エジプシャン・ブルーとハン・ブルー

謎多き古典青色顔料3つ。

左:エジプシャン・ブルー CaCuSi4O10、中央:ハン・ブルー BaCuSi4O10、右:ハン・パープル BaCuSi2O6

いずれも、紀元前からエジプトおよび中国で合成された無機銅系青顔料。

右二つはグラニュールな結晶になりやすく、砂のようにさらさらしているが、

エジプシャン・ブルーは針状の結晶になりやすく、もっとボソボソしている。

古代エジプトでは青は特別な色であった。深い濃藍色は夜空を象徴し、それは死を司る冥界のしるしでもあった。より明るい青は水の象徴であり、青ナイルや大海、そして水の創造神ヌンをあらわしていた。エジプト神話では万物は水より出で形づくられるため、水の色は特に重要な意味を持つ。古代エジプトにおける青の色材は、アフガニスタンのみで産出されるラピス・ラズリ(ウルトラマリン)が珍重されたが、これは極めて貴重なもので、かつ塊状なので加工利用が難しい。そこで、手軽に利用できるウルトラマリン代替の青として、人工的な銅の顔料、エジプシャン・ブルー(エジプト・ブルー)が発明された。これは同時に、人間が化学反応を伴うプロセスで初めて合成した青顔料でもあった(注1)。

エジプシャン・ブルーはシリカ(石英砂、二酸化ケイ素)、酸化銅または孔雀石(塩基性炭酸銅)、石灰(炭酸カルシウム)および反応を媒介するソーダ灰(炭酸ナトリウム)を破砕混合し、800-900℃前後に加熱することにより得られる青い結晶性のケイ酸カルシウム銅(CaCuSi4O10)である。これは、銅の含量の増加に伴い色が濃くなり、原料の粉砕の程度によっても、加熱温度によっても色味を変化させることが出来る。純粋なケイ酸カルシウム銅は結晶性の粉体であるが、製造時にフラックス(融液)として用いるソーダ灰の量を増すとガラス質の割合が増し、陶器の釉薬として用いることも、ガラスに分散した状態で調製することもできる。古典的な陶器をファイアンスというが、ブルーの釉薬のかけられたファイアンスや顔料はエジプトにおける重要な生産物であった。エジプトブルーの色の制御には厳密な温度制御を必要とし、古代エジプトにおける無機化学的な焼成プロセスの技術の高さがうかがえる。青いファイアンスやガラスを用いた装飾品は古代エジプトの遺跡出土品に多く見いだされる。著名なファラオ、ツタンカーメン(紀元前1324年頃没)の黄金のマスクには、ラピス・ラズリやアマゾナイトと共に、エジプシャン・ブルーより調製した青いファイアンスが用いられている。

紀元前5世紀~紀元前1世紀前後にエジプトで作られた、エジプシャンブルーのファイアンスの長ビーズとその断面。

細かい石英を少量のガラスマトリックスで焼結してあり、その上にガラス質のエジプシャンブルーの釉薬が乗る。

現代の陶磁器とは違い、ファイアンスは粘土を用いない。その質はむしろガラスに近く、石英、鱗珪石、パラ珪灰石などの粒子を

ガラス分が接着している焼結物である。

エジプシャン・ブルーのレシピの発見時期と発見場所は長年議論の対象となっていたが、ごく最近になって、メンフィス大学のコーコラン教授がボストン美術館収蔵の古代エジプトの雪花石膏(アラバスタ―)のボウルに付着したエジプシャン・ブルーを調査し、このボウルが作られた先王朝時代あるいはナカダ文明 III の紀元前 3250年頃にまで遡ることが明らかとなった。その後第四王朝(紀元前2613年頃~紀元前2498年頃)に盛んに生産されるようになり、この利用は紀元前後まで続いた。原料の銅は、時代の古いものでは天然の銅鉱物を用いていたが、後の時代では青銅製錬の廃棄物や青銅回収品を用いていたらしく、わずかなスズが含まれている。エジプシャン・ブルーの調製は、後の調査で、製品によっては複数回の焼成を行い、均質な品質の製品を生産していたらしい。まず、適当な組成比で混合し仮焼成し、得られたエジプシャン・ブルーを再度粉砕し、釉薬として着色再焼成したものらしい。このようなセラミックスの多段焼成による均一な酸化物調製法は、現在の無機合成化学でも常用されている。

