ビブロス宮中伯・アーシェラ
「――イル・ミスタムル侯アンムラピを罷免してください。あれがこの国最大の癌です」
依頼主・ワスガンニ家当主シュッタルナ(フェニキシア王国)
概要・PCの意志決定
シナリオタイプ・特殊
シナリオ難易度・無し
主なNPC・ワスガンニ家当主シュッタルナ
ステータス上限・無し
シナリオ参加条件・実績「ガラエキア山脈の戦い結果=王国の大勝利」をPCが所持。かつPCの設定としてフェニキシア王家に対して好意的である事。
シナリオ中の確定世界線・実績「セドート村を守った」が獲得されていない世界
敗けた。
敗けた。
敗けた。
敗北するなどまずありえない戦いだった。
だが敗けた。
イスクラの後継者、次期ガルシャ王たる者、ボスキ公爵ルカは、忸怩たる悔恨を噛みしめていた。
ガラエキア山脈の戦い。
世界の現状を変える一歩目となるべきだった帝国の大攻勢。
大事を任されたルカはその一歩目で大きく躓いた。
ガルシャが誇る名将ジシュカが守る北の城塞都市プレイアーヒル、その兵力が北の大公国の大兵力に抗するには、驚くべき程に僅かでしかないのは何故か?
それは北を削って稼ぎだしたリソースを、南部に回していたからだ。
南部――すなわちルカの為に、ジシュカは一兵でも欲しい所を、骨身を削って兵力を送っていた。
未来の為に。
フェニキシアへの侵攻、絶対に負けられない大事。
本来ならば能力の面からはかるならば雷神ジシュカこそがその指揮を執るべきだった。
だが、フェニキシアの攻略は大きな功績となる。
切り取り次第、という言葉があるように、防衛よりも攻撃の方にこそ恩賞も多く出る。
だからジシュカは若きルカに譲った。
「己は老い先短い身故に」
と。
「ボスキ公爵、貴方様はこの先、このガルシャを背負って立つ身であります故」
ルカに大きな戦功を立てさせるべく、ジシュカは譲った。
王イスクラもまた次期国王たるルカに賭けた。
世代交代。
この先に待つ、ガルシャ王国の未来の為に。
二人は、多くの重臣達は、ルカに託した。ガルシャの皆がそう言うならと皇帝アテーナニカもルカに預けてくれた。
そうして、絶対に失敗する筈のない、形勢を作って、道を敷いてくれたのに。
けれどもルカは失敗した。
失敗した。
失敗した。
失敗した。
失敗した。
失敗した。
失敗した。
失敗した。
失敗した。
失敗した。
失敗した。
失敗した。
ここまでお膳立てされていながら敗けた。
がんじがらめの少女、ルカよりも遥かに年下の、遥かに不安定な立場に置かれている僅かに十五歳でしかない女王ベルエーシュの乾坤一擲の奇策に大敗した。
負ける筈がない戦いだったのに。
(――不甲斐ない)
ルカは深く俯き歯を喰いしばり涙を流した。
もしも軍を率いていたのがジシュカだったら、イスクラだったら、あんな奇策などに決してやられはしなかっただろう。
――己の行軍には隙があった。
その結果が、これだ。
セリアンスロープの男は椅子の両の肘掛けを握り締め、激しく身を戦慄かせながら呻いた。
「う、うぅ、ぐぐぐぐぐぐぅぅ……!」
老化がはやくに止まった故に今だ幼さを残すその顔を無惨に歪めて獣の如き呻き声を発する。
――認めよう。
認めざるをえない。
先の弱冠十五歳の女王ベルエーシュの作戦。
鮮やかだった。
それでもやはり恐らくジシュカやイスクラには通用しなかっただろうが、しかし。
彼女はただ者ではない。
類まれなる才気を秘めている。
恐らくはきっと、己などよりもよほど軍事の才能に満ちている。
(だが――……軍才がある、『だけ』ではないか! ベルエーシュは結局!)
