Tears of The Sun
「何か用ですかってばよ。カカシ上忍」
ナルトは背後に張り付きしつこく追い掛けて来るカカシにうんざりして決して話し掛けまいと思っていた口を開いた。
綱手に呼ばれ訪れていた火影室を出てから自宅に帰る道程、ずっと後を付け無視されても物ともせずじっと視線を注ぎ続ける根性にはナルトも辟易してしまった。
「ナルト~怒ってるの?」
「は?怒ってませんってばよ?」
「じゃあ何でそんな喋り方するの!?」
ナルトの他人行儀な口調からして明らかに、しかも相当怒っている。
遊郭に通っている事がバレた時だってこんなに怒りはしなかった。
「カカシ先生だって男だから仕方ないってばよ」
そう言うと少し寂しげな表情で笑って見せただけだ。いかにも物分かりの良い子を演じたナルトの言葉をカカシは信じた。そして裏にある本当の声を聞こうとしなかった。
その話題はそれきりになりカカシはすっかり忘れてしまっていた。それを今になってナルトの怒り顔を見ていたら突然思い出した。
が、思えばあの時本当はどう思っているのか問い質しておくべきだったとカカシは今更ながらに思う。
何しろナルトが怒りを露にしている以上恋人関係の危機というものを考えずにはいられないからだ。この怒りは今迄の鬱憤が噴出したものかもしれない。
「仕方ないでしょー!?綱手様の命令なんだよ。しかもSランク!今日突然決まったんだ。明日はナルトの誕生日だから駄目だって言ったのに」
「オレ、そんなん知らねーってばよ」
「ナルトー」
カカシはばっさり斬り捨てスタスタと歩いて行ってしまうナルトに尚も縋り付いて情けない声を上げる。
「何でそんなに怒ってるのよー!オレが遊郭で遊んでた事は怒らなかったでしょー!?」
カカシの言葉にナルトはピタリと足を止め、頬を引き攣らせて振り返る。
「怒らなかった・・・だとう?」
怒りの所為で幾分低くなったナルトの声にカカシは心底驚いてだって、と言う。
「そうだろ?なのに何でこんな事で怒るんだ!?」
無神経な数々の言葉についにナルトの頬の痣は妖狐を呼び出す時のようにピシンと張り、その表情は凄みを増した。
「こんな事・・・カカシ先生、最低だってばよ。ふん、オレの誕生日カカシ先生がいなくてもイルカ先生が祝ってくれるからいーってばよ!」
ナルトは一番有効な言葉で強烈なダメージを与え、今度こそ振り返るまいと背を向ける。
「ナルト・・・オレ、行くから!任務早く終わらせて行くから待ってろよ!」
カカシは渾身の力を込めて叫んだがナルトからの反応は無かった。
「絶対行くから」
とうとう行ってしまったナルトの背を見届け、カカシは溜め息を吐いて上忍待機所に向かった。
自業自得と言えばそうなのだ。カカシはこれまでナルトという恋人がありながら派手な女性関係を繰り返し行ってきたし、約束はすっぽかして当然の勢いでいい加減な態度をナルトに対して取って来た。第三者から見れば当然の報いだが、それがカカシには分からない。
「もうカカシ先生なんか知らねー。約束なんて信じねーってばよ」
ナルトは道端に転がる小石を思い切り蹴り、河原に落ちるのを眺めていた。
「修業しよ」
一人で部屋に居ては思い悩んでしまいそうだ。
ナルトは自宅に帰るのを止め、くるりと方向転換し夕暮れ迫る秋空の下を駆けて行った。
「何でかなあ?」
カカシの何度目かになる呟きと溜め息に紅は不機嫌に眉を顰め、暗い空気を振り撒く男の前で仁王立ちになった。
「いい加減にしないと殺すよカカシ!」
「ん?何だ紅か」
