幸せの鍵
カカシの訪問がパタリと途絶え、それから一週間。
数日前にサイから重要な任務だと聞いた。当初の予定より長引きそうだとも。
それを出発前に現れたカカシは言わなかった。ただ少し遠出するのだと。
『ま、ちょっとの間だ。寂しいからって泣くなよ?』
泣くわけねーって返したけど、もっとちゃんと見送るべきだったんだ。
「あん時カカシ先生は言わなかったけど、たぶん草の事だよな」
ナルトは湖畔で話した時のカカシを思い浮かべた。
「きっと先生が言うよりずっと深刻な筈だ。そんなのピリピリしたばあちゃん見てりゃ分かるっての」
オレにだっていつ指令が来るか分かんねーんだ。だから、尚更話してくれたって良いのに、センセーの考えてる事分かんねぇよ。
ナルトは部屋の窓を開けて冬の空気を吸い込んだ。冷気が喉を通り肺に届くのが分かる。吐息は白く頬はひんやりとしていた。
「部屋の換気オッケー!」
一連の動作を終えるとすぐに窓を閉めて台所に向かった。
一人暮らしが長い割に料理歴の短いナルトは大人になってから、さすがに栄養面を気にするようになりちゃんとした自炊を始めた。それ以前に、幼少より野菜を持ったカカシが訪れるので否応無くある程度覚えていたのだが。
ナルトは数少ないレパートリーから冬に持って来いの温かい料理を選んで、冷蔵庫から必要な野菜を取り出した。
そして玉ねぎニンジンじゃがいも、と並べていきブロッコリーに手を掛けた所でハタと手を止めた。
「当分来ねーってのに、何やってんだオレ」
一気に虚しさが押し寄せる。
台所に顔を揃えたのはシチューの具材。独りで食べるには寂し過ぎる料理だ。しかも無意識に用意したのは二人分の食材だった。
「バカだってばよ」
自分でも気付かない内に物悲しい表情を浮かべたナルトの顔が窓に映る。
知らない間にカカシの存在が浸透して二人でいる事が自然になっていた。相変わらず彼の行動は理解できないが、まるで本当の家族のように思い始めていた。
それが今はっきりとした。
ナルトは食材を全て元通り冷蔵庫に仕舞い戸棚からカップラーメンを出した。
それはカカシが来る為に食べる機会が減り、更に食べられる時でも忘れてしまい、それがしばしば重なり必然的に封印されていた賞味期限ギリギリのカップラーメンだった。
「久し振りにお世話になるってばよ」
薬缶で湯を沸かし注いで三分待てば出来上がり。とても手軽で腹持ちの良い食品だ。
だがナルトは少しも浮かない気分で、以前はあんなにも待ち遠しかった三分がこんなにも寂しいものなのかと、心の隅で感じていた。
そんなナルトの気も知らず周りでは情勢悪化が囁かれ始めていた。
任務受付所に行くと、いつも笑顔のイルカがやけに神妙な顔で座っていた。ナルトが中に入るとすぐに気付いて立ち上がり、応じたがその顔は急いで取り繕った微妙な表情だった。
「おっナルト!久しぶりだなあ!」
その態とらしい明るさが白々しく感じられたが、ナルトは軽く手を挙げて答えた。
「最近はここ通んねぇで、ばーちゃんとこ直行だったからな。イルカ先生元気そうで何よりだってばよ」
「そうだな俺は遠方に行く事もないからな」
答えてからイルカはハタと止まった。そして目に見えて動揺する彼の心情がナルトにも伝わり、何故ハッとしたのかも分かった。
「・・・ごめんイルカ先生。オレってば、ばあちゃんに呼ばれてんだった。じゃあまたな」
「ぁ、ああ」
イルカは如何にも失敗したという様子で頭に手をやり、遣る瀬無い顔でナルトを見送った。
「来たか」
それまで綱手は机上の資料を睨んでいたが、ナルトを見ると頷いて近くへ呼び寄せた。
「唐突にすまんな。分かってると思うが里外任務だ」
「ああ、草だろ?」
先程のイルカとのやり取りでトーンダウンしていたナルトがぽんっと返すと綱手は厳めしい顔付きで答えた。
「察しがいいな、前線だ」
「そうか」
予想できていた事だ。
そりゃそうだよな・・・。
ナルトが俯きかけると綱手が言葉を紡いだ。
「本当は私はお前を」
だが、ナルトはそれを遮る。
「分かってる!仕方ねーってばよ。ばあちゃんは火影なんだし、里を護んのがオレ達の使命だ」
「すまん」
しかし既(すんで)の所で綱手はその言葉を呑み込んだ。それを言えば、いま任務地で奔走する忍の働きが無になるし、何も言わず受け止めたナルトの心意気に背く事になるからだ。
「心してな」
「おう!」
「メンバーはこの紙に記してある通りだ」
ナルトは差し出された資料を受け取りそれぞれの名を確認した。
「了解だってばよ」
口の端に笑みが浮かぶ。綱手はそれを見て僅かに安心しナルトを下がらせた。
不安を挙げれば尽きないが、ナルトを信じたいと思う心が勝る。そうさせる不思議な力にいつも脱帽するが、助けられている事も事実だ。
綱手は嘗てナルトに与えた御守りを思い出してどうか、と願った。
一方ナルトは早速隊員を召集して概略を説明した。
「詳しい作戦は移動しながら話すってばよ」
すると一番腐れ縁の男が口を挟んだ。
「お前とやんのは久し振りだな」
「ん、」
「頼むぜリーダー」
冗談半分で揶揄するのも馴染みならでは。
昔は頭脳派のシカマルがリーダーになる事が多かった。しかし中忍を経て上忍になり立場が変わり、成長したナルトは部下を率いる力も十分になった。
またもう一つ重要な理由・・・五代目火影の狙いが窺える。
それは火影の座について。
普段は他班で行動しているシカマルと組む事になっても、ナルトに白羽の矢が立ったのは、やはり次期火影の資質を問われているからだ。
いかに隊長役を全うできるか、それが今回の任務で測られるのだ。
それをシカマルも理解していて言う。
彼はナルトの肩に手を回してこっそり「がんばれよ」と囁く。だがその背後から除け者にされて唇を尖らせた仲間の声が掛かった。
「おーい、俺らもいるんだぜ?」
「ワリィ悪ぃってば!そうだな、キバの事も頼りにしてるってばよ。それにシノも!」
「よし!仕方ねーな任されてやるぜ!なっ、シノ」
キバは満足気に頷くが、その隣がやけに暗い。
「・・・・今のは序での様で頂けない。なぜなら、心から思うのであれば―――」
「だーっ!お前はいちいち細けぇんだよ!ナルトが頼りにしてるっつーんだからいいだろーがっ」
キバは低い声を遮り尚も言いたげなシノを牽制する。
ナルトと共に行動するのはこの三人だ。
通常、一人は医療忍者が配属されるが、今回のフォーマンセルには含まれていない。
それは戦闘の激化に伴い里内で働く医師が不足した為であり、いま動ける医療忍者は貴重な看護兵として木ノ葉病院に駆り出されている。
同期のサクラ、いの、ヒナタも同じくだ。
けれどいつも彼女達に頼る訳にはいかない。上忍となれば護身は標準装備だ。
「そんじゃ、行くってばよ!」
「応!」
その掛け声と共に四人は木ノ葉の里を出発した。
続く