皇帝アテーナニカ「だから貴方の意見を聞きたい」
依頼主・皇帝アテーナニカ(ヴェルギナ・ノヴァ帝国)
概要・論功行賞をどう裁定するかの相談に答える
シナリオタイプ・特殊
シナリオ難易度・難しい
ステータス上限・無し
シナリオ参加条件・PCが「ハック=F・ドライメン」である事
シナリオ中の確定世界線・以下の実績を獲得している。
第二次プレイアーヒルの戦いを勝利へと導き戦功第一と認められる
光陽歴1207年夏。
プレイアーヒルで行われたヴェルギナ・ノヴァ帝国軍とユグドヴァリア大公国軍の激突は帝国軍側に軍配が上がった。
大公国軍は大きな犠牲を出しながらも、しかし崩壊はせずに秩序を保ったまま退却した。
勝利した帝国軍は無理な追撃はしなかった。
プレイアーヒル城塞に一度帰還し陣容を迅速に整え直すと出撃、今度はこちらが攻める番だと言わんばかりに大公国への侵攻を開始した。
この時に帝国軍の総指揮を採っていたのはプレイアーヒルの戦いから引き続いて聖堂騎士団総長シロッツィであった。
彼は帝国最強の騎士と名高いアロウサ騎士伯ハック=F・ドライメンが率いる部隊を作戦の中枢に据え効率的に運用し、次々と大公国軍の前線拠点を陥落させていった。
大公国軍も残存の戦力をまとめこれに対抗せんとしたが、大公国側の動きは兵力の減少以上に精彩を欠いていた。
ユグドヴァリア最強の戦士であり指揮官であったユグドヴァリア大公ソールヴォルフは、プレイアーヒルの戦いにてアロウサ騎士伯ハックが振るった心剣ブラッシュの斬撃によって左手首を切断されるという重傷を負わされていた。
一命は取り留めたソールヴォルフであったが、その傷が元で体調を大きく崩し安静を余儀なくされ、戦線の指揮をとる事ができなくなっていたのである。
プレイアーヒルでの損害によって兵力で大きく劣る事になった上に、頼みの綱の大公すらも欠けたユグドヴァリア軍は大きく弱体化していた。
戦力で大きく上回る帝国軍と雷神ジシュカ譲りの用兵の冴えを見せる司令官シロッツィ、そして無双の働きを見せるアロウサ騎士伯隊の勢いを止める事はできなかった。
数ヶ月が経過した光陽歴1207年の秋には、ヴェルギナ・ノヴァ帝国との国境に接していたユグドヴァリア大公国の辺境州――グルヴェイグヴィズリル州の州都ヴァルハベルグは陥落した。
この州都ヴァルハベルグを巡る攻城戦の際にもアロウサ騎士伯ハック=F・ドライメンは聖堂騎士達と共に先頭に立って斬り込みをつとめ、大いに活躍し武功をあげたという。
重要拠点である州都ヴァルハベルグを陥落させた帝国軍は、そのまま大公国の中央へと雪崩れ込みその版図を喰い荒らすかと思われた。
しかし総司令官シロッツィは、グルヴェイグヴィズリル州を制圧するのみで足を止めた。
冬が近づいて来ていた為である。
古来より、南の大地から北の大地へと攻め込んで、ユグドヴァリアを制圧した軍は、現在のユグドヴァリア人達の祖先しか存在していない。
他は皆、夏に勝ち、秋に勝って北の大地へと雪崩れ込んでも、極寒の冬の到来と共に大敗北を喫し、追い返されるのが常だった。
シロッツィは己達もまた同じ轍を踏まぬよう、冬の到来が迫っているこの時期には、これ以上は奥へは進まない事を選択し、切り取った州を固める事に腐心したのだった。
帝国が新たに獲得した広大な領土――グルヴェイグヴィズリル州には名高い金鉱脈があった。
ヴェルギナ・ノヴァ帝国は軍事上の要衝を手に入れただけでなく、経済的にも巨大なものを手に入れたのである。
対する大公国は国力の大半を失ったと言っても過言ではなかった。
現在、帝国は島内随一の力を獲得しつつある。
だが、巨大になった帝国は問題も抱えていた。
新たに軍事的に重要かつ経済的にも豊かな広大な領土を獲得し、外敵との戦いが一時的にだが休止された事によって、火種がまた燻り始めていた。
火種の名は『派閥』という。
●
皇都ルアノール・ノヴァにある宮殿のテラスからは城下街を見渡す事ができる。
ガルシャ盆地南部の海沿いに存在する皇都の気候は冬の到来が近づいていてもまだまだ温暖である。