ソファーに彼らしく猫背で座り俯いていたカカシは頬杖を突いて、うっとおしい半眼で鬼の形相の紅を見上げた。
「何だじゃないよカカシ。今すぐそのうざったいオーラを引っ込めないと埋めるわよ!」
紅はバキバキと指を鳴らして威嚇するがカカシは溜め息を吐いて首を緩く左右に振る。
「悪いけど今はそれどころじゃないの」
「ふん!どうせ女に振られたんでしょ!?あんたなんか捨てられて当然だよ。全くナルトもこんな奴の何処がいいのか」
紅はぶつぶつ独り言を呟いて自分の世界に浸るカカシを見下ろし鼻を鳴らす。そしてこんな男には付き合ってられないと待機所を出て行こうとした。
けれど煙草を咥え現れた同僚の姿に足を止める。
「よお、紅・・・とカカシ。どうしたんだ?」
紅は最悪の気分をタイミングよく入って来たアスマで溜飲を下げようとカカシを指差し近づいた。
「アイツうっとおしいったらないわ。ぶつぶつ煩いしさ。どうせいつもの女遊びが招いた結果でしょうけど」
アスマはどんよりした区域を見つめ、今日は何日だ?と的外れな質問を紅にする。
「何日って・・・九日だけど、それがどうかしたの?」
「そうか、成る程。あれは女関係じゃねーよ」
アスマは顎を杓ってカカシから離れた所に紅と並んで座る。こういう時被害に遭うのは決まってカカシの同僚達だ。長い付き合いの中で身を以って思い知らされているアスマは面倒を避けようと窓際のカカシから精一杯遠ざかって、出入り口に近いソファーに腰を下ろした。
「どういう事?」
問いながら紅もピンときた様子。
「もしかしてナルトの?」
「そうだ、明日は鎮魂祭だ。そしてナルトの誕生日だな。里の奴らにとっちゃ憎い日だろーがナルトには大切な誕生日だからな。カカシも任務どころじゃねーだろ」
アスマは太陽のように明るい少年を思い浮かべ苦い想いでカカシを見る。
「あら、カカシ任務入ってるの。じゃあナルトは寂しいでしょうね」
紅は紫煙を燻らせるアスマの短くなった煙草を見つめ可哀相にと言う。
「いや、あの様子じゃそうでもなさそうだぜ」
付き合いが長ければ長い程、相手がどういう時どういう顔をするのか分かる。
「あの二人ついに破局するかもしれないぜ。ナルトの辛抱強い堪忍袋の緒も切れたんだろ」
「やだ!不吉な事言わないでよ。とばっちりが来るわよ」
紅はアスマの背を叩き悪い冗談は止めなと言い、その拍子に煙草の灰がぽとりと床に落ちた。
「紅・・・」
アスマは眉を顰め落ちた灰を見つめながら、潮時ってもんだろと悟ってみせる。
「まあ、確かにカカシにしては長続きした方よね。それに私、ナルトはもっといい子と付き合うべきだと思うわ。あんな最低男私なら願い下げよ」
言いたい事を言ってすっきりしたのか紅は今度こそ出て行こうと立ち上がる。
「そう言うな。あいつなりに悩んでいる筈だ」
「どうかしらね」
一度だって反省した事は無いじゃないかと紅は思った。
カカシの悪い所は遅刻癖ばかりではない。一度こんな事があった。
紅は第八班の任務を終え、子供達を引き連れて里に戻って来た所だった。任務はさほど難しい物でなかった事もあり、子供達の顔は明るい。
門を潜り大通りを歩いていると前方によく知る銀髪の男を見つけた。まさかと思いつつ観察していると不意に男が横を向き、その顔に予感が的中した事を苦々しく思った。子供達も気づき息を飲んだのが分かる。
その男は右隣に並んだ髪の長い女の肩を抱いていた。その女は前日、同じ場所の同じシチュエーションで紅が見た女とは別人だった。