フェニキシアの国を見よ。
ベルエーシュが女王となってより政は乱れ、汚職が蔓延り、地方の貴族達の大半は民から税を搾り取る事しか考えておらぬ。
魔獣が、賊が、跳梁跋扈し、賊を討つどころか賊と結託し民から財貨を巻き上げている貴族すらのさばっているという。
女王ベルエーシュはそれらをまったく統制できていなかった。
なんとかしようとしている、という姿勢はあるとの報告は入って来ている。
だが、彼女は狡猾な貴族たちを前にほぼまったく何もできていなかった。
伝統あるフェニキシアの、歴史ある強固な貴族社会に、成すすべもなく封じ込められている。
軍事では鮮やかな冴えを見せた女王だったが、政治的な力は皆無だった。政治のセンスに関してはまさしく年相応の少女でしかない。
(民を豊かにしてこその国だ)
ルカはイスクラからそう教えられている。
王族として、押しも押されぬ貴公子、公爵として、次期国王として、自身もそう強く信じている。
(軍才だけの、戦に強いだけしか取り柄が無い、己の臣下も制御できない、国をまともに治められない者に……未来を譲る訳にはいかぬッ!!)
世界を変えるのだ。
皇帝アテーナニカは言った。
世界により良き未来をもたらすのだと。
それはきっと正義だ。
だが、
(我々の正義は、我々にとっての正義でしかない)
ルカはそれを知っていた。
アテーナニカの正義は違うだろう。だがそれも大陸の皇家の正義であって、ガルシャの正義ではない。
大陸の子供達の未来など知った事ではない、とまではいわないが、それをガルシャの民の、将兵の、ゼフリールの人々の命や富を賭し費やして勝ち取れというのはガルシャの正義ではない。
しかし。
(それでもマシだろう)
大陸の僭主達の虐殺も厭わぬ欲望よりはマシだろう。
ルビトメゴルの冷酷無比の覇道よりはマシだろう。
ユグドヴァリアの怨恨に燃える民族主義よりはマシだろう。
フェニキシアの搾取に塗れた貴族主義よりはマシだろう。
アテーナニカが一番マシだ。
ボスキ公ルカはそう信じている。
その大義名分を王イスクラは国防の為に巧みに利用している。
しかしそれでも、だから、ヴェルギナ・ノヴァが一番マシだ。その筈だ。
アテーナニカが唱えイスクラが敷く路線こそが、もっともガルシャに利益があり、天下の大多数を幸福にできて、多くにとって許容範囲だ。
その『多く』から外れている者――
(それはきっとベルエーシュ、フェニキシア王家とそれにまつろう者達)
フェニキシアの民衆は『多く』から外れていない。外れるのはあくまで王家である。
アテーナニカとイスクラは多数派の民衆を外さない。
だから、一部を除きフェニキシアの民の大多数にとってはベルエーシュよりもアテーナニカの方が良い。
何故なら賢者メティスがいるからだ。
メティスを総督として派遣すれば、極めて有能な統治者である彼女ならば、時間は必要だとしても、それでも必ずフェニキシアの人々の生活を豊かにしてみせるだろう。
少なくとも領主が賊と結託しその生き血を啜るように富を吸い上げるような真似は撲滅してみせる筈だ。
そして――それでフェニキシア王家が今よりも豊かになる事はありえない。
だからきっと、ベルエーシュにとってルカ達は、ヴェルギナ・ノヴァ帝国は紛れもなく悪なのだろう。
(それでもマシだ)
ルカは思う。
(それでもこの道が、他のどの道よりも一番マシだ)
ルカは選んだ。
だからルカはベルエーシュを殺さなければならない。
(勝たねばならぬ、フェニキシアは滅ぼさねばならぬ、彼女達は生贄なのだ。
彼女達をヴェルギナ・ノヴァが喰らってこそ、天下万民は豊かになれるのだ。彼女達は加害者であり、被害者であり、民を踏みつけにして腐敗し肥えた怠惰なる生贄の羊であり、故にガルシャの王族たる私はガルシャの未来の為に彼女達を地獄に突き落とさねばならぬ。
私達は正義であり、そして悪の帝国であるのだから、生贄達を前に敗北する事など許されない。何故なら私は王族だからだ。王族は国家の道を斬り拓かねばならない)
ボスキ公爵は覚悟を、既にあったそれを敗北しても――否、一敗地に塗れたからこそ、より強く、強く固めてゆく。
貴公子は歯を喰いしばり身体を戦慄かせながらも顔をあげた。
(――我々には大義がある。血に濡れた大義がある。純白の大義ではない。表裏一体の混然とした大義だ。それでも一番マシだ。天下にとって害よりも益のほうが多い。故に我らが勝たねばならぬ。勝たねばならぬ。ヴェルギナ・ノヴァこそが、何をしてでも!)
