三忍三様・恋模様
「いい加減飽きた。別れようぜ」
話があるからと自分を呼び出した男の顔をまじまじと見たナルトは全身が沸騰するのを感じた。
そして一瞬後には相手の顔を思い切り殴り付けて走り出していた。
「くっそ!馬鹿にすんなっての!ぜってー許さねぇってば。二度と顔も見たくねえっ」
怒り全開のナルトは通りを大股で歩いて行く。
「なんだってばアイツ!」
正に怒り心頭の態である。
「くっそ、くっそー!」
「・・・ト」
「ムカツクッ」
「・・・ルト」
「オレってばアイツが謝ってきても口利かねえ」
「ナルト」
「・・・・」
彼は真っ直ぐ前を睨んで歩いていたが、不意に脇から声を掛けられて立ち止まった。
「よっ!」
その男はまるで風景の一部のように周囲に溶け込んでいた。声が聞こえなければ通り過ぎていただろう。
「久し振り~。元気だった?」
「カカシ上忍」
ナルトの元上司たる男は部下だった頃と同じく、年齢不詳の少しも老けない姿で佇んでいる。
「あら、昔みたいに先生って呼んでくれないの?」
「なんか用ってば?」
つい先程交わした男との会話もあって、ナルトは相手の問いに答えず更に突っ慳貪な物言いで返してしまう。
『俺はいい加減飽きた。別れようぜ』
あの男の態度は何度思い返しても腹立たしい。
「んー、単刀直入に言うとなー」
「早く言えってばよ」
「あのさ・・・オレと付き合って?」
「は?」
なぜに疑問系。
ナルトは首を傾げた気持ち悪い男をまじまじ観察して本気だろうかと疑う。
「カカシ先生マジで言ってんの?」
「本気じゃなきゃ言わないって。アイツとは別れたんでしょ?だったらいーじゃない。オレと付き合ってよ」
いや、付き合ってよって言われても困るってばよ。
「断る。嫌だってばよ」
「なんで?お前フリーでしょ」
「先生はオレがあいつと別れたの知ってて言ってるってば、だから駄目だ。先生とは付き合えねえ」
ナルトは喋る隙を与えずペコリと儀礼的に頭を下げて足早に去り、カカシの気配が消えるまで下を向いたまま歩き続けた。
「ふぅん、ナルト君案外鋭いんだ」
心の隙を狙ったことバレてたのね。
「あー参った。マジであいつ好き。益々・・・欲しくなった」
苦笑を零したカカシは声が届かない所まで離れ小さくなった背を見送り楽しそうに呟いた。
翌日、
「・・・納得できねぇ」
ナルトは火影の前に並んで立つメンバーを見て開口一番文句を吐いた。
「私の選択に問題があるのかい?」
カカシ以上に年齢を悟らせない女性は机に肘を突いて眼光鋭く下から若い忍を睨む。
「や、ばあちゃんに文句があるんじゃなくってっていうか、まあそうなんだけど、オレってば今日は調子が悪いかも~なんて。つかさ!この任務オレじゃなくてもいいかもしれないって思うってばよ。それに」
「ナルト!!そんなに文句言うなら、中忍に格下げしてやってもいいんだぞ?お前の立場なんぞは私の声一つでなんとでもなるからねえ」
「ゲッ」
やっとの思いでここまで来たのだから、その仕打ちだけは勘弁願いたい。
ナルトは得たばかりの居場所を易々と手放せるほど達観していないしそう大人でもない。火影を目指しているのだから当然と言えば当然だが、中忍時代から上忍への憧れは誰よりも強く持っていた。
勿論「上忍」の名は惜しい。
「諦めなさいよ。ま、久し振りに一緒の任務だし仲良くしようじゃないの」
凍り付くナルトを横目で捉えたメンバーの中から、今は見たくも話したくもない男が出て来て項垂れる肩を軽く叩き余計な慰めを寄越す。
「・・・・・」
