シナリオ難易度:無し
判定難易度:普通
夏のプレイアーヒルの空は青く青く晴れ渡っている。
ともすれば汗ばむ程の暑さの中、風が一陣吹き抜けて、涼やかにハックの髪先を揺らしていった。
レシアの瞳にも、表情にも、口調にも、迷いは見えなかった。
2年前の春にはぼんやりと澱んでいた銀髪の少女は、今はハッキリと己の道を定めている。
(変わったな)
対するハックは、迷っていた。
未だに迷っていた。
ずっとずっと迷い続けている。
一つの迷いが晴れても、またすぐに次の迷いがやってくる。
――人生とは迷う事の連続だ。
そんな言葉が脳裏を掠める。
ハックがこの国についたのは、状況に流されての消極的な選択に過ぎなかった。
レシアが語る一連の巨大な流れ、世界の情勢やその未来予測も、ハックの視座からは全く見えてはこない。
しかし、
(命を懸けて戦うことを決めたという意味では、僕とレシアはそう変わらないのだろう)
ハックにも――未だ迷い続けてはいても――決めた事があった。
思う。
ハック=F・ドライメンとは強いだけの祈士だ。
ただただ強いだけだ。
レシアのような視野の広さも覚悟も持ち合わせてはいない。
しかし、それでも、確かに決めた事がある。
ブリガンダインと鋼の手甲具足に中背の身を包む銀髪の青年騎士は、エメラルド色の瞳でレシアを見つめ返すと、柔らかい微笑を浮かべ、若々しくよく通る声で言葉を発した。
「久しく見ないうちに――君は“強く”なったな」
丁寧な物腰。
慎重に選ばれた言葉だった。
ハックには落ち着きがあった。
十五歳の傭兵少年だった頃から持ち得ていた素養だったが、十七歳となり騎士伯となった今もそれは失われておらず、一層の深みを得ている。
武功を立て抜擢され社会的地位が急激に上昇した今となっても、驕りは無い。もしあったとしても、少なくとも表面上にはそれを余人には窺わせない。
あるいはそれは、純粋に皆無なのかもしれなかった。
この時、ハックは眼前の少女に対して、敬意すら抱けそうに感じていた。
――考えて、考えて、考え抜いて、自分にとっての“正義”が何であるかを選び取るのは、それはきっと強さだ。
それは、ついぞ己には持てなかった強さだ。
ハックの胸の内にはそんな思いがあった。
己は、ただただ、戦闘での力が強いだけ。
しかし、それでも――
「ひとつ聞いておくけれど、君は何を思ってその問いかけを僕に投げかけたんだい?」
柔らかで落ち着いた声音から発せられる青年の問いかけ。
それは純粋な興味もあったが、同時に牽制でもあった。
何を思ってガルシャの聖堂騎士レシア・ケルテスは、皇帝の騎士伯であるハック=F・ドライメンに対しこの問いを投げかけているのか――
(その真意を図る必要がある)
ハックは緑色の瞳を銀髪少女へと向けた。
青年騎士からの視線を受けたレシアは、少し考えるような素振りを見せてから、再びハックを真っ直ぐに見つめ返して、口を開いた。
「…………貴方に後悔をして欲しくないから、という事と、あと私自身の納得の為、ですね」
銀髪少女はそう言った。
「前もって知っていれば、出来る事があります。前もって認識していれば、出来る事があります。覚悟を以って、自らの意志で道を選択できれば、後悔はしない、とは言い切れませんが、何も知らず分からず心構えも定まらぬままに不意打ちのように土壇場で流れや状況に強制された場合よりも納得はゆく。私は納得がいかない事には命を懸けられないので、貴方もきっとそうではないかと思った、人間というのはそういうものなんじゃないかと」
だからレシアはハックへと伝え、問いかけたのだという。互いの納得の為に。
