wouldn't say goodbye (カカシ×オトナル)
今日も疲れたってばよ・・・・。
ボロボロの体を引きずるようにして漸く家に辿り着いたナルトはドアの前に黒い影を見つけて立ち止まった。
何者か見極めようと、神経が研ぎ澄まされて自然と体が構える。しかし雲に隠れていた月が顔を出してその者の姿を光の下に曝し、同時にナルトは目を瞠った。
「ナルト」
それは一ヶ月前に別れの愁嘆場を演じたばかりの相手―――はたけカカシだった。
「あっ、やっ、ん、ぅ・・・・あァッ!!」
なんでカカシ先生はオレを抱いてんだろ。
どうしてオレはこんな事をしてんだろ。
別れた後でこんな行為に及ぶ男も、それを享受する自分も許せる筈がないのに。
「っ・・・!」
「アッ―――」
いつだろう、雪の日だった。
まだカカシと付き合っていた頃だ。前日から大雪が降り続いて、暖かい部屋とは逆に窓の外では冷たい雪が吹き荒んでいた。 テレビのニュースでは例年にない悪天候だと報じていた。
そんな日にも拘わらず火影の命令が下されて、ナルトは渋々嵐の中をゆく羽目になった。
更にそれをカカシに伝えると残念そうに「仕方がないな」と言った。火影の命令だからと。恋人との約束も任務には敵わないのだ。
最優先は里の存続とその一端を荷う忍稼業だから。
ナルトは不満げに頬を膨らませたが、少し心配そうなカカシの顔を見て機嫌を良くし「ばあちゃんの頼みじゃ仕方ねーよな。でもできるだけ早く帰って来るってばよ!」
そう言い残して未練を振り切り飛び出した。
けれどあんなこと言わなければ良かったのだ。
無条件に自分が想う強さと相手の想いが同じだと信じてしまっていた。それが間違いだったと痛感する事になるとも知らずに。
「ァ・・・アッ」
「―――くっ」
「ひ・・・や、ぁ、あああっ!」
ナルトは皆と解散してすぐにカカシの家を目指して走り出した。一番近い自分の家よりもカカシの家に向かって、頭に降り積もる雪にも構わず何処も彼処も白くて寒い道を走り抜けた。
会いたくて、早く会いたくて、真っ直ぐ走った。
けれど、裏切りはいつだって突然だ。
息を切らして辿り着いた先には大人の女性が佇んでいて、しかもその顔は心なしか紅潮しているようだった。
「―――」
いや、見間違いではなかっただろう。
彼女の熱い視線の先には微笑むカカシの姿があったから。
いつも自分に触れる大きな手が彼女の頭を撫でて長い髪を梳き頬を包んで、節ばった長い指が小さな顎にかかった。
女性の瞳は夢見るように閉じられて。
遠くから見える筈もないのに、その睫毛が震えているのが分かった。
カカシがゆっくり屈んで華奢な体に覆い被さる。
上向いた顔にあの唇が近付き、二人の影が重なって・・・・。
それを見た途端ナルトは反射的に走り出していた。
猛吹雪の中で右も左も分からずに走り続けて。
これじゃ明日辺り風邪を引くな、なんて呑気に思っていた。だがそれだって目の前にした衝撃に比べればどうでもいい事だった。
夜明けが近い。
けれどちっとも明るくも暖かくもならなくて心は凍えていた。
不意に何もない平原で立ち止まったナルトは知らないフリをしていた事に気付いてしまった。
ああ、そうか。
そうなんだ、カカシ先生の心にオレの居場所はないんだ。
ずっと傍に居て、同じものを見て、聞いて・・・あんなに笑い合っていたのに何一つ通じてはいなかったんだ。
なにも・・・カカシ先生の心には掛からなかった。
じゃあ・・・・。
じゃあ、オレってば先生のなに?
オレは先生の傍にいてもいいの?
「―――ふぅ」
「・・・・・」
頭の中が白く弾けた後で現実に戻っても猶、ぼうっと天井を見つめるナルトは帰り支度をするカカシの気配を感じていた。
曾ては燃える様に何度も体を重ねたというのに、今は同じ行為がこんなにも冷たい。
「ナルト」
「・・・・・」
「帰るよ」
しかしナルトは変わらずぼうっとしたままで、諦めたのか暫くするとカカシは言葉通り帰って行った。
ただポツリ、玄関先でまたねと言い残して。
またね。
って、何が「またね」だってばよ?
