武装商人のズデンカ「ケーナが良かったら、なんですけど、ケーナ、ユーニさんと一緒に正式にうちの商隊の一員になりませんか?」
依頼主・武装商人のズデンカ(フェニキシア王国に友好的な独立勢力)
概要・シナリオルートの選択
シナリオタイプ・特殊
シナリオ難易度・無し
関連の深いNPC・武装商人のズデンカ・ノヴァク
ステータス上限・無し
シナリオ参加条件・PCが「ケーナ・イリーネ」である事
シナリオ中の確定世界線・以下の実績を獲得している。
アヴリオンの市長ユナイト・ロックと共に議長タオ・ジェン一派を襲撃し惑乱公主ホン・ファを討った
ノヴァク商隊の護衛につくと共に弟ユーニと一緒にその商売の手伝いを行った
光陽歴1206年の夏の夜。
陶器製の皿がナイフと触れ合う時に奏でる固い音が絶えず周囲から響いている。
人々が話す声が場のあちこちから聞こえて来る。
「ナオ船を購入しようと思うんですっ」
喧騒の中でも良く聞こえる透き通った少女の声は弾んでいた。
蝋燭が中央に置かれた円卓は艶やかに磨かれ、焦げ茶色の木目を表面に浮かばせている。
卓を挟んで目の前に座っている少女の笑顔は愉しげだ。まだ若い娘の葡萄酒色の瞳は蝋燭からの光を浴びて宝石のように煌めている。
ノヴァク商隊の商隊長、武装商人のズデンカ・ノヴァクだ。
フェニキシアにおいて陸上交易と海上交易とが交錯する一大拠点として栄えている街。その街の夜の酒場の一階は、多くの客――船乗りや商人や旅人、地元の職人や漁民や農民達――が生みだす活気に溢れていた。
『海神と森の城都』の異称を持つ港湾都市イルハーシスは、自由都市アヴリオンから南南西の方角に在り、フェニキシアの王都アーシェラルドからは北北東に位置する。
北方をフェニキス樹の大樹海に接し、東方をキンディネロス海に接する港街だ。
古くから木材の輸出と中継交易とで栄えている。
西のベールハッダァードからは鉄や塩が陸路で運ばれてきて、この街の港から海へと出る。
王都アーシェラルドの木工工房へと木材が船で運ばれ、王都からの帰りの船は家具などの木工製品を積んで戻って来る。
そしてイルハーシスに集められた各種物品は自由都市アヴリオンやトラペゾイド連合王国の港湾都市リムニ・リマニィなどへと輸出されてゆく。
逆に国外から輸入される品々も一旦この街におろされ、そこからフェニキシア国内の各地へと運ばれてゆく事が多かった。
一言で言うならば、この街は物流の要衝である。
酒場で騒いでいる酔客達は皆、羽振りが良さそうだった。
ケーナの友人であるズデンカ・ノヴァクもまた大変に景気が良さそうだ。
腰まで真っ直ぐに伸ばした艶やかに長い髪の少女が率いている商隊の仕事は現在とても忙しい。
ケーナは今、ズデンカ達を護衛するかたわら、弟のユーニと共にその商いの手伝いもしていた。
すぐ傍で商売の実際を見ているので、売買はとても上手くいっているんだろうな、という事は肌で実感できる。
ケーナが初めてズデンカと出会った頃は、正直、ズデンカの商隊はさほど儲かっているようには見えなかった。
だが、あれから時が流れた今日この頃では、ズデンカの商隊はとても大きな利益をあげているようである。
「ナオ船かー! すごいね新造? それとも手堅く中古?」
ケーナは紫水晶のような丸っこい大粒の瞳を軽く見開いた。
今日港で水揚げされたばかりだという新鮮な海魚を使ったマリネと、ピタパン(直径20センチ程度の平たく円形のパン、ふわふわもちもちとした食感。フェニキシアではポピュラーな食べ物)を口に運びつつ果実水を片手に問いかける。
ケーナからの問いに対し、ズデンカはにこにこと、彼女も同様にピタパンに齧りつきながら頷き、
「ええ、女王陛下からのご融資もいただいていますが、元々うちは小さな商隊です。さすがに最初から新造する資本的余裕はないですので、最初は堅実に中古船でいこうかと思っています。でもそれを元に海上交易で大きく儲けて、ゆくゆくは最新技術を使った新造船も建造してみたいですねー」
などと未来への希望まじりに答えた。
ズデンカ達の商売が上手く回っている大きな要因の一つは、ヴェルギナ・ノヴァ帝国との戦争の際、フェニキシアの女王ベルエーシュからの依頼を誠実にこなし続けた事だろう。
それにより女王や関連するフェニキシアの人々からの信用を勝ち取る事ができた。
ズデンカ達の商隊は様々な仕事を女王ベルエーシュから任されるようになっている。
