その猫の足跡
阻む者がないのをいい事に塀を上へ上へ伸び生い茂る蔦に手を添えて男が囁いた。
「それで先輩どうするつもりですか?」
ひと気ない路地の交差点で猫が目を細める。
それを受けてもう一人の男が腕を組んだ。
「そうだなあ」
困った風を装う割に顔は愉しげだ。彼は口元を緩ませ問題の人物を回想する。
「降りかかる火の粉は払うまで」
その答えに猫は溜め息を吐く。
「介入するんですね?」
「お前に指示した時からこうなるとは思ってたよ」
どうやら事の進みは男の予想の範囲内の様だ。あるいは予定通りか。
「じゃあ初めから先輩がやれば良いじゃないですか」
「探りは御手の物でしょ。猫なんだから」
「そうやって煽て様としたって・・・」
「あ~あ、冷たいねえ、オレの後をいくのはお前しか居ないって言うのに」
「!・・・あっ、いや・・・そうですよね!精一杯やらせて頂きます!」
彼は急にシャキッとして模範的な表情を浮かべた。
そしてダッシュで次の指令へ向かう。
「うんヨロシク~」
終始先輩と呼ばれていた男はへらりと笑って走って行く猫に手を振った。
しかしその顔はスッと冷えて恐ろしい冷酷の表情で壁を殴った。
彼がこの様な姿を表に出すことは珍しく、相当な怒りが生まれたのであろうと推測できる。
「オレがついていながらね・・・」
その怒りは自分にも向けられていたが多くは第三者へ突き刺さっていた。
ことは二ヶ月前の大規模な掃討作戦で起きた。
大規模と言っても忍の捜査は秘密裏にごくごく一部の人間で行われた。ある特定の組織根絶を目標とした任務で、それは本来であれば忍が自ら進んで突っ込まない仕事であったが、里のみならず火の国全体に影響を及ぼしている存在であるから火影も乗り出さない訳にいかず、七班を含めたチームに回ってきたのだった。
里にも花街はあるがその華やかな世界とは違いその組織のやり口は汚かった。
しかし需要があるから広がるので、今や火の国全体に根を張り、誘拐や強奪で人を引きずり込み、国は公式な発表を控えていたので詳しくを知らぬ市民に見えない恐怖を与えていた。
その餌食になった子供の数は知れず、日頃呑気な大名達も頭を悩ませていた。
その大名は国の密偵を捜査に向かわせたが、追っても追っても享楽の地は特定出来ず、末に暗部が追跡を始めた。そして発見した場所は毎回変わり、長きに渡る忍耐強い観察で開催される場所は計画的に変更されている事が分かった。
その地で強欲な男達は手頃な駒を買ってはいたぶり、その内容は酷いものだった。
ある者は殴りつけ痛みを与える事を主とし、また別の者は快楽を屠る事に、更には殺す寸前まで至る者もいた。もしかしたらこれまで何人も死者が出ていたかもしれない。
そこへ乗り込むのは幾ら忍とはいえ、未成年な彼らには酷だった。
今となっては・・・。
密やかな夜の暗闇に融けての突入は七班からだった。サポートは連携の取り易い猪鹿蝶の十班。攫われた者達、犠牲者達の救出は紅八班、後続の突入はガイの三班。
全て順調な滑り出しで任務は夜明けまでに完了できる運びだった。
だが向こうにもキレ者がいたらしく、早々に察知した数人が音も無く進む忍を罠にはめた。
七班はカカシを筆頭にSランク任務に慣れたヤマト、根出身のサイ、冷静なサクラ、突進が得意のナルトがいたが全員バラバラになってしまい連携する筈の十班も翻弄された。
特にナルトは最悪の事態に引き込まれた。
「くっそーどうなってんだ、この穴ってば・・・何か絡んで動けねーし」
右手左手、右足左足が何かにきつく拘束され落ちた穴に宙ぶらりんに吊られている。
