tert-ブチルジメチルクロロシラン

tert-ブチルジメチルクロロシランは、tert-ブチルジメチルシリル基を導入する際の代表的な保護試薬ですが、代表的な柔軟性結晶でもあります。

有機ケイ素化合物で、あまり一般の方にはなじみのない化合物です。以下のような分子構造です。

真ん中の分岐している炭素もケイ素も正四面体構造なんですが、この、炭素とケイ素の位置が結晶中にランダムに配列しており、ケイ素上のメチル基と塩素原子もてんでバラバラに配列しています。

で、かつ、結晶中で丸っこい tert-ブチル基 (CH3)3C- もクロロジメチルシリル基 Cl(CH3)3Si- もクルクル熱エネルギーにより回転しています。

およそ位置が固定されているのは分子重心と分子主軸方向ぐらい、あとはもうグチャグチャで、てんでいいかげん。

すると、普通では鏡のように光る結晶面もとたんにいいかげんになり、丸みを帯びたヘンな結晶ともアモルファスともつかない結晶面になります。こういうものは、柔軟性結晶と言います。

結晶を剃刀の刃で切ろうとすると、ぐにゃりと切れるのです。やな感じです。

普通はパキッと割れて、潔い男らしさがあるんです。

でもこれ、ちゃんと結晶なんです。回折実験をすると弱いながらも反射が出てきます。

枝の端には平坦な結晶面が不完全ながらも見えます。

固体物理での過冷却固体に近いですね。こういうものは。

結晶系は disorder も手伝って立方晶系。空間群はサーモトロピック液晶につきものの Im3m です。

もうちょっと勉強したい方は、以下の論文に。

Orientational disorder in solids composed of the ellipsoid-shaped molecules trichloromethyltrimethylsilane, Cl3CSi(CH3)3, tert-butyltrichlorosilane, (CH3)3CSiCl3, and tert-butyldimethylchlorosilane, (CH3)3CSi(CH3)2Cl. Braeuninger, Sigmar; Dou, Shi-Qi; Fuess, Hartmut; Schmahl, Wolfgang; Strauss, Roman; Weiss, Alarich. Inst. Phys. Chem., Tech. Hochschule Darmstadt, Darmstadt, Germany. Berichte der Bunsen-Gesellschaft (1994), 98(8), 1096-9.