ガルシャの次期国王は信じた。
世界帝国の皇女にして流浪の皇女であったアテーナニカが、この世の果てたるゼフリール島の辺境のガルシャ王国の人々へと指差した赤く黄金に燃え盛る、輝ける太陽の道を信じた。
其れは総てを照らし、そして光に溶ける者達を焼き祓う。
彼はあるいは皇帝アテーナニカ自身よりも、老練たるガルシャ王イスクラよりも、自国が唱える未来の意味を知っていた。
●
「あのクソ皇帝どもが掲げる理想には反吐がでる。その為にフェニキシアに『死ね』というからよ」
ベルエーシュは座った目で言った。
「世界のすべてを皆殺しにすればフェニキシアが生きられるというのなら、すべてを殺して見せる私に向かって『世界の為にフェニキシアは死ね』という。呑めるか! そんなもんッ!!」
ガラエキア山脈の戦いの際の情報源として大功があったとして女王から相談役として抜擢され叙爵されたイラト子爵にしてビブロス宮中伯爵アーシェラは問いかける。
「ベル様にとってフェニキシアとはなんですか?」
「……なん?」
深海のように青い大粒の瞳を女王はパチクリと瞬かせた。
アーシェラは言葉を重ねた。
「フェニキシアの知識ある者はフェニキシアの民衆の大半にとっては、ベル様達が国を支配しているよりも、ヴェルギナ・ノヴァ帝国の支配下に入ったほうが幸せに生きられる、と考えています。そして、それは実際に事実である可能性が高いのです」
女王の碧眼が殺気を帯びた。
小柄な少女の身ながらも決して軽んじる事は出来ぬプレッシャーを発しながらベルエーシュがアーシェラを睨む。
「あの野望に満ちた覇権主義国家の方が良い、ですって……?! あんた、その言い草、今ここで首刎ねられても文句言えないわよ? ずっと戦争なのよ?! あいつらに従ったら! あのクソ皇帝ども島を統一したら海を越えて大陸にまで攻め込むつもりなのよ?!」
ビブロス伯アーシェラは動じずに――少なくとも表面上は――言った。
「ですが事実では? フェニキシア王家は今の今までこの国の為に何をしてきたのですか? この国の貴族達から搾取され続けるくらいならば、果てなき戦火に身を投じた方がマシだ――大多数のフェニキシアの民はそのように思うでしょう。いえ、そう睨まないでください。知っています。先王陛下からベル様までそれこそ血の滲むような努力を王家の方々は重ねられてきました。だから私は今もここにいて、この言葉を述べています。ですが、恐れながら、残念ながら、求められた成果は出ていない。民にとっては、汚職に手を染めていない貴族達にとっても、結果がすべてです。王家は誠意ある人々の期待に応えられていない」
ベルエーシュはアーシェラに詰め寄ると、その襟元を掴み、睨み上げた。
「……あんたっ! 何かっ、言いたい事がっ! あるのよね……っ?! わたしに、さっさと! 言いなさいよっ!! 一体何が言いたいのよッ!!!!」
ビブロス伯は幼い女王をアメジストのような紫瞳で真っ直ぐに見下ろし伝える。
「――ベル様、どうか、この国を豊かにしてくださいまし」
フェニキシアが真実豊かになってこそ、初めて、ヴェルギナ・ノヴァ帝国の侵略より国を守り切る事ができる。
かつて諸国を巡った女はそう述べた。
「逆を言うならば、フェニキシアの統治がヴェルギナ・ノヴァの統治のそれに対して同等とまではいかずとも、迫る程度には、『これくらいならまぁフェニキシア王家でもいいかなぁ』と皆から思われる程度には向上しなければ、きっといつかは敗北します。
他ならぬ民が、他ならぬベル様の臣下達が、フェニキシアの、ベル様の敗北を、その滅亡を、望むからです。
あなた様の身体である民達が、あなた様の手足である臣下達が、あなた様の破滅を、フェニキシアという国の消滅を望むから。
……ベル様の軍事的勝利は、迫る滅亡の僅かな先延ばしに過ぎません」
他ならぬ自らが抜擢した臣下からのその言葉を聞いて、十五歳の女王は脱力したように腕を降ろした。
