アヴリオンの議長タオ・ジェン「ケーナ・イリーネ――君にとっても悪い話じゃ、ないと思うんだけどね?」
アヴリオンの市長ユナイト・ロック「ケーナ・イリーネ、売国奴タオ・ジェンを討つ事に協力して欲しい」
依頼主・招風雷タオ・ジェン(アヴリオン共和国) or 狂雷ユナイト・ロック(アヴリオン共和国)
概要・アヴリオンの議長タオに協力するか、アヴリオンの市長ユナイトに協力するか、いずれかを選択する、あるいはいずれも選択しない
シナリオタイプ・特殊
シナリオ難易度・無し
ステータス上限・無し
シナリオ参加条件・PCが「ケーナ・イリーネ」である事
シナリオ中の確定世界線・以下の実績を獲得している。
ノヴァク商隊の軍需物資輸送護衛大成功
ケーナが襲撃者達を撃退し、ズデンカの商隊が軍需物資の輸送を無事に成し遂げて以降、フェニキシア後方の補給線を脅かしていた襲撃の圧力は急速に低下した。
その後もズデンカ達とは別の商隊が襲われる事があったらしいが、襲撃者達は以前のような腕利き揃いではなくなっており、護衛の祈士達だけで各商隊を守る事に成功していた。
しかしフェニキシア王国内での叛乱は各地で未だ続いており、国内は荒れ続けていった。
一方、ヴェルギナ・ノヴァ帝国内を侵攻しているフェニキシア女王ベルエーシュの軍は、帝国軍のみならずルアールの森の魔法使い達などに代表されるガルシャ地域に古くから根付いている勢力から激しい抵抗を受け、苦戦に次ぐ苦戦を強いられていた。
補給が途絶えていれば撤退を余儀なくされていただろう。
だがフェニキシアの輸送隊は、叛乱が相次いでいる国内の危険な道中でも苦心して物資輸送を成功させ、前線への補給を途切れさせる事がなかった。
そして神将殺しとして名高い傭兵隊長のゲオルジオ・ラスカリスの活躍などもあり、フェニキシア王国軍は血反吐を吐き続けながらも帝国の騎士伯バーツラフ軍とルアールの森の魔法使い達を撃破、皇都へと迫った。
これにより皇都ルアノール・ノヴァは、陸からフェニキシア女王ベルエーシュ軍に、海からユグドヴァリア大公ソールヴォルフ軍に挟撃される形となった。
結論から述べるとヴェルギナ・ノヴァ帝国は敗北した。
皇帝アテーナニカが大公ソールヴォルフ、女王ベルエーシュらと交渉し、自分の首を差し出して講和を贖った為である。
講和条約が結ばれる直前には、プレイアーヒル城塞を寡兵で守っていたガルシャの雷神ジシュカが、逆に城塞からうって出てユグドヴァリア大公国の黒血大鴉ゲイルスコグルの軍を撃破し、反転して南下、皇都の救援へと迫っていた。
また皇都防衛軍もガルシャ王イスクラや森魔長ルルノリアの指揮により頑強に抵抗し続けており、陸海から挟撃されても未だ陥落する気配がなかった。
おまけにガルシャの地元勢力はフェニキシアやユグドヴァリアに反抗して補給線の後方を脅かしており、フェニキシア国内でも叛乱が継続している始末である。
戦いの行方は未だ解らない状態にあった。
戦闘の流れによっては、帝国軍がフェニキシアとユグドヴァリアを押し返す可能性も未だ大きくあっただろう。
しかし、
「こうなっては最早、戦争を継続して帝国が勝っても、ゼフリール島が荒れ果て続けるだけで、とても天下万民の為の世とはならない」
と皇帝アテーナニカは判断した。
その為彼女は自らの首を差し出しての講和を決断した。
総大将の命を代償に他の将兵の助命を乞う訳であったから、条件はつくが事実上の降伏である。
講和条約は、戦える力が残っており、勝敗が未だわからない時の方が条件を良くして結ぶ事ができる。
優勢な側も敗北する可能性がまだまだ十分にある為、万一逆転されるよりは、と妥協するからだ。
その為、皇帝アテーナニカは戦う余力が残っているうちに降伏する事を決意したのだった。
賢者メティスをはじめガルシャ王イスクラなど激しく反対する者も多かったが、最終的には皇帝にイスクラが説得されてこれを支持、講和反対派は皇帝自身とガルシャ王から説得され、最終的にはアテーナニカの意見が通り、講和の使者が送られる事となった。
