蘇芳とブラジルウッド、アカミノキ

スオウ Caesalpinia sappan の材の切断面。

材の中央部に、赤色の色素ブラジレインがたまり、赤い色を呈する。

色素の多い材では、表面が赤色の補色である緑色に反射するものもある。

スオウの木は植えてから15年前後で伐採される。色素が材にたまり利用できるようになるまで10年ほどかかるらしい。

スオウの材を切断したところ。材の芯に色素がたまり、これはあまり年輪とは関係ないらしい。

この粉が染色用途に使われる。

スオウの心材を少量取り、熱水で煮出したもの。

ブラジレイン由来の鮮やかな赤紫色を示し、これは pH によってかなり色調が変化する。

ハナズオウは同じマメ科とはいえ、スオウとはだいぶ違う植物だが、

ハナズオウの名は花の色がこのスオウ煮出し液に似ていることに由来している。

日本は四方を海に囲まれ、古来から近隣の国々との貿易により、多くの渡来品が入ってきた。船で運ばれるその荷は、様々な製品や原材料を供給し、異国への憧憬と共に日本に定着していった。江戸以前より南からやってくる染料は藤黄臙脂、あるいはコチニールはじめいくつかあったが、世の民の衣類を幅広く染めたのは、蘇芳(すおう)である。蘇芳はスオウ Caesalpinia sappan と呼ばれるマメ科の亜低木より採れる赤色の染料で、マレーシアやインドネシアなど南太平洋の熱帯の島国に多く自生している。この樹木の心材には様々な物質を含んでいるが、特に赤色の色素前駆体ブラジリンを含んでおり、これが酸化されるとπ共役の伸びたキノメタン型のブラジレインに変化し、これが特徴的な赤色の吸収を示す。前駆体のブラジリンはπ共役系が切れているため、これは可視領域に吸収を持たず、理想的には無色である。

栽培スオウは適当な太さに成長した時点で切り倒され、その芯材をチップにして選り分け、染料に使う。ブラジリンは熱水で簡単に抽出でき、酸化してキノメタン型のブラジレインになる。この分子内のキノメタンと隣接した水酸基部位で金属を捕まえてキレート化しやすい。そのため、アルミニウムや鉄を媒染剤として、布を染めることができる。特に、日光が燦々と降り注ぐ下で蘇芳を染めると、ブラジリンからブラジレインへの脱水素光酸化が進行しやすく、濃い色に染められるという。ただし、色素分子の日光に対する耐久性はあまり強くなく、古くより褪せやすい色として認識されていた。

染料としての蘇芳の利用は、日本では飛鳥時代に中国経由で導入されたとされ、やや落ち着いた美しい赤は、平安時代には富裕層の人々に好まれた。平安期の蘇芳は贅沢なものであったが、より時代が下って江戸期になると、蘇芳染めは民衆に愛されるところとなった。アルミニウムを媒染剤とした赤に並び、鉄で媒染すると落ち着いた紫を出すことができ、これは「にせむらさき(似せ紫)」として、比較的安価な紫色染料として江戸っ子に好まれた。なお、本物の紫は、ムラサキ科のムラサキ(紫草)であるが、これは栽培が難しく、太古から貴重な染料であった。また、ベニバナを重ね染めした二藍(ふたあい)もあったものの、これはベニバナ色素の方が先に褪色する傾向があり、時間経過によりゆっくりと青みが強くなる傾向がある。

熱帯地方のマメ科の木本には、赤色の色素を材に蓄積するものが少なくない。身近にあるものでは、高級テーブルに使われるカリン(果樹のカリンとは別の植物)、細工に使われるシタンなどがある。ブラジルにはブラジルボク Caesalpinia echinata という常緑高木が自生している。このブラジルボクは、ブラジルの国名の由来にもなっている(注2)。これも心材にブラジリンを含む。リオのカーニバルで多用されるようなブラジルの情熱的な赤の染色は、本来この色であった。ブラジルボクは大航海時代に盛んに切り出され、ヨーロッパ外国に運ばれた。現在ではブラジルボクの自生大木は少なくなり、植樹や保護の対象になっている。それもあって、ブラジルボクは絶滅の危機に瀕しワシントン条約附属書 II によって輸出入が規制されている。高級なバイオリンの弓に用いる材はペルナンブコ(pernambuco)と呼ばれる赤く硬い材が用いられるが、これはまさに良質なブラジルボクである。ただし、バイオリンの弓の材は最近採取したものでなく、楽器メーカーが所有するかなり古い時代の在庫であるらしい。

