シナリオ難易度:非常に難しい
判定難易度:普通
「……彼が王国の“敵”でなかったことを喜んだこともあったけれど、まさかそれを恨む日が来るだなんてね」
腰まで届く長い黒髪の女エルフは黒い瞳を伏せた。
●
『自由交易都市』アヴリオン。
同名の都市国家の中核であり、ゼフリール島のほぼ中央に位置している巨大港湾都市である。
トラペゾイドの『光の都』ケンヌリオス・ヘリオン――大陸との交易航路が遮断され弱体化した――にかわり、現在のゼフリール島では最も栄えている都市といわれている。
戦乱のゼフリール島にあって、永世中立を謳うこの都市国家は、ゼフリール島の諸国家間の物流を中継的に担い、近年稀に見る好景気に包まれている。
多様な店が並ぶ表通りには、民族を問わぬ多くの人々が行き交い、雑多な、しかし力強い活気に満ち溢れていた。
そんなアヴリオンの潮風吹く中心街よりもやや外れた位置に『祈装傭兵組織アドホック』の本部は建っている。
石造りの三階建ての大きな建物で、入口には『翼を広げたハヤブサ』の紋が描かれた看板が下げられている。
一階は依頼受付所であると共に酒場も兼ねていて、並べられたテーブルを囲み多くの傭兵達が昼間から騒いでいた。
その酒場スペースの一角、
「いやぁ、ガラエキアの戦いの時はアンタのおかげで随分と助かったよ!」
茶色の髪と瞳のアンスロポスの青年が、エールの杯を片手に上機嫌に笑っていた。
『神将殺し』と謳われる傭兵ゲオルジオである。
ギルド一階で張っていた所、傭兵ゲオルジオは数日のうちに発見できた。
シラハが何気ない風を装って声をかけ、一杯飲まないかと声をかけるとゲオルジオは気軽な様子で応じた。
同じフェニキシア王国寄りの立場の傭兵として、友誼を深めておくのは悪くない、とでも思ったのかもしれない。
「あらそう? でも、あなただったら私がいなくってもなんとかしたんじゃないかしら」
黒髪のエルフ娘が葡萄酒が入った杯を手に小首を傾げる。
「いや、どうだろうな。ボスキ公ルカはそう舐めて良い手合いでもない」
ゲオルジオは杯から口を離し考えるようにしつつ、
「コンドッティエーレが率いていた傭兵隊は倒せたと思うが、軍全体の勝敗としては、アンタがいなかったら際どい所になっていたと思うよ。フェニキシアは弱兵だしな」
ガラエキア山脈での戦いは結果としてはフェニキシア王国側の大勝利で終わったが、危ういバランスの上での勝利ではあったらしい。
シラハはゲオルジオと卓を囲んで酒杯を交わしつつ雑談を重ねてゆく。
その際、それとなく飲む量を調節し、前後不覚にならないようにした。
黒髪のエルフ娘はうわばみという訳ではなかったからだ。
そうして頃合いを見て、シラハは意識を引き締めた。
念話をゲオルジオへと発する。
声に出さなかったのは、余人に聞かれるのは困るからだ。
<<――少し、真面目な話を良いかしら?>>
酒場内の食器の触れ合う音や客達のさわがしい声が、遠くなったような気がする。
<<マジメな話か……それは、どの程度マジメだい?>>
<<そうね……一国の、延いてはこの島の命運を左右するくらいには真面目かしら>>
<<なるほど、ゼフリール島の命運か、そりゃ確かに真面目だ。聞こう>>
実際、単に一緒に酒飲もうというだけで声をかけてきたのではないというケースも予想はしていたのか、さして驚いた様子もなくゲオルジオが表情を引き締め頷く。
シラハは杯を置くとゲオルジオを見据えて言った。
<<率直に言うわ。
私は、アンムラピを殺すつもりでいる>>
傭兵の青年は訝しそうに片方の眉をあげた。
<<…………それはまた、随分な話だな。しかし、何故、それを俺に言う?>>
<<それは貴方が初夏の祭祀でアンムラピを護衛する依頼を引き受けたからよ>>
ゲオルジオは杯に口をつけてエールを一口飲むと。
<<なるほど……ギルド、じゃないな? アドホックがこの仕事の機密を洩らすとは思えん。アンムラピ殿の身中には既に蟲が入り込んでいるって訳か>