古代エジプトの人々はエジプシャンブルーの製造レシピを記録に残さなかったので、エジプト文明の凋落と同時に、その製造技術は失われてしまった。ずっと後に、後世の人々が再挑戦を始める。トライして最初に成功したのはかのデービー(電気化学とアルカリ金属の父。ファラデーの師匠)で、これが1815年だった。

古代の中国では、エジプトとはまったく独立に、ハン・ブルー(チャイニーズ・ブルー(注))という合成青色顔料の合成法を開発し、顔料として用いていた。これはエジプシャン・ブルーのカルシウムをバリウムで置換した化合物、ケイ酸バリウム銅(BaCuSi4O10)に相当する。天然のバリウム資源としては硫酸バリウム(重晶石)または炭酸バリウム(毒重石)が入手しやすいが、資源量としては前者が圧倒的に多い。しかし、重晶石は熱安定性が極めて高いため、ハン・ブルー合成には、反応の触媒として鉛塩、特に酸化鉛を加えるのが肝要である。この点にセレンディピティ的な高い進歩性がある。

おそらく、ハン・ブルーは陶磁器用釉薬・ガラスの開発、もしくは銅-亜鉛鉱石製錬の予期せぬ副産物として発見されたと思われる。熱水性の銅鉱脈には、重晶石と方鉛鉱(硫化鉛)が密接に同伴して産することが多い。

ケイ酸バリウム銅としては、よりケイ酸分の少ない、ハン・パープル(BaCuSi2O6) も同様な焼成法により合成することができる。これは、より紫の強い青で、ハン・ブルー合成に用いるシリカ量に対して倍量の銅とバリウムを必要とする。ハン・パープルは、ハン・ブルーに比べると利用がやや遅れ、紀元前 400年ごろに用いられている。ハン・パープルはハン・ブルーとはやや異なる結晶構造を持ち、化学的安定性はハン・ブルーに比べかなり低い。

ハン・パープル。独特の青みの強い紫色の顔料で、ハン・ブルー同様に粒状性の強い結晶質粉末。

ハン・ブルーは、周代(紀元前1046年頃~紀元前256年)に盛んに使われた。秦の始皇帝陵を代表とする多くの兵馬俑は、長期の客土埋設により今では色がくすんでしまっているが、製作時はハン・ブルーにより鮮やかな青に彩色されていたようだ。

エジプシャン・ブルーとハン・ブルーは結晶学的には同形であり、環状の Si4O4 骨格が酸素を介してシート状に連結し、残りの酸素原子が銅に四配位している。この層状の骨格構造に由来して、高い熱および化学的安定性を有する。エジプシャンブルーは Cuprorivaite (銅リバ石)、ハンブルーは Effenbergite (エッフェンベルグ石)という名で天然にも存在しているが、極めて稀な存在であり、それが古くから人間に認識されていたわけではない。

このような化学的によく似た二種の青色合成顔料が古代に独立に発生し、それぞれが色の文化を築くさまを比較すると、考古学の愉悦を感じる。

(注1)よく使われる「初めての人工顔料」の言葉は語弊が多い。化学反応を伴うプロセスで合成された、という意味であれば、木質材の焼成によるカーボンブラックの製造や、赤土を焼いて酸化水酸化鉄 FeOOH から赤鉄鉱 Fe2O3 に変化させるバーント・オーカーもまた化学反応を伴う。エジプシャン・ブルーやハン・ブルーはわずかながらも鉱物として地殻中に存在するため、人間が初めて地上に作りだした物質、というわけでもない。

(注2)「チャイニーズ・ブルー」は、チャイナ(陶磁器)の青、という意味に取られやすいのでまぎらわしい。陶磁器の青はコバルトによる。また、かつて中国で多量に生産されたプルシアンブルーも「チャイニーズ・ブルー」と呼称された。

(文献)

Wikipedia 「Egyptian Blue」 この項目は非常によくまとまっていて、情報も多い。