闇に吼える狼の夢
「入れ知恵ってなんだよ」
ナルトは二人の間に流れる冷たい空気に激しく動揺し、戸惑い、混乱する。
「ナルト悪ぃが今は説明してる暇ねーんだよ。後で話すから俺が合図したら走って木ノ葉へ向かえ!」
「え・・・ちょっとマジ何言ってんだよシカマル!カカシ先生も何か変だってばよ!」
ナルトは一歩踏み出すがシカマルはけっして譲らない。
「すまねぇナルト。影真似の術!」
「シカマル!」
ナルトは予期しないシカマルの行動に目を見開く。
「よし、捕まえたぜ」
シカマルは冷や汗が伝う頬を歪めカカシの足下に繋がる影を引っ張る。
「ナルト!今の内に逃げろ」
未だ混乱の中にあるナルトに顎を杓り早く行けと急かす。
「待てよ、逃げるって何だってばよ!?」
勿論納得できないナルトはシカマルに掴み掛かったがその背後にふっと影が被さった。
「そーそーオレが許すわけないし」
「!」
何!?
シカマルが捕らえたカカシを振り返るとそこに上忍の姿はなく―――。
木が一本転がっていた。
「しまった、変わり身か!」
「遅ーいよ」
容赦ないカカシの手刀がシカマルの首に振り降ろされる。
「上忍倒そうってのが無理な話でしょ」
「シカマルッ!」
カカシは倒れたシカマルに駆け寄ろうとするナルトの肩を抱き寄せて、耳元にそっと囁く。そしてポーチからハンカチを取り出した。
「ごめんなナルト」
「え・・・」
ナルトは聞き返す間もなく鼻と口に宛てがわれた布から漏れる薬品によって意識を失う。
「お前は渡さない」
崩れ落ちるナルトの身体を抱えカカシはその場を去る。木々の間に消える後ろ姿に迷いは微塵もなかった。
アスマは里と連絡を取るべく誰か二名を向かわせ、残りの者達は爆発で生き残った可能性のある忍を警戒するという策を提案した。ここでのリーダーはアスマだ。これは提案というより命令に近い。
「分かりました。私とサイが里へ行きます」
全員アスマの言葉に頷くと真っ先にサクラが申し出た。しかし、アスマが了承する前に男の声が遮った。
「その必要はありません、アスマ上忍」
「お前は」
全員が男の方を見るとヤマトと鳥面を被った男が立っていた。
「ヤマト隊長!」
サクラが大変な事情を説明するとヤマトは軽く頷き、アスマと向き合った。僅かに緊張した面持ちで伝えるのはたった一言「Sランク発動です」という重々しい言葉だ。
「まずい事になってる。カカシばかりかシカマルとナルトの行方が分からない」
「カカシ先輩・・・ナルト・・・」
ヤマトが苦々しく首を振り、いのは何事かとサクラに耳を寄せる。
「ねえ、どうなってるのよ。Sランクとか、カカシ上忍がどうとか。しかもナルトとシカマルまで」
「私にだって分からないわよ」
言いながらもサクラは嫌な予感に囚われる。
何してるのよ、カカシ先生!ナルトも一緒にいるんだわきっと。こんな事なら無理やりアスマ班に引っ張って連れて来るべきだった!