王家の予算からすれば大きな額ではなかったが、女王から投資までされているほどである。おそらくベルエーシュ個人のポケットマネーから出されているものだろう。
女王からもたらされる諸々の仕事は、ノヴァク商隊へと十分以上の利益をもたらしていた。
例えば現在、任されている仕事は、前線への物資集積地の一つとなっている港街イルハーシスへと、軍需物資を後方の生産地から運搬する任務だった。
国家間の攻防はケーナとしてはあまり興味を惹かれる話題ではなかったので、詳しくは調べていない。
しかしゼフリール島の人々との仕事上での世間話や、ズデンカ達との公私での会話から自ずと知れる事柄もある。
フェニキシア王国はどうやら同盟国であるユグドヴァリア大公国と共同してトラペゾイド連合王国へと宣戦を布告したらしかった。
現在、大公国と女王国は北と南から同時に連合王国へと攻め込んでいる。
フェニキシアの担当は南側だ。
トラペゾイド連合王国を構成する都市国家の一つ、港湾都市リムニ・リマニィを標的として、海軍を中心とした作戦で攻勢を仕掛けている。
イルハーシスの街はその攻勢を支える軍事拠点の一つとなっており、多数の人と物資とが集中していた。
(妙に景気が良いのは、その為だよね)
ケーナの目からはそのように推測できた。
イルハーシスはそれなりの都市ではあったが、平時ではここまで破格に景気が良い場所ではない。
連合王国との開戦と、そしてその戦争の優勢は、フェニキシア王国に確かな利益を与えていた。
だが本来ならばフェニキシア王国とユグドヴァリア大公国が二ヵ国がかりでもトラペゾイド連合王国に対しては勝ち目が薄い筈だった。
優勢なのはおかしい。
それほどの戦力差がある。
大公国と女王国の同盟側が優勢なカラクリは、連合王国の上王ピュロスが、
「まずは人類世界を守らねばならぬ。何よりもこれが最優先事項だ。故にエスペランザ諸島からの撤兵はしない」
との決定をくだしていた為だ。
彼は自国が激しい攻勢を受けながらも、ゼフリール島最強と噂されるトラペゾイドの精鋭部隊を、異貌の神々に占拠されているエスペランザ島の戦線から外そうとは決してしなかった。
その為、現在では、同盟国側の方が有利な戦況になっている。
(でも、もうじきエスペランザ島の攻略は終わるだろうっていう噂もあったっけ)
ケーナはフェニキシアの船乗りの青年が少し不安そうに語っていた事を思い出す。
エスペランザ諸島の攻略が完了し、トラペゾイドの精鋭部隊がゼフリール島へと帰還してきたら、勝敗はどう転ぶかわからなくなる。
同盟国側が有利だから、フェニキシアの人々の景気は良いのだ。
もしも不利になったら、たちまち不景気になってしまう可能性が大きかった。
今宵ここにある景気の良さは、泡沫の幻と消える儚いものかもしれない。
――そのように、人々は恐れているようだった。
街の人々も、女王ベルエーシュも、そして恐らくきっと今回の開戦を主導したと噂のユグドヴァリア大公ソールヴォルフも、ゼフリールの覇王ピュロスが異貌の神々に『敗北するとは考えていない』。
ピュロスと彼が率いる軍団は強い。
だから彼等が今、恐れているのは異貌の神々を打ち破ったピュロス達の帰還とその反撃であり、ピュロスが、人類が、異界の神々に敗北するとはろくに考えていなかった。
少なくともケーナは雷狼大公が破滅願望者だとは聞いた事がなかった。
だからソールヴォルフもきっと、トラペゾイドは異貌の神々に打ち勝てると踏んでいるのだろう。
そして同時に、諸王の王たるピュロスの性格的に、異界勢力に勝利するまでは、彼は率いている最強の軍団をゼフリール島へと戻さないだろうという予測をした。
だからこその開戦。
ハイロード・ピュロスが異界勢力に敗北しても。
異界勢力との戦いを打ち切って即座に彼の軍団をゼフリール島へと戻しても。
ユグドヴァリアとフェニキシアは、不味い事になる。
そしてソールヴォルフはその両方が無いと踏んだのだ。
だからこそ、ベルエーシュを巻き込んでトラペゾイドへと攻め込んだ。
綱渡りのような開戦。
しかしソールヴォルフは綱渡りの縄の上から転げ落ちていないようだった。
「ゼフリール島はトラシア大陸人によってではなく、ゼフリール島の人間によってこそ統治されるべきだ!! 島民による島民の為の島民の統治だッ!!!!」