最悪だ、と紅は思う。カカシの浮いた話は星の数程あり、里中に知れ渡っていたがその現場を自分が受け持つ子供達には見せたくなかったし、何よりうずまきナルトに申し訳ない気持ちになっていた。自分の事で無いにしても、同僚として謝りたい気分だった。
それから班の子達がカカシをどう思ったか、それは彼、彼女の表情を見れば一目瞭然だった。
「カカシ、最低だよ」
紅はこの男だけは駄目だと思った。
ナルトが演習場に着くと其処にはキバとシノもいた。
「おー!珍しいってばよ。キバ、シノ!」
「ナルト、修業か」
「おっ丁度いいぜ。ヒナタの分一人足んねーんだ。一緒にやろーぜ」
手を振り早く来いと呼ぶキバとシノの許へナルトは満面の笑顔で走り寄る。
「おう!サンキュー」
なんだ、平気じゃん。
「ヘヘッ」
「何だよナルトー気味ワリーな」
仲間の暖かい空気に包まれ、ナルトはこのままカカシの事を忘れられそうな気がした。
「いっくぜー!」
忍具を駆使し拳を振り上げ技を繰り出しながら、ナルトは陽が沈む様子を形容し難い寂しさを感じながら見ていた。
「気のせいだってばよ」
しくしくと胸が痛むのはきっと禍々しいまでに赤い夕日の所為だ。解っている自分の気持ちに気付かない振りをした。
闇夜に心を委ねるのは気持ちがよかった。
過去の嫌な事全て忘れられる気がするから。
どこまでも続く闇はいい加減な自分さえ流してしまえる気がした。
カカシは六時きっかりに目を覚まし、ベッドの上のそりと上半身を起こした。昨夜は上忍任務で深夜まで働いた上に家に帰ってからは昼間のつれないナルトを思い出して中々眠れなかった。
「任務か・・・」
第七班の任務は入っていないものの綱手が強引に入れたSランク任務がある。
「ナルトのプレゼントまだ買ってないのになー」
むくりとベッドを抜け出し洗面所で鏡に映るぼーっとした自分の顔を覗き込む。
どんなに沢山の女と付き合ってもそれは性欲の処理に過ぎないとカカシは思っているし、「はたけカカシ」の誘いの一言で簡単に付いて来る軽い女など本気で愛せるはずが無いと思っていた。それをナルトも解ってくれると信じていたのだが。
「何で解ってくれないんだろ。本当に好きなのはナルトだけなのに」
蛇口を捻り顔を洗いながらどうしてだろう、と胸中でぼやく。
ナルトの誕生日を二人きりで祝おうと約束したのは一週間前だ。その時は勿論全ての余計な誘いを断って今日という大事な日を空けていた。それが昨日になって呆気なく壊されてしまった。
『カカシ!お前にはSランク任務に就いてもらう』
流石に恋人の誕生日は外せないと思い断った。しかし火影命令を無視する事など以ての外。エリート忍者カカシでさえも出来ない。
「仕方ない。早く終わらせるしかないデショ」
食事と身支度を済ませたカカシは額当てをいつもよりきつく巻き、眩しい光の中へ出て行った。
紅はどうしてもナルトが気になって仕方がなかった。九尾に命を奪われた者達を慰める鎮魂祭は主に夜行なわれる。河で灯篭を流すのだが沢山の人々が出てくる夜、勿論ナルトは自宅から出ないだろう。けれど昨日のカカシの様子を知っている紅は九尾とは別の意味でナルトが心配だった。
「アンコ、時間空いてるならちょっと付き合ってよ」
人生色々で目的の人物を見つけた紅は詳しい内容を伏せたまま誘いを掛けた。
「何、呑みに行くの?」
「その前に寄りたい所があるの」
「オッケー」
アンコは理由を聞かずに立ち上がり外に出た。暗い空に昇った月を仰ぎ指差す。
「いー月だね」
「そうね」
「でも寂しそうだよね」
