銀鈎
下忍に与えられる情報なんて大した事はない。しかしシカマルは見聞きした内容から感じた自分なりの考えを順序立ててナルトに説明してくれた。
「まず第一に注目すべき点は被害者が全員アカデミー生だって事だ」
胡座を組んだシカマルは指先でトントンと床を数回突付いて、ナルトが頷くのを確認して話し続ける。
「第二、しかもそいつらにはある共通点がある」
「なんだってばよ・・・それ」
「ナルト・・・お前巻き込まれてるぜ。被害者は皆お前をやっかんでた連中だ」
「!」
目を見開いたナルトは全身を硬直させてアカデミー時代何かと文句を言ってきた奴等を思い浮かべる。と言っても下らない事を言う者達の顔など疾うの昔に忘れてしまったが。だから思い出せるのはぼんやりとした姿の影だけだ。
「その様子じゃ気付いてねーな。ここ数日お前監視されてるぜ」
「オレが・・・疑われてるってのかよ!」
いくら九尾を腹に抱えているとは言え里の為に働いているのだから、そう思われるのは心外だ。第一そんな理由で里の者に手を掛けるなど己の忍道に反する行為だ。
ナルトの瞳が鋭く光りシカマルを睨み付ける。
「そうじゃねぇよ、あの残虐な仕業は力があるだけじゃできねぇ。精神力もなきゃな。忍とはいえまだ半人前、一介の下忍を疑うわきゃねーだろ。ただ被害者の共通点からそうなってんだよ」
「・・・・」
「そして第三・・・・つーか俺の考えだが」
シカマルは敢えて言葉を切って、不安の色を湛えたナルトを見つめる。
「早く言えってば」
「俺の考えを話す前に・・・お前はこの件から手を引け」
「おい!なんでだってばよ」
シカマルは余程言いにくいのか珍しく歯切れが悪い。
けれど大きな溜め息を吐き「後悔すんなっつたよな」と独り言のように確認するとやっと口を開いた。
「俺が反対してるのはな・・・・犯人が、お前に係わる人間だからだよ。この間話した時に被害者の事には気付いてた。だから係わんねえ方が良いと思ったが新たな問題が出てきた」
「シカマル」
「よく聞けよ・・・・今回のこの件はカカシ上忍が深く係わってる可能性が高い」
「!」
ナルトは驚き息を呑んだ。しかしその顔は見る見る内に怒りを現しシカマルをきつく睨む。
「なに・・・何・・・・馬鹿な事言ってんだってばよ・・・」
そんな事ある訳ねえ!!あのカカシ先生が子供をどうにかするなんて考えられねえってばよ!
けれど彼が根拠の無い事を言う人間では無いと知っているナルトの口から出たのは、怒鳴り声ではなく掠れ震えた声だった。ナルトは顔を曇らせ両手を握り締める。シカマルの発言に対して怒るべきか悲しむべきか迷い悩んでいるようだ。
「・・・・」
だからお前は係わんなっつったんだよ。
シカマルの胸中も複雑だ。仕方がなかったとはいえ、僅かな罪悪感と後悔を彼は感じる。しかしいずれはナルトの耳に入る事だ。後はナルト次第だとシカマルは思った。
「これは俺の考えに過ぎねぇし、他の奴には言ってねぇ。お前を監視してる忍だってカカシ上忍がどうこうとは考えてねえだろう。被害者の共通点しか分かってねえ。それは俺が聞いたアスマの話から推察できる」
「でもシカマルはそう思ってるってば」
「たかだか下忍の知恵だぜ。当たってるかどうかも分かんねえ」
「さっきは可能性が高いって言ったじゃんか」
「・・・・確かにな。俺の考えじゃそうだ。だがなお前はどう思ってんだよ?俺の話を聞いてそれが真実だと考えてんのか、それともカカシ上忍を信じるのか・・・・・それはお前次第なんだぜ」
「オレは・・・・」
ナルトはまだ迷っている。カカシを信じたいのが本音だがこの頭の切れる友人の話も否定しきれないのだ。
オレはカカシ先生を信じきれてねえ・・・・・・最低だってばよ。
「オレは・・・分からねえ」
首を振る友人をシカマルは責められなかった。責めようとも思わなかった。ただ自分ならばどうしただろうかと考える。これがカカシではなくアスマだったら?有り得ないときっぱり言い切っただろうか。可能性が欠片も無いのならばそうしただろう。しかし否定できない点が少しでもあったならば?
そうしたら・・・・・。
「犯人じゃねえ可能性を探る」
「シカマル?」
「手を引けと言っといてだけどな・・・・・俺ならそうしたかもな」
呟いた言葉はナルトの心にどう届いただろうか。
ナルトは黙ったまま両の拳を見つめた。
シカマルと別れ、もう何も考えられない状態で体が覚えている帰り道をとぼとぼ歩いていると、突然ナルトは熊のような男に声を掛けられた。
「おう!ナルトどうした、暗~い顔して。そんなんじゃ不幸は寄って来ても幸福は逃げちまうぜ」
中々上手い事を言うなあ、とぼんやり感心しているナルトに男は目の前の「一楽」を指差してどうだ、奢ってやるぞと言う。
「アスマ先生、せっかくだけど今はそんな気分じゃねえの」
「おいおい!どうした!?いつものおめえなら「食う食う!早く行くってばよ~!」とか言うじゃねえか。任務で失敗でもしてカカシに叱られたか?」
「そんなんいつもだってばよ・・・・」
ナルトはアスマとの話を切り上げて早く家に帰りたかった。けれど上忍の手は断わったナルトの腕をしっかり掴んでいて勝手に一楽の暖簾を潜ろうとしている。
「おわっアスマ先生!」
「いいじゃねえか!付き合え」
「困るってばよっ」
「へいらっしゃい!!」
渋るナルトの目に一楽店主テウチの顔が映る。ラーメンに対する情熱には頑固な親父だが「ラーメン好きに悪い奴はいない」というものか、笑うと人情深い性格が滲み出るのだ。
「よおボウズ、今日も味噌か?」
今日も常連であるナルトに笑顔を向けてくれる。ナルトには通い慣れた筈の一楽の明かりがやけに眩しかった。
続く