シナリオ難易度:普通
判定難易度:普通
雲一つ無く澄み切った青い空だ。
1205年春、南海に浮かぶ小島グルガルタ。
白く燃える太陽が強烈な閃光を放っている。
「はっ、勇者を求めると聞いたが……この軍勢規模を見るにありゃマジの奴だな」
濁った声が低く響く。
三白眼の紅瞳が鋭く細められている。
筋肉質に鍛え抜かれた褐色肌の体躯、身の丈は三クビトと三十八ディジット(およそ187センチメートル)はあるだろうか。
灰色の荒れた髪が長く伸び腰ほどまでに届いている。頭頂部付近の灰髪の間から狼の耳が覗いていた。セリアンスロープだ。狼の半獣人。
齢はまだ若い。二十代前半だろう。
袖が短く前の開いた赤色の上着を纏い、革の胴鎧を身につけ、長い洋袴を穿いている。
腕には前腕部をすっぽり覆い、シルエットを大きく見せる程に大きな漆黒のガントレットが嵌められていた。
名をロア・アルフォンス。
狂犬。野良犬。そして――眷属喰い。
普段の素行の悪さと『眷属(ゲノス)』を討伐して名を挙げたことからそのように呼ばれていた。
「人類種の敵がゾロゾロと雁首並べて来やがってる」
眷属喰いの狼の紅の瞳が見つめる先、北方に広がる平野よりゲノスの軍団が南下を始めていた。総勢六〇〇を超えるだろうか。
南方背後に在るグルガルタ島唯一の町ラリラトヴの要塞化を阻まんとエスペランザ島の『異貌の神々(ディアファレテオス)』が送り込んできた尖兵だ。
世界の――人間にとっての――敵である。
(まぁ俺は勇者とかいうガラじゃ無ぇが、何かがまかり間違って俺が勇者になっちまったら、たまらなく愉快だろうな)
人類種の敵であるゲノスを討伐して名をあげたロア・アルフォンスだったが彼は生来の悪党だった。そして、己が悪だという自覚がある。
<<おいてめぇら、この女の言葉は聞いたな?>>
狼耳の偉丈夫はアゴをしゃくって銀髪エルフ娘を指し、居並ぶ傭兵達へと念話を飛ばした。
<<ピュロスは本当に狂犬だの野良犬だの言われているこの俺に、てめぇらの命を預けるそうだ>>
ロアの副官としてつけられたキルケーは、連合王国正規軍所属のそれなりに高位の祈士だ。ロアが一人で言っているなら詐称もありうるが、ヘリオタイの光導兵長も言っているなら間違いはない。
狂犬の評判を知っていてかつその評にあまり好意的ではないらしい傭兵達が忌々しそうな表情を浮かべている。数は傭兵隊全体の三割程だろうか。
逆に面白そうな表情を浮かべている者達も居る。そちらの数は二割といった所か。
残りは好嫌双方の感情を共に表情に出していなかった。何も感じていないのか、あるいは腹の底を隠しているのか。
ロアは嘲るようにハ、と鼻を鳴らすと、牙を剥くように口の両端を吊り上げた。
<<笑えるだろ?>>
居並ぶ一同へと問いかけ、狼人は喉を鳴らした。
<<気でも狂ったかあのジジイ? 普通ンなことしねぇっての>>
返事は返ってこなかった。
雇い主にしてゼフリール島の覇王は傭兵達から恐れられている。公然と罵るのはロアのような一部の人間のみだろう。
ピュロスに忠誠を誓うキルケーが、ロアの言動に対し苦虫を潰したような表情を浮かべていたが、今は邪魔はしないと決めているのか口は挟んでこなかった。
ロアは傭兵達を睥睨した。
<<だがまぁ、面白ぇ>>
三白眼の紅の瞳に鋭い光が宿っている。
<<退屈しねぇ>>
紅の奥に憎悪が燃えている。
<<面白ぇのは良い事だ>>
砂埃を巻き上げて熱い風が吹いていた。
<<勝てばより一層、面白いだろうよ>>
