幸せの鍵
かつて、その大地は豊かな緑に覆われていた。背の高い樹も低い木も、たわわに果実を実らせ花の蜜を栄養源とする鳥達を呼び、種を運ばせ、またそれら生命循環の一端を担う蜜蜂や蝶の舞う肥沃な土地だった。
木ノ葉と草の里の戦闘が始まるまでは。
崖の先端に立ったナルトは凄まじい様相の大地を見下ろして溜め息を吐き、首を振って視線を逸らしその風景に背を向けて仲間の元に戻った。
「どんな感じだ?」
「どーもこーもねーってば」
問い掛けたシカマルにナルトは地図を広げてある範囲を指し示し、みなそれを合図に身を屈めたり地面に座り込んだりする。
「こっからここまでは惨憺たるもんだってばよ。戦線張ってるから仕方ねーとは思うけどさ」
「俺達がいるのはこの地点だな」
シカマルが口を挟むとひっそりとシノが頷いた。
「早くも蟲達が騒いでいる・・・前線まではまだ遠いが」
「ここから見て酉の方角に本陣が設置されてる。そこには医療班と里への伝達班も待機してるってばよ」
その遥か彼方十五キロ地点に四人はいた。
「そしてそこに」
ナルトの指が図面を彷徨う。その僅かな躊躇いにシカマルは気付いた。
「―――そこに他の上忍も集まってる。だから一度オレ達もそこを目指す」
話し終えて、再び進む為の休息を取り始めた仲間の輪から外れ、ひとり物思いに耽るナルトの背にシカマルは迷いつつ近付いた。
「リーダーだからって気負うこたねぇんだぜ」
その言葉に何を思うか、横顔からは窺えない。
「・・・なあシカマル、上忍になったら消えると思ってた不安が余計大きくなったってのは何でだろうな」
「それは―――忍について言ってんなら答えはお前自身で分かってんだろ」
シカマルは頭を掻く。
こればっかりはな・・・・。
「ナルト、あのカカシ先生だ俺達よりよっぽど安全だぜ」
「・・・だな」
同じ戦場でもカカシの活動範囲は幾らか緩やかな場所だ。これから激戦区に向かう自分達とは違う。
「俺らは俺らの心配をしよーぜ」
不意にキバの声がしてナルトは振り返った。
「取り敢えず肉焼けてるけど、このままだと赤丸が食っちまうぜ?」
「ワンッ」
「ハハッそれは勘弁して欲しーってば」
キバの言う事は尤もだ。ナルトは心の内で頷いて彼らの輪に帰った。
事の発端は木ノ葉に侵入した草の里の忍が重要文書を無断で持ち帰った件だ。
『持ち帰った』というのは随分可愛い物言いで、つまりは密偵である。元々木ノ葉は草に怨みなど無かった。初めに仕掛けたのは草で、受けた木ノ葉は後手に回った。だが流石は一流忍者を多く抱える里というべきか、挽回は早く一切の間諜を締め出して現在の状況に至る。
しかし双方とも多くの死傷者を出し、またどちらも退かない為、解決は難航している。
力には力で。理想とは程遠い場所にナルトは立っていた。
自分が思う所とは掛け離れた現実が歯痒い。その昔、世界が一つになりマダラと対抗した日々が嘘のように遠い。
「駐屯地まであと半分ってとこか」
渇いた喉を潤したキバが口端を拭って言う。
「この辺りに敵意は感じられない」
飛ばしていた蟲の報告を受けてシノが呟く。ナルトはもう少し進むべきか迷ってシカマルを見た。
「俺はリーダーに従うぜ・・・つっても、行きたいんだろ?」
ナルトは頷いた。
本陣に辿り着けば小休止できる。けれどその後すぐ前線に向かう事になるだろう。ならばここで休んでおくのが手だが、カカシに会えるチャンスを逃す事にもなる。
ナルトは戦線に出る前にちゃんと話をしておきたかった。それは特別な感情ではなく、元弟子として、第七班の仲間として。同じ戦場にいる者として。
「なら行こうぜ。お前らもいいよな?」
シカマルが二人に問い掛けるとキバは当然と返した。無言で頷くシノも同意見だ。
シカマルはナルトの気持ちが分かる。アスマを喪った時、同じ班で行動していたが、ちゃんと向き合ってなど話していなかった。それは蔑ろにしていた訳ではなく、永遠の別離を予測していなかったからだ。若いシカマルはまだ遠い未来だと思っていた。
今は納得して生きているが、あの時はどれ程後悔したか知れない。
そのあと不粋な誰かさんが穢土転生で呼び寄せる一幕もあったが。
シカマルは既視感を覚えたのかもしれない。唯でさえナルトは自来也を喪っている。
その感情に当てられたのかもしれない。
シカマルは駐屯地に建てられたテントに向かって走るナルトを見て思った。
救護テントを除いた数件の棟。そのどれに誰がいるのかは分からない。片っ端から探すのみだ。だが何処から回れば良い?
ナルトはまず一番近いテントを訪ねた。けれどそこの主はナルト達同様、先程着いたばかりで事情を知らなかった。
ならばその隣。
駄目ならまた次。
そして三つ先まで尋ねて一軒の棟に辿り着いた。
「カカシ先生っ!」
幕を撥ね上げて飛び込んだナルトは迎えた人物を見て止まった。
「あれっ、君も命令を受けたのかい?」
「ヤマト隊長!なんで、カカシ先生は?ここにはいねーの!?」
「ああ、先輩ならついさっき出て行ったばかりだよ。昨日一旦戻って来て今までいたんたけどね」
そうカカシは班の負傷者を連れて戻り、また別働隊と共に戦場に出たのだ。
「んな・・・なんでだってばよ・・・」
ナルトはテントの入り口にへなへなと座り込んだ。
「おいっ、ナルト??」
「急いで来たんだってばよ。なのに信じらんねー」
そこへひょいと入り口の幕を潜って青年が顔を見せた。
「失礼しますよ」
彼は奥のヤマトと呆然自失のナルトを見て後ろを振り返る。
「キバ、シノ!暫く休憩だ。リーダーが使い物になんねぇ」
「よっしゃあ!休みだな」
「了解した」
二人は揃って何処かへ行ってしまう。気の抜けたリーダーを見下ろした男、シカマルは「そんじゃ、お邪魔しました」と言って、ナルトをずるずると引っ張り無理やり連れ出した。
続く