シナリオ難易度:易しい
判定難易度:難しい
春の天空は蒼く蒼く澄んで、流れる大河が陽射しを受け煌めている。
齢十二程度にしか見えない、小柄なアンスロポス(人間)の少女、ケーナ・イリーネが傭兵になったのはそれほど昔の事ではない。
彼女が家族と共にゼフリール島へと渡ってきた因果は、先の世界帝国ヴェルギナの英雄皇帝カラノスの崩御に端を発する。
ケーナはさる地方の名家に生まれ暮らしていた。
しかし皇帝死後の後継者争いに巻き込まれ、彼女の一門は敗れ、取り潰されてしまったのである。
家が戦火に消えゆくその直前に、祖父の手配によりケーナ達は大海を渡った。
――親族の多くを失った。
トラシアの大陸人達から見れば人類世界の果ての果て、太陽が終わる処、未開の蛮族達が暮らす大魔境ゼフリールへと、やっとのことで辿り着いた。
生きて西の果ての島まで来れたのは良かったものの――大陸人達が噂するほどには未開の蛮地ではなかったのは良かったものの――それからのケーナ達の生活は、ジリ貧だった。
僅かに九歳の幼い弟と共に生きていかねばならなかったケーナは、生活のため、傭兵になる事に決めた。
――傭兵って結構稼げるんじゃない?
という直感と軽いノリで。
名家の令嬢が放り出された状況としてはかなり厳しいものがあったが、彼女は悲嘆に暮れてはいなかった。
幸いにして彼女には『祈刃(オラシオン・アルマ)』を扱う適性があった。
ケーナが名家の令嬢として受けてきたのは淑女教育であって戦士の訓練ではない。
しかし、彼女の家には一人、祈士である兄がいて、この兄が大変武勇に秀でた人物だった。
兄に憧れたケーナは戦闘の手ほどきを内密に頼み込み、祈刃を扱う適性と共に近接戦闘の才を開花させていたのである。
もっとも兄には一度も勝てた事がなく、他に祈士も知らなかった為、自分の力がどの程度のものなのかは、良くわかっていなかったが。
そんなケーナであったが祈装傭兵組織アドホックの門を叩いてみれば、わりとあっさりと正式に『祈士(カサドール・デ・ラ・オラシオン)』として認められた。
傭兵として登録されギルドに所属する事になったケーナが選んだ初任務は、初心者向けの護衛依頼だった。
崩壊した世界帝国ヴェルギナの後継者であると、人類世界の最果てで自称する小帝国ヴェルギナ・ノヴァ。
その小帝国の田舎にある城村ルアールから、北東の国境の城塞プレイアーヒルへと物資を運ぶ輸送隊の護衛である。
ギルド受付嬢のルルノリア――ケーナは尊敬と親しみを込めてルル姉さんと呼んでいる――曰く
『相当運が悪く無い限り、カカシしてるだけで報酬が貰えますよ』
との事だった。
トラブルが発生する確率は極めて低いと言われていて、天候に恵まれた事もあり、実際にここまでは順調に進んで来ていた。
――このまま、簡単に終わる筈だったのに。
(アタシって運悪い?)
少女の『紫水晶(アメジスト)』にも似た丸っこい紫瞳に、黒い影が映し出されていた。
ケーナが見つめる先、大河の蒼く煌めく水面を割って、全長八クビト(約4m)にも及ぶ漆黒の巨人が上陸してきている。
『眷属(ゲノス)』
異界より現世にあらわれ出でて、人々を殺戮するもの。異貌の神々の尖兵だ。
長く鋭い嘴を備えた鳥のような頭部を持つ漆黒の巨人達は、瞳を赤黒と蒼白とに妖しく発光させ、爪先からも赤と蒼の光を立ち昇らせている。
異貌の不気味に光る瞳が、ケーナ達へ向けられた。
ごう、と耳元で風音が鳴った。
強い風が吹いている。
北部ガルシャ盆地を吹き抜ける春の風は強い。
身長二クビト半とニパルムス弱(約144cm)の小柄な少女の、胸上まで真っ直ぐに伸びている栗色の長髪が、強い春風に吹かれ揺れている。
しかし、
(――あ、でも今が最悪なら、この先は上がるしかないって事だよね!)