紅はアンコの言葉に首を傾げる。どうして月が寂しいのか。
「あら、どうして?」
「んー何となく・・・ってアタシらしくないか。アハハハッ。さ、行こ行こっ」
両手を上げて溌剌と歩き始めたアンコの後姿を見、再び月を振り返れば確かに月は少し哀しそうに見えた。
「アンコの言う事もあながち外れてないわね。太陽が一緒にいないから月は寂しいんだわ」
そろそろ肌寒くなる風が長い髪を撫でていき、紅は乱れる髪を手で押さえ歩き出した。
ナルトはチャイムの音に肩を震わせた。
「こんな時間に誰だってばよ」
一瞬カカシかと思ったが、今頃任務に出ている男が来る筈はないのだと思い直し、女々しい自分に気付いて自己嫌悪に陥った。
「まさか嫌がらせ?」
過ぎる嫌な予感。けれど次に聞こえた女の声にナルトは肩の力をホッと抜く。
「ナルトー遊びに来てやったわよ!さっさと開けろー!」
「ちょっとアンコ、近所迷惑よ」
ドンドンとドアを叩く音にハッとなりナルトは慌てて読んでいた巻物を放りドアノブに手を掛ける。
「いま開けるってばよ」
気配は確かにアンコと紅のものだ。ナルトは安心してドアを開けた。
「わーこれがアンタの部屋ー?」
「アンコ遠慮ないわね」
勝手に上がり込むアンコに吃驚しながらもナルトは
「狭いけどどーぞってばよ」
と客用のスリッパを二人に出して湯を沸かしに台所に立った。
「コーヒーでいいってば?」
「いいわよ何でも、酒でも」
「アンコ・・・酒はないわよ」
紅はベッドに腰を下ろしながら壁に貼られた「野菜を食べよう」の文字が目に入り、ふうんと頷く。
ここにカカシは来てるのね。
そう思うとベッドに座っているのが落ち着かなくなり、床に座り直した。
アンコはちゃっかり一脚しかない椅子に座っている。
「紅先生にアンコ先生いきなりどうしたんだってばよ。それにオレの家よく分かったじゃん」
「前にカカシに聞いたのよ」
「カカシ先生?・・・」
薬缶からコップに湯を注ぐナルトの眉が顰められ徐々に曇り始めた。
女の勘とは厄介なもので知らなくてもいい事を自然と感じ取ってしまう。
紅はナルトが周囲には明るく振る舞っていても実際は酷く傷付いている事に気付いてしまった。
「ナルト、カカシの事怒ってるわよね」
ナルトの肩がピクリと震えたのを紅とアンコはしっかり見た。ナルトは何も言わず、熱いカップを両手に持ちそれを二人に渡すとベッドに座り俯いた。まだ幼さを残す両手が微かに震えている。ナルトは誤魔化すようにその手を組み膝の間に隠した。
「ナルト」
紅が口を開くと漸く顔を上げ泣きそうな顔で二人を見た。
「もう、オレいいんだってばよ」
諦めきったナルトの表情に痛々しさが滲む。
「今日だってカカシ先生は来ねえ。いっつも約束すっぽかされて、そんな先生を待つのはもう疲れちゃったんだってばよ」
我慢の限界だと大きな溜め息を吐くが、それは感情の高ぶりを抑える為のように聞こえた。
「カカシは最低だしどうしようもない奴だよ。私はナルトにはまともな子と付き合って欲しい。でもナルトはそれでいいの?本当の気持ちを伝えないまま別れて後悔しない?悔しくない!?」
紅はナルトの気持ちを想うあまり最後にはとうとう叫んでしまった。彼女の言葉から温かい想いが伝わりナルトの瞳に涙が滲む。ナルトはヘヘッと笑い手の甲で涙を拭うと寂しげな顔でもういいんだ、と呟く。