と民族自決権の獲得を悲願に掲げるソールヴォルフは、賭けに勝っていた。
少なくとも今の所は。
ゼフリール島の覇者はトラシア大陸からの移民の末裔であるピュロスではなく、既に処刑されたヴェルギナ皇家の娘であるアテーナニカでもなく、ゼフリール島古来の血脈を連綿と継いできたソールヴォルフとベルエーシュになりつつあった。
その両者の中でも軍事力ではユグドヴァリアの方がフェニキシアよりも上だが、ユグドヴァリアはフェニキシアから派生した国なので、現存するゼフリール島内の国家としては最古の伝統を持つフェニキシアの方が、王朝の血統として格式が高い。
島の北部を治める者に与えられる『大公』という称号自体がそもそもに、フェニキシア王家からユグドヴァリアの長へと与えられたものだ。
だから『大公』ソールヴォルフは『女王』ベルエーシュに対して彼なりに尊重している。
だからユグドヴァリアはフェニキシアに対して攻撃的ではないのだが――それも雷狼大公ソールヴォルフの胸三寸なところはあった。
ユグドヴァリアとフェニキシアの間の関係は今のところは良好だったが、トラペゾイドが倒れた後にも、その友好と同盟が続くかは不透明だ。
現在のゼフリール島の状況はケーナが知る限りではそのようなものであり、そんな激動の時代の中で、ノヴァク商隊は成長していっているようだった。
「――これも皆ケーナのおかげですね」
食事と共に続けられていた雑談の中、ズデンカが不意にそんな事を言った。
ズデンカ達の商売が上手くいっているのは女王や多くの人々からの信用を得たからであるが、その大元である信用を得る為の仕事を無事に成功させ続けてこられたのは、そもそもにケーナのおかげであると。
「私達だけだったら、たぶんどこかの段階で殺されてたか、生きながらえても失敗して、破産してたでしょうからねぇ……」
これまでを振り返るような遠い瞳でズデンカはそんな事を語った。
ルビトメゴルの工作員からの襲撃は勿論、アンムラピ侯爵が放った暗殺者の時も大変危なかった。
ズデンカ曰く下手をしたら、初めてケーナと一緒に仕事をした時に訪れたセドート村にいたカエル怪人にだって自分は殺されていた可能性があると。
「私達の商隊が無事にここまで成長できたのは皆ケーナのおかげです。ケーナにはとても感謝しています。改めまして有難うございます」
ズデンカはそう言ってケーナへと深々と頭を下げてきた。
それから少女は可憐な笑顔を浮かべて、
「これからは海上交易で商いの規模を大きくして、もっともっと成長して、そうして余裕ができたら――船団を組んで、新大陸への派遣とかしてみたいですね!」
冗談まじりに夢物語のような願望を述べた。
トラシア文化圏において『光の終わる地』『世界の最果て』と言われているゼフリール島だったが、ゼフリール島に伝わる伝説によれば、ゼフリール島よりもさらに西、キンディネロス海よりもさらに広く危険な海を越えた先にも、大陸があるのだという。
その大陸では共通語ではない未知の言語が話されており、衣服から食事から何から何までもがゼフリール島やトラシア大陸とは異なっている。
しかし確かに人間が、そこには暮らしているのだという。
「――……いざという時の為に、生存できそうな退路は、確保しておきたいんですよね、元傭兵としては」
ズデンカは笑顔に少しだけ陰を落としつつ小さな声でぽそりとそんな事を付け加えてきた。
現在はフェニキシア王国はすばらしく好景気だ。
しかしこの先もずっとそれが続くとは限らない。
もしかしたら不景気――どころか、トラシア大陸でもゼフリール島でも人が人として尊厳を持ち、自由に生きてゆく事自体が、難しい時代が訪れるかもしれない。
真なる暗黒時代の到来だ。
異貌の神々が溢れ出すかもしれない。
ルビトメゴルがやってくるかもしれない。
滅びの未来がやって来るかもしれない。
それらの暗い運命のすべてを拒まんと欲するならば――
いまだ見ぬ新大陸へと脱出を図るというのは、訪れるかもしれぬゼフリール島の暗黒時代においては、手段の一つとして、決して軽んじられないものになりつつあるのかもしれなかった。
「それでですねケーナ」
一度咳払いしてからズデンカは話を切り出してきた。
「ケーナが良かったら、なんですけど、ケーナ、ユーニさんと一緒に正式にうちの商隊の一員になりませんか?」
船旅は危険だが、ケーナがいてくれれば十分以上にやっていけると思うんですとズデンカ。
