シナリオ難易度:普通
判定難易度:普通
青く煌めく大海原だ。
王都アーシェラルドから白い帆を掲げる大船が出港した。
三本マストに帆は風を孕んで膨らみ、船は波を掻き分け進んでゆく。
船の甲板に緑色の瞳の少年が立っている。
吹き渡る海風にミディアムの白髪を揺らす少年の顔色は青かった。
ドライメン傭兵団の生き残りにして『皇の目』『神将殺しを撃退した者』にして『神滅剣破り』ハック=F・ドライメンだ。
佇むハックの傍らに人影が一つ寄ってきた。
艶やかに長い黒髪を後頭部で結い上げ暗赤の甲冑に身を包んでいる女騎士アデルミラだ。
「どうした。かなり調子が悪そうだが、船酔いか?」
「あぁいや……そういう訳じゃ、ないんだけど……」
ハックは心配そうな視線を向けて来ている帝国騎士へと苦笑を返す。
少年の顔色が悪いのは、肉体的なものが原因ではない。多分に心理的なものに起因していた。
(アテーナニカ陛下とベルエーシュが同時だなんて、そんな事が起こるのか?)
恐れ多い遥かな雲上人である帝国皇帝。
半年前にハックがその手で首を落としかけたフェニキシアの女王。
それが同時に揃っている。
気が重い。
気まずい。
気分が悪い
単体では「まぁそんなこともある」で片づけられるかもしれないが、重なるとそう簡単には行かない。
それとなくオブラートに包んでその事をハックが述べると、女騎士は呆れた顔をして、
「そんなに嫌なら断れば良かったろうに少年。まぁ貴公がいてくれた方がこちらとしては頼もしいが、相手の都合を考えないメティス様や我々でもないぞ?」
「嫌って訳じゃないんだ。ただ気が重いだけで……」
それに、とハックは言葉を続け、顔を上げた。
「仕事とあらば受けないわけにはいかない。帝国のやっていることが上手く行っているなら、その力添えには……」
するとアデルミラは翠色の瞳を驚いたようにパシパシと瞬かせた。
「……そうか。それは、すまんな。有難う。帝国騎士として礼を言う」
ポニーテールの黒髪女騎士は頭を下げてきた。
ハックは軽く手を横に振り笑って、
「そう畏まって言われる事でもないよ。僕としても確かめたいんだ。貴方達の帝国が掲げるものが、一体どんなものを築いてゆくのかを」
その掲げる“正義”に、己の生きる意味を託せるのか――
それを、見定めたい。
船は夏の強い陽射しを浴び煌めく波を割りながら、青い大海を滑るように進んで行った。
●
青海に緑成す島が浮いている。
中央にはこんもりと高い山があり、密林が生い茂っていた。
島の外周は切り立った崖になっている部分が多かった。東側には浜辺があったが、付近に浅瀬が多く、大船で乗りつけるのは困難そうである。
その為、一行は目的の島へと近づくと、大船からボートへと乗り換えていた。
絹糸のごとく滑らかな黄金の髪が海風に揺れている。
ボートの上に乗馬服姿の十六歳の少女ベルエーシュは腰を降ろして、彼方の空を眺めていた。
紫髪の皇帝アテーナニカはメティスやアデルミラら護衛騎士達、そして恐縮しているハックと言葉を交わしつつ時折りベルエーシュへと声をかけ、女王はつっけんどんな調子で返事をかえしている。
ハックは言葉をかわす皇帝と女王の姿を無言で視界の隅に入れていた。
本来、イル・クアンの野で死していたであろうベルエーシュがここにいるのは、ハックの選択の結果である。
(それがこの先どんな未来をもたらすのかはわからない)
ただ一つ解っているのは、
(胃が痛い……)
現在のハックは大変気まずい、という事だった。
全体を見渡せるようボートの後部に座っている雪色の髪の少年は、表情は平静を保ちつつも顔色悪く、さりげなく胃のあたりを手でさすった。
ハックが精神的負荷に耐え続ける事しばし、やがてボートは白浜に乗り上げた。
夏の太陽を浴びながら熱い砂の上に降り立つ。
砂の感触は柔らかく金属製のグリーブが少し沈んだ。
「情報によればハンノ殿達が拠点としてる洞穴はあちらだそうです」
メティスが長杖を彼方へと翳す。
その先には入り江が見えていた。
一行は小さな賢者が示す先へと向かい進んだ。
●
青が陸へと喰い込んでいる。
入り江だ。
奥に岩の隆起と黒々とした穴が見えた。
洞穴である。
内部に水が差し込んでいる。
ハンノ達はあの入り江の洞窟を拠点としているらしい。
しかしハック達は多数の人影に囲まれていた。
周囲に転がる多数の大岩の影から、突如として武装した多数の男女が飛び出してきたのである。
トラシア大陸で東服と呼ばれる独特の衣服に身を包み、同じく特徴的な武器を手にした彼等を指し『ルビトメゴル』とメティスは言った。
世界帝国ヴェルギナが崩壊した後の大陸で強勢を誇っているという、人類世界の東の果ての一大強国だ。
ハックは素早くブロードソードを抜き放ちラウンドシールドを構えながら胸中で嘆いた。
(ああこのっ、なんでこんな状況でよりによって……いやもしくはこれすらも誰かが仕組んだというのか?)
