千葉石

千葉県南房総市荒川の採石場で発見された新鉱物「千葉石」について、自然科学の分野で最も権威のある雑誌、Nature Communications にごく最近記載論文が掲載されました。これについて紹介します。

千葉石は、網目状の二酸化ケイ素(ケイ酸)が中空のカゴ状骨格を形成し、これが積み重なった原子配列を持つ特異なケイ酸鉱物です。興味深いことに、この カゴの中には、天然ガス成分であるメタン、エタン、プロパン、イソブタンなどの中性炭化水素成分を包接していることがわかりました。こういった分子状の包接物(ゲスト分子) が、カゴ状の骨格(ホスト)に包接された物質をクラスレート化合物といいます。

最も世に周知されたクラスレート化合物は、深海底に存在するメタンハイドレートだろうと思われます。メタンハイドレートは水分子が水素結合によってカゴを作り、このカゴの中にメタン分子が取り込まれています。メタンハイドレートにはいくつかの骨格構造が知られています。

メタンハイドレートと類似構造のクラスレート化合物はケイ酸においても形成しえることが水熱実験によってすでに確認されており、このようなケイ酸クラスレートを総称して クラスラシルと呼ぶことがあります。天然に鉱物として産出が報告されていた唯一のクラスラシルはメラノフロジャイト(ゼオライト骨格コード MEP)で、シシリー(イタリア)の硫黄鉱山で、日本では黒岩(新潟県)などで仮晶が報告されていました。実験室での合成ではメラノフロジャイト以外にも、立方晶 sII (骨格コード MTN)および六方晶 sH (骨格コード DOH)の存在が見出されています。

今回発見記載された千葉石は、天然の立方晶 sIに相当します。また、同時に六方晶 sH のものも今回同産地で発見されました(鉱物名未定)。これで、基本的なクラスレート構造3種が、ケイ酸についてもすべて天然に存在することがはじめて明らかになりました。

千葉石は堆積岩中に脈として、方解石、石英、オパルおよび他のクラスラシル類と共に産し、黄鉄鉱、剥沸石および斜プチロル沸石などを伴うことがあります。千葉石は立方晶に由来した、o (111) 八面体および o, a (001) 切頭八面体結晶をなして産します。また、o (111) 面を双晶面とする六角板状の接触双晶が普通に見られ、むしろ単結晶のほうが少ない傾向があります。

多くの千葉石はゲスト分子を失った後に石英に相転移を起こし、白濁した「千葉石後の低温石英」となっていますが、透明な千葉石の結晶もまれにあります。

論文を読むと、千葉石の構造決定は難航したようです。千葉石には、対称性の高い立方晶と、構造のゆらぎによる低対称の正方晶が交じり合い、それらは互いにエピタキシャルに接合しています。これを確定するために、粉末回折ピークのプロファイルから二種の構造の割合を求め、このうち立方晶のものをリートベルト法により原子配列を 確定しています。中に含まれる炭化水素成分の同定は、ラマンスペクトルの詳細な伸縮振動の比較により、メタン、エタン、プロパンおよびイソブタンなどの直鎖およ び分枝状炭化水素成分が確認されています。枝分かれした構造のイソブタンは、カゴのサイズに合わせて、直線状の n-ブタンに比べて選択的に取り込まれたものだろうと考えられます。

今回記載された千葉石などのクラスラシル類が発見された地層は、プレートの沈み込みによって形成された、付加体の一部であると報告されています。プレートの沈み込み境界は、熱分解起源の炭化水素ガスの主要な発生源であることが知られています。千葉石に含まれている炭化水素ガス組成は、熱分解起源の天然ガスハイドレートのそれと比較的良く一致する傾向があります。

これらのことから、千葉石をはじめとするクラスラシル類は、熱分解起源の天然ガス分子を、ハイドレート類に比べ地層中のより深部で二酸化ケイ素に閉じ込めたものとみなすことができます。

千葉石およびそれに伴うクラスラシル類は、二酸化ケイ素の形成する新しいクラスレート化合物が天然にも多く存在し得るこ とを示したことだけでなく、メタンハイドレートの成因に関する情報、プレートテクトニクスに伴う有機炭素化合物の発生と固定を調査解明する上で、多くの有用な情報を含む興味深い鉱物類として今後注目されると思われます。

千葉石記載に用いられた原標本です。