「勿論お支払いするお給料は弾みます。商隊の護衛以外はケーナの興味が無い仕事をお願いするつもりはありません」
ズデンカはケーナからの希望は出来る限りの最大限を汲み取ってくれるつもりらしい。
「役職も特別なものを用意させていただきます。役職名は『商隊相談役』とかどうですかね。一応わたしが商隊長でトップなんですが、ケーナだったら敬語とか使わなくて良いですよ。まぁ現状だとそもそも商隊員の皆はほとんど私に対して敬語とか使ってないですけどね」
ゲオルジオは勿論、他の商隊員も傭兵団の頃からの仲間達なので、ノヴァク商隊の商隊員達は皆、上司と部下というよりは仲間や友人といった関係でフラットだった。
だがそれも商隊が――組織が――成長してゆくと変わってゆかざるをえないのだろう。だが成長しても、ケーナはそのあたりに関しては変わらないで良いとズデンカは言った。
そのかわりに、
「正式に商隊の一員となるならアヴリオンの傭兵はやめていただく事になります。定住せずに航海から航海に出る、日々の大半は船上で暮らすかのような、旅暮らしになってしまうと思います。諸国の港を巡って交易する生活は、きっと過酷でしょう。でも楽しい部分もきっと多いと思うんです」
少女は熱が籠った口調で力説してきた。
航海には夢と希望があるのだと。
「それと、うちの商隊はベルエーシュ女王陛下からのご厚意をいただいていて祈刃関連の施設を利用できます。なので祈刃の整備や維持が可能です。うちの商隊員になれば傭兵を辞めても祈刃が使用不能になる事もありません――いかかがでしょうか?」
うちの商隊員になるとオトクですよ! とズデンカはとても熱心にケーナを勧誘してきた。
ケーナの返事を窺うズデンカの瞳には、期待と不安が入り混じっているのが見える。
なお噂によれば、フェニキシア王国でもユグドヴァリア大公国でもトラペゾイド連合王国でも、腕利きの傭兵を大々的に募集しているらしい。
傭兵をやめて、これからは正式にズデンカの商隊の一員になるのも一つの道である。
しかしズデンカからの話を断り、商隊を離れ、あくまでこれまで通りアドホックの傭兵として、各国の傭兵募集に応じて戦場へと向かう道もあるだろう。
またズデンカからの正式に商隊の一員にならないかという勧誘を断ろうとも、これまで通りに傭兵として雇い続けて欲しいといえば、ズデンカは現状のままの立場での雇用も継続してくれそうな気もする。
さて、どうしよう……?
ケーナは己が進むべき未来への路(みち)について、考えるのだった。
ゼフリール島の戦乱の行方とこの世界に生きる人々の運命は定まりつつあり、この物語もエンディングが見えてきました。
そんな訳で例によってケーナさんが進む先の未来がどうなるか、終局へ向けての大きなルート分岐点となるシナリオです。
ズデンカからの誘いに対するロールを回しつつ進みたい道をプレイングでご選択いただければと思います。
将来への主な選択肢は、
1.ズデンカの誘いを承諾して彼女の商隊の商隊員に正式になる(アドホックの傭兵を辞める)
2.ズデンカの商隊の商隊員にはならないが、傭兵として契約を続けて貰えないか相談する(アドホックの傭兵を続ける)
とズデンカの商隊に関わる形でやってゆくのが大まかに2つ、
以下はすべてズデンカからの誘いを断った上で、
3.フェニキシア王国の傭兵募集に応募する
4.ユグドヴァリア大公国の傭兵募集に応募する
5.トラペゾイド連合王国の傭兵募集に応募する
傭兵として島の戦争に参加してゆく選択肢がおおまかに3つとなります。
ただPBWですので、ここで示されている以外ででも進んでみたい道がありましたらプレイングでそれをご記入いただけましたら判定いたします(判定のうえ可能そうでしたら、その道へ進む事が可能です)
ルート分岐シナリオへようこそ、望月誠司です。
好景気に湧きつつも色々と不穏の影が近づいてきているフェニキシア王国、そんな中でのズデンカからの勧誘です。
彼女は商隊長としてこれからの商隊の成長をはかりつつも、一方で元傭兵らしく迫り来るかもしれぬ危険に対しての逃げ仕度も既に開始しし始めたようです。転ばぬ先の杖、杞憂で済むのか、それとも……
ズデンカからの誘いに乗って彼女と共にゆくか、それとも今回は断るのか。
ご興味惹かれましたらご発注いただけましたら幸いです。