「サンキュー紅先生。でもやっぱり辛いからカカシ先生とは一緒に居られないってばよ。オレの気持ちを分かって貰えないのは悲しいけど仕方ねえの。だってオレはスッゲーカカシ先生が好きだったけど、先生はそうじゃなかったからさ。今更何言っても伝わんねーの。カカシ先生と出会えて色々な事二人でして楽しかった。けど先生はあの通りだから・・・オレとの約束があっても女の人んとこ行っちゃうし、オレはカカシ先生が毎回違う女の人を連れて歩いてる所を何度も見ちゃってるんだってばよ」
ナルトの言葉に紅は「アイツ、馬鹿だわ」と呟き、アンコは苛々と舌打ちした。
「あの馬鹿っ」
憤る紅の傍で感情を制御しきれなくなったナルトの瞳から堪えていた涙が溢れる。
「ナルトッ、大丈夫?」
アンコも思わず立ち上がる。
「うっうっ・・・ごめっオレ、どうかしちゃっ・・・」
慌てて袖口を目元に押し当てるが止めようとすればする程涙は流れ、ナルトの背を優しく摩り慰める紅の手の温かさにいよいよ涙は止まらなくなった。
「もー・・・オレ駄目だってばよぉ」
二人は目を腫らし「もう大丈夫だから」と言うナルトの部屋をとても重い気分で出た。できれば今夜はずっと付き添ってあげたかったが、ナルト自身が健気にも大丈夫だと言い張っている以上二人に出来る事はない。ナルトと紅が話している間、終始無言だったアンコは扉が完全に閉まると俯いたまま歩き出した。
「ナルトが赦してもアタシはカカシを赦せない!」
低い声で吐き出された言葉には深い悲しみと怒りが込められていた。
カカシが任務を終えたのは十時を回った頃だった。鎮魂祭の為もあるがコンビニはともかくとして里の殆どの舗は十時前に閉まってしまう。だからカカシは任務に出る前に無理言ってギリギリまで開けておいてくれるよう頼んだ舗に仲間と解散するや否や走った。
最初は嫌な顔をした女主人も相手がカカシだと分かると喜んで招き入れた。
「いやーすみませんね」
恐縮してみせるカカシに女は妖しく笑い唇を寄せた。
「いーえ!カカシさんの頼みですもの」
カカシは見返りとして好きでもない女にキスをするハメになったが、それでもナルトの誕生日プレゼントを手に入れご満悦だった。
「ずっと欲しがってたもんねーこの腕時計」
本当にいい気分でオレンジのリボンが巻かれた小さな箱を持っていた。ある二人の女に会うまでは。
カカシが暗い夜道をナルトの家に向かって歩いていると、前方から見知った二人の女が歩いて来た。
「ナルトの家の方からだな」
カカシは気恥ずかしさからプレゼントを背に隠し女達の方へ歩いて行く。向こうもまたカカシに気付き声を上げた。一人の女、紅は「任務帰り?」とだけ聞いたがアンコは真正面からカカシを睨み据え突っ掛かった。
「はん、どうせまた花街にでも行ってたんだろう!」
紅はSランク任務に就いていた事情を知らないアンコを止めようとしたが、カチンときたカカシが睨み小馬鹿にして笑い、言い返したものだから状況は悪化した。
「フッ、だからってお前には関係ないでショ?それにだったらどうだって言うんだ」
「カカシィッ!」
先程見たナルトの涙がまだ脳裏に焼き付いているアンコは目の前のいい加減な男に憤り、深緑のベストに掴み掛かった。
カカシは冷めた目線でアンコを見下ろしていたが、彼女が体当たりした拍子に隠していた箱がカカシの手から滑り落ちた。
ハッとしたカカシの視線は地面に落ちたそれを追ったが、紅もまたその様子を捉えた。
「やめな、アンコ!」
「だってさ・・・ナルトが・・・!」
ナルトという言葉に反応しカカシの右目が瞠られる。
「ナルトがどうかしたのか?」
だらりと垂れていた両手がアンコの肩を揺さぶろうとするが、彼女はふいっと顔を背けカカシから離れた。
