シナリオ難易度:非常に難しい
判定難易度:普通
(はァ、故郷を奪還ねぇ)
空。
筋肉質な褐色肌を袖の短い赤ジャケットと黒いズボンに包む、長躯の男が宙を舞っていた。
冬の風に靡くボサボサの長い髪は灰色で、頭部からは狼の耳が生えている。
狼のセリアンスロープは紅の瞳を下方へと移し、白浜に続々と上陸してゆく人々の姿を一瞥した。
(――ンなこたぁ俺には関係ねぇが、やる気があるのはイイ事に違いねぇ)
”異神喰い”の二つ名を持つ強力な祈士であるロア・アルフォンスは胸中で独白しつつ、トラペゾイド艦隊の頭上を守るべく飛行するのだった。
●
緑の稲妻だ。
ロアが頭上仰ぎ見た時、その紅色の瞳には緑雷の槍の切っ先が映っていた。
唸る風の音。
男は咄嗟に首を横に振り身を捌く。
緑色の雷光が灰色髪の狼人の頭部を掠め、鎖骨部へと突き刺さる。ジャケットと皮膚とを貫き分厚い筋肉を抉りながら肺へと到達する、その寸前に止まる。
鮮血が溢れ出る。
深々と貫かれていた。
天空からの奇襲だ。直前で気づいたが、咄嗟の防御行動が遅れた。
歯を喰いしばって激痛を堪えつつ霊力を操作する。ロアの体内を巡る霊気が変質し、装甲の低下と引き換えにその運動性が上昇してゆく。軽避祈装だ。
(こいつ――!)
眉間に皺を刻み、紅の瞳を鋭く細めて、頭上より飛来してきた相手を睨む。
ロアの前方で、白い四対の鳥翼を持つ緑肌の女が、緑色の長髪と純白の衣を靡かせながら豊満な身を大きく捻っていた。
記憶の中に、その特徴は在った。
(――大陸野郎がなんか言ってたな、こんな奴!)
翼の翠眼神フテロギュネ。
そういった強力な異神がエスペランザの軍勢には存在していると、勇者ジャスティンが以前に語っていた記憶がある。
彼の話が確かならばその戦闘方法は――
ロアの脳裏に高速で情報が甦る中、人外の美しさと異形の禍々しさを兼ね備える女は激しく独楽の如くに回転した。
樹木の根のように変化している長い左腕が回る肢体の動きに連動してしなり、鞭の如く唸りをあげながら袈裟に振るわれる。
(樹の根っ子みたいに変化伸縮する腕と――)
ロアは霊力を爆発的に噴出しつつ、仰向けに倒れ込むよう体を斜め下方へとスライドさせる。
袈裟に振るわれた根腕がロアの身を掠めながら空間を薙ぎ払う。
回避しつつ記憶を呼び起こす。
ジャスティンが言っていたそれは、確か――
(魅了)
人の心をすっかり惹きつけて夢中にさせてしまう力。
この美しき異貌の女神に心を完全に奪われてしまった者は、彼女を能動的に傷つける事ができなくなり、彼女に命令されるままに動く操り人形になってしまうという。
(魅了だと? 俺をか???)
その情報を思い出した狼のセリアンスロープは口の端を吊り上げ牙を剥いた。
笑顔。
人の笑みとは攻撃行動なのだと誰かが言った。
――魅了するだとっ?! この俺をかッ!!!!
憤怒と愉悦がロア・アルフォンスから爆発的に、マグマのように溢れ出してゆく。逆巻く嵐のような激情だ。
(面白れぇ、やってみろよッ!!
俺ァ自分以外の生きモンは大概下らねぇと思ってんだ!!
異貌の神々サマ愛してますゥ~とでも言わせてみせろぉッ!!!!)