帝国側から提示された条件は、皇帝アテーナニカの処刑と帝国の解体、およびいくばくかの領土割譲と賠償金の支払い、それらと引き換えに講和と不可侵の条約を締結する事および民への略奪の禁止だった。
はじめフェニキシアとユグドヴァリアはそれだけではこの戦で失われたものに対して割に合わないと条件に反対、他にもガルシャ王イクスラや有力諸侯達の処刑、および領土割譲の拡大や賠償金の増額、さらには皇都での民衆への略奪を求めた。
しかし、これに対してはアテーナニカは頑として譲らなかった。
この条件で講和が認められないのなら城を枕に最後の一人まで討ち死にすると言い切った。
交渉は難航した。
だがその間に北方でガルシャの雷神ジシュカがプレイアーヒル城塞からうって出て、黒血大鴉ゲイルスコグルの軍を魔術じみた驚異的な手腕で撃破し、皇都救援の為に南下してきており、このままではフェニキシア王国軍が逆に皇都とガルシャ聖堂騎士団からの挟撃を受ける事になるという報が入った。
これによって流れが変わった。
ベルエーシュは大いに悩んだが『帝国最強雷神ジシュカ接近』の報を聞いて彼に何度も敗北させられていた同盟国のユグドヴァリア軍が冷静ではなくなり浮足立ち始めたのを見て、
『これは本当にここから逆転されて負ける可能性があるわよ。嘘でしょ? ここまで散々苦労して多大な犠牲を支払ってやってきたあげくの果てに、負けるの???』
と野戦に関しては天才的な所がある女王は直感した。
ジシュカの脅威の他にもフェニキシア国内で叛乱が継続している為、帝国に対して極力隠すように振る舞ってはいたが、実のところ長期戦にはとても耐えられない物資事情となっている問題もあった。
故にベルエーシュは顔を真っ赤にして『ぐぬぬぬぬぬぬ……!』と惜しみに惜しみながらではあったが、アテーナニカから提示されていた講和条件を苦悶の末に呑む事にした。
ソールヴォルフは雷神南下の報に接し、
『今こそジシュカの爺と雌雄を決しッ!! あの白髪首を取って俺達こそがゼフリール最強となる時だッッッ!!!!』
と息まいていた。
しかし同盟国のフェニキシアより講和条件を呑む方針である事を知らされ、また側近達が
『こっちの黒血大鴉がやられて敵の雷神が来るなら、ここは講和した方が良い!』
と揃って主張していた為、ソールヴォルフもしぶしぶと講和条件を結ぶ事に同意した。
曰く、
『仕方ねぇ。すっきりとはしねぇが勝ちは勝ちだ』
との事である。
こうしてヴェルギナ・ノヴァ帝国はフェニキシア・ユグドヴァリア連合軍に敗北という形で講和条約を結んだのだった。
皇帝アテーナニカは戦争責任を取る形で皇都の広場で公開処刑された。
皇帝に対して怨みが深い女王ベルエーシュやフェニキシア将兵の意向により処刑方法は残虐なものであり、さらにその首は七日七晩城門に晒され、今回の講和条件に不満を持つ連合国側の兵達の溜飲をある程度下げさせ、一方の帝国側の生き延びた臣下や略奪をまぬがれた民達が涙した。
また皇帝の元家庭教師であり腹心でもあった不老の賢者メティスは、処刑されたアテーナニカの首と骸の様子を目撃した際に狂乱、アテーナニカから遺言で今後のガルシャ王や諸侯、民達の事を託されていたがアテーナニカからのその期待を裏切り、後悔を泣き叫びながら自刃して殉死した。賢者と呼ばれ長く生きた者らしからぬ感情的で発作的な様子であったという。
そしてボスキ・デル・ソルやプレイアーヒル、ルアールなどの領土の一部は割譲される事となった。
しかしガルシャ王イスクラや雷神ジシュカ、森魔長ルルノリアなどは処刑されず健在であり、帝国は解体されたがガルシャ王国は存続した。
雷神ジシュカと皇都防衛隊の奮戦もあり、皇帝アテーナニカの首といくばくかの領土と賠償金と引き換えにして生きながらえたガルシャ王国は、王イスクラのもとで戦後の復興とフェニキシア、ユグドヴァリア両国に対する賠償金の支払いを行ってゆく事となる。