恐らくロープだろうと思ったナルトは忍の得意技・縄抜けで出ようとした。通常ならばすぐに復帰できる。ところがこの縄はただの紐ではなく、チャクラを抽出し更にそのチャクラ量が多い者ほどきつく食い込む仕組みだった。
勿論それを知らないナルトは全力で逃れようとしたが無駄だった。
そこに急に光が射した。
誰かが頭上でライトを翳している。
逆光の中で二つの影が顔を見合わす。明らかに忍ではなかった。
「なんだってばよ。お前ら!」
もがくナルトを見下ろして男が哂う気配。
「これはこれは口は悪いが予期せぬ上玉よのう」
「ぜひとも新薬の効果をみたい」
「クッソ・・・!離せってば!」
「そう言われて放す者がおるかな?」
薬云々と言った者が首を振る。そしてその隣の太った男は涎を垂らした。
「ぐふふ、久し振りにゾクゾクするぞ」
「薬の程度が分かれば後はお前にくれてやる」
「それは愉しみだ」
男は好き勝手に話を進めナルトの体に巻き付いたロープを引き上げる。
「マジで不味いってばよ・・・はーなーせー!」
侵入前は正常に働いていたインカムが通じていない。
完全に不利で不吉さが拭えないままナルトは床に引き摺り倒された。
「イテェってば!」
「どんなドジかと思ったが・・・ふむ、随分上等なチャクラだ」
「くふふっすぐにでも味見がしたいのぅ」
「まあ待てコイツを挿れてからだ」
男が摘んだのは小さな赤いカプセルだった。
嫌な予感が深まる。
「乱れる姿が愉しみじゃ」
「乱れって・・・お前ら何言ってんだってばよ!」
「こういう事だよ、小さな忍者よ」
薬を持った男があれ程外れなかった縄の一部に触れてナルトの服を暴き臀部を露わにし間を置かず後ろからカプセルを挿入した。
「っ・・・!何をしてんだってばっ」
男はぐっと奥まで突き刺してにんまり笑った。
「効果は遅くとも十分で表れる予定だ」
「しかしこの子では壊れてしまうのではないかのう?勿体ないのー」
「壊れるまで十分楽しめばよかろう」
「くくく、たしかに」
舌舐めずりする太った男は窮屈そうに屈んでナルトの顎に手をかけた。
「どれ具合は、」
唇が吸い付くのではという距離に危機感を抱いたナルトが目を瞠った直後、やっと増援が駆けつけた。
男二人以外にも潜んでいたらしく、雪崩込んで来た忍達が次々と捕らえる。
けれど他の者は捕まったがこの首謀の二人は逃げきった。すぐに暗部が出動したがその姿は雲の如く消え去ったのだ。
様子の変化と異常に気付いて一番早くナルトを抱え上げたのはヤマトだった。七班担当のカカシはタイミングの悪さでガイ班に合流し騒動の処理に当たっていた。後になって彼が非情に悔しく思うのはこの辺りだ。
「これは・・・まずいぞ」
状態を見た瞬間に判断したヤマトは外套でナルトを包み隠し、急いで一人先に里に戻った。この機転でナルトの醜態は同期の仲間には見られずに済んだ。
だが綱手の元に戻ってそれで解決とはならなかった。何しろ新薬を投与されたのだからさすがの綱手も顔色を変えてすぐに病院の特別室に囲った。
「カカシはまだ現場か」
「はい、とにかく綱手様に診て頂く必要があると思いましたので」
「その判断は正解だ。あいつらにはまだ知らせるな。却って混乱を招く」
「御意」
「ナルトは私が預かった。ひとまず現場から戻った者達と合流し報告書を纏め、カカシを私の所へ呼んでくれ」
いつもの上着を脱いで白衣を着た綱手が命じながら部屋を出る。
「はっ!」
ヤマトも同じく火影の部屋を出て来た道を戻った。
カカシが事態を知るのはそれから五時間後の事だ。
続く