常人ならば運命を呪いそうな事態を前にして、ケーナは楽観的結論を一瞬で導き出していた。
基本的に彼女は明るく勇敢で、つまり前向きだった。
迫る事態に恐れなどない。
油断も無い。
緊張はそもそもにしない。
紫瞳の少女の意識は既に戦闘モードのそれへと素早く切り替わっている。
(――赤は力が強くて、蒼は速そう。
当たったら痛そうなのと、良く当たりそうなの、どっちがマシかなぁ?
多分赤い方?
全部避ければいいよね)
高速で現実を分析し、困難を乗り越える為に決断をくだす。
ケーナは新人の傭兵である。
しかしその意識の切り替えの速さは、熟練の傭兵にも匹敵、あるいは、それ以上のものがあった。
決断の速さは、経験や頭脳の回転速度などの他、性格にも大きく左右されるが、人間の性格は簡単には変化しないからだ。
<<アタシは赤い方にしとく。お互い敵を引き付けて、チャンスがあったら集中攻撃狙っちゃう感じでどう?>>
どちらをやるか、という問いかけに対し念話で答えると、聖堂騎士の少女は頷いて
<<異存ありません。その手筈でいきましょう。推して参ります>>
長剣と円盾を構え駆け出してゆく。
ケーナもまたそれに合わせ駆け出した。
腰ベルトから下げているメイスを、籠手を装着している手で握り引き抜く。
この全長一クビトと十ディジット(約60cm程度)程の片手用メイスは、傭兵になった際にアドホックから借り受けたものである。適当に使っても壊れにくい点が気に入っている。
薄茶色の革鎧に小柄な身を包む少女が、濃茶色の革のロングブーツの底で石畳の街道を蹴りつけ加速してゆく。
栗色の長い髪と茜色のミニスカートの裾を靡かせながら駆けてゆく。
下には黒いレギンスも穿いていて、背にはたすきがけにしたベルトによって革鞘が負われていた。鞘の中には片手剣が納められている。
互いにカバーし合える距離を保つ為、レシアと並んで駆け前進してゆく。
紫色の瞳はゲノス達へと向けたまま外さなかった。
だから、ケーナは彼等が彼方で、鳥の嘴のような顎を大きく上下に開き、喉の奥より赤黒と蒼白の光を出現させたのにすぐに気づいた。
――何か……吐き出そうとしてる?
目に見えないモノが渦巻いている。
かつて兄が破神剣を放つ際にケーナに感じさせたものに似ている。
それに気づいた時、ピンと来るものがあった。
<<やばっ! 遠距離攻撃の存在忘れてた!>>
レシアへと念話を飛ばしつつ、膝を曲げ身を低く構える。蒼白と赤黒の巨大な光線波がそれぞれの巨人の口より撃ち放たれる。
光達は瞬く間に人の身の丈を超える巨大さにまで膨れ上がった。轟音と共に一直線に伸びて来る。
狙われたのは――レシア。
蒼白と黒赤の巨大な光波が聖堂騎士へと襲いかかる。
一瞬前にケーナからの念話を聞いていたレシアは射撃攻撃に素早く反応、高速で迫る蒼白の光波を横っ飛びにかわす。
が、続いて迫った赤黒光波をかわしきれなかった。巨大な黒赤光に呑まれ、盛大に吹き飛ばされてゆく。
(カバーしないと)
その思いが脳裏に浮かんだ時、ケーナは即座に前方へと加速していた。
<<アタシを放っておいて良いの? それはとっても勇敢な選択だね!>>
挑発するようにメイスを掲げ、念話をゲノスへと叩きつけるように全領域へ放つ。
突撃してくるケーナを見たゲノス達は、レシアへと追撃を入れるよりもこちらを迎え撃つ方が先決と判断したらしい。耳をつんざく奇怪な咆吼をあげ地を蹴った。
川辺の大地が爆砕され土砂が噴き上がる。
八クビト(約4m)の巨体を誇る、筋繊維が剥き出しになっている漆黒の異貌達が、弾丸の如くに飛び出す。
前傾の姿勢で、大地を揺らし風巻く唸りをあげながら、三クビト弱(約144cm)の小柄な少女へと瞬く間に迫ると、鋭い爪を備えた異様に長い両腕を振り上げ、高速で繰り出した。