低く濁った声が響いてゆく。
勝負は勝てば天国、負ければ地獄。
ガルシャの貧しい商家に生まれ、路地裏でチンピラのように生きてきた狼は、その事を知っていた。
<<――行くぞてめぇら。あのジジイの期待に応えてみやがれ>>
セリアンスロープの偉丈夫が号令を発し、五十人からなる傭兵隊が動き出した。
●
西方には丘と山とが広がっている。
より高所を取れれば優位を確保できるが、丘上にはトラシア大陸三勇者のジャスティン隊が守りについている。そう簡単に登れるものでもない。
故にゲノスが困難な道をわざわざ選ぶはずが無いと、ロアとしてはそう思う。
(来るならまァ、ガラ空きの東だろうな)
右翼のパルメニオン隊の東側には、遮蔽の無い平坦な草原が広がっていた。
部隊の展開がしやすい地形だ。射線も通しやすい。
故にロアは側面攻撃に備えて、自隊をパルメニオン隊の後方へと移動させた。
北の草原に異形の生物が群れていた。
直径六クビト(約3メートル)程の球形の胴より二本の足と鎌のような折れ曲がった腕を生やし、背からは長い尾が伸びている。胴が横に裂けて巨大な口となり、口内にはびっしりと無数の牙を生やしていた。
口牙兵と呼ばれるゲノスだ。口の奥から閃光を吐き出す。
三〇〇を超える口牙兵が緑成す草原にて横一線に並び南下して来ている。
その背後には体長四クビト(約2メートル)程の、人間の如く直立した蜥蜴のようなゲノスが、やはり三〇〇体以上横一列に並んでいた。
右手に短刀を、左手に盾を持ち武装している。接近戦に長ける俊敏なゲノスだ。
ロア隊の前方に立つパルメニオン隊は二列横隊で並び腰を落とし、一列目が盾と剣を、二列目が槍を構えている。
平均的な体格の人間ならば、ロア隊の位置からは前方を見通すには支障があったが、ロアは長身であったので、居並ぶ兵達の後ろから彼方を見通す事が出来た。
ロアの見る所、戦列幅はゲノス側の方がかなり広い様子だった。
トラペゾイド兵の最前列がおよそ一五〇人であるのに対し、ゲノス側は三〇〇体で体躯も大きかったから、倍以上ある。
巨体を誇る口牙兵の群れが、地鳴りの如くに足音を唱和させつつ緑成す草原を南下して来る。
彼我の距離が詰まってゆき、およそ四半スタディオン(およそ50メートル)に達すると巨大な顎を上下に目一杯に開き、喉の奥から眩い光を膨れ上がらせた。次の刹那、轟音と共に光が真っ直ぐに伸びる。
三〇〇を超える爆光の嵐が解き放たれ、目を灼かんばかりの光量が草原に荒れ狂う。
最前列に立つトラペゾイド兵達の盾が輝き長方形の光の障壁が盾を中心に発生した。破神盾だ。一五〇もの光の盾がまさしく壁の如くに立ち並ぶ。
迫る光波の群れと光の壁とが激突し、凄まじい爆音を轟かせながら爆ぜ砕け、光の粒子を激しく撒きながら散ってゆく。
後列のトラペゾイド兵が槍を光障壁の脇から突き出し、爆発的な重低音を轟かせながら穂先より閃光を撃ち放った。
矢の如き光達が尾を曳いて次々に飛び、口牙兵の身や口内に突き刺さって爆裂、血肉を飛び散らせてゆく。
痛打を受け、倒れる個体も生じていたが口牙兵の群れは怯む様子なく南下を続け、閃光をさらに発射し、破神盾に激突して光を爆ぜさせてゆく。
彼我の距離が一三ペイス強(約20メートル)まで詰まった時、口牙兵の後列に並んでいた蜥蜴人達がその脇より一斉に前に飛び出した。
短刀と盾を構え弾丸の如くに突っ込んで来る。