泣きそうな顔をしていた。
「…………フェニキシアは……フェニキシアは……島中の他国からだけでなく、他ならぬ自国民からまで、滅びる事が望まれてるっていうの……?」
彼女はフェニキシアを愛している。
父が、母が、兄が、力を尽くしてきたものだからだ。
しかしゼフリールで最古を誇るこの王国の存続を願っている者の数は実は、想像以上に少なく、その滅びを願っている者の数は、消極的なものや、無自覚なものまで含めると、想像以上の数だった。
だからこそフェニキシアは滅びの運命にあると見られている。
多くがそれを望んでいるから。
逆風。
――圧倒的、逆風。
時流に、人々の希望に乗っているアテーナニカ=イスクラとは、新興のヴェルギナ・ノヴァとは、対照的に、人々の絶望を纏うベルエーシュは、古さびたフェニキシアは、圧倒的なまでの逆風の中にあった。
滅びへの風が吹いている。
一度や二度の軍事的勝利のみでそれを根幹から覆せる訳が無かった。
(死ねという。
死ねという。
皆が揃いも揃ってフェニキシアに死ねという――!)
ベルエーシュは歯軋りした。
「ふざけんじゃないわよふざけんじゃないわよふざけんじゃないわよ認めないわよ私は絶対に認めないわよ私はああああああああああッ!!」
若き女王の瞳には、燃えるような強烈な意志の光が宿っていた。
「豊かにしてやるわよ! 豊かにしてやるわよっ!! わかってるのよそんな事は!! でもっ!! どうすりゃ良いのよッ!!!!」
「――イル・ミスタムル侯アンムラピを罷免してください。あれがこの国最大の癌です」
フェニキシアの一大穀倉地帯であるイル・ミスタムル州、その総督を長年務めてきて、故に強大な力を誇る大貴族。
アンムラピを州総督から解任しろとアーシェラは言う。
「それができるならとっくにやってるわよっ!!」
イル・ミスタムル侯爵が形成する一派は王家の権勢すらも凌ぐ強大なものだ。
古くより既得権益を握る貴族達は複数で連合し派閥を組んで、王家に対抗している。
州総督の罷免には諸侯から一定数以上の承認が必要であり、その多くは王家よりもイル・ミスタムル侯爵の方をこそ恐れている。
王権があるといえども若きベルエーシュ単独ではどうしようもできなかった。
「本当に、できないのですか? フェニキシア王家の力でも?」
「…………無理よ……あの腐れ大貴族が築いた派閥相手には無理……政治力では、勝てない。ガラエキアの勝利で、少しは私の声望も高まったでしょうけど、十五歳の小娘の言う事なんてまともに聞けるかって奴はまだまだ多いし、それに従ってアンムラピ一派と対決しようなんて向こう見ずな連中はまずいない」
「そう、ですか……」
「逆に聞くけど、あんたアンムラピの奴をなんとかする妙案とか――」
ある? と聞こうとしてベルエーシュは言葉を途切れさせた。
脳裏に、稲妻のように閃いた事があったからだ。
それは兵を率いて死線を乗り越えたからこそ浮かんだ考えだった。
人を殺した事がなかった初陣前の少女では、その存在は知っていても、自分が実行しようなどとは到底思いもしなかったもの。
「……ベル様?」
「…………そうね、戦場で人を殺すも、城内で人を殺すも、同じ事じゃないかしら?」
「ベル様?」
アーシェラは動揺した。
何かベルエーシュの瞳の色が変わったように、見えた――見えているからだ。
光を吸い込む深海色の瞳で女王は言った。
「ねぇアーシェラ……あなた、イル・ミスタムル州のワスガンニ家当主シュッタルナという人を知っている?」
「……存じております」
「どんな人? 貴女から見て」
何故、今、ワスガンニ家の事を聞くのだろうと疑問に思いつつもアーシェラは主君に対し答えた。
「……忠義の士、であるかと。文武に長け、王家への忠誠篤き、信用できる方であるかと」
「そう。なるほど。貴方がそこまで言う人なのね。なら、賭けてみようかしら」
ベルエーシュは言った。