「シカマル大丈夫かな?」
チョウジの言葉にハッとなったのはサクラだけではなかった。アスマとヤマトも一瞬にして蒼褪める。
「行こう!」
サイが走り出しサクラも後を追う。何処へとは聞かない。言わずとも分かっている。あの、大岩だ。
「お前等、待て!」
アスマも慌ててチョウジといのを連れて付いて行く。ヤマトと暗部の男は頷き合い彼らも大岩を目指した。
「あれ、シカマルが倒れてるわ!」
いのはシカマルを見つけ、アスマを呼ぶ。
「アスマ先生ー!大変よー」
「どうした・・・シカマルッおい!シカマルしっかりしろ!」
アスマは跪きシカマルの身体を抱き起こした。
「ん・・・」
「気が付いた?」
チョウジが覗き込むとシカマルは顔を顰めて頭を軽く振った。
「ちょっと見せて下さい」
サクラは首の後ろを摩っているのが気になりしゃがんで頭部全体と身体に異常はないかチェックする。
「どう?サクラ」
いのが胸の前で拳を握り心配そうに聞く。
「うん、大丈夫よ。シカマル君、分かる?」
「う~ん・・・サクラ?何でここに・・・ってアスマ、チョウジ、いの・・・サイもいるのか。ヤマト隊長と・・・暗部?」
「お前倒れていたぞ、何があった?」
アスマは起き上がったシカマルに状況の説明を求める。
「あー、マズイことになったっス。ナルトが奪われました。すみません、逃げられる状態じゃなかったんで仕方なく応戦したんですけど、流石に上忍ですよ」
「何だって!?」
アスマとヤマト、暗部に緊張が走る。事情を知らないサクラ、サイ、いの、チョウジは訳が分からず動揺する大人達を見るが、どこかおかしいと怪訝な顔だ。
この任務には疑問点が多過ぎる。
「お前は頑張った。この先は上忍と暗部が中心に動く。お前達は一度里に戻り、五代目に状況をこう報告しろ「Sランク非常警戒態勢に入りました」とな。それだけで通じる」
「えっ先生達だけここに残るんですか!?それにナルトが奪われたってどういう事ですか!?カカシ先生はどうしたのよっ」
サクラはSランクという言葉に反応して声を上げる。
「ああ、俺達はここに残ってナルトを捜索する。カカシは・・・敵と交戦しているのかも知れない」
アスマはっきり真実を教えてくれというサクラ達の目線を受け流し、自身も分からない振りをする。ここで、彼、彼女達に本当の事を知られるわけにはいかない。シカマルは分かってしまっただろうが、彼の性格上、そして今回の任務の重要性を知っている為、不要に他言はしないだろう。
「シカマル、皆を連れて行け。気をつけろよ」
「了解ッス。アスマもな。おい全員直ちにここを離れるぞ」
すんなりアスマの言う通りにするシカマルにサクラは苛立つ。
「ちょっとシカマル君!ナルトがまだ戻ってないのよ!?カカシ先生だって」
「ナルトはアスマ達が何とかする。カカシ上忍は大丈夫だろ。さあ、行くぜ」
サクラは尚も不満を露にしていたが隊長命令、しかも暗部も出て来ているのでは駄々を捏ねる訳にはいかない。
落ち着くのよサクラ!皆最善の策を取っている筈だもの。
「よし!全員急いで里に戻るぞ」
「分かったわ!」
「オッケー」
「はいっ」
「分かった」
一斉に走り出したシカマルチームはあっという間に林を駆け抜けて行った。
「さて、と。まずはどうするか、だな」
アスマは厄介な事になったとヤマトに言う。
「ふーっ相手はカカシ先輩ですからね」
僕だけでは止めきれないが、アスマ上忍と暗部でもどうか・・・・。五代目がすぐに応援を送ってくれるとは思うけど、安心は出来ない。ナルトだって無事かどうか・・・・。
「はたけカカシをすぐに捜索するしかありません。場合によっては拘束しますが、火影様からは決して二人共殺すなと命じられています」
「生かして捕まえろ、か。それを聞いて安心したが尚更大変だな」
アスマは禁煙中の煙草が無性に吸いたくなった。
「ナルトがカカシ先輩の側に付いた時は最悪ですね」
「そりゃ・・・」
ないだろうと続けようとしてアスマは言葉に詰まる。ナルトは里抜けなど許さないだろうが、幻術など使われてしまえばそうなる可能性が高い。ナルトが拒否すればカカシは強引な手段に出るかもしれない。
「今のカカシは予測がつかねえ」
「とにかくこの広い森です。全員バラバラに動いた方がいいでしょう。何かあれば無線で知らせて下さい。敵に遭遇するかもしれませんし」
暗部は一刻も早く追うべきだと最適な方法を提案する。
「そうだな」
アスマはヤマトと鳥面に頷き、「散」という言葉と共に再び駆け出した。
「ん・・・・」
ナルトは徐々にはっきりしてくる視界の中で、自分が誰かに背負われ高速で移動している事に気付いた。しかも周囲はあの森ではなく随分拓けた土地だ。身を隠すのに有効な岩場と木々、行商人が通るような道路が目に入った。
銀、髪・・・・カカシ先生!