有り得ねえってばよ。
新米上忍の青年はやっと備わり始めた「忍耐と辛抱」を早くも見失いそうになっていた。
一通り自己紹介を終えたところで隊長役を任じられた男が手を挙げた。
「じゃ、まーオレが隊長なんでヨロシク。ここから危険地帯突入するからな、全員オレの合図をよく確認しろよ。特にナルトは一人で突っ走らないように」
カカシの言葉を聞いた仲間の口からクスクスと忍び笑いが漏れて、元々低かったナルトの機嫌は更に降下した。からかうようなカカシの視線が纏わり付いたが、ナルトは他の二人を睨んで彼とは目を合わせない。
「もし離れ離れになっても向こうで落ち合う場所は分かってるな?」
全員が同時に頷くと彼らが信頼を寄せる上忍の力強い声が上がる。
「よし!行くぞ!」
無頼漢が出るという森を通らなければ肝心の任務先には着けない。ナルトは走りながら全員がいる位置を確認して眉を上げた。すぐ目の前をカカシが走っているのだが、後方ではナルトより二、三歳年下の医療忍者のくの一がもう一人の班員うちはサスケに思うが侭楽しそうに話し掛けている。更に彼女は無視するサスケに構わずほっそりした華奢な手を伸ばして、隙あらば彼の腕に絡めようとしている。
馬鹿みてえ。
ナルトは胸中独りごちた。
彼女は他所で忙しいサクラの代わりに派遣されたのだが、元第七班仲間の彼女と比べてどれほどの実力を備えているかは知らない。
そもそも七班を卒業して以来この面子で任務にあたる事はなくなっていた。今回は特別で本当に久し振りの顔合わせなのだ。
だがその分ナルトは戸惑いも抱いていた。昨日の今日だ、暫く会いたくなかったというのが正直な感想だ。
「相変わらず身軽な動きするね」
いつの間にか横に並んだカカシに話し掛けられてどう返事をしたものか少し迷った。
「別に、カカシ先生だって・・・つか、なんで昨日任務の事言わなかったんだよ。知ってたんだろ?」
言外に何で断らなかったんだよ、と非難を籠める。
「別に昨日言っても言わなくても変わらないだろ。怖い綱手様の火影命令だし、お前と一緒の任務を断る訳がない。それにオレ自身が隊長ともなれば、どうにでもできるでしょ」
「どうにでもって」
「お前も上忍なら上官の命令がどれ程重いか分かるだろ」
「・・・・」
ナルトはその意味を十分に理解したが、答える義務は無いと判断して黙り込んだ。するとカカシは並走しているナルトの体をやや強引に掴まえて耳に口を寄せて掠れた声で囁いた。
「後ろの二人、仲いーね」
ナルトは僅かに色の付いた緊張と不快を感じたが、跳ねる心を押さえ平静を装ってチラと背後を窺い皮肉な笑みを口端に浮かべてカカシから離れた。
「この森、危険なんだろ?あんたも・・・あの女の子も気楽なもんだってばよ」
無視してもめげずに話し続ける鬱陶しい女を払いながら、後ろから二人の様子を見ていたサスケは舌打ちしてカカシを睨む。
「任務中だろうが、何考えてんだあの男」
今は任務中で、しかも危険な場所を通過中だというのにふざけている余裕があるのかと、サスケは上忍の神経を疑う。
「任務に私情を挟む奴じゃなかった筈だ」
性格は兎も角、忍の実力は認めていただけに失望した感が強い。更に隣の女にもうんざりする。
サクラの方がよかったな。
「あたしうちは先輩と一緒の任務が夢だったんです~!」
ああ、そうかよ。
勝手に思ってろ、期待してろと世の女性陣から非難を浴びそうな事を考えてサスケは無言で走り続ける。
実に心の内が纏まり無いこのチームは直に森を抜け切ろうとしていた。
続く