「アーシェラ、ワスガンニ家への使者になってくれる?」
その話を聞いた時、短絡、というのではないかそれは、とアーシェラは思ったが、しかし猶予の無い今、外科手術的手段以外に病巣を取り除けるどのような方策を、ベルエーシュが持ち得るというのか。
故に、彼女は無言で主君の命に頷いた。
●
――アドホックに名高き傭兵たる、他ならぬ貴公を見込んでお頼み申し上げたき事がある。
フェニキシア王国のワスガンニ家より、ギルドを通じて貴方に呼び出しがかかったのは、ベルエーシュとアーシェラの会話よりしばらくしての事だった。
依頼の詳細は伏せられていた。
重要な事である故、直接会って話したい、と。
貴方がワスガンニ家を訪れると当主のシュッタルナが直々に出迎え、歓待してくれた。
小規模ながら質の良い晩餐が催された後、人払いがされた。
卓を挟み、食後の酒を飲みつつシュッタルナは依頼の内容を貴方へと語った。
「イル・ミスタムル州総督アンムラピはこの国を蝕む大病そのものだ。
アンムラピは総督の務めを果たさない。賊や魔獣を放置している。税を絞り取り賄賂によって私腹を肥やしている。そもそも一部の賊はアンムラピの息がかかっているのではないかという話だ」
このようなケダモノにいつまでも州総督の座を与えておく訳にはいかない、とシュッタルナは言う。
「故に、我々はこのケダモノを弑する事とした。
だがアンムラピには強力な護衛がついている。
並みの祈士では歯が立たない。
そこでガラエキアでも武名を轟かせた名だたる祈士である貴公の力をお貸し願いたいのだ」
州総督といえば州貴族達のまとめ役である。
いわばシュッタルナの上司ともいえる存在だった筈だが、それを暗殺するつもりなのだという。
暗殺というのは、普通、許される行為ではない。
王家から任命されている州総督をその指揮下の貴族達が暗殺するというのは、フェニキシア王国に対する大逆ではないのか。
女王に対する大逆。
しかし、
「大逆ではない。忠勤である」
シュッタルナはそのように断言した。
「無論、女王陛下は此度の事など露ほどもご存じでない。すべては私の独断である。しかし私の独断でアンムラピを討ったとしても、女王陛下は我々を罰しなどしない。むしろ国の大病を取り除いた勇者達として厚く報いてくだされるだろう」
にわかには信じられぬ話である。
総督を殺せば国法に照らし合わせて捕縛され処断されるのが普通だ。
「女王陛下はこの計画をご存じではない、しかし――」
シュッタルナは、古くからフェニキシア王家に仕える名家ワスガンニの当主たる中年貴族は、アンムラピの暗殺計画には女王ベルエーシュは関わっていないのだと繰り返しつつ懐からある物を取り出した。
それは古めかしいメダリオンだった。
驚くべき事に王家の紋が刻まれている。
王家紋のメダリオンの偽造はフェニキシア国内では問答無用で死罪とされる。
極めて重い罪が課せられる。
何故なら、王家紋のメダリオンは、それを持つ者に王家の代行者たる資格を与えるからだ。
それほどの物である。
だから偽造は決して許されない。
「これはフェニキシアの神々に誓って正真正銘の真の王家紋であると断言する」
魂を賭ける、とシュッタルナは言った。
破れば死後地獄の劫火で永劫に責め苦を負うという誓いの言葉。
「こたびの計画について、女王陛下はご存じではない。しかし私は女王陛下に非常に近しい方と接触し、アンムラピを除く為の許可をその方よりいただいているのだ」
だからアンムラピを殺しても罪には問われない。むしろ褒美を貰えるのだとシュッタルナは言う。
――女王と非常に近しい方とは何者か。
「それは言えん」
胡散臭い話だった。
巷では先のガラエキア山脈の戦いで功があったとしてイラト子爵アーシェラが取り立てられ、ビブロス宮中伯に叙爵されたという噂が流れていたから、もしかしたらそのイラト子爵にしてビブロス伯アーシェラの差し金なのだろうか?