秋の目抜き通りには今日も大勢の人々が溢れており、皇都の活気はますます増しているようだった。
アロウサ騎士伯ハック=F・ドライメンはその日、前線のヴァルハベルグから皇都ルアノール・ノヴァへと皇帝から呼び戻されていた。
「サー・ハック、よく来てくれた。プレイアーヒルでの戦い、そしてヴァルハベルグでの戦い、ご苦労だった。とても活躍してくれたとの報告を受けている。良くやってくれた」
明るい紫瞳の若い娘――ヴェルギナ・ノヴァ帝国皇帝アテーナニカは、相変わらずの無表情ながらも、何処か満足そうな気配を滲ませつつそう言った。
彼女は再会するとハックへと労いの言葉をかけ、そして立てた功績に対して篤い恩賞を約束すると述べた。
「最近の調子はどうだ? 不便はないか?」
皇帝はハックへと近状を尋ね、幾つか会話をかわしてから切り出してきた。
「――実は今日、貴方を呼び出したのは、近況を直接尋ねたかったのもあったが、貴方に相談したい事もあったからなんだ」
ルアノール・ノヴァとヴァルハベルグの間は次元回廊で繋がっている為、短時間で往来が可能であり、現在戦線は小康状態ではあったが、それでも有力部隊の長であるハックが前線を離れるのは良い事ではない。
にもかかわらず皇帝がハックを皇都へとわざわざ呼び戻したのは、彼に直接相談したい事があったためらしい。
「帝国の未来を大きく左右する事だろうと思う、そして貴方に与える恩賞にも関係がある事だ」
アテーナニカは言った。
「帝国は新しい領土を手に入れた。そして今、大公国との戦は止まっている。故に春になってまた戦争が再開される前に、これまでの北方戦線での各員の働きに対して評価をくだし、恩賞を与えるべきだという要求が高まっている。私はその要求はもっともだと思うので、これに応えるつもりだ」
要するに、いわゆる論功行賞が近々行われるらしい。
「だけど問題が一つあって――それは今後の対ユグドヴァリア戦において最重要拠点となるであろうグルヴェイグヴィズリル州を誰に与えるかという事だ。その中でもとりわけ豊かな金山を持つ州都ヴァルハベルグ、ここを誰に与えるかが問題となっている」
紫髪の娘は言った。
「私はこれまでの――雷神ジシュカが生きていた頃からの聖堂騎士達の働きを思えば、ヴァルハベルグはガルシャ聖堂騎士団に与えるべきだと思っている。つまり騎士団総長であるプレア侯爵に与えるべきだと思っている」
現在のプレア侯爵はシロッツィだ。
「聖堂騎士達が寡兵でユグドヴァリアの猛攻を防いでくれていたからこそ、帝国はフェニキシアへと十分な兵力を送る事ができて、これを攻略する事ができた。無論フェニキシアの攻略はボスキ公ら南部の諸侯やメティス師、そして当時傭兵だった貴方の働きが大きい」
しかし聖堂騎士団の貢献も大きかったと思う、とアテーナニカは言う。
「だが、フェニキシアを攻略した時は騎士団にまで与える土地がなかった。まず実際に攻略する為にフェニキシアで戦った南部諸侯へと恩賞を与える必要があったからだ。それにフェニキシアはガルシャ北部にあるプレア州からは大きく離れた飛び地になってしまうから、北部諸侯に与えるよりは南部諸侯に与えた方が統治の面から見て効率が良い」
だからあの時は南部諸侯を優先した、と皇帝。
「しかし、今回切り取ったのはユグドヴァリア、北部こそが近い土地だ。今こそプレア侯を初めとした北部の諸侯と彼等に仕えている将兵達が報われるべき時だと私は思う」
ただ、とアテーナニカはぽつりと呟き、発声を念話に切り替えた。
<<ただ、イスクラが――ガルシャ王イスクラが『シロッツィには重要な地は与えるな』というんだ>>
ガルシャの老王曰く、
『あの男は将来必ず陛下のご決定に逆らいますぞ』
と。
シロッツィはジシュカとは違う人間だとガルシャ諸侯を統べているガルシャ王は言った。
敵はその力が大きいよりは小さい方が潰しやすい。
シロッツィは将来的に敵となりうる男なのだから、むざむざ力を与えてやるような事はするなという。
虎に翼を与えるようなものだと。