また、同じく中南米には、アカミノキ(ログウッド (logwood) またはカンペチェ (campeche) と現地では呼ばれる) Haematoxylum campechianum というマメ科の中低木が自生する。特にベリーズやホンジュラスに多く、ベリーズの国旗にはこの樹木がデザインされている。これも材の芯に赤色の色素を蓄える。学名における属名 haematoxylum は、haemato(血)と xylon(材)が由来になっていて、古くから材に赤い色素が蓄積されるのが知られていた。この色素はブラジリンの分子構造と比較し、水酸基が一つ多いヘマトキシリンである。これも中南米では古くから染色に利用されていたが、その後、顕微鏡を用いた生体組織の鏡下観察における細胞染色に有用であることがわかり、その目的に伐採され、色素が抽出精製されて使用されている。特に人体の病理検査では、ヘマトキシリン-エオジン染色 (HE染色) は標準的な染色法である。ヘマトキシリンによる細胞染色では、ヘマトキシリンが酸化されキノメタン型のヘマテインになり、ここにアルミニウムのような添加媒染剤がキレート化する。この陽イオン性の錯体が、リン酸などにより負電荷を帯やすい細胞核などの部位を選択的に青紫に染める。この染色の機構は、衣類染織のそれとほとんど変わらない。病理検査における細胞染色用のヘマトキシリンは天然物であることから、たまに生産量の多寡によって供給不安を生じ、品薄になることがあるらしい。

ヘマトキシリン-エオシン染色によるマウスの皮下組織の顕微鏡写真。

エオシンはオレンジ色に、ヘマテインは青紫色に負電荷を帯びやすい細胞核などを選択的に染める。

上の写真が 50x、下が25x。

ブラジリンやヘマトキシリンは、抗酸化作用が強いことから、医薬としての展開が期待されている。

古いスオウ Caesalpinia Sappan の博物画。マメ科の植物らしい、美しい黄色い花をつける。

(注1)余談ではあるが、日本の盆栽文化は外国でブームになり、多くの Bonsai マニアが世界中にいる。北米および中南米の Bonsai フリークは、このアカミノキの盆栽をしばしば仕立てる。アカミノキは幹に凹凸が多く、風情があり、生命力が強くて荒々しく幹を削ってもへこたれないためかと思われる。そういった、アカミノキの盆栽がいっぱい市場には出回っているが、防疫上の問題と気温の違いのためか、日本にはほとんど入って来ていないようだ。

(注2)もともと「ブラジル」という言葉は、「燃え立つような赤」の意味がある。中世ヨーロッパでは赤の染料が大人気で、ケルメスカイガラムシによるカーマインレッドがあったが、比較的落ち着いたくすんだ赤であった。ヨーロッパ人がいろいろ探し回った結果、太平洋熱帯に赤い芯を持つ木があり、これが染色に使えた。これは日本でいうところの蘇芳で、日本には飛鳥時代ぐらいから入ってきてたのだが、12世紀以降ではヨーロッパ向けにジャワやセイロンの蘇芳が切り出され、赤色染料用途として運ばれた。この木は「ブラジルウッド」と呼ばれた(ただしこれは今のブラジルウッドではない)。これによって、中世のヨーロッパでは、浅くアルミ媒染した蘇芳のピンク染めが女性の間で流行した。1500年代になるとポルトガル人が南米に到達し、蘇芳とは似て非なる染料を含んだマメ科の樹木が多量に生えているのに目をつけ、現地人を使って大量に伐採し、そこを「ブラジル」と名付けた。これはポルトガルとフランスの間でドンパチをやらかすほどの大事な染料で、大航海時代半ばまでブラジルの赤い木は皆が欲しがる状況であったらしい。しかし、その後「完璧な赤」と呼ばれるコチニールカイガラムシが見つかり、染料よりサトウキビが大事にされるようになってようやく落ち着いた。その、燃え立つような赤がとれる木が生える、大航海時代にポルトガルが侵略した土地の名が、今の国名の「ブラジル」となって残っている。

(文献)

Xanthine oxidase inhibitors from the heartwood of vietnamese Caesalpinia sappan

By: Nguyen, Mai Thanh Thi; Awale, Suresh; Tezuka, Yasuhiro; Le Tran, Quan; Kadota, Shigetoshi

Chemical & Pharmaceutical Bulletin (2005), 53, (8), 984-988.

Antioxidant activity and antioxidant mechanism of brazilin and neoprotosappanin from Caesalpinia sappan Lignum

Chen, Feng-Zheng; Zhao, Qi; Yan, Jun; Guo, Xiao-Qiang; Song, Qin; Yao, Qian; Gou, Xiao-Jun

Asian Journal of Chemistry (2014), 26, (16), 4979-4981.