「貴方は私とは立場が違いますが、私は貴方を戦友だと思っています。しかしやはり私と貴方では立場が違う。だから、貴方がガルシャ寄りの立場なのか、皇帝陛下寄りの立場なのか、旗色をハッキリさせておいた方が、無用な摩擦は減らせますし、もし仮に摩擦では済まずに、内戦となって最悪貴方の剣によって私が斬り殺される事態になったとしても、貴方が己の意志で覚悟を以ってその道を選んだのなら、状況に流されるままに敵対して『そんなつもりはなかったんだ』と言われるよりも、私はきっと遥かに納得して死ねます。あるいは逆にこの剣で貴方の首を刎ねる事になった場合でも、納得ができる」
レシアは内戦が起こる可能性は決して低いものではないと考えているようだった。
「あとこれはとても勝手な話だと思うのですが……期待です。貴方が現状を把握していれば、貴方がこの国を今の発展に導いたように、この国の未来もまた最悪から遠ざけてくれるのではないかと、私は期待をしています」
それら複数の事柄が理由なのだと、レシアは言った。
ハックは自身には、レシアのような大局観は無い、と思う。
しかし同時にきっとレシアにも、ハックのような若者離れした慎重さや落ち着きは無いのだろう。
戦場で聖騎士少女が振るっていた剣の軌跡と同様に、ハックよりも一歳年上の少女が放つ言葉は、直截的だった。
真っ直ぐに隠さずにハッキリと己の考えを言ってくる。
きっとレシアがハックへと語った事は、偽らざる彼女の本心なのだろう。
「なるほど、君の理由は理解できた……と思う」
ハックはレシアからの答えを聞いて頷くと、己の立場を述べた。
「あぁ……そうだな、僕は、皇帝陛下個人の盾として、彼女を災厄から護りたいと思っているよ」
そう決めた理由はあまり深くはなかった。
アテーナニカが掲げる理想に共感したわけではなく、強いて言うならば、今のレシアの話を聞いて――
「彼女、真に心を委ねられる仲間がメティス殿の他にどれほどいらっしゃるのだろう、と思ったんだ」
もしガルシャが彼女から離れた時、あと一人ぐらいは彼女の側についてもいいだろう?
そう、思った。
それだけだった。
ハックの言葉を聞いてレシアは、半ば予想していたのか表情を乱す事なく頷いた。
「恐らく、いないでしょう。これからも互いに友好的な立場で在り続けられる事を祈っています。対ユグドヴァリア戦、共に頑張りましょう。武運をお祈り申し上げます」
銀髪の少女聖騎士はそう一礼して去っていった。
きっと、ユグドヴァリア大公国との戦いこそがゼフリール島の覇者を定める決戦となるだろう。
そして皇帝派とガルシャ王国派の戦後のパワーバランスを賭けた綱引きがもう既に始まっている。
それは水面下のあちこちで起こっていて、レシアがハックへとこう言ってきたのもそのうちの一つなのだろう。
どちらの派が対ユグドヴァリア戦でより功績を立てるのか、それが今後の帝国内の勢力図と未来に影響してくるに違いない。
(内輪で揉めている軍は強くない)
傭兵団にいたころに聞いた話を思い出す。
足並みが揃っておらず、各々の利益を優先して連携が取れていない軍、それを烏合の衆という。
ユグドヴァリア大公国は弱くない。むしろ精強だ。
精強な北国の戦士達を抑え続けてきたゼフリール最強の将軍であった雷神は死んだ。もういない。
現在、ヴァルギナ・ノヴァ帝国は勢力図としては非常に有利なものを築きつつある。
しかし、有利を築いているからこそ、多くの者達が眼前の戦いそのものよりも、戦いに勝った後の事を考え動き始めている。
昔、傭兵団の誰かが言っていた。
有利は余裕をもたらし、余裕が油断を産み、そして油断が人を殺す。
――勝てるのだろうか? 僕達は。
帝国人の多くが栄光の未来へと浮足立っている中、沈着な青年は思う。
戦場で大番狂わせが起こる時というのは、こういう時だ。
一抹の不安を抱きつつも、ハックは皇帝の騎士として、ユグドヴァリア軍との戦いへと赴くのだった。
成功度:大成功
獲得称号:皇帝の盾
獲得実績:レシアへの宣言『皇帝個人の盾』