その猫の足跡
綱手が病室のドアをノックしたのはその日の午後だった。
病院のスタッフを伴い訪れた彼女はベッドの脇に立つカカシをじっと見据えた。
「ナルトを手術室に移す」
問答無用に告げるとスタッフ達は素早い動作で点滴を外しベッドを動かし始め、あれよあれよという間に白い箱は空になる。
「一時間が勝負だ」
綱手は硬い声で言い残して、慌ただしく去っていったスタッフの後を追い、その箱に残ったカカシは黙って彼女の背に頭を下げた。
猫の働きは上手くいったらしい。
それを悟ったカカシは心の中で礼を良い自分も部屋を出た。
あの猫に会わねばならない。彼はカカシのもう一つの願いも果たしてくれただろうから。
当初よりカカシは薬の開発に疑問を持っていた。あの新薬は果たしてあの男一人で成し遂げられた物だろうか。一斉突入の以前から黒い噂が暗部の筋から耳に入っていた。近隣国の製薬会社が裏の組織と手を結んでいる可能性があると。まさかそれがここに繋がるとは思っていなかったが、今ある情報を合わせると間違い無さそうだ。
放っておけばじきに世の中に流通してしまう。それはすぐに世界に拡散し落ち着いた国は再び混乱する。
未然に防ぐ事も忍の使命・・・カカシはヤマトが部屋に訪れた時にそれらを伝え頼んでおいた。
「当然、お礼はたっぷりしないと」
カカシは笑い路地裏で会った猫に鋭い目を向けた。
「先輩・・・」
またその目ですか。と今度こそは本気を知り肩を竦める。
「会社も場所も特定しました。今は暗部の密偵が張っています。一般社員は数日後長期の休暇に入ります。これは突然ではなくいつもの予定だそうです。関与している幹部、製造チームの者達はほぼこの社内に留まっており敷地から出る事は殆どありません」
「成る程、町みたいなシステムがあるんだろう」
「はい、それで先輩どうするつもりですか?」
「そうだなあ」
「一度失敗し取り逃がせば逆に何らかの形で逆襲されるリスクもあるかと。何しろ大手メーカーですから」
カカシは腕を組んで愉しそうに答える。
「降りかかる火の粉は払うまで」
「・・・言うと思いました」
猫の溜め息を見てまた笑う。
「お前に指示した時からこうなるとは思ってたよ」
カカシには予定通りだ。
「じゃあ初めから先輩がやれば良いじゃないですか」
「謹慎が解けてからじゃ間に合わない」
尤もだったので猫―ヤマト―は頷いてメンバーの招集を請け負い、一時間後の集合を約束して去って行った。
彼の姿を遠くまで見守ったカカシはひとたび壁から背を離し渾身の力で殴りつけた。
第三者への怒りから冷たい顔でこれからの行動を見据え、日頃己と共にある理性のリミットを外す。いよいよ反撃の時だった。
冷たい夜に影が走る。
ひとつ、ふたつ、みっつ・・・四つ目の影が大きな建物の陰に入り間も無く音のない夜に断末魔が響き渡る。
静かな部屋で目を覚ましたナルトは視線を白い天井からゆっくり横へ移して嬉しそうに、だがまだ弱々しい様子で口を開いた。
「おはようカカシ先生」
目に映るカカシはいつもの彼で心配した目に安堵を宿してナルトを見下ろしている。
「おかえりナルト」
見えない血まみれの手は心の奥に仕舞って笑い返す。
その表情に曇りはなくナルトは安心する。誰よりも他人を気遣う彼らしさだ。
「ただいまカカシセンセー」
カカシは一瞬目を細めて窓から里の景色を眺めた。
里のどこかの家庭の居間ではテレビのアナウンサーがオブラートで包んだ凄惨なニュースと共に遠くの地で一つの会社が消えたと伝えていた。
続く