後々面倒になるだけだと。
<<だからヴァルハベルグはガルシャ王国派には与えずに皇帝派の者に与えろと言う>>
そうして皇帝派の力を増した方が良いと。
<<そう、例えば大公国との戦いで聖堂騎士団にも負けぬ大功をあげている騎士伯――ハック、貴方とかにな。貴方にヴァルハベルグを与えよとイスクラは言っている>>
あるいは臣下の誰にも与えずに皇帝の直轄地とするのも良いだろうとも言ったらしい。
<<だけど、それは公平じゃないと私は思うんだ>>
アテーナニカは言った。
<<働きは報われるべきだ。無論ハック、貴方の武功は大きなもので、私はそれにも報いたいと思っている。だが、聖堂騎士団へはこれまでの働きに相応しい大きな恩賞をまだ与えていない。だからヴァルハベルグは騎士団の総長であるシロッツィに与えて、貴方にはグルヴェイグヴィズリル州の他の都市を渡したいと考えている>>
将来反逆する疑いがあると言っても今プレア侯が反逆している訳ではない、と皇帝は言う。
<<プレア侯爵は総司令としてプレイアーヒルへと押し寄せてきた大公国軍を破り、グルヴェイグヴィズリル州を制圧し、州都ヴァルハベルグも陥落させた。私としてはむしろ良くやってくれてると思う。私はその働きに対して皇帝として信義を示すべきだと思っている>>
ガルシャ聖堂騎士団にはフェニキシアを攻略する以前からの功績もあり、それらの働きに対して、信用できないというだけで恩賞を与えないのは違うのではないかとアテーナニカ。
<<だがイスクラは、長年ガルシャに善政を敷いてこの地を豊かにした賢王だ。昼行燈などとも言われてるらしいが私は彼は賢者だと思う。とても頭の良い人だ。その彼が、プレア侯に重要な土地を与えるな、と断言しているのは、何か意味がある事なんだと思う。よく考える必要がある>>
小娘である私の考えよりもイスクラの考えの方が正しい可能性の方が高い筈だから、と。
<<――だけど、それでは恩賞の与え方が公平ではなくなると思うんだ。己の派閥の者を優先し、他の派閥は冷遇する、という事になると思う。働きと報酬に対する信義が守られなくなる>>
アテーナニカは国の頂点に立っている皇帝こそ公平に信義は守るべきだと思うのだという。
だから、どうすべきか、大いに悩んでいるらしい。
<<私はメティス師にも相談してみた。ヴァルハベルグをプレア侯に与えるか、それともガルシャ王の進言を容れて与えないか、いずれが良いかと>>
するとメティスは、
<<『いずれの道も皇帝として間違いではありません。御心のままにご決断ください。アテーナニカ様が目指す国家への道をお選びください。いずれの選択をしても、私は陛下のご決断をご支持申し上げます』とご返答なされてきた>>
アテーナニカは口から深く息を吐いた。
<<私はメティス師の事をこの世で最も信頼している。だがこの時ばかりは『いずれの道も間違いではない』というのは本当か? と思った。私は、この選択が帝国の未来を決定的に分けるような気がしている>>
だから、と言ってアテーナニカはハックを見た。
紫色の瞳で真っ直ぐに騎士伯の青年を見据えて言う。
<<貴方の知恵を借りたいのだハック。貴方は前線で実際にシロッツィの指揮下で戦っている。そして幾つもの依頼をこなし幾つもの戦場を渡り幾度も修羅場を潜り抜けてきた最強の戦士だ。その視点からしか見えないものがあると思う。だから貴方の意見を聞きたい。どうか聞かせてくれないだろうか>>
皇帝はハックへと問いかけた。
<<貴方はプレア侯爵にヴァルハベルグを与えるべきだと思うか? それともガルシャ王イスクラの進言の通りに皇帝派の人間に与えるべきだと思うか?>>
聖堂騎士団総長シロッツィに軍事上の要衝であり島随一の金山をも持つ州都ヴァルハベルグを与えるべきか、それとも皇帝派の人間、あるいは皇帝自身で抑えておくべきか、その問いに答えるシナリオとなります。
サー・ハックがどのように返答するかで帝国の未来が変容します。
人間万事塞翁が馬というので何が正解かはわかりませんが、島の未来は確実に変わります。