動物の血や魚肉からプルシアンブルーを作る

プルシアンブルーは極めて偶然的な来歴の青色顔料で、その発見におけるセレンディピティはディッペルが鹿の角の乾留をする際に用いた不純な回収アルカリ(炭酸カリウム)を用いたことにあった。ディッペル(とディースバッハ)は、その生物由来成分より合成される濃青色顔料の有用性にすぐさま気づき、それの商業的な量産方法を検討した。しかし、当初の鹿の角は大量入手が難しく、その代替には牛の血液を用いた。脊椎動物の血は、赤血球着色成分でもあるヘム鉄錯体(ヘモグロビン)を多く含むため、このプルシアンブルー製造レシピではヘム鉄が黄血塩の鉄分に転化している可能性が少なくない。このあたりを少し検討してみることにする。

たまたま、野生のイノシシの血液が入手できたので、これを使ってプルシアンブルーの鉄無添加合成にトライしてみる。なかなか、四足の動物の血液は(防疫上の観点から)手に入らない。

イノシシの血。殺して血抜きしたものだが、半分固まって血餅になっている。

これを、直接手に付けないように気を付けながら(感染症対策)、加熱して水分を飛ばす。

加熱するとさらに固まる。レバーのよう。

得られた血の加熱粉末。黒っぽいふわふわした粉。

これを、同重量の炭酸カリウムと混ぜ、試験管に入れて赤熱する。冷えたら試験管を割って、中の炭を取り出し、水で抽出しろ過する。さらにこれに少量の硫酸鉄を加え、液を塩酸酸性にすると・・・

確かにプルシアンブルーができる。しかし、色があまりぱっとしない。硫酸鉄から生じた鉄酸化物由来の黄色みを帯び、それができたプルシアンブルーに混じり、緑色が出てしまうもののようだ。これは、さじ加減を調整しても、なかなか青に持っていくことができない。どうも、赤血球のヘム鉄由来の鉄分では、焼成による黄血塩を合成するのに必要な鉄分に足りないようだ。ヘム鉄はひとつの鉄原子に4つの窒素原子が配位し、さらに別口でタンパク質由来の窒素分もあるわけだから、これは考えれば容易に想像がつく。

そこで、以前の試行と同様に、血の粉末にアルカリと酸化鉄を加えて、同じようにやってみると・・・。

今度はだいぶ様子が異なり、真っ青なプルシアンブルーが首尾よく生じる。やはり、動物原料からのプルシアンブルー合成には、鉄を追加してやる必要がありそうだ。ディッペルの実験操作を想像すると、高温のアルカリはガラスを激しく侵し、一回でガラス器具がダメになるので、ディッペルは彼のディッペル油を製造する際に、おそらく鉄の釜を用いたのだろう。それも、肉が厚く、外からの空気を遮断しつつも、加熱により生じたガスを逃がすことができるようなものを。その鉄容器の鉄が反応に関与している可能性が高い。ここにもまた、錬金術師のセレンディピティがあるらしい。

魚からプルシアンブルーをつくる

タンパク質さえあればプルシアンブルー原料にはなるので、なにも哺乳類の血液をわざわざ探しに行かなくてもよい。日本は四方を海に囲まれているから、魚類は容易に入手できる。次は、マグロの血合いを原料にしてみる。フライにするとおいしいのだ。しかし、今回は食べずに焼いてしまう。