カドミウムイエローとカドミウムレッド

カドミウムカルコゲニド系顔料3種。

左が硫化カドミウム(カドミウム・イエロー,CdS)、

右はセレン化カドミウム(カドミウム・レッド,CdSe)、

中央は両者の固溶体(カドミウム・オレンジ,Cd(S,Se))。

三原色のひとつである黄色は,土の色であり,明るい日光の恵みもほうふつさせる.古くから黄土(イエロー・オーカー),石黄(硫化ヒ素),黄鉛(クロム酸鉛)などの黄色顔料が利用されていたが,黄土は鮮やかさに欠け,石黄や黄鉛は安定性に難があり,いずれも一長一短があった.1800年代半ばに,完璧な黄,カドミウム・イエローが見出され,以後黄色顔料の王様として君臨することになる.今月はこれを紹介したい.

カドミウム・イエローは硫化カドミウムからなる鮮やかな黄色顔料で,カドミウムによる有害性を若干残してはいるものの,カドミウム化合物中では溶解度が極端に低く,例外的に安定で毒性を発現しづらい.これは,カドミウムのイオンサイズが一周期上の亜鉛に比べ大きく,酸素よりむしろ硫黄などのカルコゲン原子と安定に結合することによる.

硫化カドミウムは化合物半導体で,その価電子帯と伝導帯のバンドギャップ Eg 2.6 eV よりも短い波長の光を吸収する.これは,硫化亜鉛 (Eg 3.5 eV) のそれに比べ小さく,硫化水銀(6月号参照)のEg 2.0 eV よりも大きい.また,硫化カドミウムの硫黄サイトの一部をセレンで置き換えると Eg は2.3 eV まで低下し,黄橙色を呈する.セレンで全置換したセレン化カドミウムは真っ赤であり,Eg 1.7 eV となる.さらに,硫化カドミウムの陽イオン側を置き換えることもできる.亜鉛に置き換えるとレモン黄色になり,水銀に置き換えると赤色になる.ただし,水銀は有害性から忌避される傾向にある.このように,硫化カドミウムの黄色は,周期表上に隣接した元素で置換することにより,レモン黄色から真紅まで自在に色合いを制御した固溶体を調製することができる.他の顔料で希釈することも難しくない.

資源的には,カドミウムを主成分とする鉱物はほとんどなく,カドミウムは常に亜鉛鉱の微量成分として存在している.カドミウムを比較的多く含む亜鉛鉱石は加水分解を受けると,硫化カドミウムとして亜鉛と分離する.鉱石の隙間を染める硫化カドミウムのレモン黄色は,カドミウムの存在のよい指標となる.ただし,天然の硫化カドミウムは量が少なく,このまま顔料として用いられることはない.

硫カドミウム鉱(greenockite, CdS)。

天然の硫化カドミウムで,酸化された亜鉛鉱の隙間に生じる鮮やかなレモン黄色の薄膜。

これは非常に目立つので、野外ではカドミウムの存在を示してくれる。

ウルツ鉱型の結晶構造を取る。

滋賀県甲賀郡石部町灰山.

カドミウム・イエローの利点は,その着色力と耐久性の高さにある.日光に曝露されても褪色することはなく,永遠にその色を示し続ける.希酸やアルカリにも比較的強い.そのため,かつてはゴムやプラスチックの着色に多用されたが,最近はこの利用法は制限されている.また,熱安定性は特筆すべきもので,500℃近くまで分解せず,さらにガラスに加えると1000℃近くまでその色を保つ.このことから,陶磁器用の釉薬や,ほうろう用エナメルガラス着色料としては欠かせない.Rohs をはじめとする化学物質の使用規制も、この用法を適用除外とすることが多い。

顔料としてのカドミウム・イエローは,硫化カドミウムが合成可能になった1817年から10年ほどおいて使用が試みられはじめたが,市販顔料として販売されるようになったのは 1850年ごろからである.油彩でも水彩でも用いることができ,特にこの黄色を初期から取り入れ,好んだのは印象派のクロード・モネ(1840-1926)であろう.モネは静物画と風景画に,カドミウム・イエローの黄色と混色の緑を巧みに使い,光を美しく表現した.以後,この鮮やかな黄色は,画家のパレットにはなくてはならないものとなっている.

モネ「静物-りんごとぶどう」1880年.油彩.シカゴ美術館蔵.

光が効果的に表現され,それを明るいカドミウム・イエローが支えている.