方を忘れてしまった。
側に居た時が一番幸せだった。
何でも『一番』はカカシと共に在った。
それなのに。
ナルトは対等な目線である為にしっかりと立ち上がりカカシと向き合った。
「オレはカカシ先生が一等好きだってばよ。気持ちならカカシ先生に負けてねえ」
ナルトは一歩近付いて彼を抱き締めた。それはその行為に慣れない彼なりの(抱くというより抱き付く形の)ぎこちない抱擁だったが想いは十分に伝わったようだ。
初々しい仕草が温かい笑みを誘い、カカシはふっと浮かんだ遠い記憶のワンシーンと同じように柔らかな髪に手を伸ばした。
ぽんぽんと軽く叩いた後ふわりと触れて髪を梳いた。
驚いた瞳が二、三回瞬いて。
カカシはゆっくり笑った。
END