そのように島の情勢が推移してゆく中、ケーナのもとに指名依頼が二つ届いた。
依頼人は奇しくも二人とも同じ都市国家アヴリオンの重鎮達だった。
一人はアヴリオン市の有力者達のまとめ役である市議会議長”招風雷”タオ・ジェン。
もう一人はアヴリオンの市民達からの圧倒的な投票で選出された市長”アヴリオンの狂雷”ことユナイト・ロックであった。
●
アヴリオン市にある議長の屋敷へと招かれたケーナは客間へと通された。
「君が、請け負った依頼はどれもことごとく成功させ、魔術じみた強さを誇る雷神ジシュカすらも退けたという凄腕の傭兵”トラシアの小戦姫”ケーナ・イリーネか。お会いできてとても光栄だよ」
にこやかに微笑むハンサムな議長から軟かそうなソファーへの着席を勧められ、見た目通りにふかふかのソファーへと腰を降ろせば、異国風のドレスに身を包んだ若い女がにこにこと、高級そうな大陸風の菓子と茶を運んできて眼前のテーブルに置いてくれた。
元はトラシア大陸の名家に生まれたケーナには解ったが、茶も菓子も議長や女が身に纏っているドレスも、大陸の中でも東方の文化のものだった。
タァーンと呼ばれている地域のものだ。
かつては東方諸国に随一の強勢を誇ったが、近年ではタァーンは勢力が衰え、モルゴール・ウルスから発生し大陸の東方諸国をまとめていたルビトメゴル・ウルスの支配下に組み込まれていた。
ルビトメゴル・ウルスは世界帝国ヴェルギナの崩壊後、かつてかわされた政略的婚姻による血縁関係を以って、世界帝国の後継者を自称し帝国の旧領への領有権を主張、ルビトメゴル帝国を名乗り領土の拡大に乗り出していた。
ケーナが大陸から脱出した頃でも列強の大国と見なされていたが、現在では船乗り等から伝わる噂を傭兵ギルドで聞く所によれば、ルビトメゴルは大陸随一の超大国へと成長し、広大なトラシア大陸の東半分を既に制覇、さらに怒涛の勢いで西へと領土拡大を進めているらしい。
このままゆけばトラシア大陸はルビトメゴル帝国によって統一されるだろうという噂だった。
「私はタオ・ジェン。アヴリオンの市議会議長をつとめさせていただいている、よろしくケーナ嬢」
タオ・ジェンといえば『アヴリオンの狂雷』として名高い市長ユナイトほどに一般に広く名が知られている訳ではなかった。
だが、一部の界隈においてはとても有名だそうで、傭兵としてギルドに所属してそれなりの期間になっているケーナも、ギルドで噂を耳にした事があった。
タオ・ジェンは見た目は若いが古くからアヴリオンの裏社会を支配している老人で『招風雷』の名で知られている。
かの老人の異名は、
【晴天に雷光が輝くと、やがて風が吹き始めて嵐がやって来る】
そういった気候現象をもとに名付けられたらしい。
風の前兆。
嵐を招く雷。
嵐とはすなわち災厄である。
その噂を教えてくれた傭兵に曰く、
『【招風雷】には関わるな』
『関わるとするとしても深入りはするな、ろくな事にならん』
との事だった。
『ストームブリンガー(破滅を運んで来る者)』とも渾名される議長はにこにこと微笑みつつ、
「実際にお会いすると噂以上に可憐で驚かされるねぇ。ケーナ嬢はその小さな身体であのゼフリール最強の雷神と互角以上に打ち合ったのかい? いやたいしたものだ。怖くはなかったのかい? 私は臆病者だからねぇ、とても真似できそうにないよ」
簡単な自己紹介と挨拶をかわしつつしばしの間、過去のケーナの戦いぶりなどを話の肴に雑談が行われ、やがて議長は本題を切り出してきた。
「まぁざっくり言うとだねぇ、このままだと、このアヴリオン市って将来的に火の海になると思うんだよ」
にこにこと軽快に議長は語る。
「無論、アヴリオンだけじゃない。ゼフリール島全部がそうなる。トラシア大陸もそうなる。というか大陸の中央は今現在実際にそうなってる。だから逃げ場がどこにもない」
近い将来、この世のすべては地獄と化すとタオ・ジェン。