ロアを見下ろす翼の翠眼神フテロギュネの、そのエメラルドのような緑色の瞳が煌々と輝いた。
目と目とが合って、力が流れ込み、ロアの紅の瞳の奥に、脳髄の奥に、魂にまで侵蝕してくる。
閃光のように映像が浮かび上がった。
饐えた匂いの充満した路地裏。
餓狼のような少年少女達の眼光。
貧しい商家。
そこに生きていた人々。
「――――ウォオオオオオオラァアアアッ!!!!」
瞬間、赤眼の若き狼人は咆吼しつつ霊力を全開に噴出し、翼の異神目がけて爆発的に、弾丸の如く飛翔していた。ブーストだ。
魂に侵蝕してくる力をその底から湧き上がる力で押し返しつつ、右手を螺旋に、コークスクリューのように回転させながら、異貌の女神を真っ向から睨みつけつつ、突進の速度を乗せ紫雷の如く突き出す。
マオ・ヂュア、鋼の斬爪。
鋭く伸びる三本の爪の切っ先が閃光と化し、暴風を纏いながら伸びてゆき、女神の美しい緑瞳へと吸い込まれてゆく。
そして、眼球を捻り巻くように醜く斬り抉りながら、その奥まで貫き入って、頭蓋の向こう側までを一気にブチ抜いた。
「ギュウアアアアアアアアアアッ?!」
美しい顔立ち――凄惨に抉られ貫かれている左目とその周囲を除いて――の女神が全身をガクガクと痙攣させながら人離れした、捻り潰された蟲じみた奇声を大音量でその唇から発する。
並の生物ならば、どうみても一撃必殺の致命傷だ。
<<ハッハッアッ!! 一層美人になったなぁッ?!>>
狼の大男は牙を剥き、共通の念話領域へと哄笑を響かせつつ、暴風のごとく身を捻りざま左の爪を相手の心臓を狙って繰り出す。
<<テメェなんぞに心奪われるほど温い生き方してねぇんだよクソがあッ!!!!>>
異貌の女神が必死の様で身を捻る。純白の薄布と緑肌と骨肉とを抉り貫き大量の鮮血を噴出させる。左の鉄爪は女神の胸部を貫いたが、心臓は微かに逸れていた。
「グガァアアアアッ!!」
血染めの女神が緑眼を輝かせながら根状の腕を無我夢中で嵐の如くに振るう。魅了の力が男の精神を侵蝕してゆく。ロアは強靭な心で一度目は防いだが、その集中力は長くは続かない。二度目となる力に精神が冒されてゆき、女神のその右腕のしなる鉄槌撃がロアの脇腹を強打、さらに槍のごとき鋭い左腕がロアの胸板に深々と突き刺さる。骨肉が抉られ鮮血が勢いよく噴出してゆく。
フテロギュネは猛撃を与えてロアの動きを一瞬止めた隙に素早く身を捻った。頭部と胸から鋼爪を引き抜きつつ、翼から霊力を噴出、放たれる弩矢の如く加速する。後方、下方へと向かって。
異貌の女神は、ロアから逃れるべく飛行を開始していた。
<<――逃がすかよぉッ!!>>
二度目の魅了の力に精神を侵蝕されつつも、それでも攻撃意志を失っていなかった血塗れの狼男は命を燃やし猛加速した。
宙に赤を散らしながらもフテロギュネを追い猛加速しつつ、その背に向かい両手の鋼爪を嵐のごとく縦横無尽に振るう。
元は純白であった薄布を赤黒く染め上げて無我夢中で逃げ行く女神の背は間合いの外、しかし大気を揺るがす轟音が連続で響き渡り、振るわれた鋼爪の軌跡より三日月状の光波動が連続して飛び出してゆく。
破神剣。
かつて古のカサドール達が異神達と交戦した際、その勝利の大きな原動力となった技。
刃状の光の群れが次々に女神の背中に、翼に激突しその衝撃力を炸裂させる。
翼を圧し折られた緑肌の異貌の女神は、抉られた眼窩や胸部より鮮血を散らしながら地上へと落下してゆく。
やがて、ロアの感覚はフテロギュネからの霊圧を消した。
(仕留めた)
女神絶命の確信を狼のセリアンスロープは胸中で呟きつつ周囲を見回した。
見やれば、覇王ピュロスと勇者ジャスティンもそれぞれ異神を討ち取っている様子だった。
しかし、ロアは目撃した。
鉄槌パルメニオンが異神が放った閃光の槍に顔面を貫かれ、柘榴のように鮮血と骨肉を撒き散らしながら落下してゆくのを。
パルメニオンを屠った異神も無傷ではないらしく、異神は即座に踵を返し島中央へと高速で飛行してゆく。
ロアは追撃をかけようかと思ったが、自身も深手を負っている身であり、くだされている指令は艦隊弩砲を守る事であった。
地上ではロア達によって守られた艦隊から放たれるバリスタ・ファランクスの支援を受けている祈士達が、蜥蜴人達の戦列を喰い破り、口牙兵へと雪崩れ込んで蹴散らし始めていた。
成功度:成功気味
獲得称号:翼の翠眼神殺し
獲得実績1:翼の翠眼神フテロギュネを討ち取った
獲得実績2:エスペランザ島揚陸戦において制空権を守り切った