黄檗(黄蘗)とオウレンの黄色

かつての染料植物は、繊維への染色の機能と同時に、薬用として利用されるものが多かった。色は目を楽しませるだけでなく、薬でもあったのだ。例えばムラサキは皮膚疾患の薬に、ベニバナは血行不良・婦人病対策に、は虫除けに使われた。これらの中には、現代の医学から考えて効能が疑問視されるものもあるものの、明らかな生理活性を示し、根拠のある薬効があるものも少なくない。古くから漢方生薬として多用され、かつ染料としても有用なものに、キハダ(黄檗(黄蘗)、おうばく)がある。キハダ内皮は、腸内病原細菌に対し強い殺菌効果を示すなどの薬効があるが、黄色染色にも千年以上昔から用いられていた。

キハダの葉。複葉が著しい。ミカン科であり、アゲハチョウが喜んで産卵する。

キハダ Phellodendron amurense はミカン科の落葉樹で日本全土に自生する。沢沿いを好み、高さ10mを超える大きな樹になる。成長が早く、10年もすると太さ10 cm を超える幹をつくる。キハダの樹皮は二層構造で、表層は凸凹の多いコルク質であり、その内部に厚さ数ミリの黄色い繊維質の内皮を持つ。この内皮には、主にベルベリン (berberine) という黄色色素成分が 5% 内外(乾燥重量)含まれ、これが染色や薬用の鍵成分となる。染料用のキハダ内皮を取るには、夏場に木を切り倒し、表皮を剥ぎ内皮のみを剥がし取る。冬は水分が少なく内皮を剥がすのが難しい。内皮を刻んで煮ると、トロッとしたレモン黄色の抽出液ができる。これはそのまま無媒染で絹を鮮やかな黄色に染めることができる。また、キハダの材は良質で、木工に向く。

キハダの幹の断面を見ると、表皮が二層になっており、外皮がコルク質で、内皮は繊維質。

この内皮に黄色い色素がたまっているのがわかる。

キハダ染めの絹(左)と幹の切断面

キハダは古くから中国や日本で染色と生薬に用いられている。日本では遅くとも飛鳥時代以前から黄色を与える染料に使われた。キハダの染色史は非常に古いと考えられるが、記録上で染色原料として出現するものでは、出雲国風土記(733年)、延喜式(927年)、和名類聚抄 (931年~938年) などに記述が見られる。延喜式の染色レシピでは、混色染めのところにのみ出現する。黄色に関してはクチナシ、刈安、そしてハゼ(櫨)が取り上げられ、キハダの記述はない。キハダ染めの鮮やかな黄色が単独で使われなかった原因としては、日光により褪色しやすく、刈安などのフラボノイド系の黄色染料の堅牢さに勝てなかったこと、あるいは後述の紙の処理の方がその機能性を生かすのにより好適であったためと思われる。万葉集にもキハダの色の歌は一首も含まれていない。

キハダ染め。明るく鮮烈な、くすみのない黄色で、無媒染で絹をあっという間に染める。

キハダの色素ベルベリンは、化学的には縮合五環式のイオン性化合物で、その発色団はフェニルイソキノリニウム塩である。これはアルカロイドに分類され、この基本骨格をもつ分子はベルベリンアルカロイドと呼ばれる。現在までに知られる大多数の植物色素はフェノール性の水素を持つ酸性色素であり、染色時にはその酸性水素を失って陰イオン性になるのに対し、ベルベリンは珍しいことに陽イオンの状態で染色される。このような陽イオンは絹などのタンパク質繊維とそのまま強く結びつくことができる。こういった陽イオン性の色素分子を持つ天然染料は、ベルベリンぐらいしかない。

ベルベリンの分子構造と光によるラジカル発生

ベルベリンは紫外線照射によって強い黄緑色の蛍光を発するので、直射日光の下ではキハダ染めはとても鮮やかな黄色に見える。この黄色は実に美しく、JIS規格(JIS Z 8102:2001 『物体色の色名』)でも「黄檗色」として登録されている。ただし、この黄色は光、特に紫外線に弱く、屋外で日光に晒すと 30分もしないうちから褐色がかってきて、かなり耐光性に問題がある。

