藍銅鉱と孔雀石

人類の生活を取り巻く生態系には緑色が多くあふれており、その中でも、植物の緑は自然界の生命の息吹を感じさせる。緑は、葉緑素の色としてなじみ深い。ところが、人間の利用可能な無機顔料の中では緑と青のような寒色はむしろ少なく、これらの寒色を得るために、古くから人々は野山をくまなく探し回った。緑と青は、2価の鉄もしくは銅の化合物に多くみられ、特に2価の銅塩には銅のd-d遷移に基づく豊かな寒色が見られる。

代表的な天然の顔料用銅鉱物は、藍銅鉱の青と、孔雀石の緑が双璧である。両者は伴って産することも少なくない。藍銅鉱は土状または芋状の塊をなすことが多く、ときに自形の結晶をつくる。孔雀石は場所によっては大きなブロックで多産するため(ロシア、コンゴ、中国など)、顔料のみならず研磨して装飾品に用いられることも多い。孔雀石は微細な結晶が集まり、モコモコとした集合体(仏頭状という)をつくりやすく、それを切断研磨すると独特の同心円状の美麗な模様が見られる。ロシアの孔雀石は古くから有名で、バジョーフの小説「石の花」にも孔雀石の細工が小物として使われている。

藍銅鉱 Azurite, Cu3(CO3)2(OH)2,

多くは団塊状で産し、割ると中に結晶がキラキラと輝く。

周囲は土状で色が薄く、中央の結晶粒の大きい部分は色が濃く、

粉砕すると鮮やかな濃青色となる。ロシア産。

藍銅鉱も孔雀石も、いずれも塩基性炭酸銅を組成とする鉱物であるが、化学組成と生成条件がわずかに違っている。前者は弱酸性〜弱アルカリ性で、酸化性雰囲気で二酸化炭素分圧の大きい水溶液系で出来やすく、後者はそれよりもさらにアルカリ性側で、二酸化炭素分圧の小さい系で晶出する傾向がある。これらのアルカリ分は炭酸カルシウムによって供給されることが多く、炭酸カルシウムは水中で強いアルカリ性を発現するため、藍銅鉱は孔雀石よりかなりまれである。

日本では、藍銅鉱のまとまった産出は少なく、極めて貴重であった。多田銀山(兵庫県)において豊臣秀吉が狩野山楽に許可を出し、積極的に紺青(その当時の藍銅鉱を用いた顔料の呼名。その後プルシアンブルーも紺青と呼ばれた)、緑青(孔雀石)を採取させた。銅は地質的には硫化物で生成することがほとんどで、これが地表近くで酸化と加水分解を受け、藍銅鉱や孔雀石を二次的に生じる。多田銀山も同様の成因による。その後、東北の諸鉱山の開発に伴い、多くの孔雀石が賄えるようになったものの、それでもなお藍銅鉱による青顔料は貴重であり、狩野派はこの青を好んで用いた。東北の鉱山で産する孔雀石は、かつては文机を作れるような巨大なものを産したらしい。それに目を付けた宮澤賢治は加工して装飾品とし、それの売上で生計を立てる目論見だったのだが、頓挫してしまい、その後作家になったようだ。日本における絵画顔料用孔雀石の生産は、多田銀山(兵庫)と長登銅山(山口県)が双璧である。

その後、孔雀石は合成でも容易に調達できるようになったが、やはり天然のものには色が劣ったものらしい。明治37年の矢野道也「絵の具製造法」には、合成緑青の話が書かれているが、炭酸カリウム、それに亜ヒ酸を少量加えた液に硫酸銅を入れ、塩基性炭酸銅を合成している。亜ヒ酸は、亜ヒ酸銅を少量交えるほうが色が良かった(シェーレ・グリーンの項参照)ためなのだろう。

顔料としての孔雀石の特性と欠点

孔雀石として知られる塩基性炭酸銅 (Cu2(CO3)(OH)2) の鉱物は、確かに鉱物標本としては色鮮やかな緑色を示すのだが、緑色顔料としての着色能は実はそれほど高くない。微粉末にすると白っぽくなってしまい、あの鮮緑色は失われてしまいがちである。この現象は古くから世界中で認識されていて、日本画では鮮やかな緑青を得るには出来うる限り粗く挽いて利用するのが肝要であった。微粉末化したものは彩度が下がり、これは「白緑青」と呼ばれる。この色は、パステルのミントグリーンに近い。このような白ずんだ緑色顔料は、和室壁面の塗装など、その色が生きる用途もなくはないが、どうしても絵画表現利用に用いる色材としては彩度が低すぎる。チェンニーノ・チェンニーニ「絵画術の書」には、以下のように記載されている。

「この顔料は、粒子がやや粗く、細かい砂のように見える。青味を失わないよう、ほんの少し軽く練る。というのは練りすぎると、色味が失われ、灰色がかったものになるからである。きれいな水で練る必要がある。練り終えたら、小鉢にそれを入れ、きれいな水を上から注ぎ、水と顔料をよく混ぜ合わせる。そして、1時間、2時間、あるいは3時間そのまま放置する。そして水を捨てると、緑はいっそう美しいものとなる。この方法で、2度または3度、すすぎを行うと、またいちだんと美しくなるであろう。」

「絵画術の書」文末に書かれる操作は、プロセス的には簡単な水簸である。細かい粒子は沈降しづらい(粒子の沈降速度は粒子直径の二乗に反比例する [ストークスの式])ので、沈みづらい顔料を捨てると、粗い粒子がより多く残るので結果的に色が鮮やかになる。

孔雀石 (Malachite, Cu2(CO3)(OH)2).

繊維状の結晶集合体になりやすく、切断研磨すると独特の縞模様が見られる。

これは、孔雀石の結晶のサイズの変化と、繊維配列の方向によって

出てくる同心円状の構造である。コンゴ産。

尾形光琳「燕子花図」18世紀。

カキツバタの花弁は藍銅鉱の群青、葉は孔雀石の緑青で、

銅の寒色顔料の二色の対比が金地に浮かび上がる。