シラハが確たる情報を掴んでいると悟ったのだろう、ゲオルジオは言い逃れは出来ぬと見て、とぼけるのをやめたようだった。
<<あなたは、アンムラピの事についてどれ程知っているのかしら?>>
<<アンムラピ殿か……噂は、色々とあるようだが。噂だろう?>>
<<事実よ>>
シラハはシュッタルナから聞いたアンムラピの悪行について語った。
特にゲオルジオの”本業”の妨げになりそうなものを強調しておく。
ゲオルジオは本来ならば戦いの一線からは退いている身であり、現在ではその本職は交易商人である。かつて所属していた北面傭兵団の仲間達と商会を起し行商をしていると聞いている。
交易のほうはあまり上手くいっておらず、その為、損失補填の為に傭兵を今でも続けているのだとも。
<<ゲオルジオ、あなたは商売において王国との深いかかわりがあると聞いたわ。それが上手く行ってない要因の一つに……あなたがまさに守ろうとしているアンムラピの存在があるとは考えられないかしら?>>
アンムラピによる悪政・治安の悪化・民達への巧みな搾取は、交易商人にとっては好ましくないものの筈である。
<<彼が民に行き渡るべき財を貪ることで、あなたを含めた人々が得るべきものを得られないでいる。彼を取り除けば、あなたも王国の皆も幸せに近づけるわ――彼は、王国の敵よ>>
<<……王国の敵、か>>
青年が杯を卓上に置いた。
ブラウンの瞳がシラハを探るように見る。
<<――三代に渡ってフェニキシア王家に仕えて来た重臣であり、大貴族である天下のイル・ミスタムル侯爵がか? それは、本当に本当か? 証拠はあるのか?>>
ゲオルジオは懐疑的だった。
<<確かに、アンタが語った悪行をアンムラピ殿が行っているという噂は耳にしている。しかし、高位の貴族の周囲には根も葉もない悪評が流される、なんてのはよくある事だ。それらが事実であるという証拠は無い。アンタが言ってる事は、彼に敵対している人間が流している流言飛語じゃないのか? 証拠も無しに断罪できるものじゃあないぜ。だいたい、本当にそれらが事実であるなら、とっくに中央から処断されて総督の座から追われている筈だろう?>>
<<いいえ、事実よ>>
<<断言するね>>
<<ええ。出せる証拠は無いわ。でも事実よ。信頼できる筋からの情報なの>>
<<信頼できる筋か……どこ筋なんだ?>>
<<それは言えないわ>>
<<それで俺に信用しろって?>>
シラハはゲオルジオを見据えた。
<<イル・ミスタムル侯アンムラピは王国の敵よ。でもゲオルジオ、あなたは違う。一介の商人にして傭兵、王国の友とすら言える。だから、私はあなたを殺せない……尤も、実力的にもそれは簡単じゃないでしょうけれど。故に私は、貴方を殺さずに済む形で計画を遂げたいと思っているの>>
<<シラハ、アンタを疑う訳じゃないが、アンタ自身が騙されてるって可能性はないのか? その筋は、本当に信頼ができるのか?>>
<<――ゲオルジオ、護衛から降りてくれないかしら?>>
神将殺しは沈黙した。
黒瞳のエルフ娘は青年の茶瞳を見据えながら言う。
<<降りるとは言っても、表面上は護衛に付いたままでいいの。
ただ、私があなたと数合切り結んだ直後、私が“あなたの虚を衝いて”縮地から暗殺を仕掛けるその時だけ“しくじれば”いい。
それで、全ては上手く行く……どうかしら?>>
<<契約とは神聖なものだ。依頼主を裏切る傭兵は三下だろう>>
ゲオルジオが微笑してシラハを見据え返して来た。
全身が脱力し、さりげなく杯から指が離され、右手が卓の上に置かれる。
一見では、簡単には抜き打ちには移行できない態勢に見える。しかしシラハの目には猛獣がのそりと起き上がり、今にも飛び掛からんと力を溜めているようにも見えた。
<<『銀刃』さん。俺に三下になれって?>>
<<そうね『暴風』さん、契約は神聖なものだわ>>