「何故かといったらルビトメゴルが島にやって来るからだ。大陸の中央が今燃えているのはルビトメゴルが燃やしているからだ。大陸中央で火の海になっていない例外的な場所がある。ルビトメゴルに味方した地域だ」
アヴリオンの議長は、何かがそこに見えているのか、虚空をぼうっと眺めるようにしつつ胸の前で指を組み合わせ微笑した。
「私はアヴリオンを火の海にしたくない。この街を地獄の未来から救いたい」
濃翠の瞳がケーナを見た。
「――そこで小戦姫、私が君に依頼したいのは……協力しては貰えないかな? という事なんだ。他ならぬ、僕らが愛する家たるこのアヴリオンの平和の為に協力して欲しいんだ」
これはとても困難な仕事だが、非常に優秀な戦士である君が協力してくれたなら、きっとアヴリオンの平和を守る事ができると思うんだ、と議長。
「無論、報酬は支払う。仕事のたびに十分な枚数の白金貨(最低でも1枚100タラント=100万デナリオン以上の価値を持つ)を渡そう」
大金である。
傭兵ギルドの一般的な仕事よりも遥かに規格外に高額な報酬だ。まさに破格の金額である。
アヴリオンの半分を長年支配し続けている老人は「そうそう」と言葉を続けて、
「君の弟のユーニ君だが……もしも君が私達に協力してくれるなら、ユーニ君と一緒に住める治安が良く安全で快適な屋敷をこちらで市内に用意させて貰うよ。最近は戦乱のせいで島内は物騒だからねぇ……アヴリオンの治安は他国と比較すれば極めて良好といえるけど、それでもこんな時代だ。どんな事が起こるかはわからない。これを防ぐには治安の良い高級街に引っ越しする事だよ。そうすれば、市議会の目も届きやすくなるから、君が望むなら君が仕事で街から離れている間も君の弟君を守ってあげる事ができる」
にこにこと親切そうな笑顔で招風雷は語る。
「それだけでなく弟君に対して会員制の質の良い私塾を紹介する事も我々ならできる。弟君の良き将来の為には上質な学問教育とコネクション作りは必要じゃないかな?」
あぁあと君が親しくしている商人のズデンカ君だが――と議長は続ける。
彼はケーナの家族や友人関係について良く把握している様子だった。
「ズデンカ君にアヴリオンの商工会が関わっている割の良い商売を斡旋しても良い。彼女はフェニキシアで頑張っているようだが、あの国での商売は今後も厳しさを増してゆくだけだろう。あの国はまっとうに商売するにはもう駄目だよ」
築き上げた商売網と人脈は惜しいだろうが、場所を変えた方が良い、と議長。
「だが、今のアヴリオンなら有力なコネさえあれば稼ぐのはとても簡単だ。議会からのお墨付きがある商人なんてもう濡れ手に粟の稼ぎになるよ。この街の景気は今とても良いからねぇ」
フェニキシアを始め戦乱に荒廃する島内の各国とは対照的に、アヴリオン共和国はますます栄えていた。
元よりこの中立都市は各国との中継交易で栄えていたが、過去よりも数段の勢いで栄えている。今、アヴリオンは空前の好景気に包まれているといえた。
アヴリオンだけが戦争の被害をこうむっておらず、戦時の特需で逆にその利益を享受し続けているからだ。
ゼフリール経済の随一の中心と化しているアヴリオンの有力者から仕事を仲介されれば、ズデンカ達の商売は随分と楽になるだろう。
逆にアヴリオンのネットワークから弾き出されるような事にでもなれば、ゼフリール島に生きる商人としての将来は非常に暗いものになる。
『協力』に関するメリットをぺらぺらと並べてゆく議長に対し、ケーナは具体的にどんな仕事を依頼するつもりなのか、と問いかけた、すると議長は、
「あぁ、簡単な仕事だよ。一般の祈士には難しいが、君ならとても簡単な仕事だ」
彼は微笑みながら言った。
「我々の仕事はルビトメゴルに協力する事だ。ルビトメゴルはこの島が統一されて強力な国家が誕生する事を恐れている」
だから、我々の仕事はこの島を一国に統一させない事になるね。
「具体的な仕事内容としては……とりあえず、君はこの前、ズデンカ君の商隊を聖堂騎士団の恰好をした襲撃者達から守ったと思うんだけど」
