シナリオ難易度:難しい
判定難易度:難しい
強い――
振り向き、襲撃者の姿を視界におさめた瞬間、ケーナ・イリーネはそれを直感した。
フード付きの長衣に全身を包んでいる小柄な娘は、紫色の瞳を大きく見開きつつ強張った動きで剣の柄へと手を伸ばす。
不意を打たれ、驚愕し慌てたようにも見える――
その動作は、演技であった。
ケーナは奇襲されたこの段にあっても、襲撃者を欺き有利を確保せんと計ったのである。
<<ケェエエエエエッ!!>>
大振りの薙刀を振り上げた矮躯の男が迫る。
身の毛もよだつ獣の叫びのような念が意識に侵攻してくる。
雷光の如く長柄が袈裟に振り下ろされ、爆風を巻き刃が唸る。
目にもとまらぬ速度で突き抜けた鋼の閃光は、空間ごと長衣を真っ二つに断裂せしめた。
しかし、その場に二つに断たれた肉体が転がる事はなかった。
断たれた布切れが空間に舞うのみで、中身は既に掻き消えている。
「うおっ?!」
長柄を振り抜いた矮躯の男の右手前方で驚愕の声があがる。
視線を向ければ十二歳程度に見える栗色の髪の小柄な娘が、二刀流の長身の男を地に押し倒していた。
ケーナは縮地で猛加速して長柄の斬撃をかわすと同時、極限まで精神を研ぎ澄ませながら霊力を集中、低く踏み込みながら長身男へと体当たりによる崩撃を仕掛けその体躯を後方へと転倒させていたのである。
男を仰向けに倒したケーナは、その勢いを殺さず流れるように素早く馬乗りになると、痛みを堪えつつ鞘から細剣を引き抜く。
痛み――
演技によって僅かではあるが油断を生じさせ、ローブ残しの目くらましによって虚を突き、首尾よく二刀男を転倒させる事に成功したケーナだったが、この時彼女もまた無傷では済まなかった。
最初の長柄の一撃がかわしきれず、彼女の身まで届いていたのである。
(――やっぱり、手練れだねぇ)
長柄の刃は少女の肩から背を掠め斬り、革鎧を裂いてその下の肉体に浅くない傷を負わせていた。赤い血が溢れ出して来る。
――出し惜しみはしない。
最初から全力であたるつもりではあったが、襲撃者達の技量を実感したケーナは改めてその思いを強めた。
負傷と引き換えに掴んだこの好機を逃す訳にはいかない。三人を相手には初撃、一人目こそが勝負の分かれ目だと、認識していたからだ。
紫色の瞳の小柄な童女は霊力を全開に解き放つと細身の刃を、己が跨ってる男がかぶっているグレートヘルムとサーコートの間に滑り込ませ、そのまま押し当てながら横に滑らせた。
ギルドから借りている祈刃は、名刀という訳ではなかったが、ケーナの技量と流された多大な霊力により抜群の斬れ味を発揮した。
熱せられたナイフでバターを裂くように、男の喉を滑らかに掻っ捌く。
二刀男の喉から鮮血が溢れ出し長躯が痙攣する。致命傷だ。ケーナに対し相性的に最も致命傷を与えうる可能性を秘めた男は、その鋭刀をケーナに対し一度も振るう事なく絶命した。
しかし死にゆく男の仲間達は黙ってただ仲間の死に様を眺めている訳ではなかった。
曲刀の男はケーナに対し素早く踏み込むと振り上げた太刀を裂帛の念を発しつつ袈裟に一閃する。
迫る雷光の剣に対しケーナは全開にしている霊力を、生命を燃やしてさらに限界以上に解き放った。
猛加速して振り向きざま手甲に包まれている左手を翳し、眼前に透明な光の壁を発生させる。
『破神盾』
一方向からの攻撃にしか対応出来ないが、正面からの攻撃に対しては鉄壁を誇る絶対防御の霊壁。
剛剣と透明な光の障壁とが激突し、光の粒子を激しく散らす。
次の刹那曲刀が弾かれ、ケーナは立ち上がりつつ光の障壁を展開したままその障壁自体で殴りつけるように左腕を振るった。
光壁が曲刀の男の身に激突し、しかし手応えは薄かった。威力が出ていない。
ケーナは光の障壁を消すと右手に嵌めた手甲越しに握る片手剣を振るった。剣閃が走り漆黒のサーコートと鎧下服を裂き男の左膝を斬り裂く。
「オオッ!!」
しかし手応えはあったが曲刀男はその一撃では倒れなかった。
肉を斬り裂かれながらも太刀を振り上げ、霊力を全開に再びケーナへと向かい全身全霊の渾身の太刀を振り下ろさんとする。
だがそれよりもケーナの剣の方が速かった。
細剣が掻き消えると共に光の筋が連続して高速で走り、男の右腕、左腕、右脚を貫いた。
鮮血を噴出しながら曲刀男の身が揺らいだ。その手から太刀が零れ落ち、身が地に崩れ落ちてゆく。
そして曲刀男の身が大地に倒れ伏すよりも前、矮躯の男が体勢低く弧を描くように駆け、ケーナの背へと回り込みつつ薙刀を振りかぶっていた。
声も無く、全身全霊の横薙ぎ一閃。
