シナリオ難易度:普通
判定難易度:普通
――ヴァルギナ・ノヴァ帝国に付くか、付かないか。
白髪の傭兵剣士ハック=F・ドライメンは、かつての少年から今や青年となり『神将殺しの撃退者』『神滅剣破り』『皇の目』として軍事関係者の間では広く名が通るようになっているが、答えをずっと先延ばしにし続けていた。
ゼフリール島の諸国家間の争乱に関わる依頼に関して、彼が傭兵ギルド『アドホック』を通し引き受ける依頼は、ヴェルギナ・ノヴァ帝国側の勢力ないし人物からのものがほとんどである。
その為、傍目から見れば、彼は既に帝国側に与している人間なのだろうと思われがちだったが――しかし、ハックはあくまで傭兵としての立場を保ち続けていた。
傭兵には依頼を選ぶ権利がある。
今までは帝国側に立つ依頼ばかりを受けていたが、明日からは他国の側に立つ依頼を受ける事にする、という事はまったくもってありえない話ではない。
故に、当事者達の意識は『傍目から見たもの』とは大きく異なっていた。
今日この時、ここに至るまで。
(結論を出す時が、来た)
ハックは思う。
一人の剣士として、それは大いなる誉だと。
剣と盾を手にここまでの出世を遂げるというのは、それは己の武技が優れているという証に他ならない。
しかし、同時に思う。
そうなる事は、
(一人の傭兵として、大いなる恥だ)
ハック=F・ドライメンには誇りがあった。
傭兵の誇りだ。
自由に生きる者としての誇りだ。
――自由と契約を重んじる傭われ者を義理の父に戴いた者が、地位に縛られるのは裏切りに他ならない。
傭兵、金で雇われる者。
世間ではそう蔑まれる事もある。それは事実である。
しかし同時に、誰に雇われるかは己で決めてきた。
気に入らなければ蹴り飛ばし、雇い主を見限って何処へでもゆく。金で雇われるのが傭兵だが、金だけの為に戦う者も一流の傭兵ではない。己が剣を捧げるに値しない者へと捧げる剣は持たない――少なくともハックはそういう傭兵達のうちの一人だった。
心を殺して諾々と主人に従うような、鎖につながれた飼い犬ではない。決して搾取されるだけの家畜ではありえない。牙を抜かれてはいないのだ。
その反骨心と誇りを胸に抱いている傭兵は多い。
ハックもまたそんな誇り高き傭兵の一人だった。
故に心が二つある。
帝国の一人としてその先を見たいという心と、帝国に縛られたくないという心だ。
(帝国の騎士となる……あるいは、断って傭兵のまま生きる……)
人生の、運命の分水嶺。
揺れ動くものが、己の内に存在していた。
いずれの選択肢の側にも、ハックには選ぶべき理由がある。
白髪の傭兵と紫髪の女皇帝が立つ宮殿のテラスには、青い空で輝く春の太陽から柔らかい光が降り注いでいる。
風が緩く吹いて、思考するハックを見つめている紫瞳の娘の髪先を揺らしていた。
ハックの脳裏に光と影とが浮かんだ。
季節は今と同じ春、されど二年も前の春、正義について悩む聖堂騎士レシアと問答した時の、今と似て、されど異なる春の風景だ。
あの時、国境の城塞都市プレイアーヒルへと向かう川沿いの街道にてハックは言った。
大多数の人間にとって、己の“正しさ”というのを持つことは難しいと。
だからそういった人間達にとって、誰かの掲げる“正義”というものは、己の進む道を定めるのにはとてもありがたいものであると。
されど同時に、己の利益がため他人を利用せんとして掲げる正義は、くだらないどころか唾棄すべきものだ、と。
当時の語らいに――己が述べた言葉に――当てはめるならば、今回の叙勲は、己の正義を皇帝アテーナニカに託すという事に他ならない。
(……結局、僕は自分の正義を持てなかった)
思う。
傭われ者で、流されるままに戦って、多くを殺めて、何も持たずに、ここまで来た。
フェニキシア女王ベルエーシュとの戦いでの問答こそがその証左だったろう、と思う。
(僕は彼女の正義を、言葉と力の両面で踏みにじってしまった)
“生き抜け”
最期に義父から授かった言葉。
その言葉が、ハックの原点だった。
しかしそれは、生きる事の他に覚悟を持てないという弱さも同時に、ハックへと与えてしまっていた。
(僕のその弱さが、ベルエーシュの死すら厭わぬ覚悟を否定してしまった)
命ある事こそが何よりも尊い、というのと、ただ心臓が動いて呼吸さえしていればそれで良いのか、というのは相反する価値観である。
ハックはあの時、ベルエーシュのその覚悟を、彼女にとっての正義――それは万人に共通の正義ではなかったが、ベルエーシュはきっとそれを信じていたし、今でも信じている――を言葉と力の両面で、確かに踏みにじってしまっていた。
ハックの降伏勧告とそこに込められた意志、それを汲み取ったアデルミラの決断はベルエーシュの命を繋いだ。
――生きてさえいれば、何かあるだろう?
