その猫の足跡
発症から六日目。
首謀者の居場所はヤマトと暗部、忍犬の働きによって着実に突き止められ様としているが、ナルトの治療は一進一退で初めと変わらない状態だ。だがそれも奇跡で(こういえば心が無いと言われるが)普通の人間であれば死に至っている頃だ。
ナルトの意識は辛うじてこの世に繋ぎ止められ、言葉を発する事は叶わないものの細々と呼吸を繰り返している。
「必ず助けるから」
胸の前で両手を握ったサクラが必死の顔でナルトを見つめる。
彼女は点滴を交換し病状をカルテに記入して脇の椅子に座った。
見ているのは辛いが目を逸らすのは違うと思ったからだ。サクラはナルトの仲間として医療忍者としてここにいる。
先輩のシズネは気遣って止めたが、はっきりと目が覚めた時に一緒にいてやりたいと思う気持ちが彼女を動かした。
だからこうなった元凶への怒り、自分達の至らなさ、悔しさ諸々の感情を抑えて、呻き声さえ出なくなったナルトをじっと見ていた。
その体は暴れ疲れて開きっぱなしだった口は枯れ病魔のなすがままになっている。
一時間位経っただろうか。
気付けば膝の上の両手に力が入っていた。詰めていた息を吐いて力を抜く。
「こんなんじゃ、全然駄目よサクラ!」
カラカラになった大地・・・あるいは木偶の坊になったナルトの体が内側で燻る快楽にびくんびくんと震える。その脇で見ているしかない自分。
果たして医療忍者と名乗れるだろうか。
涙が浮かぶ。
「っ・・・!」
悔しさが込み上げてしかたがない。
「うっ・・・」
嗚咽が漏れた時部屋の外の空気が変わりドアがノックされた。
口に両手を当てたサクラはさっと涙と一瞬前の自分を消して声を返した。
「はいっ」
応えて入って来たのは綱手だった。
「どうだ、様子は」
変わりない事を承知で尋ねる。変化があればそれは悪い方へと流れる兆し。それだけは避けなければならない。
「・・・変わりありません」
目を伏せるサクラを見て綱手の唇に哀しい笑みが浮かぶ。皆の前では火影である身の為、毅然として厳しい表情を見せていたがナルトへの思い入れは七班のメンバーに劣らず深く厚い。
ヤマトに連れられて来たナルトを見た時胸の内では激しい動揺が起きていた。それを隠して立ち回るのは綱手にも辛い事だった。自来也を喪ってからこの子だけはと思ってきたのだから尚更だ。しかし『五代目』を背負っている以上泣き言はいえない。
嘆いていては前に進めないからだ。
「サクラ私が見ているから休憩してきな」
「師匠っ」
「はは、別にやめさせようってんじゃないよ。ただねこういう時こそ休息が必要だからね・・・それに私なら安心だろう?」
確かに他のスタッフに預けるよりずっと安全だ。
「はい・・・でも火影の仕事が・・・」
「今はナルトが一番大事な所だよ。他の事はシズネに任せれば何とかなる」
「・・・はい!ありがとうございますっ」
サクラは一度心配げにナルトを見て、綱手に深々と頭を下げて部屋を出た。
「ナルトをよろしくお願いします!」
綱手は振り返りベッドの白いパイプに手を掛けた。
「お前はこんな所を皆に見られたくないだろうからね」
見舞いを申し出るナルトの同期の願いを綱手はことごとく却下していた。
ヤマトのお蔭で知られずに済んだものを無駄には出来ない。
この部屋がある別棟に入る為には中忍以上の医療忍か火影が許可した認証が要り、病室の手前でも三度証明が必要だ。
「初日から大きな変化は見られないが返事が出来ない程に衰弱か・・・」
カルテの内容を読んで顔を曇らせる。
「栄養を与えるだけでは駄目な事は分かっているが」
チャクラも弱まっており対策を講じなければいけない場面に立っていることも。
「昨夜、ヤマトが仕掛けると報告してきた。それでうまく炙り出せれば後は早い」
「―――辛抱するんだよ」
それはナルトよりも自身に向けた言葉だった。
この二日後カカシの謹慎が解ける。それはヤマトの追跡が実を結んだ証だった。
「綱手様」
「ご苦労だったな。後は尋問部隊が引き受ける。身柄は無事だろうな?」
「ハイ、先程渡して報告書を持って参りました」
ヤマトがいつもの表情で答える。
「よし、情報を聞き出し次第、解毒薬に取り掛かる」
「ナルトの具合は・・・」
七班に関わってからヤマトの世界は大きく変わった。それまで然程知らなかったナルトの印象も変化した。
子供達への考え方も変わり、今は本気でナルトを心配している。
「自分の目で見て来ても構わないぞ。薬が出来上がれば出入り禁止にするが、拘束を解除したカカシももうすぐ来る頃だろうからねえ」
「はい、そうですね・・・分かりました。ありがとうございます」
深々と頭を下げたヤマトに綱手は目を丸くする。
「なんだいお前が私に礼を言うなんて」
「今のはカカシ先輩の分もです」
そう言うとヤマトは火影の部屋を出て病室へ急いだ。任務以外でこんなに足早になるのは久し振りの事だ。気が急いて鼓動も速くなっている。どうしてこんな風になるのか自分でも理由が分からなかった。
けれど説明ができずとも、七班のメンバーという理由以上にナルトに繋がり彼を知り、任務では厳しくしようとも、まるで弟の様に想い守ってやりたいと家族の如く思い始めているのは本当だった。
「―――ナルト、ボクは君を」
そこでヤマトはハッとして言葉を止め、足も止めた。
先程綱手が言った通りだ。カカシの気配が病棟の方から漂ってきている。
恐らく瞬身で来たのだろう。当然だ、来ようと思えば来られたヤマトと違い今日まで謹慎されていたカカシはどれ程ナルトの傍に居たかっただろう。
寄り添う心の強さの違いか。
ヤマトは遠くから病室の窓を見上げ、そこに一つの影が映るのを見届けて踵を返した。
「カカシ先輩にバトンタッチしますよ」
無意識に気配を消した彼の足元の落ち葉がカサリ音を立てる。しかしそれはささやかな吐息に過ぎず誰に悟られることなく遠ざかる。
一歩一歩小道を戻る。
微妙な心持ちだが安堵もしていた。
皆が待ち望んだナルトの笑顔にやっと会えるという思いがあった。
「さて、復活したらまた厳しくいくぞ!」
吹っ切ったヤマトが次の任地へ走って行く。
だがその後ろには、去り際微かに笑った猫の足跡がそこに残っていた。
続く