インジゴの採取できる植物(インジゴプラント)

藍染めの色素であるインジゴは、必須アミノ酸のひとつであるトリプトファンの前駆体インドールの、姿の違う別の子供である。ある種の植物はインドール配糖体を多く代謝で作り出し、これを人間が集めて酸化すると、初めて「藍」として利用できる。このような、インジゴの採取可能な植物は多種存在する。植物の生体内でインドール配糖体が生産され、この酵素酸化により不安定なインドキシルを生じ、インドキシルの速やかな酸化二量化でインジゴを生じるものである。このような、インドール配糖体を多く生産する植物は、「インジゴプラント (indigo dye plant)」と呼ばれる。

代表的なインドール配糖体としては、インドキシル基がエーテル結合で糖と結合したインジカン(indoxyl β-D-glucoside) 、エステル結合で結合したイサタンB (indoxyl β-ketogluconate) とがあり、インジゴプラントにおけるこの二種の存在比は生物種によって異なる。タデアイはインジカンのみを含み、その量は若い葉の乾燥重量で 1% 内外である。ウォードという名でヨーロッパにおいて藍染色に常用されたホソバタイセイの場合は、イサタンBが優先する。ホソバタイセイの葉の乾燥重量中、イサタンBが1%、インジカンが 0.1% という報告(文献2)がある。リュウキュウアイはインジカンで、含量は多く、インジカンが 2% 含まれている。しかし、文献を調べてみると、インジゴ前駆体の含有量チャンピオンはこれらのよく知られたインジゴプラントではなく、なんとラン科のエビネの仲間 Calanthe veratrifolia の花であり、これにはインジカンが 3% も含まれているらしい。 ただし、ランの花や若い葉は染色の必要量を満たせるほど多く採取できるわけではないので、先人に気付かれなかったのか、あるいは気づかれても利用されなかったのだろう。ランの仲間の多くは高度な代謝生産システムを持ち、それ以外にも calanthoside や glucoindican といった特異なインドール配糖体を生産する種がある。とはいえ、純白なツルランの花に、真っ青な色の源が含まれていると聞かされても、どうもピンとこないのである。

インジカンとイサタンBの分子構造。

インジカンは加水分解酵素の働きによりエーテル結合が切断され、糖が外れインドキシルを生成し、

それが速やかに空気酸化されて二量化し、インジゴを生じる。

イサタンBはインジカンのエステルなので、酵素がなくても酸やアルカリで速やかに加水分解する。

イサタンBのほうは極めて空気中で不安定で、わずかな酸性・アルカリ性の偏りで簡単に分解してしまうらしい。

Calanthe veratrifolia 古く書かれた博物画。

この花弁に 3% を超えるインジカンが含まれるというのだが。。。

分解酵素を持っていないのかもしれない。

タイワンコマツナギ(マメ科) Indigofera tinctoria L.

マメ科の Indigofera 属はインジゴを生産できる種が多く、世界の多くの国々でこの属の植物をインジゴプラントとして利用した経緯を有する。他のインジゴプラントの大部分が草本であるのに対し、この属の植物は低木に育つので、「木藍(きあい)」とも呼ばれる。いずれもが亜熱帯~熱帯の気温で育成可能で、寒いところでは屋外で越冬することができない。以前、タイワンコマツナギを沖縄より取り寄せて神奈川で栽培したことがあった。夏場は旺盛に育つものの、霜が降りたら枯死してしまい、枯れた苗木はそのまま復活することはなかった。日本における北限は石垣島らしく、石垣島では栽培したものを用いて染色している方がいる。

インドではかつて、Indigofera tinctoria および後に I. anil 種(注1)を大規模に栽培し、安い人件費で大規模なプランテーションにより藍を製造していた。日本における蒅作りとは違い、木を茂らせた後に葉を枝ごと刈り取って、これを水中で腐らせ、沈殿してくるインジゴを絞って分離していた。この方法は「泥藍」もしくは「沈殿藍」と呼ばれるインジゴの製造方法で、世界ではこちらのほうがはるかにメジャーな方法で、日本の蓼藍に行う蒅作りのほうがむしろ特殊である。インド藍は乾燥後にブロックとして流通され、これを使うと石灰を用いた建て染めで簡単に染めることができたので、明治以降にこれによって日本の藍産業は大打撃を受けた。しかし、ほどなく BASF 社の合成インジゴ(インジゴピュア)が市場を席巻すると、インド藍の産業も斜陽化してしまった。ジーンズを染めるにはグラム単位の量のインジゴを必要とし、これを天然原料でまかなうとどうしても染め賃が高くついてしまうが、インジゴピュアではだいぶ安くあがる。合成インジゴの台頭は、藍産業を廃業にも追い込んだが、民衆の服を青く彩るには充分に役立った。