シラハもまた柔らかく微笑して頷く。
黒い瞳が輝く。
<<けれども――時としてそれよりも大きな、優先すべきものがあるとも思わない?>>
大陸から来た歴戦の傭兵は鼻を鳴らした。
<<裏切りモンがよく言う理屈だぜ、そいつは>>
細身のエルフ娘は首を振った。
<<いいえ、そもそもにアンムラピがフェニキシアを裏切っているのよ。つまり貴方が既にアンムラピから裏切られている。違う?>>
<<…………アンタの言う事が事実だったら、な、まぁ一理はあるかもしれん。だが、証拠が無いだろう。信じるに足る証も無しに信じろってのはアンタ、そりゃ寝言に等しい>>
<<でもそれが事実よ>>
<<……そうかい>>
沈黙が落ちた。
シラハは杯に口をつけ傾けた。残り僅かだった中身は、それで空になった。
「ありがとう、話に付き合ってくれて。飲食代は私があなたの分も持つわ」
「お、マジかい? そいつは嬉しいね。美女と酒が飲めただけでなく奢って貰えるなんて男冥利に尽きる」
黒髪のエルフ娘が軽い調子で微笑んで立ち上がると、茶髪の青年もまた笑って杯を呷って干し立ち上がる。
そうして受付で代金を清算すると二人はアドホックの本部から出て、そして別れの挨拶と共に左右の道へと別れた。
ゲオルジオはシラハに対し、提案を呑むとはついぞ答えなかった。
●
重く荘厳な鐘の音が空へと響き渡ってゆく。
イル・ミスタムル州州都ウガリィッドの城館内に設けられた宴席会場には華やかな晴れ着を纏った男女が参列していた。
諸侯、そしてその近辺に侍る者達だ。
この初夏の祭祀の宴の場に、シラハは儀礼用の服装に身を包み、短刀一本を懐に忍ばせ、シュッタルナの従者として入り込んでいた。
何人かがシラハの顔に見覚えがあったのか「おや?」という風に表情を動かした。そして彼等は宴が始まり主催者の挨拶が終わるとシュッタルナとシラハへと声をかけてきた。
曰く、ガラエキア山脈でのシラハの活躍ぶりは大したもので、そのシラハを従者として連れて来るとはシュッタルナ殿もたいしたものですな、というような、そんな調子だ。
会場内の護衛達のシラハを見る目が鋭くなったのが感じられた。
どうやら凄腕の祈士が入り込んでいるという情報が共有されたらしい。
アンムラピの直衛についているゲオルジオもまたシラハの顔を確かに見た筈だったが、しかし彼は表情を動かさず、また何も言ってこなかった。
やがて収穫祭の宴は進み、この祭の主催者にしてイル・ミスタムル州における王の代行者、州総督、イル・ミスタムル侯アンムラピが、しきたりに従い会場の中央へと進み出てゆく。
アンムラピは若い頃に老化が止まったのか、若々しい長身の肉体を備えていた。
糸目がちだが、美形の範疇に入る青年だった。
色白で柔和な表情を浮かべている。一見ではとても人が良さそうだ。
やがて笛や太鼓の音が響きだし、彼は紋様の刻まれた剣を振り上げると流麗に舞い始めた。
今年の豊作を感謝し、また来年の豊作を請う為に、神に捧げる剣舞だ。
それは王都では女王が行っているが、州都では代行者たる州総督が行っている。
ともあれ、アンムラピは護衛達から一人離れており――好機であった。
傍目には。
少し離れた位置から護衛達、ゲオルジオの目が光っている。
(まぁ、護衛達に間に割って入られそうだけど)
シラハは懐に手を入れ、席から立ち上がりざま短刀を抜き放った。
アンムラピへと向けられた切っ先より紅蓮の輝きが膨れ上がってゆく。
火球だ。
直径にして二ロッド(およそ10m)ほどをまとめて爆熱で消し飛ばす広範囲攻撃。
(これならまとめて倒せないかしらね!)
ぎょっとしたように剣舞を止め振り向いたアンムラピ、護衛達が立ちあがり、黒髪のエルフ娘が向けた短刀の先より火球が撃ち放たれる。
ドン、という大気を揺るがす重低音が轟いた。
ゲオルジオが抜き打ちざまに閃かせた長剣の軌跡から三日月状の光刃波を撃ち放っていた。
(――破神剣!)
