恋人の甘い襲撃
くの一の間で話題騒然、ここ数日は特に混み合っている舗で目当ての物をゲットしたサクラは気分上々で角を曲がった。
今年こそサスケ君の恋心ゲットよ~。
内なるサクラは幸せ胸いっぱいに、高級な柄の紙袋を抱いてサスケの顔を思い浮かべた。しかしその直後・・・。
「ヒッ!」
サクラは具現化された異様な光景を目にして悲鳴を上げ立ち止まってしまった。
長身の怪しい男が壁の前で蹲り陰から顔を出して向こうを覗いている。ブルブル震える彼の手が掴んだ壁はミシリと音を立てて亀裂を生じさせた。
「あの男・・・コロス」
しかも物騒な科白を吐いて前方をじいっと見ている。
誰かに見つかって迸りを食う前にサクラはさっさと通り過ぎてしまいたかった。それができなかったのはその男があまりにも禍々しいオーラを放って前方、同じチームのナルトと一緒にいる男を睨んでいたからだ。よからぬ事が起きる気がして立ち去るタイミングを失ってしまった。
「キィッ。ナルトの奴、オレというものがありながらっ!!!」
ゆうらり立ち上がり両手に取り出したるは磨き上げられた鋭きクナイ。
「コロコロコロス」
いやあああ~ッ!やめてーーー!そんな事したらうちの班の恥になるじゃない!!!
『やっだーあんたのとこの上忍、彼氏の取り合いで問題起こしたんですってね~~~キャハキャハキャハハハ寒すぎー』
この大事な時期に問題を起こされてライバルのくの一にあれこれ言われたくない。
「冗ッ談じゃないわよ・・・」
大事な包みをポーチに仕舞って意識を前方に向けている男の背後に雄々しく立つ。それに気付かない相手はキラリと光るクナイを握り締めて今にも駆け出す様子。
「クッ、コロ・・・」
「したら許さないわよーーー!!!!」
ボコーンッ!!
「うわっ・・・!?」
「いっくらカカシ上忍でも許しませんからねっ!」
上忍の足元に自慢の拳で大きな穴を開けたサクラはグローブをギュッと握って彼の前に立ちはだかった。
私の恋路は誰にも邪魔させないんだから。
「サクラ・・・?何で?」
「何でじゃありませんよ!しっかりして下さい。仲間を殺す気ですか!?」
「アオバは同じチームじゃないし、それにホラ!ナルトに横恋慕してるでしょ!」
「はあ?」
この上忍はまた妙な事を考えているらしい。彼が示した先ではナルトとアオバが店先の置物を見て談笑している。冷静な目で見れば分かるがアオバは通りかかっただけだろう。如何にも堅そうなあの特別上忍が横恋慕するとはとても思えない。それよりもサクラの気を惹いたのは笑っている彼の姿だった。
あの人ちゃんと笑えたのねー。
今まで一番驚いたのはイビキの笑顔だが、アオバの笑い顔も中々見れないものだ。親しい者ならば常に目にしているのかもしれないが、滅多に関わりを持たないサクラには初めての光景。
「サクラの目は節穴なんだよ!アイツが笑うなんて可笑しいでしょ!?」
「人間だったら笑いますよ!」
さっき思ったのは無かった事にしてサクラは全力でカカシを止めに掛かる。
「コロース、絶ッ対殺すーーーーーっ」
「落ち着けーーー!」
それが去年のこと。
「今年は大丈夫でしょうね?」
嫌な記憶を思い出して疲れた吐息を漏らしたサクラは任務報告を終えたナルトに近付いた。
「終わったってばよ」
「じゃ行きましょ」
ナルトはサクラの買い物に付き合う約束をしていた。サスケが喜びそうな物を選んで欲しいと言っていたから、恐らく明日のバレンタインのプレゼントだろう。
バレンタインつったってオレには関係ねえってばよ。サスケじゃあるまいし貰える数は決まってる。それに男だから誰かにやるとかねえし、それにカカシ先生は――――。
「あんた達はどうなのよ?」
「バレンタインは女のイベントだってばよ」
「はぁ・・・馬鹿。去年はカカシ先生にチョコレートあげたんでしょ?」
「ブーッ。あれはカカシ先生が寄越せって煩せえから」
「その割には嬉々として選んでたわよねえ?」
『サクラちゃーんっカカシ先生にはどれやったら喜ぶってば!?』
「・・・・・・」
「今年もあげたら?」
「ん、でもカカシ先生任務入ってんだってばよ」
「だったら今日あげちゃえば」
「えっ?」
バレンタインデーは特別な日だとサクラに教えてもらって以来、当日あげなければ意味が無い、と考えていたから前日に渡すとは思い付かなかった。
「そっか、サクラちゃん頭いいー」
「ね、今日買えば間に合うわ」
「っしゃあ!カカシ先生が喜ぶ物選ぶってばよー」
しかしチョコレート戦争とでも言うべきか、混み合った店内は壮絶な女の戦場だった。ナルトは入る前から意気消沈してしまったのだが、サクラはこれ持ってて!と押し付けるようにポーチを預けて踏み込んで行く。
「サクラちゃんスゲー」
目を丸くしてその姿を追うと彼女はすぐにパパッと気に入った物を手にして、また別のコーナーでササッとゲットしている。ナルトはその動きに驚嘆しつつそこから目を横に移してとんでもない人物を見つけた。
「ゲッ。サクラちゃん大丈夫かな?」
狭くないが広いわけじゃない店内、このままいけば確実にぶつかり合う。
「つーか同じ店に来るって、同じ好みしてるって事だよな?」
好きな相手も同じだし。
「それより今日の晩飯どうしよ」