あれと逆の事をして貰う事になる。
「とりあえず手始めは、ユグドヴァリアの兵の恰好をして、フェニキシアの商隊を襲って貰うとか、そんな感じの事になるかなぁ。あぁ勿論襲うのはズデンカ君とは別の商隊にするよ、君が協力してくれるならね」
永世中立国の筈のアヴリオンの市議会議長は、平然と他国に対する敵対行為、ケーナが協力しない場合はズデンカ達を襲うとのたまった。
「ああ、この事が他国に知れると、アヴリオンが攻撃されてしまうと思うから内密に頼むよ。僕はユーニ君がフェニキシアやユグドヴァリアやガルシャやトラペゾイドの兵によって斬り刻まれるところなんて見たくないんだ、だからどうか頼むよ」
ケーナが協力しない場合ユーニも殺すつもりだという。
アヴリオンの裏側を支配し続けている老人はにこやかに。
「アヴリオンを守り、アヴリオンに平和と豊かさをもたらす為には、各国間の戦争を終わらせてはいけない。皇帝アテーナニカ、彼女が予想外に潔く死んで戦争を終わらせてしまったから、計算が少し狂ってしまっているけど、なに、まだまだ火種は沢山ある。風を送ろう。またすぐに燃え上がる筈だ」
嵐を運んで来る者が微笑む。
「フェニキシアとユグドヴァリアの間の同盟などヴェルギナ・ノヴァという共通の敵がいたから成立していただけの脆いものだ。少しつつけば、すぐに仲違いして今度はこの二国で戦争を始めるさ。簡単なお仕事だよ」
タオ・ジェンは言った。
「ケーナ・イリーネ――君にとっても悪い話じゃ、ないと思うんだけどね? どうか僕達と共にアヴリオンの平和を守って欲しい。君のように優秀な人材には、十分な報酬を支払う用意がある。返事は今すぐでなくとも構わない。よく考えてくれ。君はとても頭の良い女の子だ。落ち着いて冷静に考えれば、どうするのが君にとって、君の大切な人達にとっても、良い事なのか、自ずと答えを導きだせる筈だ。どうか賢明な判断をお願いするよ。お互いの明るい未来の為に」
微笑む議長が言うと微笑む女が部屋の扉を音を立てて開いた。
どうやら話は終わりという事らしい。
かくてケーナは永世中立都市国家共和国アヴリオンの市議会議長の屋敷を後にした。
●
「――私がアヴリオンの市長ユナイト・ロックだ。小戦姫ケーナ、貴方の噂は聞いている」
翌日、ケーナが市長ユナイトへと依頼に関して話を聞きにゆくと、屋敷の一室に通され、開口一番にそのように宣言された。
なお茶と菓子は出されたが、どちらもアヴリオン産のもので、一対一でケーナと対面している市長は真顔だった。
「貴方はだいたいの事情をもう既に知っているだろうから単刀直入に言おう」
市長は言った。
「売国奴タオ・ジェンを討つ為に協力して欲しい」
どうやらアヴリオンの市長はアヴリオンの議長が何をしているのか既に把握している様子だった。
「奴がトラシア大陸の超大国ルビトメゴルの影響下にあり、その覇道に協力する為にゼフリール島に統一国家が誕生するのを妨害している事は間違いがない。証言は取れているし状況証拠からもそれは明確だ」
しかし、と市長は悔しそうに表情を歪めた。
「奴が島の戦乱を長引かせる為に各国に対し妨害行為を行っているという、動かぬ確かな物質的な証拠となると無い。身分の低い人間の証言しかない」
この時代、身分の低い人間の証言というのはアヴリオンの司法ではあまり重きをなしていなかった。
『私を嵌める為に嘘の証言をしているのだ』
と被疑者側に主張された場合、それが一定以上の説得力を持っており認められているのが、今のアヴリオンの裁判だった。
さらにアヴリオンの司法は議長と癒着しているから、法でタオ・ジェンを裁き牢に入れる事はそもそも難しいらしい。
「だからタオ・ジェンの売国を止めるには、実力で奴を排除するしかない」
市長ユナイトは言った。
「無論、法の裁きに拠らず、暴力を使い私刑を行うなど本来アヴリオン市の共和理念において許される事ではない。だが、法では裁けぬとこのまま奴を野放しにしていたら、ゼフリール島は本当にルビトメゴルに抵抗する為の手段を失ってしまう」