火球は、一定の衝撃力が加えられると爆発する。
つまり、火球を射出直後に破神剣を火球へと撃ち込まれると、火球は即座に爆裂し、狙った対象を攻撃できないどころか術者自身を巻き込む、という欠点があった。
無論、それをするには射出する瞬間に破神剣の到達タイミングを合わせなければならないから、極めて難易度の高い神業に等しいものであり、容易に可能な事ではなかったが、しかし『神将殺し』は完璧に合わせて来た。
不味い、とシラハが思った時には破神の閃光が一瞬で迫り――そして、際どい所で火球を掠めるようにして空間だけを薙ぎ、彼方の壁にぶつかった。
火球は妨げられる事なく飛び、アンムラピへと直撃、巨大な紅蓮を荒れ狂わせその壮絶な破壊力を解放し、只人であるアンムラピを一撃のもとに消し飛ばした。
会場が騒然とし、
<<おのれ! よくもアンムラピ殿を!!>>
ゲオルジオが憤激したような怒りの念話を全領域に流しつつ、瞬間移動したように加速しシラハへと斬りかかってくる。
唸りをあげて迫る長剣――微妙に大振りで並みの祈士ならばともかくシラハからすると狙いがバレバレな――を黒髪を靡かせつつ細身のエルフ娘は鮮やかに飛び退いてかわし、個人領域でゲオルジオへと念話を発する。
<<一つ聞く。ワザと?>>
<<証拠を見つけちまったんだから仕方ない。さっさと行け! 侯爵からの成功報酬良かったんだぜ! 畜生っ!!>>
どうやらシラハと別れた後に彼の方でも本格的にアンムラピについて調べたようだ。
ゲオルジオもシラハにあそこまで言われてはアンムラピへと疑いをもったのだろう。
それで彼の方で調べてアンムラピの悪行の痕跡を突き止めたのだ。
<<さすがは神将殺しさん、優秀ね>>
<<アンタ、あの後に襲ってこなかったしなぁ。あの時ならアンタだったら俺を殺れた筈だ。何故だ? ああいえば俺の方で勝手に突き止めるだろうと踏んでいたのか? もし、俺がアンムラピの悪行を暴けずに、奴の護衛についたままだったら、どうするつもりだったんだ?>>
エルフ娘はくすりと笑った。
<<その時は貴方にここで斬られていたでしょうね>>
<<クソ度胸過ぎんだろ。イカレてんぜ!>>
<<お褒めに預かり光栄ね。また一杯今度奢るわよ。それじゃあね!>>
<<ありがとうよ! 行けッ!!>>
シラハはゲオルジオと念話をかわしつつ派手に斬り結んだ後、短刀を一閃して後退させる。
そして念話でシュッタルナへと離脱に移る旨を告げつつ、踵を返し縮地で加速して駆け跳躍、屋敷内の窓を突き破って、外へと出たのだった。
●
結果、シラハはイル・ミスタムル州総督アンムラピの暗殺に成功。依頼主のシュッタルナともども無事にイル・クアン州の州都ベールハッダァードにまで逃げおおせる事に成功した。
州総督暗殺という事態に国内は騒然となり、シラハとシュッタルナはイル・ミスタムル州内で指名手配もされたが、州外へは手配されなかった。
アンムラピの親族は国内全域に手配せんとしたが、それに対抗する王家らの力が働いた為である。
「有難うシラハ。よくやってくれたわね。じきに落ち着くから、悪いけどそれまでここで隠れていてくれる?」
という女王ベルエーシュの言葉と共にシラハはベールハッダァードの城館内に匿われた。
王家紋のメダリオンを持っていたシュッタルナは以前シラハに対し「私は女王陛下に非常に近しい方と接触し」などと説明していたが、ビブロス宮中伯どころかそれを通り越して女王ベルエーシュその人がでてきた。
どうやら「こたびの計画について、女王陛下はご存じではない」というシュッタルナの言葉は真実ではなかったようである。
(それとも後から報されたのかしら? それにしては陛下、落ち着いているけど……)
そのあたりの真偽はシラハの視点からはよくわからなかったが、さしあたりこの状況下で国の最高権力者からの庇護を受けられるのは心強かった。
そしてそのシュッタルナだが、彼もまた脱出したワスガンニ家やハニガルバトの一族ともどもベルエーシュによってどこかに匿われたらしい。
女王ベルエーシュはシラハの生家の近辺も守ってくれたようで、シラハの親族達に危害が加えられる事もなかった(ただ、イルハーシスの人々から「例の暗殺犯ってフルーレンさんちのあの……」といった調子で噂の的と好機の目に晒される事にはなったらしいが)。
しばらくの時が経過すると国内にアンムラピの悪行の数々が明るみに出る事になった。証拠の暴露にはゲオルジオやミタンニが活躍したらしい。
そして、この度のアンムラピの暗殺は、暗殺ではなく巧妙に悪政の限りを尽くしていたアンムラピに対する王家からの処断であると公布された。
シュッタルナとシラハは罪に問われる立場から一転し、人々から喝采を浴びた。