静謐に鋭い、研ぎ澄まされた殺意を籠められた刃が、長柄の遠心力で猛加速し爆風を巻き少女の背中へと唸りをあげ襲い掛かる。
しかしケーナ、曲刀の男へと剣を振るっていた間も薙刀の男への注意を外してはいなかった。
迫る刃の気配を察知し霊力を解放、流れる水のように澱みの無い動きで振り向きざま踏み込み左腕を翳す。
矮躯の男が振るった薙刀とケーナが防御に翳した左手甲とが激突する。鈍く重い轟音と共に骨まで響く衝撃がケーナの左腕を貫いた。腕から伝わる激痛が脳髄までを貫いてゆく。
だがそのダメージは致命的なものではなかった。
ケーナが矮躯の男に対して踏み込んだ事により、腕にあたったのは刃ではなく、柄の部分だったからである。
それでも軽い衝撃ではない。並みの祈士ならば骨の一本や二本圧し折れる衝撃力だったが、しかしケーナは並みの祈士ではなかった。速度だけでなく耐久力も高い。
一撃を受け止めつつさらに一歩、茜色のスカートの裾を靡かせ踏み込んだ少女は、カウンターに濃茶革のロングブーツに霊気を収束させ前蹴りを放った。霊撃。
靴底が矮躯の男の腹に叩き込まれ、小柄な身から放たれたとはとても思えぬ重い衝撃が炸裂、矮躯の男の身がくの字に折れる。
その隙を逃さずケーナは細剣を振り上げ、刃を閃かせた。
連続して突き抜ける剣光が男の腕と脚を貫き、矮躯の男もまたその手から武器を取り落としながら街道上に倒れ伏したのだった。
●
敵はケーナが倒した三人以外にも二人ほど襲って来ていた。
隊列の前方と中頃を襲撃した二人はそれぞれズデンカと王家から派遣されてきていた祈士を相手に優勢に戦っていたが、彼等がズデンカ達を打ち倒す前に、ケーナが後方より襲撃してきた三人を打ち倒すとこの襲撃の失敗を悟ったのだろう、それぞれ速やかに退却していった。
「……恐ろしい手練れ達でした。ケーナが居てくれて良かった」
かなり追い詰められていたのだろう、ズデンカは青い顔で己に癒しの光を使いながら礼を言ってきた。
「手練れ三人に奇襲されて勝つとは、さすがはトラシアの小戦姫ですね」
王家から派遣されてきている祈士の青年はケーナを見てそのように賞賛した。
「トラシアの小戦姫?」
聞きなれない単語にケーナが小首を傾げると、
「おやご本人がご存じない? フェニキシアの軍部では貴方はそのように渾名されていましたよ。トラシア大陸人の傭兵は可憐な姫君のような外見だが、恐ろしく強い戦士だと」
どうやらいつの間にかそんな異名がついていたらしい。
プレイアーヒルで雷神ジシュカを退けたりボスキ・デル・ソルで聖堂騎士達を討ったりと活躍した事からだろう、一般には広まっていないが傭兵や軍人達の間でケーナの名は通り始めているようだった。
その後ケーナ達は襲撃者達を捕縛し可能な限りの自殺防止対策を施してから拘束。
目的地である城塞都市ベールハッダァードのフェニキシア軍へと物資を届けると共に捕虜達もまたフェニキシア軍へと引き渡したのだった。
●
ケーナはズデンカら商隊のメンバーと共にベールハッダァードの街にある大衆食堂で輸送成功の打ち上げを行った。
「それにしても思ってた通りヤバい奴らだったね〜、あ、これ美味しい」
フェニキシアの名物であるナツメヤシに舌鼓を打ちつつケーナが言うと、ズデンカはまったくもってと頷き、
「正直、うちの商隊の面子だけだったらあそこでみんな殺されてましたね。ほんとケーナが護衛を引き受けてくれて命拾いしましたよ」
有難うございますと明茶色の髪の少女が頭を下げている。
「そういえば商隊の面子といえば、ゲオルジオは護衛に来れなかったみたいだけど、忙しいの?」
ふと気になってケーナは問いかけた。
ズデンカの商隊には神将殺しとして名高い敏腕傭兵のゲオルジオ・ラスカリスが所属している筈なのだ。
しかし彼はこの窮地にあってズデンカ達の護衛についていなかった。
「あー……実はですね」
<<なんか女王様の本軍の方も今すごく大変らしくて>>
と後半念話に切り替えてズデンカは言った。
ゲオルジオは現在、傭兵隊長としてフェニキシア女王ベルエーシュの軍に雇われている。
後方からの補給が脅かされているベルエーシュ軍は帝国の領内で良い状態になく、ゲオルジオが抜けるとフェニキシア敗北の可能性が跳ね上がる程に苦境なのだとか。
<<ゲオのかわりに傭兵隊長を務められそうなくらい優秀な傭兵が女王様の軍に雇われれば、かわりに後を任せて私達の護衛に来れるかも、という感じではあったのですが、そんな優秀な傭兵の都合というのはそうそうつくものではないようで……>>