人の流れを眺めて今関係ない夕食や明日の天気を考える内にやはり例の二人は出遭ってしまった。
「何であんたがここに居んのよ、いのブターッ」
「ぎゃーサクラッ、あんたこそっ」
「女ってこえー」
遠くから見ても大量のチョコレートを抱えた二人が啀み合うのは恐ろしい構図だ。傍に居なくて本当によかったと思う。
「結局全部サクラちゃんに任せちゃったってばよ」
物凄い女同士の喧嘩に遭遇して彼女達を狂わすバレンタインに恐れをなしたナルトだが、ちゃんとカカシ用のチョコを覚えていてくれたサクラに包装されたそれを渡された時は嬉しかった。
『ハイこれあんたの分ね』
『ありがとうってば』
『うまくやんなさいよ~!』
バシンと背中を叩いた彼女の思いを無にしたくない。早速今から渡しに行こうか。
「ん~。あっそうだ、そうすればいいんじゃん」
すぐに手渡そうと思ったが、ある事に気付いた意外性たっぷりの忍者は帰ったばかりの部屋にチョコレートを置いて再び飛び出した。
「ってもなあ~」
頭を抱えた男は心底参った表情で机越しに迫る上忍を見上げる。後ろには任務報告に訪れた忍達が支えていると言うのに、青年には全く関係ないらしい。
「なあ、頼むよイルカセンセ!場所だけでいいからさ!」
「う~ん・・・けどなあナルトぉ」
「頼むってば!集合場所教えてくれるだけでいいんだってばよ」
「う~」
「教えてくんなきゃ、片っ端から探し回って荒らす」
「おめっ・・・なっなんてこと言うんだ」
それは困る!!!断じていかん。
爽やかな青年から重苦しい黒い声が聞こえてきてイルカは慌てた。自分がそうしたつもりは無いが、いつの間に誰から教わったのかナルトは人の心を捕らえる術を得てしまったようだ。悪い意味で。
「大体見当はついてるんじゃないか?」
里内での集合場所はそう多くない。同じ忍ならばすぐ分かるだろう。
「ハッキリと知りてーの」
「ふう。ったく、カカシさん達は門前で待つ手筈になってる。言っとくが他の上忍の方々もいるんだから粗相は・・・って、あっ!」
「サンキューッ」
イルカが得意の小言を披露しはじめた時、ナルトは既に教室の出入口に到達していた。青年は何事かと振り返る人々の向こうイルカに満面の笑みを寄越して報告所を出て行く。
「はあ・・・すみません火影様、カカシ上忍」
バレンタインデー当日。浮かれた男達や張り切る女達が里に溢れる前の早朝、門前で四人の忍が欠伸を噛み殺していた。
「おはよう!や~すまんねー諸君」
「カカシ上忍遅いッス」
「バレンタインだから緊張して眠れなかったんだよ、あはは」
オッサン、あんた幾つのガキだよ。
シカマルは怒りを通り越して呆れる冗談への文句を飲み込んで揃った顔触れに緊張感を抱く。
並足ライドウ、不知火ゲンマとはたけカカシか、こりゃあ、面倒臭がってる場合じゃねえな。
「ごめ~んね」
「カカシさん、相変わらず緊張感ないですね」
これが戦場になると変貌するのだから驚きだ。
「あはは」
そこへ又一人の緊張感無い足音が近付いて来ている事にシカマルは気付いた。
おいおいおい、面倒臭えのが来たぜ。
「カカシ先生~」
「ナルト!?」
「うずまき・・・も参加か?」
「んな訳ねえだろ、この任務フォーマンセルだぜ」
戸惑うライドウに的確な突っ込みを入れるが、久しぶりに見るドタバタ忍者登場にゲンマも少し困惑気味だ。しかし周囲の動揺を余所にナルトはポーチからごそごそと長方形の立派な包みを取り出してカカシの前に差し出した。
「ハイ、カカシ先生~。任務頑張って行って来いってばよ!!」
「ナ、ナルト・・・これは!」
カカシとナルトの関係をよく知らず状況を理解していないライドウは首を傾げるばかりだが、ゲンマとシカマルの顔は緊張から一転げんなりした表情に変わっていく。
「この包装、リボン、形、重さ・・・まさか」
銀色のリボンが丁寧に巻かれた茶色い煌びやかな包みはこれまで幾度も目にした、本命以外に貰っても少しも嬉しくない代物、それはまさしく―――。
「バレンタインだってばよ」
「っくう、ナルト~」
去年は強請りに強請って貰ったチョコレート。今年は駄目かと諦め掛けていた。それが自発的なナルトの意思に因って齎されたのだ、感激するなというのが無理。
「先生は甘いの苦手だからビターな味だってばよ。それともう一つ」
ナルトは嬉しさのあまり受け取った手を震わせている、カカシのマスクを素早く下ろしてチュッと可愛らしいキスを贈った。
「!?」
「へへっいってらっしゃいだってばよ。オレも任務だから、じゃっ」
「ナルトー待っててよ!チャッチャと終わらせて帰るからね~~~~っ」
流石に人前でのキスは照れ臭かったのか呆然としているギャラリーをチラリと見て、来た時以上に騒々しく去っていく背にカカシは手を振って命懸けの任務に行くとは思えない科白を叫んでいる。
「ムッフッフ。今夜はイチャパラし放題だよね」
思った通りだ面倒臭え、これじゃ任務に行く気も失せるぜ。
「カカシ上忍甘いの苦手ッスよね。それ俺が貰いましょうか」
「は?何言ってんの、あげる訳ないでしょっ!!」
キイッ。
マジで怒んなっての・・・・。
「ゲンマ今のは」
「言うな、ライドウ。色々虚しくなる」
バレンタインの日、里で一番早くチョコレートを受け取った男は里一番幸せな気分を抱いて任務に走った。
END