口牙兵達は味方の背を撃つ事を恐れてか射撃を停止し、巨体に見合わぬ疾風の如き速度で東南及び東方向へと駆け出した。右翼から回り込んで来る動きだ。
やがてトラペゾイド側の戦列と蜥蜴人の戦列が激突し白兵戦が始まった。
その時、
<<行くぞ! デカ口野郎を抑えるッ!!>
パルメニオン隊の後方で待機していた傭兵隊が、ロアの号令と共に動き出した。
<<俺が先陣を切る! てめぇらは俺のケツを眺めながら破神剣を撃ちつつ接近しろ!>>
駆けるロアが爆発的に加速し、東側に展開を開始している口牙兵の群れへと瞬間移動したが如き速度で突っ込んだ。
「ウラァッ!!」
灰色の長髪を持つ狼の半獣人は跳躍すると漆黒のガントレット【ヴォルフスムント】を嵌めた右手を猛然と振り下ろした。
唸りをあげる黒鋼が大地を強打、爆砕して土砂を吹き上げ、衝撃波が円状に爆発的に広がってゆく。
重い波動が居並ぶ巨大なゲノス達に直撃し、その固い皮膚を砕き、鮮血を噴出させ、次々に吹き飛ばし薙ぎ倒してゆく。五体あまりの口牙兵が一瞬で吹き飛んだ。
灰色の長髪を靡かせつつ狼の半獣人はまさしく獣の如き速度で駆けつつ漆黒の拳を振るい円爆を連続して発動させた。円状に広がる衝撃波が次々に巻き起こり、さらに十体を超える数のゲノスが吹き飛んでゆく。
<<てーっ!!>>
銃剣を構える副官のキルケーの念話が味方領域へと響き渡った。
破神の閃光が五十を数える傭兵達より撃ち放たれ、光の雨の如くに次々に口牙兵へと襲いかかってゆく。
パルメニオン隊の東側へと回り込まんとしていた口牙兵の群れが薙ぎ倒され、傭兵達がロアを追って草原を北へと駆け上がってゆく。
進路を塞ぐように現れたロアに対し、後続の口牙兵は大口を開くと口内の奥より光を膨れ上がらせ轟音と共に爆光を撃ち放った。
迫る光波に対しロアは剛腕【ヴォルフスムント】を装着している左拳を払うように振るった。漆黒の籠手と光波動が激突し、光が砕かれ吹き散らされる。
さらに続く口牙兵が次々に北へと動いて射線を確保しながら閃光波をロアへと雨られれと撃ち放ってゆく。
男は素早く草原を蹴って続く一波をかわし、さらに来た光波へと右の黒鋼拳を叩きつけ打ち払う。
十数の光の嵐が連続して迫り、草原を爆砕し漆黒の籠手と激突して光の粒子を撒き散らしてゆく。
集中攻撃を受けるロアだったが、二百を超える口牙兵のすべてが、一秒以内にロアに対して射線を通せるだけの距離を移動出来た訳ではない。その為、さらに後続の口牙兵は前に立つ味方が邪魔で射線が塞がれており、射撃する事が出来なかった。
<<行くぞオラァッ!!>>
ロアは味方が追いついて来ると西へと向かい突っ込んだ。
指揮下の傭兵達と共に突撃、口牙兵へと漆黒の剛腕を振り上げ、渾身の力で振り抜いた。
ヴォルフスムントが口牙兵にめり込み、巨体のゲノスは口の上のあたりを爆ぜさせ赤色を撒き散らしながら吹き飛んだ。僅かな滞空の後、落下して大地に激突して転がってゆき、そしてそのまま動かなくなる。
その間にもロアは、己の北隣で槍を振るっている傭兵へとピッケルのような手先を閃かせ格闘している口牙兵に対し、西へと踏み込んで口牙兵の南側面に回り込むと、黒鋼の拳を叩きつけ吹き飛ばした。
一撃で絶命した骸が奥の口牙兵に激突して態勢を崩させ、生じた隙に北へと向かって三列目となる形の傭兵が大剣を振り下ろして掻っ捌く。
ロアはさらに北西へと踏み込み、北へと伸びる形の口牙兵の列の後方へと回り込むと凶悪な破壊力を誇る黒鋼拳を次々に振るい打ち倒してゆく。