「はぁーーー・・・・」
ナルトはゆっくり体を起こして、襲ってきた鈍い痛みに眉を寄せ立て膝に顔を伏せた。
何やってんだろオレ。
何をやってるんだろう・・・オレ達は・・・・。
許せないのに。
こんな事したくねーのに。
なぜ、あの熱が忘れられない―――?
その日からカカシは突然現れては体を求め、ナルトは抗えず体を重ねた。
ひと月離れていたからだろうか。ナルト自身、それを望んでいたのだ。
けれど、少しも熱くならない体は空しさを増すばかり。
悲しみが募って自分が惨めになる。
何しろカカシには・・・あの綺麗な彼女がいるのだから。
だからだ。
どうしてこんな事をするのか解らない。
カカシの本心がナルトには見えない。見えないから余計に穿ってしまう。
そして思う。
きっと都合の良い遊び。
どうせ飽きたらまた捨てられる。
「ナルト」
「っ・・・なんだよっ!やめてくれよ・・・そうやってカカシ先生は勝手にして」
「・・・・」
「もうダッチは嫌なんだよ!」
「・・・・」
「もー・・・やなんだってば・・・」
両手首を掴まれたナルトは俯いて涙をひとつ零した。やっぱりこんな面倒くさい奴は嫌だろうな、と思いながらカカシの言葉を待つがそれはいつになっても訪れない。
更に掴んでいる手を放してここを立ち去る気配もない。
もしかして声さえも、もう届かないのだろうか。いま言った事もカカシには聞こえていないのか。
ナルトは不審に思い顔を上げようとした。だがその瞬間物凄く強い力で壁に押し付けられた。
ドンッ!
「!」
今の音はたぶん隣の部屋にも響いただろう。けれどそれを気にする暇なく乱暴に唇を塞がれた。
「ぃ・・・・うっ」
鼓膜に反響する大きな音に比例して強烈な痛みが背中に走った。けれど本当に痛みを訴えているのは体じゃなくて、心の奥底で叫んでいるナルトの本心だった。
ああ、またか。
ナルトの意思を無視して強引に事に及ぼうとするカカシに諦めに似た哀しみを感じて、空虚な瞳から目に見えない涙を零した。
今宵もまた同じ過ちの繰り返し――― 。
夜半、ブラインドで月の光を遮った寝室にひとつの吐息が漏れる。
ギシリと寝台が軋む音と微かな衣擦れの音がした後で二つの影が重なりひとつになった。
長い指が金色の髪を滑り、離れる瞬間ほんの僅かに名残惜しげな仕草を見せて彷徨う。結局もう一度触れる事はせずに覆い被さっていた影は遠退いた。
「ごめんね自分勝手で・・・・ごめんなナルト―――悪かった」
届かないと分かっていても言わずにはいられなかった。拾われない言葉でも今でなければ意味がない。
彼は予め用意していた封筒をそっと置いて部屋を出た。
それは昨日今日書かれたものではない。だがそれを知るのは置き去った彼自身だけだ。
玄関から忍び込んだ凍える風が一瞬だけ部屋を通り抜けた。微かに金糸に触れてそれを揺らしたが、彼は振り返らずに後ろ手で扉を閉める。
そうして降り立った場所はいま出て来た部屋とは完全に隔絶された。
元より棲む世界が違い過ぎたのだ。
彼は太陽で己は月。
共にあるようで実際は傍にいない。
彼は光の眷属だが己は闇の住人。
切っても切れないけれど相容れない関係。
「は・・・」
冷たい空気が体を包み二人分の暖かさを失った彼はぶるっと震えて白い息を暗い空に吐き出した。
「ああ・・・・寒いな」
気温よりも心を一つ失った冷たさが呟きとなって零れていた。
「ん・・・」
眩しさに顔を背け咄嗟に腕を翳して光を遮ったナルトはそこでパチッと目を開けた。夜中、寝惚けて無意識に上げてしまったのか、昨夜下ろしたブラインドが見事に役目を放棄している。
「朝っ?」
けれど間抜けな科白を否定するが如く、窓の外の陽は大分高い所まで昇っている。
「昼じゃん」
