シナリオ難易度:無し
判定難易度:易しい
青い瞳の男が真顔でケーナを見つめている。
アヴリオン市の市長ユナイト・ロックだ。
彼の口から語られた依頼の理念に関して、紫瞳の傭兵娘は正直あまり興味を抱いていなかった。
しかし、
(タオ・ジェンの脅しから逃れ面倒事をなくせるかもしれない)
この点に関しては今のケーナにとって価値があった。
先日、アヴリオンの議長タオ・ジェンより招かれ話を聞いた時、栗色の長髪少女は、
「絶対に面倒くさい事にしかならないじゃん!」
と内心で悲鳴をあげていた。
ケーナが思うにタオ・ジェンのやり口は、飴と鞭とでケーナを縛って意のままに使おうという事だろう。
悪辣な陰謀家にからめとられその手先とされてしまったら、現在の自由気儘な生活はとても送れなくなってしまう。
それだけでもお断り願いたい所だったが、脅しの内容もトラシア大陸の名家出身である少女傭兵にとってかなーり気に食わないものだった。
(コイツ何なの? 今すぐ殺した方が良いよね?)
と思った程である。
その殺意を三クビト弱(約144cm)の小さな身の奥底に沈めたまま解放しなかったのは、仮にうまく殺せて逃げきれたとしても、身分の高い者を殺害した罪で追われたら、それはそれで面倒だったからである。
面倒から逃れる為に、面倒を増やしては仕様がない。
その為に、あの場ではぐっと堪えた。
しかし同時に議長タオ・ジェンの魔の手から逃れる為に、弟のユーニと共にアヴリオンから逃げ出そうと決意してもいたのだ。
そして可能なら友人のズデンカとも合流して安全そうなところを探すか、それも無理そうならいっそのことゼフリール島から逃げ出す方が良いかと考えていた。
――初めてこの島に来た時みたいに、キンディネロスの海を渡るのは大変だろうな。
とまで思っていた所に来たのがこの赤服の男からの話である。
ケーナは紫水晶色の大粒の瞳を探るように市長ユナイトへと向け唇を開いた。
「……作戦行動の間、私の家族を護衛頂けるご提案をされたという事は、議長が既に私に接触し、協力するよう脅迫してきた事はご説明するまでもないようですね」
十二歳程度に見える少女の子供らしいソプラノが室内の空気を震わせると眼前の男は頷き、
「あぁ、やはり家族の安全を引き換えに脅されていたか……過去にもあった事だ。あのルビトメゴルの尖兵タオ・ジェンは、利益と恐怖とで他人を隷属させようとする。奴等は本人よりも本人が大切にしているものを狙う。奴等の手口を、我々はよく理解している」
議長邸でかわされた会話内容をそのまま正確に掴んでいる訳ではないようだが、おおよそのあたりはつけていたらしい。
「だから、どうか安心してくれケーナ・イリーネ。奴等の脅迫に対抗する手段も我々は確保できている」
頼もしい言葉を自信ありげに市長ユナイトは言ってのけた。
本当に実際にその言葉の通りに市長達が、タオ・ジェン達に対する頼りになるかは未知数であったが――
「実は脅迫の対象は家族だけではないのです」
「なに?」
ケーナは今日まで中立独立を保ってきたアヴリオン市の市長を長年続けている男に賭けてみる事にした。
ユナイトを良しとする根拠の確度は高くない。
だが彼女の直感がこの選択が最もマシそうだと言っていた。
「友人であるズデンカ……フェニキシアを拠点に商人を営んでいる者ですが、彼女の商隊を襲うことも仄めかされています」
「フェニキシアを拠点にしている商人ズデンカ…………交易商隊を率いているズデンカ・ノヴァク? 元北面傭兵団の傭兵で、神将殺しのゲオルジオ・ラスカリスの仲間であり、今はフェニキシア王家と繋がりがある?」
ズデンカの商隊の規模はそれほど大きなものではなかった筈だが、そんな規模の商人のことも市長ユナイトは把握しているらしい。
何故、知っているのか疑問な点はあったが――交易都市の市長というのはそういうものなのか、それともズデンカが意外と各国の上層部に顔が利くのか、あるいはケーナの周辺の人間関係をあらかじめ調査してあったのか――理由は定かではなかったが、知っているなら話は早いので、
「ええ、そのズデンカ・ノヴァクです」
と頷いた。
すると市長はケーナの内心の疑問に答えるように、