戦乱によってゼフリール島は全体で見ると力を失い続けている。
このままではルビトメゴルがトラシア大陸を征服し、ゼフリール島まで遠征してきた時に、ろくな抵抗もできずに征服されてしまう、とユナイトは言う。
「この島の独立を、アヴリオンの独立を、護る為には猶予は最早無いのだ」
もうここまで追い込まれたら手段は選んでいられないと市長は言う。
「アヴリオンは永世中立国家だ。他国を秘密裏に攻撃し海外勢力を島内へと招き入れんとする行為の何が中立だ。タオ・ジェンは明確にアヴリオンの理念に反している。誇り高きアヴリオン市民達からの信任を受ける市長たる私が奴を裁かねばならない。島内の他国には頼れない。我々アヴリオンの人間の手で内密に決着をつけなければならない。フェニキシアもユグドヴァリアもトラペゾイドもこの事実を知ったら激怒して、あるいは嬉々として、アヴリオンを攻める口実ができたとして攻め込んで来るだろう。経済的に圧倒的に優れているこのアヴリオンを制圧して自国に組み込み、自己の経済力を高めようとするのが明確に予測できる」
そして、と市長は続ける、
「フェニキシアもユグドヴァリアも薄々アヴリオンの議長が裏で暗躍している事に気づき始めていると思われる」
明確な証拠を掴まれてしまったらフェニキシア・ユグドヴァリアの連合軍がアヴリオンへと攻め込んで来るだろう、と市長は言う。
「帝国の皇都は、皇帝がその身を差し出しジシュカとガルシャ王の軍事力が健在だったから、講和が成立し略奪される事を免れたが、この街はそうはいかないだろう」
市長は言った。
「私は過去にこのアヴリオンへと攻め込んできたフェニキシア軍とユグドヴァリア軍に対しアヴリオンの祈士達を率いて戦い、いずれも勝利した事がある」
永世中立を自分達の誇りとして生きるアヴリオン市民達から圧倒的な支持を受けている市長ユナイト・ロックは、
『一歩も踏み出さないが、一歩も踏み入れさせない』
をスローガンに、アヴリオン市の主権を脅かす者はどんな大国が相手だろうが開戦する強硬派であると言われていた。
実際に彼はその言葉の通りに戦い、そしていずれも勝利してみせた。
「だが、勝利できたのは――アヴリオンの祈士達が奮戦してくれたのは大きかったし、私も死に物狂いで戦って少なくない働きをした自負はあるが――結局のところ、突き詰めれば、勝てたのはどちらも運が良かったからだ」
たまたま奇策を上手く通す事ができたからだ、と市長は言う。二度も三度も通るものではないと。
アヴリオンは小さな都市国家共和国である。
アドホックなどを抱えているから、都市国家としては突出した軍事力を持ってはいるが、しかしフェニキシアは無論ユグドヴァリアなどの大国と比較した場合、あまりにも寡兵だった。
「もう一度同じ事をやれと言われても出来る自信が私には無い。過去の戦いはいずれも非常に苦しい戦いだった。紙一重の勝利だった。本当に運が良かったんだ。だから今度は恐らく、負けるだろう。一国づつ別々にあたってもそれなのに、ユグドヴァリアとフェニキシアは今は同盟している、連合して両国から同時に陸海から攻められたら、とてもアヴリオン一市で防げるものではない」
勝利など絶望的だと言う。
市長ユナイトは戦力差が圧倒的に不利な寡兵で大国に逆らった為、狂人じみている、と言われ『アヴリオンの狂雷』という異名で呼ばれるようになった男である。
だが、戦力の計算は、意外と冷静にしているらしかった。
無謀無策でどんなに絶望的な状況でもアヴリオンの理念を胸に闘魂と意地のみで戦い続ける男、と市民達からは噂されていたが、実際はそうでもないらしい。
「無論、開戦となったら私は最後まで市長としてこのアヴリオン市を護る為に戦う覚悟だ。だが勝てん。どう考えても勝てん。他国にタオ・ジェンがやっている事がバレたらこの街は灰と瓦礫と骸の山になる」
だからその前に、タオ・ジェンを止めなければならない、と市長は言う。