――何とかなるだろう?
――たとえ虜囚となろうとも、亡国の女王となろうとも、きっと、なにか……!
あの時叫んだハックの言葉は事実だ。
生きてさえいればそこから繋がる可能性はある。
だが可能性は可能性に過ぎない。
虜囚となれば、そこから先の可能性の大半は捕らえた側の――ヴェルギナ・ノヴァ帝国側の――胸先三寸だ。
そして、命が繋がれたからこそ、それは確実にベルエーシュから何かを奪っていた。
しかし――生きたからこそそこから繋がったものも確かにある。
フェニキシア降伏後に、帝国に統治されるを良しとせず、旧フェニキシア海軍の残党が海賊となって暴れ回っていた事件。
最終的にアテーナニカがその首領である元イル・バノン州総督ハンノのもとへと自ら出向いて説得し、治まったが、ハンノへの説得が成功した理由の一つに、女王ベルエーシュが生きていたからというのは含まれるだろう。
ハックは護衛としてついていただけで、皇帝達とハンノがかわした僅かな会話と経歴からのみの判断になるが、元イル・バノン侯であったハンノは、ベルエーシュが決戦で戦死していたならば、彼もまた最後まで降るを良しとはしなかっただろうと思わせる人となりをしていた。
そしてハンノ程に過激な行動に出る者は少ないだろうが、同様にベルエーシュが生きていたからこそヴェルギナ・ノヴァ帝国の統治を現在受け容れている者というのは、一定数存在している筈である。
ハックがベルエーシュを殺さず、それを受けてアテーナニカがフェニキシアの王家を存続させたからこそ、ヴェルギナ・ノヴァ帝国のフェニキシア統治はこれほどまでに上手くいっているともいえた。
少なくとも統治成功の一因にはなっている。
そして統治がスムーズにいっているからこそ、フェニキシアとガルシャの両王国の経済は過去にないほどに回復、発展し、今城下町に見えているような大勢の人々の笑顔へと繋がった。
そういう観点から見れば、ベルエーシュを助命した事は、世の為人の為に繋がったのである。
正義だ。
そう、賢者メティスやその教えを受けた皇帝アテーナニカが掲げる正義だ。
だがそれはかつてのベルエーシュが抱いていた正義ではなかった。
例えメティス達にとっての社会正義であっても、ハックがベルエーシュへとした事には何の変りもなかった。
禍福や功罪はあざなえる縄の如く。
物事は一面だけではなく、複雑に絡み合っているが、しかしそれぞれはそれぞれで独立しており、一方の価値が一方の価値を無かった事にする事は決してない。
真実はそれに対する見方を人が変えようとも、常に真実として絶対不変にあり続ける。
ハックは確かにあの時、ベルエーシュの正義と覚悟を踏みにじったのだ。
(――ならばせめて)
ならばせめて、と思う。
ハックは顔を上げ、緑色の瞳で皇帝の紫瞳を真っ直ぐに見据え返した。
(他の誰かを護る盾となろう。自分よりも強い覚悟を持つ誰かを護る盾に)
アテーナニカの瞳には強い光が宿っているように見える。
前に進む意志の光だ。
ハックはその光に、覚悟を見た。
「――謹んで、その命を承ります」
故にハックは答えた、アテーナニカからの叙任を受けると。
「……そうか、有難う」
皇帝アテーナニカは微笑むとハックの手を取り言った。
「ハック、貴方が騎士として忠誠を誓ってくれるならば、私も誓おう。貴方の期待を裏切らない良き為政者になると、その為にこのアテーナニカは持てる力の限りを尽くすと。どうかこれからもよろしく頼む、この世界をより良い世界にする為に」
かくて、皇帝アテーナニカの騎士伯として湊町アロウサを領地とするサー・ハック=F・ドライメンが誕生した。
帝国騎士となったハック卿はその後、ほどなくして北の戦線へと出陣する事となる。
今やフェニキシア統治を成功させ、その力を急速に増しつつあるヴェルギナ・ノヴァ帝国に対し、ガルシャの雷神ジシュカの病死を知ったユグドヴァリア大公国が、巻き返しを図るならば、老名将の死によってプレイアーヒルの防衛戦力に空白が生じた今しかないと、大軍を動員しプレイアーヒルの前衛砦群へと猛攻を開始した為だった。
ゼフリール島の覇者を定める戦いは、最終局面へと突入しようとしていた。
成功度:大成功
獲得称号1:皇帝の騎士伯
獲得称号2:サー・ハック=F・ドライメン
獲得実績1:叙任『皇帝アテーナニカの騎士伯(ヴェルギナ・ノヴァ帝国)』
獲得実績2:アロウサ騎士伯