そんな疑念が脳裏をよぎったが、少年はそれを振り払った。
今はまず目の前の脅威に対応するのが先決だ。余計な事は考えない。
<<アデルミラ、陛下と女王は任せた! メティス殿、三手で一気に数を減らします! くれぐれも無理はなさらずに!>>
アデルミラとメティスへと念話を送り連携の段取りを合わせる。
<<承知しました!>>
<<了解!>>
メティスの瞳が金色に変貌し、アデルミラが長剣を抜刀しつつアテーナニカの傍らへと駆け寄り凧型盾を構える。
ベルエーシュが剣を片手にアデルミラの傍らへと寄り、紫髪の皇帝はその場から動かず、ゆっくりと剣を抜き放った。隙だらけの佇まいだったが、落ち着いてはいた。
ハックら護衛達を信頼しているのか、それとも自らの生死を突き放しているのか、あるいはただの虚勢であるのか、別の理由があるのか、その判別は表面からはつかなかったが。
遊牧の民族服に身を包んだ男が大薙刀を振り上げ、振り下ろしながら突っ込んで来る。
ハックは霊力を全開にブロードソードを振り上げ前方へ飛び出していた。
オーラを纏う刀身が白い残光を宙に曳きつつ翻る。
白い一閃が、大薙刀の刃がハックへと届くよりも前に、薙刀男の肩口へと入る。
硬い手応えが刃を通して腕に伝わった。
服の下に硬いものがある。何かの防具――恐らくは鉄片や鎖帷子など――を仕込んでいる。
しかし、強力な破壊力を誇るハックの剣は、猛撃によってさらに破壊力を増し、鎖の防御の上から、その強烈な衝撃力を貫通させた。
「がはっ?!」
男が目を剥き苦悶の息を吐きながら態勢を大きく崩す。ハックはさらに間髪入れず身を捻りざま心剣ブラッシュを一閃した。
(――手加減していられる状況じゃない)
狙い澄まされ逆袈裟に一閃された白光のブロードソードが、唸りをあげて男の首の右側から入り左側へと抜けてゆく。
真っ赤な血飛沫が噴出し、首を刎ね飛ばされた男の骸が白い砂浜上へと崩れ落ちてゆく。
(まず一人!)
しかし、十字槍を手にした紅白の小袖に紅の袴姿の黒髪娘が、怯まずに突進して来て穂先を鋭く突き出して来る。
ハックは素早く左手に構えた円型盾を翳した。
傾斜された盾の表面と鋼の刃の切っ先が激突し、ぎゃりと鈍い音を鳴らしながら刃先が滑りハックの脇の空間へと逸れてゆく。
白髪の少年は穂先を流しつつ一歩をさらに踏み込む。ブラッシュを反撃に一閃、十字槍娘の身を斬り裂いた。その左右から新手の男女がそれぞれ金棒と打刀をハック目がけ振り下ろす。
ハックは身を捌くと金棒をかわし、打刀の斬撃をブリガンダインの装甲の厚い部分で受け止めた。強烈な衝撃に息が詰まるも、耐えられない程ではない。倒れずに踏みとどまる。
他に三人程をメティスが抑え込んでいたが、フリーなもう三人ほどがハックとメティスの間を抜ける進路でアテーナニカ達の方へと駆けてゆく。
<<閃光弾を使う!>>
ハックはアデルミラへと念話で合図を送ると、即座に女騎士へと向かい閃光弾を撃ち放った。
眩い光球が皇帝を狙う者達の背を追い抜いて飛び、アデルミラが翳した盾に激突、爆ぜると共に猛烈な光を周囲へと撒き散らしてゆく。
光を直視した者達の動きが鈍り、大気を震わす轟音が連続して鳴り響く。
アデルミラが翻した長剣から飛び出した二連の破神の閃光がルビトメゴル人の男を連続して強打し吹き飛ばした。
<<易々と陛下に近づけると思うなよ下郎どもめ!!>>
女騎士の叫びが敵味方全体の念話領域へと響き渡ったのだった。
●
刺客達の数は多かったが、ハック達の奮戦により瞬く間にその頭数を減らされると、彼等は踵を返し速やかに撤退に移った。
<<不用意に追う必要は無い。皆、よくやってくれた>>
土地勘の無い場所の為かアテーナニカは一同へと労いの言葉をかけると共に追撃を中止させた。
(急な状況だったから生かす戦いはできなかったけど……)
一人くらい、生きている人間はいないだろうか?