そしてタオ・ジェンを止めるには武力によって排除する以外にないと。
「私はタオ・ジェンよりも強い」
ユナイト市長は自らの実力を評してそう宣言した。
確かにユナイトからは並々ならぬ霊圧が感じられていた。
抑えてはいるのだろうが、底が知れないものが漂っている。
”アヴリオンの狂雷”ユナイトの実力はゼフリール最強の雷神ジシュカに匹敵すると噂されていたが、ケーナが実際に対面して感じる直感的には、以前に戦ったあの雷神ジシュカよりもこのユナイトの方が、あるいは強いかもしれなかった。
ジシュカは老いて衰えたが、ユナイトはまだまだジシュカに比べれば若く全盛期にある、という事なのかもしれない。
戦闘は、何が起こるかが解らない。
地力では勝っていても戦い方やその時の流れ、戦う場所、相性、運などによっては勝敗がひっくりかえる事もざらにある。
だから一概には言えないが、
(地力でいうならゼフリール最強はユナイト市長の可能性があるかも)
どちらにせよ市長の飛びぬけた剛勇がアヴリオン市の今日までの中立独立を支えてきたのは疑いがなかった。それほどの強さだ。
「だがタオ・ジェンの傍に常にいるあのルビトメゴル人の女……ホン・ファと二人でかかられると恐らく私一人では勝てないだろう」
タオ・ジェンと相対した時は強そうな様子はまったく感じられなかったが、タオ・ジェンも実は豪傑であるらしい。臆病者だなどと自称しているらしいが実際はとんでもないと。
そしてその側近であるホン・ファ――恐らく茶と菓子を出してくれたあの若い女だろう――も並々ならぬ使い手であるらしい。
「おまけにホン・ファは一定以上の実力を持たぬ者を魅了し無力化しろくに戦えなくする秘術を体得している。この魅了は特に異性に対して通りやすい。ホン・ファ以上の実力を持つ女祈士というのはそうそういない。少なくとも私の回りにはいなかった。だから連中を数で囲む事も難しい」
救いはホン・ファの魅了は敵味方を選別できないので、タオ・ジェンの側も数を集めて守る事がしにくいという事だった。
「そこで貴方だケーナ・イリーネ」
ユナイトがケーナを見た。
「私が見る所、貴方はホン・ファよりも強い。貴方なら魅了の術に抵抗できるだろう。だから私と貴方が組んで戦えば、タオ・ジェンとホン・ファの二人組に勝つ事ができる。彼等を武力で討つ事ができる」
アヴリオンの市長は言った。
「だからケーナ・イリーネ、どうか協力して欲しい。このアヴリオンを破滅の未来から救う為に。ゼフリール島をルビトメゴルの侵略から守る為に。売国奴タオ・ジェン達を討つ事に協力して欲しい。無論、作戦行動の間、市内に住んでいる貴方の家族の安全は我々の方で確保させて貰うつもりだ」
なおユナイトから提示された報酬は一傭兵に支払われるものとしては最高クラスに多かったが常識的な範囲での事であり、タオ・ジェン側から提示された破格の条件からすると見劣りするのは否めなかった。
ただし彼はタオ・ジェンとは違い自分達の味方にならなかったらケーナの家族や友人を殺すなどとは言ってこなかった。
――どちらの依頼を引き受けるべきか?
それともいっそどちらの依頼も断って弟を連れてアヴリオンから逃げるべきか?
ケーナは思案するのだった。
心情系ロールプレイ&ルート選択回になります。
アヴリオン議長【招風雷】タオ・ジェンに協力するか、
アヴリオンの市長【狂雷】ユナイト・ロックに協力するか、
あるいはいずれにも協力しないか、
それを選択するシナリオとなります。
現状に対しどう思うか。
これから先どのような未来になる事を望むか。
その為にどんな選択をするのか。
などのケーナさんの心情をプレイングに記載していただきつつ、どちらに協力するかしないか、あるいはユーニ君を連れて危険なアヴリオンから脱出するかの選択をしていただけましたら幸いです。
なお逃げる場合はどこに逃げるかもプレイングにご記載ください。
選択の結果で次回のOPが選択した内容に応じたものに変化します。