辰砂(cinnabar)と朱 (vermilion)

人類にとっての赤は、血液の彩であり、生命力の具現化である。地殻には多くの鉄が含まれているため、三価の鉄イオン (Fe3+) による黄色〜赤色系顔料は有史以来事欠かなかったものの、酸化鉄の赤はやや茶色くくすみ、躍動感と生命感あふれる彩度の高い赤とは言い難い。 そんな中で、ときおり野山に見つかる水銀硫化物の辰砂(cinnabar, HgS)の鮮やかな赤は、古くより珍重されてきた。辰砂は水銀の代表的な鉱石鉱物であり、その真っ赤な色は非常に目につきやすい。日本における辰砂採掘と水銀の利用は弥生時代から平安時代にかけて発達し、西日本では多くの鉱山が開発された。顔料としての硫化水銀は朱または丹と呼ばれ、貴重な赤色顔料だった。高松塚古墳の彩画の赤は、水銀朱によるものである。日本には古くから水銀鉱山が多く、歴史のある鉱山は和歌山、奈良および四国などの中央構造線沿いに多い。

辰砂 (cinnabar), HgS, trig. 奈良県宇陀郡宇陀町 大和水銀鉱山. 益富地学会館標本 No. 001336,8.5 cm

かなり純度の高い、鉱山操業時の辰砂標本。

中央の色の濃い黒っぽい部分は結晶粒の粗い部分。

左上はより結晶粒の細かい部分。

辰砂は、結晶が細かくなるほどオレンジ色を帯びた「朱色」になり、結晶が大きくなると黒味を帯びる。

辰砂を探し、それを選鉱し水銀朱を採取する技能は、ある人々に代々受け継がれ、そのような人々、もしくは彼らの住む水銀を産する地は丹生(にう、にゆう)と呼ばれた。彼らは、中国もしくは朝鮮半島からの渡来人であったとも言われ、今でもその名残が地名に多く残っている。空海は弘法大師として日本の仏教史を語るうえで欠かせない人物だが、鉱産物を調査する応用地質技術に長け、辰砂や銅鉱などを四国各地から見いだした。遣唐使の経験によるものだろうか。空海による開山伝説の残っている水銀鉱山は、伊勢の水銀鉱山などをはじめとし、枚挙にいとまがない。

水銀朱が人工的に合成できるようになると、辰砂は顔料としてよりも水銀鉱として重宝された。品位の低い鉱石を焙焼し、辰砂を熱分解し、水銀蒸気を液化させて金属水銀とした。朱を生産する場合は、この金属水銀を硫黄と強熱し、硫化水銀に戻した。中間体として得られる水銀は、アマルガム法による金メッキなどに積極的に利用された。おそらく、日本における金属製錬および化学的な単位操作で、蒸留というプロセスが最初に開発されたのは、この水銀の焙焼と捕集である。いずれにせよ、水銀は日本の歴史上では、国家的プロジェクトに必要な、大事な鉱産物であった。

辰砂の結晶。血のように赤い、六角板状の結晶。中国産。

諸外国でもやはり、水銀朱の美しさを古くより利用した。天然の硫化水銀を集めて得た赤は辰砂、合成の硫化水銀はバーミリオンと呼ばれ、いずれも絵画顔料や彫刻原料に用いられた。ポンペイの遺跡の壁画にも多く用いられている。中国では朱を交えた漆、朱漆があり、この彫刻文化がみられた。スペインにはかつて国営のアルマデン水銀鉱山があり、全世界の水銀の三分の一をここで産出した。アルマデン鉱山には水銀のプールがあり、これは足を踏み入れても決して沈まないプールだった。アルマデン鉱山の著量の水銀は長らく採掘されていたが、水銀の有害性が世に周知されると水銀需要は落ち込み、最近になってアルマデン鉱山は閉山した。

日本では、後述のイトムカおよび大和水銀鉱山がかなり後まで操業していたが、いずれも閉山した。水銀の有害性は水銀の宿命であり、今後は水俣条約によってより強い利用規制がかかる。とはいえ、水銀は火山性ガスにも多く含まれ、自然由来の水銀放出は、人間の出すそれよりよほど多い。現在でも、日本には捺印の文化が残っている、朱肉として硫化水銀を用いる習慣は、IT技術が発達した現在においてもなお生き残っている。