ハックはそう思い護衛達と共に倒れている男女の息を確かめた。しかし全員が既に事切れている様子だった。
「一人残らず……?」
ハックが眉を顰めると、
「おかしいな。少なくとも最後の一人は私は殺さぬように手加減したんだが」
アデルミラがそう言って、不気味そうに周囲に倒れ伏している異国人達を眺めた。
「一体誰が、何の目的で襲ってきたのか……」
白髪の少年が疑問を呟いたが、骸達は黙して語らなかった。
●
永世中立共和国アヴリオン。
議長の屋敷。
渇いた硬質な音が断続的に響いている。
「西の皇帝、例の海賊の説得に成功したそうですよ」
東服に身を包む青い髪の女が、白い手をボードの上に伸ばしシャンチー(将棋)の駒を動かしてゆく。
「ヴェルギナの皇族達には不思議な手管があるよねぇ。まぁない奴もいたけどさ。アテーナニカもそれを持っているのかな」
ボードが置かれた卓を挟み、差し向かいに座っている薄紫髪の男がにこやかに答えつつ、彼もまた手を伸ばして駒を動かした。
「総督崩れの旧主であるベルエーシュが自らついていったのですから、そう不思議な結果でもないのでは?」
「それもそうともいえるね」
「皇帝の一行は道中、異国の刺客達に襲われましたが、それも返り討ちにしたとか」
「強いねぇ」
「今回も例のアヴリオンの傭兵――神滅剣破りのハック=F・ドライメンがいたそうです」
「ああ、聞いた話では彼はかなり西の帝国に肩入れしているようだねぇ」
「何故なのでしょうね」
「さてねぇ……彼はこの先もずっとそうするだろうか?」
「情報によれば、彼の育ちは傭兵のようですからね。あまり傭兵らしくはない人となりではあるそうですが……しかし、それでも今も傭兵として生きている。昨日の味方が今日の敵、を地でゆくのが傭兵でしょう。一体何を考えて帝国に力を貸しているのか……」
「尋ねられるものなら一度直接尋ねてみたいものだねぇ」
「議長は、伸るか反るかは、あの少年の存在が大きいとお考えで?」
青い瞳が男を見た。
タオ・ジェンは女へと頷き。
「ハック=F・ドライメンを帝国固有の戦力と考えて良いなら、アテーナニカ達には合格点をやっても良い。けれど神滅剣破り抜きとなった場合……さて、それでも帝国にアヴリオンの未来を賭けるのは賢明といえるかい?」
「そうですわねぇ……でもそうはおっしゃっても、この結果が出た以上、道は半ば定まったようなものでは? 今回の襲撃に際し『失敗したのは手引きが不十分だった為だ』と父様達の一部は我等に不満を持ち始めましたよ。まぁ気に入られていないのは前々からかもしれませんが」
「武力以外に価値が無い連中が、武力で敗れた責任を我等に押し付けようとするのは、ああ、実に我等の親父殿達らしいな」
ククッと喉を鳴らしタオ・ジェンは嘲笑した。
「場を設けたのは貴方でしょう」
「チャンスはどちら側にも公平にあげたつもりなんだけどねぇ。いや、むしろ親父殿達の方が有利とさえいえた。侮ったのは親父殿達の失態だ。本当に本気でやったのなら、こうはならなかった筈だ。だが、侮った。悪い癖だ。致命的な癖だ」
若く見える老人がシャンチーの駒をボード上に置く。
パチン、と乾いた音が鳴り響く。
「王手――まぁ最後は好みかな。生きるも死ぬも好きなほうについた結果であったほうがスッキリするさ」
「……ああ、投了ですわ。参りました。なるほど、まぁ貴方様がそうご判断なされたのならそれにわたくしは従いますけれども……でも……あちら側が我々が差し出した手を取ってくれるかどうかは、また別問題ですわよ? なにせ色々やってますからねぇ、わたくし達」
「アヴリオンには価値がある。それにまだ決定的にバレてはいない。怪しいとは思われているだろうが、尻尾は掴ませていない」
「蝙蝠ですわね。自分達には価値がある、本当に?」
「弱小中立国家の外交なんてそんなものさ。鳥でもなく、獣でもないんだ我々は。それを潔しとしない狂人もアヴリオンにはいるが、それは幻想に過ぎない。無けりゃ滅びるしかない」
「議長は市長が好きですねぇ。ごもっとも」
「それは違うなぁ。嫌いなんだよぼかぁあいつが」
中立都市の男女は、ボード上に駒を並べ直すと、また新たなゲームを開始したのだった。
成功度:成功
獲得実績:海賊ハンノ説得の際の要人護衛を無事に果たした