幸せの鍵
あちこちの戦闘の余波で降り注ぐ粉塵と火の粉を振り払い駆け抜けたカカシは、班員が付いて来ているのを確認して草陰に入った。
初めカカシはライドウと共に任務を遂行していたが、メンバーが負傷した為、彼を連れて一時離脱、しかしゴタゴタの続く戦場では再びの合流が難しく、単身別の班に加わった。更にツーマンセルとなったライドウ班には機転が必要とされる任務が追加されたので、却って都合が良かった。
それにカカシの方は暗部時代共に過ごした者達であった為、遣り取りは容易で不具合は無かった。
前線で苦戦する仲間達の為に注意を逸らし、罠に誘い込む役割を与えられたこの隊は危険は低いが暗部出身向けとは言い難い任務だった。
けれど渦中で命を磨り減らしている隊よりは大分安全だ。
「俺この間子供が生まれたばかりで」
そう言ってきたのはカカシより二つ下の男だった。
「へぇ今度見せろよ」
そう言う彼は前線に彼女がいるという。
恋人が居たり家族を抱えていたり、みなそれぞれ事情を持ちながら任務に就いている。
カカシはひっそりナルトを思い出した。
あいつは今何処にいるだろうか。里に居るだろうか、それとも。
「カカシさん!来ます!」
「はいよ」
まんまと誘導に乗った敵が向かって来る。
「それじゃ皆バツ地点まで頑張って走って頂戴」
バツ地点と名付けられた場所には土遁系の罠が張られており大人数がここで脱落する。
命が懸かっているとは思えないゲームのような策略だ。
うわあっくそっ、など驚きや悔しむ声を背後に聞きカカシは隊を止めた。
こんな事をしても根本の解決にはならないと分かっていながら戦場に立つ。
カカシはまたナルトを想った。
正直とっくに、自分の気持ちが真っ直ぐ届いていない事に気付いている。
初めから多少強引でなければ通じないだろうと、押し掛け女房の手段に出たがそれでも甘かったらしい。ナルトはおかしな上司の妙な行動の一つだと思ったようだ。
「擦れ違いって悲しいよねえ」
はああ、とそれはそれは深く吐き出す溜め息は、表に出ない胸中の複雑さを物語る。
仲間として何年一緒にいるというのか。少しくらいは伝わっても良いものだとカカシは落ち込む。
それもただ共に過ごしただけでなく、カカシの恩師は彼の父親であり、カカシはナルトの担当上忍だ。つまり血よりも濃い仲と言って良い。(過言ではない“筈”だとカカシは思う)
けれどその思い込みこそ隔てる原因なのだがその自覚は無い。
「カカシ上忍?」
微妙な雰囲気を感じ取った部下の声にカカシの意識が戻る。
「いや、何でもないよ」
曖昧に笑って右手を挙げる。
それは次の作戦への合図だった。
夢を見た。
それは何もかも全て、自分さえも空っぽになってしまう夢だった。
ナルトは自分が寝かされている天幕のてっぺんを見上げて今の今まで見ていた幻想を思い出した。
急な目覚めに頭はまだぼんやりとして状況を把握できていない。
だが夢の内容は覚えている。
皆がいた。自分もいた。しかしそこは明暗が混濁した世界で眩しいのか暗いのかよく分からず、誰かに話し掛けようとすればその人は消え、戸惑う内に親しい人達が次々消える。
最後に闇の世界が残り、やがて自分自身も見失ってしまった。
そこで急に光が射してナルトは目を覚ました。
「え、あれ、ヤマト隊長?」
起き上がりながらナルトは先程まで話していた相手を呼んだ。だがすぐに己の時間軸のズレに気付いて改めて中を見回す。
辺りには自分の荷物と見覚えのある仲間のリュックがある。
毛布を除けて立ち上がり薄暗いテントから這い出た。
「つっ―――」
眩しい光が目を刺す。
日は傾いているが暗い中にいたナルトには充分な明るさだ。
ナルトは周りを眺めてこれまでの経緯を考えた。
ここに来た理由。着いてからの事。
ヤマトと会話をしたのは随分前でショックに陥った自分をシカマルがここまで引っ張って来たのだという事。
そしてここはナルト班に与えられた休憩所である事。
「おう、気付いたか?」
振り向き、声の主を見てナルトは頬を掻いてニカッと笑った。
「やっぱ、頼りになんなあー副将は」
続く