天草から食用アガロースゲルまで

まずは天草(テングサ)採り。

天草というのは一種の海藻ではなく、何種かの海藻類の総称です。

代表はモサモサしているマクサで、ほかにもいくつか。

伊豆半島および伊豆諸島の磯に多く生えています。西伊豆と三宅島が品質の高さで有名。

干潮時にガシガシ採ります。黒っぽくダマになって水の下に沈んでいるのがマクサ。

これは男性が採ってますが、昔は女性の仕事でした。

こんなの。赤い海藻です。

引き上げておくと、フナムシがいっぱいたかります。

フナムシが嫌いなら、寒天なんて喰えないぜ。

網に詰めて干場に持っていき、カラカラになるまで乾燥。

これをひとまず持って帰ります。

乾いたら真水でよくもみ洗いして、再度天日に曝して乾燥させます。

これを何度も何度も繰り返すと、赤い色素が抜け、ちょっと茶ばんだ天草になります。

この作業を「晒し」といい、天草の一番めんどくさい作業です。

しかし、これで手を抜くと、匂いが残り、寒天に色がついてしまいます。

飴色になるまで何度も繰り返すのだそうです。

得られた晒しの天草。これはちょい質が悪いのを安値で買いました。

ここから調理。

水で洗い、コトコトと煮溶かします。

すると、天草に含まれるアガロースが溶け出してきます。

1時間も煮たら、熱いうちにサラシでこします。

この際、荒走り(自重でしみ出してくる液)だとそのままでも使えますが、絞りに絞って回収率を上げたい場合は、ろ液をもう10分ぐらい煮た方がいいです。理由は後述。

アガロースが溶け出してきた液はドロンドロンになるので、「こりゃ、沸点上昇で確実に100℃以上ありそうだな。110℃ぐらいあるんじゃね?」と、ドロドロ液の温度を熱電対で測定しましたが、見事に 100.0℃でした。粘度のわりに濃度が低いからでしょう。

これが寒天の母液となります。

硬い寒天を作りたければ、水は少なめにし、抽出時間を長く取ります。

棒寒天は、これを型に入れて固めた後、乾燥させたものです。

品質低下しないように、バリバリにしばれる長野で冬場に行うのが普通です。

凍結乾燥させれば、うまくゲルから水蒸気がフラクタル状の氷結晶のチャネルを通して抜けるので完全に乾燥させることができ、保存ができるようになります。生活の知恵ですね。

これに砂糖と牛乳、コクを出すための生クリームを投入し、荒熱を取った後に冷却。

すると、あの美しい牛乳寒天になります。

寒天に含まれるアガロースは、ガラクトースとアンヒドロガラクトースという単糖が交互に脱水縮合した形の多糖です。

これは、セルロースとは違って、分子間で規則的に交互水素結合を作りづらいので結晶化しづらく、水との加熱により容易に溶解します。

冷やすとラフな水素結合ネットワークにより、ゲルになります。

この諸性質を利用して、食品にしたり、研究で寒天培地(アガロースゲル)にしたりします。

天草からのアガロースの抽出は、正確には、熱水による抽出と同時にある程度の加水分解が起き、アガロースが分断され、これが水に溶け出してくるのです。

その分子量は操作によって変わってきますが、上限は数万程度と言われます。

これ以上大きくなると、水に溶けないからです。

ただし、前にも書きましたが、回収率を上げようとサラシで絞り上げると、分子量の比較的大きな成分が絞り出されてしまい、均一なゾルになりません。絞るとわかるんですが、最後に高粘度のゾルが、でろーんって出てきます。

安い粉寒天を使って牛乳寒天を作ると、下の方に透明な層ができて固まることがありますよね。あれです。

無理矢理絞り出しちゃったもんだから、水に溶けづらい高分子量成分まで混ざっちゃって、それが沈殿してしまうのです。

なので、そのような場合は、寒天液(アガロースゾル)をしばらく煮て、少し加水分解させて多糖の分子量を少し下げてやった方がいいのでしょう。

また、多糖ですから、寒天は基本的に酸が苦手です。主鎖を切ってしまうのでゲル化しづらくなります。

酸っぱいものを固めるときにはアガロース濃度を上げましょう。

やってみると実感できますが、天草からの寒天製造は、かなりめんどくさいです。

1時間煮溶かすってのがだるいんですね。しかも熱時ろ過だし。

実はコスト計算すると、粉末寒天とたいして値段は変わらないか、むしろ粉末の方が安かったりします。

天草の独特な風味を楽しむなら、粉末より天草からの方がいいですが、そうでなければ粉末の方がよほど楽です。

棒寒天/粉末寒天はかなりたいした発明なのです。