物質科学的な見地からは、硫化水銀は化合物半導体である。辰砂の赤は、半導体のバンドギャップ間の電子遷移で、多くの遷移金属化合物の発色要因である遷移金属原子の d-d 遷移とは異なる。硫化カドミウム CdS であるカドミウムイエローも、同じ様式で発色する。周期表第12族の金属硫化物を比べると、高周期になるほどそのバンドギャップは小さくなり、それに応じて光の吸収波長は長波長にシフトする傾向がある。硫化亜鉛は、純粋なものは無色透明であるが、硫化カドミウムは鮮やかな黄色で、硫化水銀は真紅である。辰砂は、粒子が細かければ細かいほど、鮮やかな朱色を示す。擦れば擦るほど鮮やかになると言われ、ルネサンス時代のレシピでは何年もかけて擦った辰砂の話が出てくる。

また、辰砂は屈折率の高い透明な赤色結晶で、空間群は P3121 と、水晶のように左右の存在する光学活性な結晶である。これは、Hg-S 鎖の作り出す三回らせん軸の存在にもとづいている。ドイツ人鉱物学者ゴルトシュミットの結晶図譜 Atlas der Krystalformen に、まだ辰砂の結晶構造がわかっていない時代であるにもかかわらず、左右のはっきりわかる辰砂の結晶図が描かれている。しかし、辰砂の左右は顔料としての特性に何ら影響を及ぼすものではない。辰砂は屈折率が極めて高く、その鮮やかな赤は他に例をみない。密度が 8.1 g/cm3 と際立って大きく、その精製は水簸が利用できる、辰砂を含んだ水銀鉱石を搗鉱して微粉末にし、水中で揺すると、最初に沈み、赤い砂が得られる。北海道の水銀鉱床は、砂金堀りが見つけたものが多い、砂金の横に転がる鮮やかな赤い砂はさぞ目立ったことだろう。砂金はアマルガム法で得やすいため、砂金掘りにとっては水銀鉱は都合が良い存在でもある。四国の水銀鉱山跡では、弥生時代から辰砂を搗鉱水簸で得たため、鉱山跡周囲には石臼が転がっていることが多い。

水銀は周期表12族に位置する。この族は亜鉛、カドミウム、水銀の3つで「亜鉛族」と呼ばれる。亜鉛族は硫黄と安定な化合物を作ることができ、亜鉛の場合は閃亜鉛鉱、カドミウムの場合は硫カドミウム鉱、水銀の場合は辰砂となる。硫化亜鉛はゆっくりと水と酸素の作用で加水分解+酸化されていくものの極めて遅い。硫化カドミウムや硫化水銀は、対応する酸化物よりも安定なので、環境中に晒されても酸化物に変化することはない。

昭和初期、北海道・大雪山系の山あいに大規模な水銀鉱床が発見された。辰砂および若干の自然水銀を主鉱石とし、品位の高い水銀鉱を多産したため、東洋一の水銀鉱山と呼ばれたイトムカ鉱山である。イトムカとはアイヌ語で流れる水を意味し、水銀を表現したものらしい。イトムカはその後鉱量枯渇により閉山するが、その精錬所は現在でも引き続き稼働し、日本の水銀廃棄物のすべてを引き受け、水銀のリサイクルを担っている。

↑ 芋辰砂. 北海道北見市留辺蘂町イトムカ鉱山、4.5 cm

ほぼ純粋な辰砂の塊で、鉱床が風化したのちに残留した高品位水銀鉱の塊。ずしりと重い。

イトムカは歴史の浅い鉱山で、顔料用に辰砂を出鉱したわけではないが、縄文期の東北~北海道の遺跡には、

辰砂が豊富に使われている場合があり、どこかしら北海道の水銀鉱床からの辰砂を利用していた可能性が指摘されている。

自然水銀. 北海道北見市留辺蘂町イトムカ鉱山,7.4 cm

辰砂には様々な特性があるが、顔料としての欠点として、長期間の光曝露によりゆっくりと黒ずんでゆく、というのがある。ゲッテンスはこれについて、どうやら光異性化により黒辰砂 (metacinnabar) に変化するらしい、と推測していたが、それはあまり根拠のある考察ではなかった。黒辰砂というのは、硫化水銀の多形(成分が同じだが、結晶構造の異なる相のこと)で、こちらは立方晶である。逆に、液相の硫化水銀合成プロセスでは、まず黒辰砂を作り、これを相転移させて辰砂にする、という操作を伴う。344℃以上では、黒辰砂は融解することなく辰砂に変化し、黒色→朱色に変化する。400℃以上ではさらに早くなる。ただ、逆反応が光で素早く進行するだろうか。硫化水銀の黒化は、同伴物などの条件によって速度の差があり、その本質はいまだによくわかっていない。金属水銀の微粒子による、という説も根強い。

(文献)

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