「カカシ・・・・先生」
「!」
カカシは身じろいだナルトを一瞥し、落とさないようにしっかり背負い直す。
「気が付いたか」
「うん・・・・」
オレ、どうして二人を止められなかったんだろ。何があったんだってばよ・・・・よく、分かんねえよ。
「少し休憩しよう」
カカシは茂みにナルトを降ろし、結界を張って辺りを警戒する。陽は大分傾きカカシとシカマルが対峙した時からかなりの時間が経っている事が分かる。
「ナルト、気分悪くない?」
「うん・・・・」
「ごめんね。オレ少し焦ってたから。あそこでナルトと話し合ってる暇なかったし、あの場を離れるのが先決だったからさ」
ナルトはシカマルを攻撃した事など忘れてしまったかのようなカカシの口振りに困惑する。
「あの・・・さ、カカシ先生・・・ちょっと変だってばよ?」
腕組して立つカカシはナルトの言葉にキョトンとするが、ぷっと噴き出し、声を上げて笑い出した。
「クッククッ・・・・アハハッ何を言い出すかと思えば・・・・流石意外性ナンバーワンだねえ」
ナルトはカカシの様子に益々混乱し、多少の怯えを抱いた。
「オレがおかしいのなんて前からデショ?」
ふざけた口調に合わず真面目な表情でナルトを見つめる濃い青に心臓が跳ね上がる。
「オ、オレ・・・どうしよ・・・」
シカマル置いて来ちゃったってばよ。
ナルトはふらりと立ち上がり、シカマルの切羽詰まった顔と科白を思い出す。
『俺が合図したら走って木ノ葉へ向かえ』
『今の内に逃げろ!』
「シカマル・・・」
逃げろって、シカマルは何か知ってる口振りだった。
「シカマルは大丈夫だよ。今頃アスマ達が見つけてるだろ」
「つ!・・・そうじゃっ!・・そういう事言ってんじゃねーってば・・・」
悪びれない態度に思わず声を荒げるが、尋常でないカカシの様子にあまり感情的にならない方がいいと思う。
「じゃあ何なの?」
何って言われてもなー。カカシ先生が何を考えてんのか聞ける状況でもねーし。
「ナルト、約束したよな?オレの言う通りにするって」
「え・・・あ・・・うん」
「覚えてるだろ?」
「・・・・はい」
有無を言わせないカカシの迫力に否定するのは恐ろしく思えた。
「じゃあ一緒に行くだろ?」
「行く・・・行くって何処に?」
「遠く、木ノ葉から離れた所だよ。オレとお前だけで」
「え?」
ナルトは耳を疑った。遠く、それは里抜けを意味しているのではないか。
遠くって何処だってばよ!木ノ葉から離れるって・・・里抜けだろ!?
「い・・・やだ」
「ナルト?」
「嫌だってばよ!そんな所オレは行かねーし、カカシ先生も行かせねー!何が何でも木ノ葉に帰るってばよ!」
ナルトの宣言にククッと低い声が漏れる。
「あ~あ、ナルトーついに言っちゃったねえ」
言ってはいけないことを。
「ふう、手荒な真似はしたくなかったんだケド。仕方ないか」
言うなりカカシは瞬間移動したのかと思うほど、目にも止まらぬ速さでナルトの前に迫りイルカに贈られた額当てを毟り取ると、額に手を押し当てた。
「なっ・・・」
「おまじなーい。オレとお前がずーーーっと一緒にいられますように、決して離れられないようにな」
カカシの掌にチャクラが集中し、青白い光が溢れ出る。それはナルトの額に吸収され、カカシが呪文らしき言葉を呟くと完全に消えた。
「お前はオレから離れられないよ。未来永劫・・・ね」
カカシはふっと口端に笑みを浮かべ「来たか」と背後に鋭い殺気を飛ばす。
「はたけカカシ!火影様の命により拘束する」
「え・・・暗部?」
ナルトは驚き鳥面をまじまじと見詰める。
「拘束・・・か。五代目らしーね。オレを殺すつもりはないってことね」
「カカシ!観念して大人しく里に戻れっ」
「カカシ先輩っ!ナルトをこちらへ」
「アスマとテンゾウか。ククッ揃いも揃って・・・・オレを倒せるとか思ってんの?笑わせるなよ」
「カカシッ」
アスマは止めろ、と心の中で願う。しかしカカシはそれを嘲笑うかのように破滅の言葉を発する。
「来い!纏めてあの世へ送ってやる」
「カカシ先生ッ」
「クッ・・・カカシ先輩っ」
「ナルトーお前は下がってなさいね。すぐやっつけちゃうから」
カカシは額当てをずらし写輪眼も露に両目を開き三人を睨むと素早く印を組んだ。
続く