蒼い光が、荒れ狂う無数の稲妻の如くに一瞬で荒れ狂う。多段攻撃。
(――速い)
栗色の長髪の少女は、顔面へと伸びてきた左の鋭い爪の先端に対し咄嗟に首を横に振る。
蒼白い光を纏った鉄灰色の塊が、栗色の髪の端を掠めながら抜けてゆく。
間髪入れず斜め上方から右の袈裟の爪撃が降って来る。ケーナは素早く身を捻るように体を捌く。
爪が唸る。風が唸る。直撃をかわす。しかし、爪先が鎖骨部分を掠め、革鎧の表面を鮮やかに斬り裂きながら抜けてゆく。
さらなる横に薙ぎ払うような高速の爪撃。蒼い光を巻きながら閃光の如くに走る。ケーナはたまらず後方へと跳び退いた。かわしきれない。爪先が胴部を掠め斬り、革鎧の内側に貼られた薄手の霊鋼片と激突する。
身を貫いて来る強烈な衝撃に肺が圧迫され息が詰まる。
引き締まった巨躯を持つ蒼い鬼人はなおも止まらない。高速で無数の蒼光を閃かせてゆく。
――死。
それが明確に顕現化された暴威を前にして、ケーナは紫瞳を見開いた。
空気が揺らいでいる。
爪の周囲で見えない力が渦巻いている。
霊気だ。
その流れを感じた。
荒れ狂う死を前に、栗色の長髪の少女は僅かに動いた。一瞬、重力の方向が変化して、横に落下でもしたかのように、地表を横滑るように半歩程度、ほんの僅かに移動する。
蒼光を纏った爪撃の嵐が空間を斬り刻む。風圧で長い髪が揺れる。しかし、爪は今度は何にも中らなかった。
空気だけを薙いでゆく。
爪が走る。少女が僅かに動く。すぐ隣の空間を蒼爪が突き抜けてゆく。
咆吼が聞こえる。
大地が砕ける音が聞こえる。
少女の背後にさらなる鬼人が立った。
陽が翳り、影が落ちる。
筋骨隆々の漆黒の巨人が黒赤の光を纏った大爪を振り上げている。
鳥嘴剛鬼が剛腕を振るう。赤い光が爆風を巻き少女の後頭部へと迫る。
ケーナは後ろに目がついているかのように反応した。
右足を一歩斜め後ろに踏み出し、右足を支点に回転しながら振り向く。
小柄な娘が独楽のように回り、頭部がある位置が螺旋に回転しながら僅かに横へとずれてゆく。
赤黒の凶光が貫いた、先程までケーナの頭があった空間を。
紙一重。
本当にぎりぎりの所で、あたらない。
ケーナの五感は極度の集中により冴えわたっていた。
風圧の揺らぎを感じる。
霊気の渦が逆巻いている。
周囲の様子が見えずとも手に取るようにわかった。
回転と同時にメイスを振りかぶっていたケーナは、霊気の光を槌頭に収束しながらさらに一歩を踏み込む。小柄な身を捻り、体幹と全身の関節を連動させながら槌を振り抜いた。
轟音と共に漆黒の巨鬼の右脚にメイスが炸裂し衝撃が巻き起こる。崩撃だ。
ダメージは通っていなかったが、衝撃により鳥嘴の剛鬼の態勢が大きく崩れる。
紫瞳の娘は、栗色の長髪を靡かせながら疾風の如くに機動する。剛鬼の側面へと回り込み、光輝くメイスを今度は鬼の右脚の膝裏へと撃ち込んだ。二度目の崩撃。
重く鈍い音が盛大に鳴り響き、漆黒の巨人の右膝がその構造に従って折れる。バランスをさらに大きく崩して、ついに片膝をつく。
背後に回り込んだケーナは槌を三度目、最も大きく大上段に振り上げた。今度は霊光は纏わせずに、しかし全身のバネを使い渾身の力を込めて、完全に無防備になっている剛鬼の背中目がけ振り下ろす。
湿った鈍い音が盛大に鳴り響いた。
祈刃としては安物の部類である借り物のメイスは、膨れ上がっている強靭な漆黒の筋肉をものともせずに潰し、その内部を破壊し盛大に内出血させた。
鳥嘴剛鬼の装甲は、ケーナのパワーと片手用メイスでは普通に打ち込んだだけではまずダメージを与えられない程に強靭である。
しかし二度の崩撃によって防御態勢が完全に崩されていた為、剛鬼は衝撃力を逃す事ができず、ケーナの最後の一撃は絶大なダメージを与えていたのだ。