イル・ミスタムル州の民衆は歓喜し、他州の民衆の大半も喜び、しかしてフェニキシア国内の一部の人々は暗殺という手段に眉をひそめた。
また、そもそもに、これは王家による陰謀であり、大貴族アンムラピは無実であったのだが、その勢力を恐れた女王ベルエーシュらから罪を着せられ暗殺されたのだ、という言説もまことしやかに流布された。
シラハはシュッタルナと並び国の大病を取り除いた英雄、女王の忠臣、と称賛されると共に、王家の走狗、黒髪の暗殺者、という悪名もまた纏う事となる。
シラハの立場と周囲を取り巻く環境は急激に変化していったが、
「よう『銀刃』さん、元気そうだな。いや、これからはもうセドート男爵と呼んだ方が良いか?」
後に再会した時、昔ながらの調子でゲオルジオが笑って呼びかけてきた。
叙任式はまだなので――あるいはシラハにはフェニキシア王国の貴族になる事を断る、という選択肢もベルエーシュからは与えられていたから――正式に授与された訳ではないが、シラハが辞退しない限りは、今回の功績によってセドート村一帯を領有する男爵にシラハが叙勲される事が内々で決まっていた。
領地に関して代官に任せて税収だけを受け取る事もできるし、自分で村に普段から滞在して統治にあたっても良いらしい。
どうやらシュッタルナが以前に語っていた、
『女王陛下は我々を罰しなどしない。むしろ国の大病を取り除いた勇者達として厚く報いてくだされるだろう』
という言葉に関しては真実であったようだった。
平民が貴族に取り立てられる、というのは、伝統的な身分階層が強固なフェニキシア王国においては異例の事である。大出世といって良かった。
「しかし、なんだな、改めて思ったんだが、アンタ、今回、手段を選んだだろう」
ゲオルジオが言った。
「俺を不意打ちなりして殺しておいた方が確実だった筈だ。だが、アンタはそうはしなかった」
アンタだったらできた筈だが、しかしアンタは俺を殺さなかった、と彼は繰り返した。
「俺は思うんだ。フェニキシア王家も今回、手段を選ぶべきだったんじゃなかったのか?
傭兵として剣を握っている俺が言うのもなんだが、暗殺というのは、あまりに短絡で、そして粗暴な手段だろう。
戦場で正々堂々雌雄を決するならいいさ。正々堂々でなくとも戦場で策略を巡らせるのだって良い。それは戦場の習いだ。
だが、戦場の外の日常の中で暗殺というのはどうなんだ」
それほどまでに追い詰められているのかこの国は、と彼は言った。
「ヴェルギナのアテーナニカだったら、追い詰められていても、それでも手段を選ぶと思う。俺は人を見る目が無いらしいから確実にそうだとは言えないが、俺が知ってる限りの彼女の性格ならそうだ。手段を選ぶ事が良い事なのか、悪い事なのか、俺にはわからん。綺麗事の為に死ねと言われて民や兵は納得して死ねるのか? とな。しかし……好きか嫌いかでいうなら、暗殺という手段は好きにはなれんな、やはり」
贅沢かもしれないが、正直な感情としてはそうだ、と彼は言う。
「シラハ、アンタはそれでもこの国についていくのか? ベルエーシュはおそらく、彼女にとってのフェニキシアを守る為なら、追い詰められたら、本当になんでもやる人間だぞ」
答えなくて良いし、それでも俺は多分、フェニキシア側で戦う事になるんだろうが、などとボヤきつつも、
「正式にこの国の貴族になっちまう前に考えといた方がいいぞ、一旦貴族として国に所属する事になったら、もう後戻りは効かないからな」
などと彼はシラハへとひとしきり言ってから、去っていった。
(本当になんでもやる人間、か……)
エルフ娘は思った。
――ゲオルジオはそう言ったが、彼がそう思っているそれは本当に本当か? と。
なんだかんだ、ベルエーシュも手段を選んでいる人間であるような気がシラハにはした。
今回、暗殺という手段をとった女王派に対し、ゲオルジオのようによく思わない人間は一定数発生している。
ベルエーシュだってそうなる事くらい予想していた筈なのだ。
だから、それを防ぐ為に、アンムラピをシュッタルナとシラハに暗殺させた後、シュッタルナとシラハを州総督暗殺の罪で処刑し、自分達が命じたのだという事実を闇に葬る事もできた筈なのだ。
(たぶん、損か得かでいうならそちらが得という判断もできた筈)
だが、ベルエーシュはそうしなかった。
なんのかんの理由はあるのだろうが、しかし、結局のところ、ベルエーシュはゲオルジオが思っているような人間ではないのではないか、という気も、シラハにはしたのだった。
成功度:成功
獲得称号:フェニキシアの大病を取り除いた英雄
獲得実績1:アンムラピ暗殺を成功させた
獲得実績2:初夏の祭祀よりシュッタルナを生還させた
獲得実績3:ゲオルジオを暗殺しなかった
獲得実績4:セドート男爵叙勲予定