ブタの肝臓からプルシアンブルーをつくる

プルシアンブルーの発見は、ディッペルとディースバッハによるセレンディピティ的なものだったのですが、これを改良追試してみます。

シアンの化学のブレイクスルー、つまり空気中の窒素固定が可能になるまでは、動物組織中のタンパク質を構成するアミノ酸やヘム鉄の熱分解によりシアン化物を作っておりました。そのころのシアン化物の主な使用用途は、プルシアンブルー製造と金属メッキ(特に金メッキ)用でした。

ちょっと今からは想像もつきませんが、明治初期までは何百キロも牛革や蹄や毛、そして血液を集めて、蒸し焼きにしてシアン化合物を作ってました。蒸し焼きでは、同時にアンモニアも生産できました。その後に出現した石灰窒素法(カロー法)、そしてハーバー・ボッシュ法の空気中の窒素固定が、いかに大きなブレイクスルーだったかがよくわかります。

まずは、豚レバーを買ってきます。ホントは、オリジナルレシピに従って牛の血を使いたいのですが、BSE 騒ぎ以降、どうやっても牛の血が防疫上の制約で入手できないのです。生物実験グレードのものは売ってますが、1Lで一万円ぐらいしてしまい手が出ません。それに、豚のレバー、安くておいしいですしね(関係ない)。

これを炒めます。乾燥させて水を抜く目的です。

いい匂いがします。おなかすいた。

一回、細かく切り刻んで、さらに炒めます。

これを、最後に電子レンジに何度もしつこくかけ、乾燥豚レバーにします。

こうなると、脆くなります。

これを、粉末にします。乳鉢で簡単に砕くことが出来ます。

肥料か飼料で、この状態が買えればいいんですが、小売りは難しいらしいのです。

この乾燥豚レバーを実験に用います。アルカリとして炭酸カリウム、そして、鉄を補うために鉄さび(酸化鉄(III))を混ぜます。

量比は、5:5:1 ぐらいがいいでしょうか。原料として血を用いれば、ヘム鉄でかなり鉄分補給ができるのですが、豚レバーは血が足りなくて、やはり鉄分を外部から加える必要があります。

これらをよく混ぜて試験管に入れ、紙できつく栓をします。ギュウギュウになる程度に。量は試験管の半分以上は入れないでください。

ただし、ゴム栓やコルク栓はダメです。内圧が上がり逃げ場が無くなってしまいます。

これを、ガスバーナーで強熱します。まずは水分が飛び、その後熱分解します。焼くと、ひどく嫌な臭いがします。この熱分解ガスには多量のアンモニアが含まれていて、火をつけると燃えます。その後、熱分解と同時に、油分が蒸留されてきます。ディッペルはこれを「ディッペル油」として、医薬品用途に製造販売していたのです。

あらかた水分が飛んだら、赤熱するまで強熱します。ガラスの軟化点の600℃を超える程度、中が真っ赤になる程度が目安です。試験管がボコボコになるので、風船のように膨れないように気を付けてください。

内容物を完全に赤熱したら(15分ぐらいかかる)、冷やします。写真では黒いディッペル油が試験管上部に見えます。

試験管を割って、中の炭を取り出します。グズグズの炭です。炭はにおいはありません。

これを粉にして水に放り込んで、ろ過して水に可溶な成分を分離します。

ろ液は、よく焼けているとレモン黄色の液体になります。

この黄色は、フェロシアン化カリウム(黄血塩, K4[Fe(CN)6])です。古い和名もずばり、この製法から来ています。かつての正式名称は「黄色血滷塩(おうしょくけつろえん)」と言いました。これの略が「黄血塩」。なぜ黄色で指定する理由があるかと言いますと、これを塩素で酸化したフェリシアン化カリウム(赤血塩)という非常にまぎらわしい名前の物質があるためです。

うまくいくと、このぐらい濃い黄血塩溶液を作ることができます。しかし、この中には大量の残存炭酸カリウムがいて強いアルカリ性なので、アルカリに弱いプルシアンブルーをつくるには、妨害を回避する必要があります。

で、ここに、硫酸鉄(II) を加えます。天然のものでもいいですし、合成でもかまいません。天然の硫酸鉄は緑礬(りょくばん、ろーは)と呼ばれます。硫酸鉄、いわゆる緑礬は昔から岡山で手工業生産されていました。弁柄製造の目的です。

硫酸鉄を加える前の豚レバー由来の黄血塩溶液(左)と、硫酸鉄10% 水溶液(右)です。

この青が動物の組織からできるというのは、なんか不思議ですね。

明治中期ぐらいに、石灰窒素からのシアン化物製造法が開発され、動物組織からのシアン化物製造は廃れましたが、それ以前のプルシアンブルーは、すべて動物原料から作られています。若冲のも源内さんのも、広重のブルーも、もとは大地を走り回る四つ足の動物だったのです。

非常に細かい粒子ですが、ゆっくりと沈殿します。

製法によっては、沈殿しないナノ粒子になってしまい、その後単離できなくなってしまうのです。

完全に中和が終わった状況(左)。右は硫酸鉄です。

そこで、希塩酸をゆっくり加え、過剰の炭酸カリウムを中和していきます。

炭酸カリウムと希塩酸の反応で、激しく発泡して二酸化炭素が発生するので気をつけます。

残存アルカリを中和していくと、みるみる青く変わっていき、プルシアンブルー (KFeIII[FeII(CN)6]) ができてきます。煮沸すると加速されます。

硫酸鉄を入れると、まず白い沈殿がもくもくできます。これは、ベルリンホワイト(プルシアンホワイト, K2FeII[FeII(CN)6])といい、二価鉄のフェロシアン化物錯体です。ただし、これは空気でゆっくりと酸化してプルシアンブルーになるので、色がみるみるくすんでいきます。しかし、このままほっていても、なかなか綺麗なプルシアンブルーはすぐにはできません。プルシアンブルーはアルカリ性に弱く、過剰の炭酸カリウムがプルシアンブルー生成の邪魔をするためです。

ただし、このプルシアンブルーは、量が多そうに見えるんですが、非常に粒子が細かいのでろ過してみると実はごく少量です。ろ紙にわずかにへばりつく程度。これで 1 g のプルシアンブルーを取ろうとすると、かなりの回数の実験が必要になるでしょう。大量の動物組織を焼いてプルシアンブルーをつくった往時の苦労がしのばれます。

(参考文献)

化学工業全書、第一冊、黄色血滷塩のところ。

阪上正信, 米田昭二郎, 日吉芳朗、「たのしい化学実験 -化学史でたどる-」、講談社ブルーバックス B-560 (1984).