黄檗染による染色布(絹)を、半分だけアルミ箔で遮光し、12時間直射日光に曝露したもの。

強度に変色しているのがわかる。左が遮光下、右は太陽光に曝露した部分。

これが黄檗染の最大の欠点とも言えよう。

しかし、無媒染で明るく軽い黄色に染められるので、重ね染めに向いている。絹を淡い藍で染めた後にキハダを重ねて染めると、鮮やかな緑色を作り出すことができる。安定で鮮やかな緑色の染料は天然にはほとんどなく、藍とキハダのかけあわせの緑はかなり美麗である。また、紅花の赤にキハダの黄色を乗せると、紅色の色止めの効果も期待できるとされる。しかし、色素の陽イオン性が災いし、重ねる相手を選ぶ。陰イオン性の染料と混ぜると塩を作って沈殿してしまうし、キハダの黄色で染めた上に陰イオン性の染料を染めようとしても、うまく染めつかない。キハダの重ね染めは、多くの場合最後の段階でキハダの黄色を乗せる。

藍で薄く染めた後に、キハダの黄色を重ねたもの。鮮やかな緑を染め上げることができる。

キハダ内皮はアルカロイドのためにひどく苦い。同時に強い防虫効果があることから、保存用の紙の着色に古くから用いられた。正倉院御物には「黄紙(黄表紙)」と呼ばれる染紙が多く収められていて、これはキハダで染められた和紙である。平安時代には、戸籍関係はこの黄紙を用いて記録された。写経紙にも多く見られる。キハダは無媒染では紙を染めつけることができないので、黄色い煎じ液を何度も刷毛で塗っては乾燥させた(引き染め)ものと思われる。キハダの煎じ液はトロッとした粘度の高いものなので、サイジング(紙の繊維間を目詰まりさせ、文字をにじまないようにする処理)の効果も狙っているものと思われる。

ベルベリンはキハダだけでなく、他の漢方生薬(オウレン、メギ)やハーブ(ヒドラスチス)にも含まれている。メギ (Berberis thunbergii) の材はびっくりするほど黄色い。もともとベルベリンはこの植物から単離されたものであり、化合物名はそれに基づいている。メギ科の木本のうち、庭木でよくみられるものではナンテン (Nandina domestica) があり、ナンテンの材もまた濃い黄色を示す。

ベルベリンは光反応によってフリーラジカルを生じ、これが空気中の酸素を一重項酸素(活性酸素)に変え、別の有機化合物を強く酸化させる力がある。こういった酸化反応を光増感酸化反応というが、これはほかの生物にとってはあまり好ましいものではない。国際がん研究機構(IARC)は、2015年にハーブのヒドラスチス根を発がん物質のグループ2Bに加えた。これは、動物実験において明らかな発がん性の証拠があることを意味する。ベルベリンやその構造類似化合物は、DNA損傷作用をはじめとする光毒性を示すことが最近になって指摘されている。中国では古くから『本草綱目』や『本草衍義』では、オウレンの服用は短期間に限り、長期間は禁忌であるとされてきたが、そのような有害性を見据えてのことかもしれない。ただし、ヒトにおけるベルベリンの経口吸収はごくわずかで、ほとんどは小腸で代謝される。

キクバオウレン。

この植物の根にも多量のベルベリンアルカロイドが含まれ、

古くから生薬として利用されてきた。

<色の作り方>キハダによる絹布染色

①乾燥キハダ内皮 100 g(生の内皮なら 200 g)を細かく破砕したものを水 1 L に加え、1 時間ゆっくりと沸騰加熱させる。とろっとしたレモン黄色の液になる。吹きこぼれやすいので注意。

②これをやや冷まし、固形分が沈んだらガーゼでろ過して液を分離する。残った内皮にさらに 1 L の水を追加し、再度沸騰加熱して再抽出する。これも同様にガーゼでこし取り、先の液と合わせる。これを水とぬるま湯で薄めて約 5 L の洗浴を作る。洗浴の温度は30~40℃程度が良い。ベルベリンは、低温のほうがよく染着する。

③絹を水浴で水を吸わせ、先の染液に投入する。染め付きはかなり早いので、ムラが出ないようにし、よく泳がせる。30分程染色し、引き上げて流水で洗う。緑みがかったレモン黄色に染まるが、紫外線により速やかに褪色するため、染色・乾燥工程では直射日光に当たらないようにする。絹は無媒染で鮮やかに染色できるが、麻や木綿はほとんど染まらない。麻や木綿への染色は、他の塩基性合成染料同様、タンニン酸→アンチモン媒染を必要とする。