口牙兵達は大まかに東端で北へと列を伸ばして傭兵達と激突している部分と、その味方によって射線が遮られているので、迂回せんとさらに北へと駆けている部分とに分かれていたが、ここで蜥蜴人達の戦列が斬り崩された。トラペゾイド正規軍が破神剣を放ちながら北上してきた為、口牙兵達の間ではここまでの動きの通り北から東へと回り込むか、正規軍に対応する為にその場で南に向き直るかで激しい混乱が発生した。
正規軍の破神の光と口牙兵の光波が飛び交う中、東端にて北へと伸びている口牙兵の列を背後から殴り倒しながら北上していたロアは、敵中に周囲よりも一際大きな巨体を誇る赤い口牙兵を発見した。
ロアは爆発的に霊力を燃焼しヴォルフスムントの破壊力を増大させると、生命力を燃やして稲妻の如く超加速し、赤色口牙兵の背後へと拳を振り上げ踏み込んだ。
刹那、黒い鋼拳が暴風の如く連続して超高速で荒れ狂い、赤色口牙兵の背の骨肉が生じた六つの陥没と共に爆ぜ散った。
背後からの凶悪極まりない暴威に、指揮官ゲノスは成す術もなく血肉を宙へとぶちまけながら斃れてゆく。
すると、ただでさえ混乱していたゲノス達に決定的な混乱が発生した。
一部はそれでも踏みとどまって戦ったが、大半は北へと向かい雪崩のように逃走を開始する。
<<皆殺しにしろ!!>>
<<追撃せよ>>
ロアが叫び、ピュロスからも全軍突撃の指令が発せられ、祈士達は壊走するゲノス達を追った。
そして人間達は異形達の背を大いに打って、やがて全てのゲノスを草原に沈めたのだった。
●
赤く染まった草原だ。
夥しい数のゲノス達が草原に転がっている。
<<ジ――ピュロス、アンタの意図は何だ>>
ロアは草原に立ち、生き残りがいないか確認し息があった場合はトドメを刺して回っている兵達の姿を眺めながら、トラペゾイドの上王ピュロスへと念話を飛ばした。
<<この俺に傭兵隊の指揮を任せるなんて采配、マジで狂った訳じゃねーよな>>
思う。
己が悪名高い狂犬野良犬である事を差し引いても、ポッと出の傭兵に部隊をひとつ任せるのは正気の沙汰ではないだろうと。
しかし、ゼフリールの覇王の称号を持つ男は、その抜擢をさも当然である事のように答えた。
<<我々は大いに勝利した。お前がこの結果を導き出した>>
ロアは鼻を鳴らした。
<<結果論だな。それにこの戦い、俺がいなくともアンタ達は勝った筈だ>>
<<お前は強い>>
覇王たる老人は言った。
<<エスペランザの異貌の神々との戦いを制する為には強力な前線指揮官が必要だ――負けられない戦いで負ける人間を取り立てる方が狂っている>>
ピュロスは淡々と続ける。
<<お前以外ではこの場を勝てても先が無い。あの場にあった我々の最大の勝ち筋はお前だ>>
どうやらピュロスは今回のこのグルガルタ島での一戦だけでなく、エスペランザ諸島での異貌の神々との決戦までを既に見据えているようだった。
<<無論、お前は傭兵だ。依頼を選ぶ権利がある。我々もお前だけに賭けている訳では無い。だがもしもお前も人の世が滅びて困るのなら、この先も協力を期待している>>
<<……そうかい、ま、俺はブチのめすべき敵を指さしてくれりゃそれでいい。次も受けるかは、条件次第だがな>>
かくて、今回のグルガルタ島の戦いはトラペゾイド軍が勝利した。
眷属喰いのロアは傭兵隊を率いて勝利に貢献した事により、一兵としてだけでなく指揮官としての名声も得る事になるのだった。
成功度:成功
獲得称号:眷属喰い
獲得実績:グルガルタ島の戦いを勝利した傭兵部隊長