そうこうしている間にズデンカの護衛をケーナが引き受けてくれたので、ケーナに任せておけば安心だろう、という事でゲオルジオは商隊へと戻って来ず、女王軍で傭兵隊長の仕事を今も続行しているらしい。
<<ふーん、なるほどね>>
もしかしたらケーナがベルエーシュからの依頼を引き受けていたら、ゲオルジオは傭兵隊長を辞してズデンカ達の護衛に戻ったのかもしれない。
しかし、
(その時はゲオルジオ、守りきれなかったのかな)
依頼を選択する時、ケーナはとても嫌な予感がしていた。ズデンカが死んでしまうような予感だ。
ゲオルジオも達人だ、あの三人を相手にしても負けなかったもしれないが、彼自身が生き延びられる事とズデンカ達が殺される前にあの三人を彼が倒しきって敵全体を退けられたかというのはまた話が変わって来る。
恐らく、ゲオルジオ自身は生き延びられても、彼ではズデンカ達までは守り切れなかった可能性が高かったのだろう。
「そういえば二人って付き合ってるの?」
「はい?」
ふと気になってケーナが尋ねれば、ズデンカは目を丸くした。
「ゲオルジオってズデンカの事が好きそうな気がするんだけど……」
「あー……そうですね、ええ、彼は私の事大好きだと思いますよ」
くすと赤眼を細めて少女は笑って、
「でもそれは男女の好きじゃないです。以前にもお話ししたと思うんですけど、私はトラシア大陸にいた頃に傭兵団に所属してまして……それでゲオもその同じ傭兵団の所属で、ずっと大陸のあっちこっちを傭兵団の皆で移動しながら一緒に戦ってたんです。それから傭兵団が解散となってしまった後に特に親しかった皆で一緒にこの商隊を作ったんです。なので私達は長年の戦友でありまして、家族みたいなものなのです」
曰く、なのでゲオルジオが自分の事を好きではあってもそれは戦友とか妹に向ける親愛のようなものだろう、との事だった。
「ズデンカの方はそういう関係で良いの?」
ケーナはズデンカがどんな関係を望んでるのか知りたい気持ちがあったので尋ねてみた。できれば協力したい気持ちもある。
すると明髪の少女は朗らかに頷いて、
「はい。ゲオが急に私をそういう目で見だして私を恋人にしたいとか望んだのなら……まぁ~しょうがないので付き合ってあげても良いですが、特にそういう事でも起こらない限りは今の関係が良いですね」
曰く、家族がいるというのは良いもので、私はそれで満足です、との事。
「というか男女の関係とかなると色んな軋轢が発生して喧嘩が絶えなくなるとかの話も色んな所で良く聞きますので……私としてはむしろそういうのを商隊の中に持ち込むのは避けたい心持ちが少しあります。皆でずっと仲良くやっていきたい」
との事。
ズデンカは少なくとも今現在は男女間の恋愛に対して興味が薄いようだった。それよりもどちらかというと商隊の一同――つまり元は同じ傭兵団の仲間達――彼女曰くの戦友であり家族である皆との絆を大切にしている様子だった。
「ケーナの方は誰か好きな男性とかいるんですか?」
「あー……こういう話振っといてなんだけど……実はアタシ、恋愛のことはよくわからなかったり……」
栗色の髪の少女は少し考え、
「でも、恋人にするっていうなら……お兄ちゃんみたいな人が良いかなー」
ケーナの理想の男性は兄だった。
「……お兄さん?」
「うん、そう! うちのお兄ちゃん! 強いし、頭も良いし、カッコ良いんだよ!」
紫瞳を輝かせケーナが語る。
ズデンカは少し驚いたかのように赤眼をぱちくりと瞬かせながら、
「えっと、強いってケーナよりも?」
十二歳程度に見える少女は胸を張って答えた。
「お兄ちゃんの方がアタシよりも比べ物にならないくらいずっと強いよ」
「それは……もの物凄いですね。大陸最強の戦士か何かですか?」
「確かに、お兄ちゃんだったら大陸最強でも不思議じゃないかも」
「……はえー……ケーナをしてそこまで言わせるかたなのですね。そんな方がいらっしゃるとは、さすがあの大陸は広い」
実はケーナは重度のブラコンであった為、ケーナから見た兄の印象は実物よりかなり神格化、美化されていたのだが、ケーナの評をそのまま素直に受け取ったズデンカは、心底驚いたようにそんな事を言ったのだった。
なお追加報酬に関しては、
「そろそろ祈刃を買いたいので、良さそうな工房を探して欲しい」
と伝えれば、ズデンカは値段は少々張るが品質は信頼できるフェニキシア王族も御用達の老舗工房に伝手があるとの事で、そこで良いなら、と紹介状を一筆したためて貰ったのだった。
成功度:大成功
獲得称号:トラシアの小戦姫
獲得実績:ノヴァク商隊の軍需物資輸送護衛大成功