鳥嘴剛鬼が苦悶の奇声を発し、痛打を打ち込んだケーナは即座にステップし間合いを広げる。
次の瞬間、閃光が飛来して鋭鬼に激突し爆裂を巻き起こした。
銀髪の少女騎士が甲高い気合の声と共に駆け込んで来て、引き締まった体形の黒鬼へと斬りかかる。
鋭鬼は後方へ飛び退って斬撃を回避すると、着地と同時に地を蹴って前方へと踏み込み、レシアへと両腕の大爪を振るう。
少女聖騎士は円型盾を眼前に翳すも、嵐のような蒼光の多段攻撃のすべては防ぎきれず、盾をかわされ斬り刻まれ、身体のあちこちから血飛沫をあげてゆく。
先に黒赤光波の直撃を受けて既にかなりボロボロだったが、さらに血塗れになってゆく。
(あまり長くはもたなさそう)
ケーナは剛鬼からの爪撃に対し、斜め前方に踏み込みながらかわしつつ、隣の様子を視界に入れ、そう思った。
レシアと鋭鬼にはかなりの実力差があるように見えた。独力では倒せないだろう。持ちこたえ続ける事も、様子を見る限り長時間は無理そうだ。
レシアが厳しそうだと判断したケーナは、崩撃を剛鬼へと打ち込んで態勢を崩させると駆け離れつつ、メイスを左手に持ち替え、右手で背の鞘から細身の剣を抜刀した。
刃渡り一クビト(約50cm)ほどの片手剣で、これもギルドから借りているものである。
特段目を見張るような性能は無いごくごく一般的な祈刃だが、取り回しは良い。
マルーンの髪を靡かせつつ小柄な少女が駆け、鋭鬼の背後へと踏み込んだ。
突撃の勢いを乗せ、左手に握った光輝くメイスを漆黒の巨鬼の右の膝裏に叩き込む。間髪入れず即座に態勢を大きく崩した鋭鬼のアキレス腱を狙い右手に握った細剣を一閃。
鋭く走った霊鋼の刃が、鋭鬼の黒い筋繊維を深々と斬り裂き、ドス黒い鮮血を噴出させた。
鋭鬼がたまらず片膝をつきながらも、鉄灰色の爪に蒼光を宿らせ一閃する。
<<手足から狙っていきましょ>>
ケーナは後方に跳躍してひらりと爪撃をかわしつつレシアへと念話を発しながら剣を振り上げ、霊力を刀身に集中させてゆく。
着地と同時に細剣一閃。輝く光波の斬撃――破神剣――が振るわれた剣の軌跡よりドン、という大気を揺るがす轟音を響かせながら勢い良く飛び出した。長髪の少女は間髪入れずにさらに地を蹴って、光を追いかけるように前に出る。
破神の光波動が片膝をついている鋭鬼に激突する。爆裂が巻き起こる。強烈な衝撃力に鋭鬼が一瞬怯む。刹那、至近距離まで石火の如く飛び込んだケーナは、細剣を縦横無尽に振るい剣閃の嵐を巻き起こした。
一刹那に無数の剣光が突き抜け、鋭鬼の左足が斬り刻まれてゆく。噴水の如く勢い良く鮮血が噴出してゆく中、ケーナは地を蹴って大きくステップした。
直後、先程までケーナが立っていた位置を暗赤の剛爪が突き抜けてゆく。
<<――了解です!>>
レシアが言って、長剣を振り上げ、刀身に霊力を収束させて突き出した。
大気に轟く爆音と共に矢のような光が宙を走り、鋭鬼の右腕の付け根に突き刺さって爆裂を巻き起こす。
瞳に鬼火のような蒼白の光を灯らせている漆黒の鬼が苦悶の咆吼をあげる。
ケーナは霊力を全開に解放すると真っ直ぐに鳥嘴鋭鬼へと踏み込んだ。
蒼い光を宿した左の爪がケーナの前方より迫って来る。
しかし、地に座り込みながら繰り出されたそれは、既に初撃の頃のような鋭さは無かった。
僅かに踏み込みを横にずらして突撃軌道を変化させ、紙一重で、すり抜けるように爪撃をかわしながら懐へと飛び込む。
右手に握った細身の片手剣を連続して高速で振るう。
斬り刻まれた鋭鬼の身からドス黒い鮮血が噴出した。
その瞳から蒼い光が掻き消える。
動かなくなった漆黒の巨鬼は、ゆっくりとうつ伏せに倒れていった。
その後、ケーナは剣を背の鞘に納め、メイスをまた右手に握ると、レシアと連携して剛鬼にあたった。