シュッタルナは自分の独断だと説明しているが、彼が単独で州総督の暗殺などというものを計画したというのは不自然だった。
明らかに他に黒幕がいる。
その黒幕は王家の代行者たる資格をシュッタルナに与える事ができる程の存在であり、そしてシュッタルナはその名を伏せている。
情報漏洩や計画が失敗した時にその黒幕にアンムラピらの反撃の矛先が向く事や、汚れ仕事の穢れがかかる事を嫌っての事だろうが――
「これは忠勤である」
生真面目そうな厳めしい顔立ちの中年貴族が貴方を見た。
シュッタルナは明らかに誰かに命じられて州総督の暗殺を計画していた。
だが、それを自分の独断という事にしているのだ。
「他ならぬ貴公であるからこそ、この事を話した。
計画が成った暁には、貴公にも大功ありとしてフェニキシアの宮中での立場が与えられよう。
女王陛下は必ず報いてくだされる。
どうかこの計画に同志としてご参加いただけまいか。フェニキシアの為に」
ワスガンニ家の当主はそう言って、、州総督アンムラピの暗殺計画への参加を、貴方に呼びかけてきたのだった。
■概要
このシナリオはアンムラピ暗殺計画に参加するか、参加しないかPCの意思決定回となります。
また一連の流れに対してPCの心情を描くロールプレイ回でもあります。
基本的にPCの反応や思っている事を描くリプレイとなります(なのでプレイングは心情多めがお勧めです)
■とれる方針の例
例1.暗殺計画に参加する。
(次回アンムラピの暗殺を試みるオープニングが出ます)
例2.暗殺計画に参加しない。
(アンムラピ暗殺が失敗しベルエーシュの影響力が低下した世界線で次回のオープニングがでます)
例3.参加を一旦承諾しておいてアンムラピやヴェルギナ・ノヴァに暗殺計画の情報をたれこむ。
(???)
例4.その他。
■備考
●黒幕について(PL情報)
アンムラピ暗殺をシュッタルナに命じたのは女王ベルエーシュその人です。
最後までお読みくださり誠に有難うございます、陰謀計画の現場へようこそ、望月誠司です。
とりあえずガラエキアで帝国軍を撃退し、一定の時間的猶予と影響力を手に入れたベルエーシュ。
最終的に帝国軍に勝つ為には、まず何よりも国内の政治をなんとかしないといけません。
その為、悪徳大貴族の排除を試みますが、宮中政治のまっとうな正攻法でやっても十五歳の少女たるベルエーシュの政治力では国内の悪徳貴族連合相手にはどうにもならないので「暴力はすべてを解決する!」とばかりに直接強引に武力的に排除する事にしました。暗殺です。
先のガラエキア山脈での活躍とフェニキシア王国への友好的な態度から見込まれたPCもこの暗殺計画に誘われました。
これにPCは参加するかしないか。
女王派としてフェニキシアの血みどろの政治闘争の中に首を突っ込むか突っ込まないか。
それを選択する回となります。
ヴェルギナ・ノヴァではガルシャ王イスクラや賢者メティスらが強力にバックアップしているので(余所者として心情的に孤立しているとはいえ)皇帝アテーナニカにはそういった暗闘は今のところ必要ない感じですが、フェニキシアの女王ベルエーシュは国内権力の掌握から自力でやらねばなりません。
味方は少なく敵だらけであり国内外の敵(アンムラピとヴェルギナ・ノヴァ帝国やその他)はいずれも強大です。
PCの選択によってフェニキシア王国とベルエーシュ達のこれからの運命ルートが決まります。
PCの心情と選択をプレイングでかけていただけましたらと。
ご興味惹かれましたらご発注いただけましたら幸いです。