「ナルトはね、ずっと泣いてたんだよ」
紅はプレゼントを拾いオレンジ色のリボンを見つめる。
カカシちゃんとナルトの事考えていたのね。
「まさか・・・ナルトが・・・」
頭に思い浮かぶのは昨日の怒っていた姿で泣くと思っていなかったカカシは困惑する。任務でも冷静な心臓が珍しく早鐘を打つ。
「ナルトが・・・泣いたのか・・・」
紅は呆然と立ち尽くすカカシの前に箱を差し出し微笑む。
「早く行ってやりなさいよ」
躊躇する理由はなかった。カカシは箱を掴み駆け出す。
今ならまだ間に合う。自分に言い聞かせ、全速力で走っているのにいつもより遠く感じるナルトの家を目指す。
まず会って抱き締めて、そして謝ろう。
「これからは馬鹿なことしないって誓うから」
雲が掛かっていたカカシの頭は今、すっきりと晴れ渡っていた。
「ナルトッ!」
「うおっ・・・って何だカカシ先生か・・・ズビッ・・・疲れマラ野郎に用はねーってばよ・・・ううっ」
さっきまで本気で別れを考えていたナルトはカカシが来てくれた事に驚き、戸惑い、どういうつもりでカカシが来たのか本心が知りたくなった。
窓から侵入したカカシはナルトの科白に一気に脱力し、思わず己の下半身を見てしまった。
「ナルト・・・どこでそんな言葉覚えたんだ」
呆れてベッドに座るナルトの隣に腰掛けると鼻を鳴らし泣く姿が目に入り緊張する。
「ナルト・・・ごめんな。ごめん!」
カカシはナルトを抱き締め繰り返し謝った。抵抗すると思われたナルトは嫌がる素振りを見せず心の底に溜めていた事をぽつりぽつり話し始めた。一つ一つ話す度にカカシはもうしないと誓った。
「オレ、本当は嫌だった。でもいつかカカシ先生が気付いてくれると信じてたんだってばよ。でも・・・全然分かってくれなくて・・・」
「ごめんね、オレにとってはどの付き合いも本気じゃなかったし・・・。ナルトも気にしてないんだと思ってた」
「・・・んなわけねーじゃんっ」
ギロリと睨むナルトは本気で怒っていたが、その頬が僅かに緩んでいるのを見てカカシはよかったと心から思う。
間に合ったんだ。オレ達はやり直せるんだよね?
「ごめんナルト。他の物を失っても平気だけどお前だけは誰にも譲れないから。これからも・・・傍にいて?」
カカシは蒼い瞳を祈る気持ちで見つめた。ここまで来たら大博打だとしても構わない。断られたら赦して貰えるまで離れない。離さない。そんな気持ちになっていた。
「なら・・・」
ナルトはごしごしと目元を擦り、まだ少し腫れた瞳でカカシを睨みビシィッと指を差し叫んだ。
「これまでの悪行をまた繰り返したら、即、別れるってばよ!もう二度と遊郭は行かせねーし、オレの知らねー女と会うのも喋るのも禁止だってばよ!」
「もう、しないよ」
カカシはナルトの指を大きな手で捕らえ、睨む顔に唇を寄せる。唇が触れる瞬間「あれ、じゃあ本屋の店員さんも駄目なの?」というカカシの科白にナルトは噴き出した。
「ナルト、ハッピーバースディ」
唇を合わせ目を閉じながらナルトはふわりと笑う。
沢山のキスを交わした後、カカシが差し出したプレゼントにナルトは嬉しそうに笑う。箱から出てきたのはずっと欲しいと思っていた腕時計だった。カカシに言っていないのに、これを選んでくれた事は驚きだった。
「欲しがってたでしょ?」
「何で知ってんの?」
「お前の事だから」
人の気持ちは知らなかったくせに等と苛めたりはしない。
「カカシ先生大好き~!」
「オレも、愛してる」
ナルトは二度と離れまいとカカシに抱きつく手に力を込めた。
END