「私は、異貌の神々との大戦の折り、ヴェルギナ皇帝カラノスからの呼びかけに応えて海を渡りトラシア大陸へと援軍として赴き戦った事があるのだ。異界からの人界への侵攻は人類国家間の争いではなかったし、アヴリオンにとっても他人事ではなかったからな。その際に北面傭兵団とも共闘した。彼女等とはその時に会った事がある……そうか、あの少女と貴方が友人なのか……」
世の中、色々な繋がりがあるらしい。
「それで、タオ・ジェン達は貴方の家族だけでなく友人であるズデンカ・ノヴァクも襲うと? だが彼女の商会にはゲオルジオ・ラスカリスがいる筈では?」
「彼は今、フェニキシア軍で傭兵隊長をしているそうです」
「あぁ、強力な武力が今は傍にいないのか……なるほど」
「この状況には私も困っているのですよ」
ケーナはティーカップを手に取ると茶を一口飲んだ。アヴリオン産の茶は渋みが強かったが、清涼感があり口の中はすっきりとした。
カップをテーブルの上に置き、言う。
「――私はタオ・ジェン議長からの依頼を受ける気にもなれなかったもので、どうしたら平穏無事に逃れられるか、昨日からその事ばかり考えています」
ですので、と呟きつつ栗色の長髪の少女は眼前の市長を見つめた。
「もしもですよ? 私の家族も友人も、状況が落ち着くまでの間は安心できるようになって、脅迫してきた相手が"私とは何の関係もないトラブル"によって大変な事になってくれるのであれば、とてもありがたいですね」
青瞳の男はケーナの視線を受けてしばし無言で思案するようにしてから、やがて口を開き、
「それはタオ・ジェン討伐の依頼は引き受けてくれるが余人に対し、貴方がタオ・ジェン討伐に関わったという事は秘して欲しい、という意味だと取って良いかな?」
慎重にケーナの意志の確認を取って来た市長に対しケーナは頷いた。
「はい。そのようになるならば、私は協力を惜しみません」
すると、
「貴方の家族と友人の安全に関しては責任をもって保障できる。状況が落ち着くまでの間、我々が必ず守り通してみせよう。アヴリオンの独立と自由が保障されるべきであるように、貴方の家族と友人の独立と自由もまた保障されるべきだ。それらが悪辣な武力によって脅かされるのは、アヴリオンの理念に反する」
市長ユナイトは真顔で断言してみせた。
「自由都市アヴリオンの正統なる市民である我々が、責任と誇りを以って、貴方の家族と友人の安全を守り切ってみせる」
しかし、
「だが貴方の事を秘密にできるかどうかは……私にできる最善は尽くす。こちら側の人間に緘口令を敷く事はする。だが、それでも秘密が完全に保てるかどうかは……確約する事が難しい。秘密にしようとする物事ほど、漏れるものだから。ルビトメゴルの耳は悪魔や神々に匹敵はしないが、老人のものほどにも遠くない」
秘密保持のほうは努力はするが100%の保障はできないとのことだった。
後々の面倒ごとを避けるためにもケーナの関与が知られる事はなるべく秘密にしたいところだった。
だがそこが確実ではなくともタオ・ジェンの魔手を払いのけるには他にこれといった手段が無いのが現状でもある。
(……まぁ努力はしてくれるというだけでも良いかな?)
これ以上の条件は望めそうにないと判断したケーナはその条件で依頼を受諾する事とした。
「よろしくお願いしますユナイト市長」
「感謝する小戦姫ケーナ。共に何者からも奴隷とされる事なく一個の人として自由に生きる権利を守ろう」
かくて、ケーナはその後、市長ユナイトと依頼報酬の額の交渉に入った。
ケーナとしては護衛の追加依頼と口止め料を考えると報酬は妥協しても良かった。極論を言えば差し引きゼロでも良かったくらいである。
しかしユナイトは、
「こちらから貴方に参戦を依頼する以上、貴方の家族と友人への護衛派遣は必要経費とするのが妥当だろう。報酬は働きに見合った正当な額が支払われるべきだ」
との事で、ケーナへの報酬を値切るつもりは無い様子だった。
その為、最初に提示された額がそのまま依頼の報酬として約束された。
かくて、ケーナは依頼を引き受け『破滅を呼ぶ者(ストームブリンガー)』タオ・ジェン討伐へと、自由都市の市長ユナイト・ロックと共に乗り出す事となったのだった。
成功度:大成功
獲得称号:タオ・ジェン討伐隊員
獲得実績1:アヴリオン市長ユナイトからの売国奴タオ・ジェン討伐依頼を受諾した
獲得実績2:市長ユナイトへとズデンカの護衛を依頼した