(注1) アニリン(アミノベンゼン、aniline)の名は、アニル種のコマツナギより得られていることにちなんでいる。

アイ(タデ科) Polygonum tinctorium

アイ(タデアイ)は、もとは中国原産のタデ科の植物で、日本に自生していた植物ではなかったが、飛鳥時代ぐらいに大陸より伝来し、藍の産業が花開いた。イヌタデによく似ているが、葉を傷めるとゆっくりと青変するのでわかる。寒さにそこそこ強く、北海道でも育てることができる。日本の歴史的な青色染料は、琉球を除き、ほぼこの種より得られるインジゴによる。藍の産業は、藩により奨励された徳島が強く、阿波藍として一大産業を築いた。徳島では藍を作り、これを刈り取って部屋に積んで発酵させ腐葉土のようにさせた「蒅(すくも)」を作り、これを出荷していた。ここまでの仕事は「藍屋」の手による。これを「紺屋」と呼ばれる染め師が買い、床下に置いた釜にフスマなどと共に微生物発酵させ、生物の力を借りて可溶性のロイコインジゴまで還元し、これで布を染めて空気酸化させ、藍染めができる。

アイは作りやすく、庭でも簡単に育てられるので、植物染めを体験するには向いている。

リュウキュウアイ(キツネノマゴ科) Strobilanthes flaccidifolius

リュウキュウアイはキツネノマゴ科の多年草で、日本では沖縄に自生する。

ホソバタイセイ(アブラナ科) Isatis tinctoria Wikipediaページ

日本では「板藍根」と呼ばれる植物で、アブラナ科の二年草(写真は1年目の夏)。これは、西洋では古くから woad という名で藍染めに用いられた。インジゴ前駆体としては、タデアイなどに含まれるようなインジカン分は少なく、より多くのイサタンBというインドール糖エステルを含んでいて、後者の比は10倍に達する。このイサタンBという前駆体は不安定で、そのために分子構造がはっきり決まったのは1960年代とかなり遅く、インジカンなどに比べると科学の歴史が浅い。ホソバタイセイに含まれるイサタンBの含量は乾燥体の約 2% ほどである。寒さに強く、ヨーロッパの冬でも難なく越冬することができる。

日本では、北海道にハマタイセイ(エゾタイセイ) Isatis yezoensis という Isatis 属のホソバタイセイ類似の植物が自生している。昭和10年代に、染色研究家である上村六郎氏が、幕末~明治期の探検家、松浦武四郎の書いた「天塩日誌」(1861-2ごろ)中に記述のあるアイヌの藍染めに使われた植物「シエイキナ」を、このハマタイセイ(エゾタイセイ)なのではないかと指摘したことがある。ただし、ハマタイセイに含まれるインジゴ前駆体分はとても少ないらしく、後に(故)村上道太郎氏がたまたま入手したハマタイセイの種を育てて染色してみたところ、淡いパステルブルーにしか染まらなかったと記述(文献4)している。さらに、竹内淳子氏がアイヌの末裔であった故萱野茂さんにアイヌの藍染めについて伺ったところ「アイヌに藍染めはない」と断言されたそうだ(文献3)。アイヌは、内地の無地の藍染めが安くやってきたので、これを流用して藍染めを作ったのだという。そんなわけで、アイヌの藍染めはなかなか決着がつかない。個人的には、アイヌは独自の藍染め文化は持たなかったのではないかとみている。

なお、ハマタイセイはかつては北海道の浜辺に多く自生していたそうだが、現在では絶滅危惧種であり、現在では道内全域でほとんど見られず、礼文島の一部にぐらいしか自生株は見られないのだという。

天塩日誌における、シエイキナの記述のある部分。

国会図書館デジタルアーカイブより。

(文献1) C. Oberthuer, B. Schneider, H. Graf, M. Hamburger, "The elusive indigo precursors in woad (Isatis tinctoria L.) - identification of the major indigo precursor, isatan A, and a structure revision of isatan B", Chemistry & Biodiversity, 1, 174-182 (2004).

(文献2) E. Epstein, M. W. Nabors, and B. Stowe, "Origin of indigo of woad ", Nature, 216, 547-9 (1967).

(文献3) 竹内淳子「藍 風土が生んだ色」(ものと人類の文化史シリーズ)、法政大学出版局、(1991)。

(文献4) 村上道太郎「藍が来た道」(新潮選書)、新潮社(1989).

(文献)

Z.-Q. Xia, M. H. Zenk, "Biosynthesis of indigo precursors in higher plants", Phytochemistry , 31, 2695-7(1992).

W. Maier, B. Schumann and D. Groger, Phytochemistry , 29, 817(1990).