剛鬼はなおも闘志盛んに爪を振り回すもケーナにあてる事はできず、レシアの破神剣が炸裂し、態勢が揺らいだ所へ、ケーナはメイスを剛鬼の足へと連打した。
二連の崩撃で膝をついた剛鬼に対し、ケーナは重撃祈装を発動、大きく跳躍した。
宙に舞い上がった少女は、右手に握ったメイスを大きく振りかぶり、空中よりセミロングの髪を躍らせながら座り込んでいる巨鬼へと迫ると、身をひねりざま、鬼の脳天へとメイスを振り下ろして叩きつけ、その頭蓋を一撃のもとに叩き割って、これも仕留めたのだった。
●
(今回は私にも倒せる程度の弱い敵で助かったなぁ)
戦後、応急手当をしながらケーナはそう思った。
今回遭遇したゲノスは眷属としては非常に強い部類の個体達だったのだが、ケーナは自身が強いという自覚がなかった為、そう感じていた。
またそれと同時に、
(レシアさん苦戦してたみたいだけど、今日は調子が悪かったか、それとも戦闘系の騎士じゃないのかな。隊長に必要な能力って一兵としての腕っぷしだけじゃないもんね)
そんな事を思ったりもした。
ケーナが強くなく普通だとした場合、ケーナが倒せたゲノスに力及ばなかったレシアはあまり強くない、という事になるのが自然だからである。
ちらりと視線を向けると、彼女の方でもケーナの事を見ていたようで、その灰色の瞳と目が合った。
「そういえば……ケーナさん、先程は何とおっしゃろうとしていたんですか?」
何の事だろうかと一瞬思ったが、そういえばゲノスと遭遇する前に質問を受けていた事を思い出す。
「あー…………アタシは正直、正義ってよく分かんないんだよね」
十二歳程度にしか見えない外見相応の、少女らしい高音の女声でケーナは答えた。
「今は生きるために稼ぐ! って感じでもうお腹一杯だし。あ、本当のお腹は減ってるよ!」
「……さっきお昼ご飯食べませんでしたっけ?」
「沢山運動したからね」
「そういうものですか」
育ち盛りの少女は燃費が悪いのである。粗食な麦粥の一杯や二杯ではエネルギーを賄いきれない。
実年齢は十五歳――体格が幼いのは成長が止まったのではなく、遺伝的な物である――な少女は言った。
「くだらないかどうかは知らないけど、『正義』が『幸せになりたい』に勝ったことは無いかなー、なんて、適当だけど」
ケーナが明るくあっけらかんと言うと、どこかぼんやりとした灰瞳の少女は「幸せ、ですか……」と呟いて、虚空に視線を漂わせた。
そこには何も浮かんでいなかったが。
「こういう時って追加報酬とか出ないんだっけ? お金がダメなら食料でもいいんだけど」
「そうですね……ケーナさんのおかげで被害が出る事なくゲノスを撃退できましたし、プレイアーヒルにつけたら少しですけど報酬の増額をかけあってみますね。あと今晩からケーナさんのご飯の量増やしましょうか。倍くらい食べられたりします?」
「えっ、いいの?! やったー!! うんうん、なんなら三倍でも食べられるよ!」
セミロングの髪の少女はアメジスト色の瞳をキラキラと輝かせ喜んだ。
貰えるお金が増えて、食べられるご飯もとっても増える、これ以上幸せな事があろうか?
「悪い事の後はやっぱり良い事あるもんだね!!」
ピンチはすなわちチャンスでもある。
昔、兄が剣の手ほどきの最中にそんな講釈を述べてくれていたような気がしたが、それは事実であったのだな、と実感する。
「三倍……」
「ふっふっふっ、これは早く家に帰って弟にお姉ちゃんの初陣勝利を自慢してやらねば!」
レシアが驚いたように呟いていたが、ケーナの意識はすっかり東の方角へと向いていたので聞こえなかった。
弟ユーニと二人で暮らすアヴリオンの安宿が、今の彼女の新しい家だった。
成功度:大成功
獲得称号1:小さいけれども大型新人
獲得称号2:食いしん坊万歳
獲得実績:聖堂騎士レシアに自身の考えを話した