ビスマス

ビスマスです。

和名では蒼鉛(そうえん)という名がありますが、私にはピンクがかって見えます。

ビスマスは15族最高周期元素で、わりと奇妙な物性を示す金属元素です。

熱・電気伝導率が金属にしてはひどく低かったり、展性延性が乏しかったりと、非金属に近づいています。

天然には単体で出ることもあるんですが、普通は硫化物の形で金属鉱石中に少量混じっているので、他の金属精錬の不純元素として回収されることが多いかも。足尾や明延はビスマスを多く産出したことで知られます。

明延鉱山の自然ビスマス(銀白色のへき開を示す脈状の部分)

スプリンクラーや活字などの低融点合金の主成分元素としてはなくてはならないのですが、それ以外にはあまり使い道がなかったりします。

室温で安定な結晶構造は三方晶系なんですが、偽立方の結晶を作ることが多いようです。

この種の金属結晶、どうやって作るかといいますと、ビスマスを坩堝内で融点(272℃)以上に溶かして融解金属(冶金では「湯」といいます)を作り、この坩堝をゆっくり冷やします。

ちょこっと固まってきたところで中の湯をザーッと流しだすと、結晶がいっぱい坩堝に張り付いて残るんだそうです。

このあたり、東北大金研が戦後まもなくずいぶん研究していたようです。

やはり同様の調製法、および初期のブリッジマン・ストックバーガー法による結晶作成法が1951年に報告されています(文献)。

1960年代にはこの方法、急冷による核形成、およびチョクラルスキー法(融液からの引き上げ法)によってかなり大きい単結晶育成法が確立されました。

今、単結晶材料として売られているのはチョクラルスキー法で方位成長させたものです。

写真を見てもらえばわかりますが、結晶の稜だけが優先的に育ち、偽立方の (001) がスカスカになっています。

こういうのを「骸晶」と呼びます。骸骨の結晶。

食塩の結晶が典型ですね。

原子が結晶表面に捉えられて結晶化する際の原子-結晶表面での相互作用の異方性、対流および熱伝導の効果などで引き起こされるようですが、非常に微妙な条件の差のようです。

ラーメン鉢の模様なのが出ていて面白いです。

硫化鉛の天然結晶である方鉛鉱にも、しばしばこのラーメン鉢模様が出てきます。

標本用のビスマス結晶は、結晶成長後の徐冷中に余熱で空気酸化し、酸化物の皮膜による干渉色で、虹色になっています。

この色は、結晶の冷却の熱履歴で変わり、大きな結晶ほど冷却しづらいために鮮やかな色が付き、小さな結晶は冷めやすく色が付きづらい傾向があります。

「蒼鉛」の和名は、いったい誰が当てたのでしょう?

やはりこの鮮やかな酸化物皮膜由来の干渉色に基づいた命名でしょうか。

ビスマスは硫化物を石炭とともに加熱還元するだけで単体までもっていけますから、存在自体は古く知られていたんだろうと思います。

和田版日本鉱物誌(明治37)には、すでに蒼鉛の記述があります。

宇田川榕菴「舎密開宗」(1837-1847) に以下のように記述があります。

「細末スレバ蒼色(灰黒色)ナリ」

ビスマスはへき開が発達して脆く砕けやすく、粉にしたときの色が灰黒色なので、「蒼い」鉛という字を当てたのでしょう。

「蒼」は正しくはくすんで生気のない灰色のことで、私のこの色に対するイメージにずれがあったようです。

つまり、やっぱり宮沢賢治の表現は正しくて、「蒼鉛いろ」は砕いたビスマスの色のように、灰黒色のことなんだな、という結論です。

(文献)

M. Yamamoto, and J. Watanabe, Sci. Rep. Res. Insts. Tohoku Univ., 3A, 165 (1951).