カイロウドウケツ
中国の古代詩を集めた「詩經」の「国風・撃鼓の詩」、「王風・大車の詩」に、それぞれ
死生契闊
与子成説
執子之手
与子偕老
穀則異室
死則同穴
謂予不信
有如皦日
のような節があり、この二つを無理矢理引っ張ってきてくっつけた、「偕老同穴」という言葉があります(中国では「白头到老」といいます。「偕老同穴」は日本人的発想です)。ともに老い、死んだら同じ墓穴に葬られるという、夫婦の契りを表現した言葉ですね。原文はちょっと意味が違うのですが、まあいいや。
この言葉を名前にもらった生物がいます。
そのまんま、カイロウドウケツ(Euplectella aspergillum)です(和名ですけど中国にも逆輸入しているみたいです)。
こんなのです。
深海に住むカイメンの一種で、海水中からケイ酸分を回収し、自分の骨格(骨片)を二酸化ケイ素のガラスで作る、ヘンテコな生き物です。この種のケイ酸で骨格を作るカイメンをガラスカイメンと言います。深海底の砂場に足を生やして、フヨフヨしているらしいです。
ケイ酸は結晶質でなくアモルファスで、まさにガラス繊維。このガラス繊維が、通常の光ファイバーと同じくコアとクラッドの構造を持ち、光ファイバー様の性質を示すことが Science に報告されています。
織りのみごとさから、外国では「ビーナスの花かご」と呼ばれ、古くは高値が付いたのだとか。
上部はこんな感じ。
アミアミの中空で、レースのフリルが付いてます。
柱部も、縦横に石英ガラスの格子が編まれ、自然の造形にホレボレします。
(石英ガラスウールを工業量産したのは、国内では鐵興社で、1970年代の話です。カイメンは、とっくの昔にそれを構造体として使っていたのです。)
このカイロウドウケツには、必ずといっていいほどツガイのエビが住み着きます((たまに三匹住み着くことがあるそうです。さしずめこれはうわなにをするやめくぁwせdrftgyふじこlp))。
ドウケツエビ(Spongicola venusta)という種で、幼生の時に多数がカイロウドウケツの体内に入り込み、最終的に性分化して、一つのペアになるんだそうです。
性分化する頃になるとサイズが大きくなり、もはやカイロウドウケツの網目から出られません。
一生、死ぬまでそこで過ごすのです。
人間の結婚生活は、実はそれによく似ています。
結婚を思い立ったときには、実は相手のことはまだよくわかっていません。
一緒に暮らすと、だんだん相手のことが少しずつ見えてくるのです。
いいところもあれば悪いところもあるでしょう。
しかし、それは相手もそう思っているかもしれませんヨ。
はっと気付くと、二人とももはや自分を取り巻いた網目から出ることができません。
外に出るのはあきらめてください。
一緒に育ち、一緒に暮らし、老いて死ぬまで一緒。
カイロウドウケツ(偕老同穴)の名前は、中にちゃっかり住み着くエビから来ています。
ドウケツエビの心理が、幸福か不幸かは私には判断しかねるんですが、生存競争を勝ち抜いてペアを作っただけでもすごくラッキーなことです((たぶん、まあまあ満足してるんじゃないですかね。井伏鱒二の「山椒魚」状態ですね))。
人生の墓場なのか、あるいは愛の巣なのかは、当人たちの考え方次第でしょう。
死ぬことを想像させるのは結婚式のスピーチではタブーらしいんですが、私にはそんな禁忌はありません。
生物は必ず老いて死ぬものです。