はぁーっと盛大に溜め息を吐き、こうなった経緯(いきさつ)を思い出してどうしようもなく滅入る。
「カカシ先生、なんで・・・」
どうせ答えなど返ってきはしないのだ。ただ空しさが募るだけ。それでも問い掛けてしまう自分が呆れるほど憐れで悲しくて、ほんの少し愛しかった。
カカシは今頃彼女の許へ帰っているに違いない。このままでいてもしょうがないから起きて風呂に入ろう。
シーツを捲った時、不意に指先にカサ、と乾いた音と共に何かが触れた。
「?」
視線をピクリ震えた指へ落とす。ベッドの上に見慣れない白い封筒があった。
「なんだ?」
昨夜まではなかった筈だ。つまり、それは・・・・・。
「!」
弾ける様に起き上がりそれを掴んで急いで封を切り中の手紙を取り出した。
それを両手で持ち、食い入るように真剣な目で横書きの文面を上から下へ追っていった。そしてある一文に差し掛かった瞬間思わぬ内容に手が震えた。
『オレは里を出る』
危険なくらい胸が激しく鼓動して青い瞳が揺れる。
カカシ先生は何と言った?
なにが・・なんで、どうして里を出るって書いてある?
慌てて続きを読むが気ばかりが急いてうまく呼吸ができない。
「っ、はっ・・・はぁっ・・・」
指先はまだ震えている。
それになぜだろう、やけに視界がぼやける。
『といっても里抜けじゃないが、戻れる保障はない。この任務が回ってきた時には正直戸惑った。だが断ろうとか、逃げようなどとは思わなかったよ。お前が里を治める姿が見れないのは心残りだが、オレのやって来た一つ一つ、またこれからやろうとしている事がそこに繋がっていると思えば安いもんだ。過去の素行をどう言い訳しようとも分かっては貰えないだろうし、馬鹿げた釈明をするつもりもない。ただ・・・今更許されるとは思わないが、最期に逢えて良かった。お前がオレをどう思っていようと、オレは終いまでお前のことを想っているよ』
『ナルトへ。今までの感謝と、そして謝罪を込めて。はたけカカシ』
「・・・・バカじゃん・・・」
読み終えて言えたのはそれだけだった。
ナルトはそっと手を下ろして視線を窓の外へ移し、けぶる風景を見つめて静かにしゃくり上げた。
色々な想いが渦巻くけれどカカシを憎む気持ちだけはない。あれ程嫌で堪らなかったのに不思議と何処かへ消え去ってしまったようだ。やはり好きだと思う気持ちは捨てられず、だからこそ疑問に思いながらも体を開いていたのだ。
「結局、オレはカカシ先生が好きなんだってばよ」
忘れられる訳がねーよな。過去に何があっても、それに目を瞑れるくらい惚れ込んじまってるんだから。
「それっくらい許容してやるってばよ、カカシ先生」
だから首洗って待ってろよな。
ナルトは長袖のTシャツと適当なズボンを引っ掴むと着の身着の儘それ一枚で家を飛び出した。
体は寒いけれど心は高揚して今まで凍り付いていたものが嘘みたいに暖かく、寧ろ熱い。
「・・・はあっ・・はあっはあっ・・・」
こんなに息が切れるほど無茶苦茶に走ったのはいつ振りだろうか。
「カカッ・・センセ・・・」
そうか、あの雪の日以来だ。
「・・・ってろよ!その分も、謝らせてやるからっ!」
謝らせて好きだと言って、それから、それから・・・?
里と外を繋ぐ玄関口・大門まであと少し。
さっきから裸足で駆けて行く姿を道行く人々が不思議そうに振り返って、中には指を差して哂う者もいるけれどナルトは好奇の目を向けられても少しも気にならなかった。
勿論足の裏は真っ赤になっているだろうけれど。
視線は真っ直ぐ前を見つめてその向こうのただ一人を捉えているから。
「なあ、知ってたか?オレもカカシ先生がめっちゃ好きなんだってばよ」
走って走って走って。
追い付いたら、捕まえたらなんて言ってやろう。
END
※掲載時のコメントは控えさせていただきました。